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以前、7・8として掲載していた物になります。
ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。
そのうち旦那様も心労で倒れてしまいそうだと思った日から数日、毎朝早く家を出るクリスタルに旦那様は
もしかして家を出るって言ったのは恋人がいるのでは…!
と心配されていたので、軽く事情を説明する。
ここ数日早く登校しては教室を見まわし、リーリア様の机を確認するが、昨日はロッカーの中にも被害が出ており、少し開いているのを見つけなかったら危うくリーリア様にばれてしまうところだった。
ここまで連日だと早くに登校しているクリスタルが回収しているということにも気づいているようで
「明日どうする?」
「あいつにばれないところじゃないと意味ないよ。」
何て小声が聞こえてくるが離れていることもあり、クリスタルの耳には入っていない。
今のところクリスタルへシフトチェンジする予定はないようだがそろそろリーリア様の使用人カリアにも協力してもらおう。
授業中、カリアさんを呼び、控室の隅に行く。
この場、リストにあげた令嬢の使用人はまとまって席を外している。
「どうかしましたかノクティスさん」
「最近、リーリア様の周りで何かありませんでしたか?」
率直に聞くとカリアさんは顔を曇らす。
心当たりがあるようだ。
「実は数日前から連日、机、ロッカー等に嫌がらせと思われる荷物が置かれたり、落書きがあったりなど、はっきり言って……」
言葉を濁そうか、小声で言えばいいかと顔を寄せて話をする。
「…いじめですよね。私の方でも把握はしているのです。授業と授業の合間に筆箱がなくなったり、ダンスの着替えが遅れたと思ったら更衣室に閉じ込められたり、遅れた原因は令嬢を保健室へ運んだことだったのですがそのことが教師へ伝わっておらずさぼり扱いになったりと、お嬢様は気丈にふるまっているのですがため息が増えたように思えるのです。」
やはり朝だけではなく、何だったら翌日から仕掛けるようになったのは最近のことの様で、前々からあったようだ。
「教師の方へは?」
「お嬢様が大ごとにしたくないと」
「では、何が原因で始まったと思いますか?」
そう聞くと視線が室内を動く。
その先には校内でも有名な顔立ちが良いといわれるマードン伯爵家の嫡男、マント様に使える執事がいる。
「半年ほど前からマント様とお嬢様、こっそりお付き合いをはじめまして、伯爵家から近々正式に婚約者になるという話が出たのが一か月前、その頃から大なり小なりいじめや嫌がらせが始まったようなのです。」
「伯爵家はそのことは?」
「おそらくマント様は把握されていると思われます。令嬢数名に婚約について聞かれているところを見たことがありますから」
犯人は祖の令嬢で間違いなく、リストを見せると
「あと――」
と、もう二人の令嬢の名前が上がる。
授業が終わり、いつも通りゆっくりと校門を出て、馬車へ乗り込んだ。
「それで、リーリア様の使用人に話したの?」
「こっちだけで終息できれば越したことないけれど、一か月前から続いているいじめの一部を把握しているに過ぎなかったわ。」
「これからはリーリア様と一緒に行動した方が良さそうね。」
翌日、朝は何もなかったが、ダンス着がボロボロにされているのが見つかった。
準備万端なカリアさんが予備を渡す。
さらに放課後、馬車まで行く途中に話しかけられいつも通り止まると、頭上から大量の水が振ってきた。
二人とも少し楽しそうに笑っていた。
また翌日、リーリア様も朝早くに登校してきた。
「クリスタル様だけにお願いしっぱなしではいられませんわ。」
そう言って、荷物を確認すると何か発酵したものが机の奥にあり、鼻をつまむ。
放課後、今日は泥水が振ってきた。
昨日の今日のため私も着替えは持ってきている。
休日、リーリア様の家へ呼ばれ、刺繍を楽しんでいると荷物が届いたが中身が…… と、言葉濁すカリアさんだったが
「わたくしにも見せてください。」
リーリア様の前に置かれた箱の蓋が開けられると芋虫が山のように入っていた。
「気持ち悪い……」
クリスタルが漏らすつぶやきにリーリア様はふふっと笑った。
