第七十三章 ウォルティナ 2.ゼハンの店~サングラス問答~
~Side ネモ~
ゼハン祖父ちゃんの店にお嬢とフェリシア、大奥様をご案内したんだが……祖父ちゃんが鯱張って応対してんのが面白かった。俺に対しては日頃から傲岸不遜って感じなのにな。
後の方でニヤニヤして見ていたら、お嬢と大奥様の視線が逸れた隙を衝いてこっちを睨んできた。……歳の割に器用なのは変わんねぇな。
これ以上余計な藪を突いて蛇を出す気にゃなれなかったんで、ブラブラと店の中を見て廻ってたんだが……サングラス、いつの間にこんなに増えたんだ? 作るのが手間だから一般販売はしないって、年明けの手紙に書いてただろうが。
……能く見りゃサングラスだけじゃねぇ、普通の眼鏡まで並んでるじゃねぇか。雑貨屋がこんなもん置いてていいのかよ?
そんな事を考えながら、熟々展示品を眺めてたら、
「あら? これは冬季キャンプの時に、ネモさんがかけてらしたものですわね?」
――お嬢が声をかけてきた。
そう言やお嬢は見てたんだっけな。スキーの時のサングラス。
「……あの時にも思いましたけど、斬新なデザインですことね」
――ん? そこまで斬新なもんか? いやまぁ、確かにデザインのヴァリエーションは豊富だが。
黒縁や銀縁、鼈甲縁なんてフレームの違いの他に、円や楕円、ティアドロップ、スクエア……なんて具合に、レンズの形も様々だからな。組み合わせも色んなもんができるわけだ。……鼈甲縁のティアドロップ・サングラス……なんてあったんだな。初めて見たわ。
「いえ……それもそうなのですけど、そもそも耳に掛けて固定するタイプの眼鏡は初めて見ましたし。……冬季キャンプの時のアレは、橇靴に合わせた特別なタイプかと思っていましたから」
……橇靴って何……あぁ、スキーの事か、なるほどな。
いやそうじゃなくて――こっちの眼鏡は蔓が無いのか? それでどうやって固定してるんだよ?
魔力か何かで顔に固定すんのかとビビったが、そうじゃなくて「鼻眼鏡」ってタイプだった。
……そう言や、夏に帰省した時は、ゼハン祖父ちゃんも鼻眼鏡だったな。今はスクエア・タイプの黒縁眼鏡を掛けてるが。
前世じゃ当たり前に見られたスタイルだったから、却って気付けなかったわ。
内心で舌打ちしていると、お嬢は興味を惹かれたのか、サングラスの一つを手に取って掛けてみたんだが……
「……お嬢、こう言っちゃ何だが、似合ってねぇぞ」
店員が気を利かせて――気を利かせたんだよな? 追い討ちじゃなくて?――差し出した鏡を見て、お嬢もそれを理解したらしい。軽く溜め息を吐くとグラサンを外した。
「ネモさんのようにはいきませんわね」
……褒められてんのかディスられてんのか判りにくいな。前世じゃ殺し屋とかマフィアとか言われてたし。
けどなお嬢、そもそもルネサンス風とかバロック風のドレス、それもAラインの子供服に、マッカーサーばりのティアドロップ・サングラスってのは、どう足掻いたところで似合わんと思うぞ?
……そう窘めようとして横を見たら、大奥様がボストン・タイプのサングラスに挑戦して……こっちは妙に似合ってた。貫禄ってやつなのかね。
それを見たお嬢が〝むぅ〟という感じに口を尖らせてたが……いや、やっぱり無理じゃねぇか? 男装でもすりゃ別かもしれんが……いや、やっぱり無理か。
そんな感じにグダグダしてる俺たちを尻目に、大奥様はサングラスじゃない眼鏡の方に手を伸ばして、
「あら、これは度が入っていないのですね?」
――少し驚いたようにそうおっしゃった。……そうなのかよ祖父ちゃん。
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~Side レンフォール伯爵夫人(先代レンフォール公爵夫人,ドルシラ祖母)~
棚の上に並べてあった眼鏡が珍しいタイプで、しかもヴァリエーションが豊富なのに惹かれ、茶目っ気もあって掛けてみたのですが……案に相違して度が入っていませんでした。
少し驚いた妾の呟きを拾って返したのは、この店の主・ゼハン氏でした。
「遺憾ながら当店には、そこまでの伝手がございませんので。ただギルドの方には、お客様が当店でお買い上げ戴いた眼鏡を持って行けば、然るべきレンズに差し替えてくれるよう話を付けてございます」
……なるほど。こちらでは眼鏡職人の領分を侵す気は無いと。けれど度の入っていないレンズ……いえ、着色ガラスだけのサングラスは、ギルドに権利を譲る気は無い。代わりに、眼鏡市場そのものを拡大するよう協力する……ゼハン氏も随分な遣り手のようですね。さすがにネモ君のお祖父様だけの事はあります。……公爵家の宿六と差し替え……るのは無理でしょうけど、爪の垢でも貰っていって飲ませたいくらいです。
鼻梁に載せるだけの鼻眼鏡だと、どうしても安定しませんけど、この……耳眼鏡というのもおかしいですね。耳掛け眼鏡というのかしら? ともかくこれなら確りとレンズを固定できますから、ズレて見にくくなるという事はないでしょう。実用性では鼻眼鏡に優っていますね。
鼻眼鏡よりレンズが大きくてエレガントでないという意見もあるでしょうが、優雅よりも実用です。それに、レンズの形状について自由度が高い分だけ、様々なヴァリエーションを楽しめそうですしね。職人たちも腕の振るい甲斐があるでしょう。店も客も職人も満足。〝三方良し〟とでも云うのですかしらね?
でも……ドルシラにはサングラスは似合わないかしらね。元々少し悪人顔……いえ……凜々しい顔立ちだから、サングラスをかけるとそれが増幅されると言うか……
……妾は案外似合っていたように思うのだけれど……どうしてかしらね?
ドルシラもあそこまで真っ黒なタイプじゃなくて、もう少し色の薄いタイプなら何とかなるのかもしれないけど……いえ……服との相性が致命的に悪いわね。ネモ君の言うように、或る程度は服装を選ぶという事でしょう。
ドルシラもそれに気付いたみたいで、サングラスのコーナーからは離れるようだけど……当代公爵への土産に幾つか買っていこうかしらね?




