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無理やり足は引き抜かれ男に担がれ、移動が開始された。
「私をどうするつもりですか⁉」
「新規の奴隷として登録をする。その後は商人に任せるさ。アクアムに売られるのは確実だがな。」
「アクアムからの要請なんてほとんど目も通さないくせに」
「そうだな。だが、そんなことお前には関係ないだろう。逃げ出した奴隷は捕まえ次第返還が決まりだ。」
私は泥の上をすべるそりに乗せられた。
このそりには見覚えがある。
ウィーンドミレの砂漠の馬車はこの形状の上に屋根がついていた。
ここでは泥除けが前面についているようだ。
「まあ、アクアムへ行きたくないのなら別の商人を案内してやってもいいぞ。行先はウィーンドミレだがな。」
そりに着けられた国章の旗。
そこには国の色である紫のほか、黄色と青も入っていた。黄色はウィーンドミレ、青はアクアムの色。
「どちらも同盟国だ。まあ、向こう同士は関係が悪いようだがな。」
絶対的唯一の人間ポプルス主義のウィーンドミレと島古来の民族海人でありポプルスに含まれるウミューシュを中心としたアクアム。
この二つの国の仲がいいとは思えないが、二日前に見た光を放つ鉄の塊。
この国には無い技術だろう。
島外からの輸入。
密入国者天国のウィーンドミレ同様、アクアムもまた、海上貿易が盛ん、そこを海賊が狙うと言う話もよく聞いた。
ドラドラがただの光でここまで弱弱しい姿となったあの道具はこの国の法律に触れる輸入品だろう。
「カルミナとも隣国として有効な状態を保ちたいが金にならないことはしないだろうからな。さて、収容所はどこに空きがあったかな。」
逃げようと思えば簡単に逃げられる状況。
それも、縛っているのが蛇ではなかった場合だろう。
「あんた、各国のお尋ね者で大変だな。カルミナから出なければよかったものの」
「逃げ出した奴隷にはいろいろあるのよ。」
「カルミナでは何年もよくばれなかったよな。何で出たんだ?」
知らないのだろうか。そもそもカルミナを出たのは第二王子の命令に背いたからだ。
「いろいろあったんですよ。」
知らないのなら、余計なことは話さずにいよう。
「あんた、リポネームの迷惑王子とつながりがあるんだろ。どういう関係なんだ?」
ずいぶんとおしゃべりな蛇だな。
迷惑王子とは誰の事か。
そもそも、リポネームの王子なんて知らない。
ニホン様とエゾしか会った事がないが、エゾは迷惑なんて全くない大人しい子だった。
「なんだよ。違うのか? 何年も何年も王家に入ろうとして三十番の姫を口説きに通った野心家だよ。認められるために白魔術師になったはいいがどこの病院でも勉強していた記録の無い怪しいやつだよ。」
フロントの事か。
そう言えば王子だった。
「……かくまっていただいた家の近所の方です。ご両親が薬師だったのでそちらにはお世話になりましたが本人とは何も、面識程度です。」
深く巻き込まない様に、当り障りない会話、嘘を作り口から吐いた。
「なんだつまんねえな。」
そう言って、威嚇するように牙を見せてくる。
長い牙から下たるのは毒だろう。
毒蛇の有無を見分けるので一番わかりやすいのは牙の長さだ。
毒を体内まで流し込むために長く、食い込ませようとするため、無毒の蛇は牙が短いと言われている。
こいつは毒蛇のようだ。
そりが止まる。
「脱走した奴隷だ。開いてるか?」
門番に男が問いかける。
「ああ、さっき買った奴隷が入れられちまって空きがないんだ。他も一緒だろうよ。最近買い取りが少なくて困ってんだよ。」
「マジか、どうするかな。」
「いっそ、城へ連れて行っちまえよ。脱走奴隷だ。死刑にでもしちまえよ。」
「そんなことできるかよ。アクアムにもウィーンドミレにも高く売れるだろう娘だぞ。」
「お、捕まったのかよ!」
門番は楽しそうな声を上げ、荷台の私を見た。
「ドラゴンを連れたグリゼオだろ。どこにいるんだ?」
「腰袋にでも隠しているんじゃないか。ドラゴンはついでだ。この娘さえいればいい。違ったとしても顔を潰してから売ればいいだろ。今、国にいるグリゼオはほとんど男だ。しかもアナ様のお気に入りだからな。」
この国にグリゼオがいる。
ウィーンドミレから売られた奴隷だろうか。
それとも、私と同じようにナトラリベスで捕まったのか。
男性のグリゼオがこの国にいる。
「女嫌いのアナ様だからな。即、死刑にならないといいけど」
「さすがに金になるんだ。あの国に恩も売れる。」
「これ以上、お礼の奴隷はいらないけどな。」
ゲラゲラ笑う声が不快だ。
「まあ、仕方ない。アナ様に報告がてら城の牢にでも入れておこう。」
そう言って再びソリは動き出した。