学校登校日、今日はクリスタルの机の上にも箱があった。
登校してきたリーリア様の机の箱と並べ、二人同時に開けるとそこには腐った肉に蛆虫がびっしりついていた。
「うゔぅ……」
気持ち悪いと私に倒れてくるクリスタルを椅子に座らせ、机をきれいに拭いて
「処理してきます。」
と、焼却炉へ向かった。
そんな生活を数日続けたこの日の放課後、授業が終わって使用人たちが教室へ向かう途中、
「失礼」
そう言われ手紙を受け取った。
渡してきたのはマードン家の執事、家紋が入った封蝋ではないためクリスタル当てではない。
教室へ入る前、誰もいなくなった廊下で読むと
『急で申し訳ありませんが本日三時、我がマードン家へお越しいただけますでしょうか?』
と、いう内容だった。
前置きなどもあったので省くとこんな内容だ。
クリスタルに耳打ちし、リーリア様を確認するとカリアさんも同じように伝言を受け取ったのか急な予定変更に驚いていた。
馬車で海沿いの屋敷に到着した。
マードン家は王家の血を引いている。
だが、それは何代も前の話。
先代の功績に胡坐をかいていた歴代の当主たちにより公爵から侯爵へ、そして祖父の代で伯爵へ落とされたことにより、現在マント様のお父様は多くの事業を開始、その一部はマント様の所有でそれなりの稼ぎがあるという。
「急な申し出で申し訳ありませんでした。」
「構いませんよ。あなたの婚約者、私の大事な友人に関する大切なことですもの。いくらでも時間を作りますわ。」
「振替の習い事は来週みっちりとお願いしますね。」
「もう、ノノ! 私今すごくカッコいいこと言ったと思うのだけど、だめにしてない?」
「気のせいよ。マント様、本題を始めましょう。」
今週末、正式に婚約者となるらしく、マント様はそこから動き出せるという。
いくら付き合っているとはいえ親公認の婚約者でない以上、本人間での解決が優先。
それで今まで手が出せなかったという。
「では、あと数日の間は私が一緒に行動しましょう。その後はお二人で居れば彼女たちも何もできないでしょう。なんて言ったって伯爵位を持つのは一人だけ、あの子を黙らせればいくらでもなりますわ。」
「……クリスタル様、なんだか物騒ですよ?」
「いいえ、大事なお嬢様に手を出してきたのです使用人一同も全力を尽くしますよ。」
カリアさんも意気込む。
一時間の滞在で屋敷に戻り、久しぶりにベッドへダイブするクリスタルを見た。
今日はそこまで疲れるようなことはなかったと思ったが
「どうしたの? マードン様の家に行ったぐらいで疲れたの?」
ドレスを脱がせる準備をしながら聞くと
「人の幸せ願ってる場合じゃないんだけど、リーリア様の実家って子爵だけど王家に近い家じゃない。少しでもいい顔しておかないと今後に響くし、ゲラダ様にどう伝わるかわからないし、伝わったときにいい人じゃなくて、すごく良くしてもらった恩人だって伝わればいいなって思っていろいろ考えたけど、考えるだけでなにも実行されてないわ。」
珍しくクリスタルが頭を使って疲れたようだった。
珍しくまと物なことを考え、珍しく将来の自分を売り込むための株を上げているところらしい。
そんな頑張りで入学からの三年間で下がっていた株をその後の三年で素敵なお姉さまと呼ばれるまで回復させたのだから、プラマイゼロどころか、右肩上がりの評判は彼女の努力のたまものだ。
とはいえ、屋敷に帰るとだらしないところが出てしまうのはもう使用人一同知っているご愛敬だろうか。
「週末までの辛抱よ。あたしをいじめの対象にした豚ども見てなさい。報復処置は考えているのですからね。」
おーほっほっほっほ、何て笑い方をするあなたは何様だ? と、思ってしまうが年ごろなのか、情緒不安定なところが見えるから困っている。
翌日から授業と授業の間の中休みでノートがボロボロに引き裂かれたり、ロッカーの中に塗料をぶちまけられたり、ダンス練習の時間に皆が嫌がる男子生徒と組まされたり、さらにはあらぬスキャンダラスな噂が流れたがそれはすぐに終息した。
なんて言ったって後輩の多くが憧れ、恋焦がれているらしいクリスタルだ。
スキャンダルなんて簡単に消し去れる。
私の手で、
簡単に、
違う人のスキャンダルに替えてやった。
あの、伯爵令嬢が空き教室で足を露わにし、露出度の高いドレスで写生大会を開いていたと、
