第七十六章 蟹盗り物語 1.ネモ、出動す
~Side ネモ~
水産ギルドで依頼を受けてから二日後の朝早く、俺は弟妹たちを連れて、猟師さんと一緒に罠の見廻りに出発した。普段なら弟妹たちはまだ眠っている時間帯だが、今回は罠を荒らしてる動物を確認するのが目的だからな。こっちもそれに合わせて早く出なくちゃならん。
二人とも本格的な山径を歩かせるにゃまだ早いが、その触りぐらいはそろそろ憶えてもいい頃だ。それでもネイラにゃまだ早いだろうから、今日は雰囲気を味わう程度だな。歩くのがきつくなったら俺が負ぶってやるつもりだ。ネロは……今日に備えて昨夜も早く寝てたし、気合いも充分入ってるみたいだから、まぁ大丈夫だろ。
そのネロの頭の上には、ヴィクが鎮座して警戒に当たってくれている。俺の弟を守るんだと言って、こっちも気合い充分な様子だ。
そんな俺たちを見た猟師さんはと言うと、俺とネロ(+ヴィク)を交互に二、三度見較べた後、黙って溜息を吐いていた。……失礼な話だぜ。
まぁ、そんな感じにちっとばかりモヤモヤするもんはあったが、ともかく俺たちは湖岸を窺うような位置取りで、静かに密やかに歩みを進めていったわけだ。
ネロも思ったよりは蹤いて来ているが、歩くのに注意を取られて周辺の警戒が疎かになってるのは、ま、ご愛敬ってとこだろう。今の弟妹たちにそこまで要求するのは無理ってもんだからな。
逆に言やぁ、歩きつつ充分な警戒ができないうちは、勝手に山に入るのは禁止って事だ。二人とも解ってるな?
「はーい」
「わかったー」
うんうん。聞き分けが良いのは結構だが……どこまで身に滲みて理解しているのかは怪しいところがあんな。……いっそ熊とかのどデカい足跡でもありゃあ、弟妹たちを脅しつける教材になったんだが。
「無理なんじゃねぇか? 今時分の岸辺に近付くような不用意な熊公はいねぇし、いたらそいつは世間知らずのガキって事だ。足跡だって、そっちのチビどもと好い勝負だろうぜ」
そーなんだよなー。
そもそも塩水湖であるタイダル湖の周りにゃ、餌になりそうな草木は生えてない。加えて水辺は大水蛇の棲処だからな。熊だろうが何だろうが、不用意に近づくやつは長生きできない。況して今は、冬籠もり明けの大水蛇が腹を空かせている時期だしな。
大水蛇が出ない場所もあるっちゃあるんだが、そこは人間様の縄張りだ。敢えて近付く旨味も無い……筈だったんだよな、今までは。まぁだからこそ漁師さんも、蟹籠を荒らされるなんて思いもしなかったわけなんだが。
「敢えて岸辺に出る熊っつったら、そりゃよっぽどのデカブツだろうぜ。んなもんが彷徨いてりゃあ、話題にならねぇ筈が無ぇよ」
……去年の夏に狩った馬鹿デカいバイコーンベアが、そのよっぽどのやつだった可能性は……あるな。弟妹たちも微妙な顔でこっちを見てるが……黙っとくんだぞ、お利口さんたち。
まぁ、そんな些事は扨措いて――だ。
用心しぃしぃ進んで行くと、先行していた猟師さんから停まれのハンドサイン。そっと追い着いて指さすところを見てみると、
「……既に荒らされてますね」
「あぁ。同じ荒らされるにしても、この辺りは村に近いから、もう少し後だと思ってたんだがな」
野生動物ってのは警戒心が強いもんだ。普通ならまず村の周りには近寄らない。餌を求めてやって来るにしても、遠くの場所から先に――って思ってたんだがな。今回は色々と勝手が違うわ。
とにかく、下手人の動物がまだこの辺りにいるかもしれないって事だ。俺たちは以前にも増してこっそりと進んで行った。
その甲斐あって、少し進んだ先で俺たちが目にしたものは……