そして、
今日もあるようだと噂すれば興味本位の生徒が集まり、何も知らずにラブレター風の手紙を受け取った伯爵令嬢は意気揚々と教室に入り、奇声を上げ、教師がやってくる騒ぎになった。
「あれはやりすぎよ。」
クリスタルは言う。
あんな騒ぎがあったため学校に近いスペールディア家でお茶会をすること急遽決まった。
向かい側に座るリーリア様とマント様も苦笑いだ。
「クリスタルが自分の裸婦画を描かせ、親しい殿方へ配っていたなんて噂に比べたら私は全く問題のない範囲だと思うわ。」
「実際に誰かが空想で描いた裸婦画が張り出されていて、騒ぎになっていたけど、あれも彼女たちかな?」
マント様が紅茶片手に興味あり気に聞いてくるので、
「あれは美術サークルで裸婦の石像の油絵を描いたそうで、その一枚に誰かが手を加えたようです。絵具の渇き具合が違いましたし、筆遣いも違いました。」
「そこまで検証していたのですか。さすがクリスタル様のメイドですね。」
リーリア様に言われ、
「恐れ入ります。」
と、頭を下げた。
明日は週末。
目の前に二人は正式に婚約者となり、もう誰も口出しできないし、介入してくれば家同士の問題になる。
週明けの登校日、婚約の噂があった以上、そこまで大きな混乱というか、噂などは立たず、今まであれやこれやとして来ていた令嬢も手を引いた。
あの伯爵令嬢はしばらく学校を休学すると担任から言われ、クリスタルはマント様がにやりと笑ったのを見ていったい何をしたのかと悪寒が走る。
数日後、写生大会に参加したと言いふらしていた男子生徒が伯爵令嬢が大胆に足を出し、胸元がざっくりと開いたドレスを着た姿を油絵に仕上げて自慢していた。
そこにいる伯爵令嬢の足には黒子があり、
「あの子、本当にあそこに黒子があったのよね……」
ダンス練習の着替えで見えてしまったことがあるらしく、クリスタルが怖いといいながら教室を出るあとを付いて行く。
廊下の先には仲睦まじいリーリア様とマント様が腕を組んでいた。
飾り付けられたホール、豪華な料理に飾られる花々は今日、この日のためだけに旦那様が発注をしていたガラスのバラが千本飾られている。
朝から忙しい使用人たちに比べ、私はゆっくりクリスタルを朝からお風呂に入れて、エステを施し、休憩で軽食を食べさせ、コルセットの紐を締め上げる。
「苦しい……」
「気にしない。」
「気にするよ! 私の内臓どこ行ったんだろうっていっつも思うもん!」
クリスタルは胸が大きいためウェストをきつめに締め上げるととても細く見える。
さらにドレスを着ると腰回りはふんだんに布が重なり合って美しいシルエットを作り出す。
まさに人形、学校へ行くだけでもいつもコルセットをしているため理想的な体系なのだといわれている。
そんな理想的な体系のクリスタルのコルセットは毎日私が締めているのだが、今日はいつも以上も締め上げている。
学校へ行くなら朝食なんて余裕で入るぐらいの閉め具合に対して今日は軽食を食べてしまったことをすでに後悔しているようだった。
「私に何の恨みがあるのよ……」
しゅんっなんて音も聞こえてきそうなぐらい苦しいと悶えるクリスタルを無視してドレスを着せる。
たくさんの水晶がキラキラと輝き、裾へ行くほど少なく、胸元にはひしめき合うほど飾られている。
昔、奥さまも同じデザインを着ていたと聞き、即決で決めていた。
成人のドレスは形こそ流行りが反映されるが白であれば何でもよく、母子でデザインを受け継いでいることも多い。
旦那様がシルクのスーツだったということもあり、生地はシルクで作られたことから肌触りが良くて軽いのだが幾分お金がかかった。
パーティーを開くのにも予算があったが軽くオーバーしたと執事が言っていたが皆クリスタルのためだと多めに見ている。
ドレスの背中も締め上げ、化粧台の前に座らせる。
エステもしているのだがもう一度顔を軽くもみほぐし、化粧水をなじませる。
おしろいをはたき、アイメイクを施し、唇に真っ赤な紅を注す。
次に髪をいじり、編み込みや巻髪で形作り、ガラスのバラを飾ればヘアメイクは完了。
あとは装飾品を付ければ準備万端だ。
時計を見れば早い客はもう到着しているような頃だった。
「どうしよう、ベッドにダイブしたい気分……」
「今はやらないで、成人になったんだからベッドにダイブするはしたない真似はもうやめにして頂戴。屋敷の外で暮すにしても私がお目付け役でいるってこと忘れちゃだめよ。」
「でもノノはそういいながら私に甘いから何とでもなる気がするわ。」
「好きにおっしゃい。」
この数か月でいろいろと決まった。
まず、クリスタル希望の花屋の勤務に許可をくれた店主ローゼヌには感謝している。
私も奴隷の身分を持ったまま日中の仕事を探すことになると思っていたら人手がないからと私も雇ってくれることになった。
交渉の結果、私は奴隷ということもあり、クリスタルと同等の給金をもらうわけにはいかないと小一時間ほど話し合い、三分の二の給金をもらえることになった。
はじめは三分の一の稼ぎでも生活できる見込みだったがそんな余裕のない生活を従業員にさせられないと全額出すといわれ、半分に折れたが、それでもだめだといわれ、店主が折れて三分の二となった。
クリスタルはお抱えのお屋敷のお嬢様であることから払う給金がほかの従業員より多いらしい。
それに何やら旦那様とも交渉していることから、旦那様自身が給金を出している可能性もある。
全部か、半分かは知らないが、その代わりになのか屋敷への花の配達が増え、クリスタルはこれで事前に勉強しろということなのかと張り切っていた。
アパートも抑えた。使用人の一部は外に住んでいることからいろいろ調べてもらい、安全性の高い兵の巡回が多い通りに面し、飲み屋、娼館などが近くにないところというとそれはもう屋敷の目と鼻の先、使用人二人も住んでいるような安くないアパートだったが、何かあれば二人に頼れるし、屋敷近くならいつでも帰れると思っていたが
「自立ってこういうこと?」
なんてクリスタルは言い出した。
確かに自立とは親元を離れることだ。
こんなに近くては自立とは言えないかもしれないが近くに住んでいるからこその親の安心もあると旦那様がすごく心配しているのだというと納得した。
「お嬢様、そろそろよろしいですか?」
「わかったわ。すぐ行く」
メイドがドアの向こうから声をかけてきた。
クリスタルは気が重いという様子で立ち上がるが私が香水を吹きかけると
「よし!」
と、意気込みホールへ向かっていった。
きらびやかな会場へ入っていくクリスタルに歓声が上がる。
今日の招待客は旦那様のつながりのある家系の当主とその令息・令嬢をはじめ、クリスタルの交友関係は学校で築いた先輩・同級生・後輩に教師も数名呼ばれている。学校関係で招待した人にはそれぞれ使用人も付き添い、ともにパーティーを楽しんでほしいと呼んでいるが使用人たちが落ち着かない様子だった。
挨拶周りが終わるころ、私はクリスタルの元まで向かう。
使用人一同より、成人の祝いの品を渡す段取りなのだが、クリスタルは私を見るなり駆け寄り、
「もう、どこ行ってたの? こっち来て、あなたの好きな物あるわよ。」
と、腕を引かれるため、執事がいったん止めてくれた。
「みんなから大事なことがあるの。だから少し落ち着いて」
きょとんとした顔の後に急激に顔色を悪くする。
「私何かしちゃった? 何しちゃった⁇ 嫌よ、ノノがいなくなるなんて⁉」
「ストップ!」
かってな妄想に走るクリスタルを制する。
いきなりの大きな声に何事かと招待客の視線が集まる。
「従業員一同より、クリスタルお嬢様に成人の祝いをお持ちしました。」
そういいながら小ぶりな箱を渡す。
「……開けていい?」
「今? もちろんいいけど」
この場で渡すのは従業員にとても愛されているアピールの一環なのだが、ここで開けると言い出すとは思わなかった。
包みを開け、箱を空けると中にはシンプルなアクセサリーのセットが入っている。
学校に着けていく物よりもさらにシンプルなデザインで卒業後に屋敷の外で暮す際に着けてほしいと選んだものだがクリスタルは箱を開けてからしばらく固まっていた。
銀と水晶で作られたこれはいつも屋敷に出入りしている宝石商に頼んだものなので一級品には間違いないが、やはり、彼女の趣味には合わなかったか。
と、思っているとボロボロと涙を流し、私に抱き着いてきた。
「ありがとう、すごくうれしいわ。」
そう言って離れると近くの執事や給仕のメイドにお礼を言い、また近くの給仕の元まで行ってしまう。
「喜んでいただき良かったです。」
と、隣に立った執事は言うが
「いえ、メイクが落ちる問題が発生中です。」
お色直しでクリスタルお気に入りの真っ赤なドレスに着替えるまでまだ時間があり、あのままにしてくわけにはいかない。
「お礼なんて今後いくらでも言えますからメイク直しが先です。」
「行ってらっしゃい。」
この執事、元執事見習いは私の五つほど年上で父の代わりに旦那様の補佐になった。
父の元で学んでいたこともあり、私のことをよく気にかけてくれる。
その後のパーティーは順調に進んだ。
メイク直しで少し席を外した以外は予定通りで、お色直しの真っ赤なドレスに着替えると勝気な令嬢に見えてしまうのは彼女の根本的なところからにじみ出るオーラだろうか。
皆が圧倒されているのを誇らし気にしていた。
それから日付はあっという間に進み、卒業式となった。
卒業式では皆が同じドレスを着ているのだが、どこからでも目立つクリスタルは式の後、多くの生徒に囲まれていた。
「ああ……疲れた。こんな暮らし申したくないわ。」
「これからは生活基準も変わるけれど、出会う人はほとんどが庶民、もう少し付き合いやすくなるでしょうから」
「そうね。明日からはお父様と旅行だし、なんで、ノノは行かないの?」
そう、明日から旅行へ出られる旦那様とクリスタルなのだが、使用人は誰も付いて行かない。
執事ですら仕事関係のあるナトラリベスへ行くにも関わらずいかないのだ。
予想としては向こうには私の両親が暮らすスペールディア家の別荘もあり、そこには使用人もたくさんいるという話なので必要ないといえばいらないのだろう。
旦那様もたまにはクリスタルの居ない日というのも私には良いだろうと言ってくださった。
つまり、
奴隷だけど休みを上げるよ。
と、いうことらしい。
とはいえ、私はクリスタルの一人暮らしの部屋を整えなくてはならず、その予算もその時もらっているためおそらくはクリスタルにいつもつかまり仕事が進まないだろう私を気遣ったと、いう可能性もある。
口に出して言われたわけではないため憶測だ。
旦那様とクリスタルを使用人一同で見送り、仕事へ戻る皆だが、私と執事だけがポツンと残される。
二人そろって使える主人がいなくなったため何から始めようかといった状態だ。
「ノクティスは今からアパート行くんだろ?」
仕事ではない私用の会話は昔と変わらず砕けた口調に戻る。
「そのつもりです。少し掃除も必要ですし、家具の買いそろえもあるので」
でも私は昔と違い、相手は同僚で年上だと判断し、仕事でなくてもできるだけ丁寧に話すようにはしているが時々忘れるときもある。
「じゃあ、休憩の時は俺の部屋で休んでいいよ。水道とか、ガスとかまだ通っていないだろうから、棚に古くなった紅茶もらったやつ入ってるし」
そういいながら鍵を渡された。
「お気遣いありがとうございます。ですが、そんなに長く居る予定はないので」
と、言って、鍵を返す。
町へ出て十分足らずで到着したアパート。
ここからさらに十五分歩くと花屋がある。
雑巾と水の入ったバケツを持ってきているため少し変わった人が歩いているというように見られるが気にしないでおこう。
大家さんに挨拶をし、鍵を受け取る。
水回り、ガスなどの説明を受け、近いうちに各部署へ書類を出しに行かないといけない。
この国カルミナは温泉の国で地下水のほとんどが温泉。
そのため国境の川から水路を引き、街中を通している。
ナトラリベスとの国境が近い屋敷付近では川からなのだが、王都付近までの水路となると整備がまだ行き届いておらず、お金で水を買うこともある。
その金額を一律に保つため川から水を引いている家でも毎月決まった金額を収めることになっている。
さらに火を使うためのガスや灯りのための電気は温泉同様に地面からの噴出のエネルギーなどでこれは国が国民へ利用料をこちらも一律で請求している。
この一律というのは国民でも一定基準以下の収入のある民の支払いラインで、貴族や商家などは使った分だけ支払うことになっている。
そのため屋敷では川に面していることもあり、独自の水路を引いているというのは内緒の話だ。
ナトラリベスとの交渉でそちらから仕入れていることになっている。
契約書類をもらい、あとで屋敷に戻ってから書こうといったん玄関近くの棚に置き、掃除を始めた。




