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小窓から覗く星空。
その星たちを線でつなぎ、星座を作る。
この時期、リポネームの海岸から空を覗いた場合、見えるのはこの国が誇る最大の星座オオカミ座だ。
でも、私の視界にその片足すら見えない。
その代わりに見えるのは女神が杯をこぼし、天の川を作ったという昔話から命名された杯座と水髪座だ。
この水髪座の両側に王子と奴隷の娘の恋愛をモデルにした話から星座が作られ、その姿も確認した。
ここはリポネームの海岸が向く北東の空ではなく、ナトラリベスの海岸に向く東南の空だ。
でも、その海ですら、イルカのピスティアなんて見られない。
方角から考えられるのはもう一か所ある。
海を臨む南東を向いた場所。
それはアクアムの小島の上だ。
小島からなら東南から北東の空まで臨むことができる。
ティアリサム山から見て東に位置する青の国アクアムは鯨王の統治する島で唯一の小島。
そこを陸上の領土とし、ほとんどの民が海中で生活している。
小島の上にも城は存在するが、それは国外の来賓を迎えるためのみに使い、それ以外はほぼ無人。
小島には各国の大使館などはあるが大使以外は他国からの旅人が国を渡り結婚した夫婦の片方が海に潜れず生活しているだけだろう。
そのほか奴隷が働くだけで何もない。
そう聞いている。
だから、私が今収容されているこの牢は古く、過去にも収容された者の痕跡があるのだろう。
でも、なぜ私はアクアムで収容されているのだろうか。
「ナトラリベスじゃなくてよかった。」
つぶやきが反響して耳に帰って来る。
ここはポジティブに考えよう。
ここがもしナトラリベスだったなら、私は奴隷に戻される。
国籍がカルミナにあろうと、それは偽名。
真名はグリゼオの姓だ。
ケティーナでアヌビス様が奴隷登録の記録について言っていたが番号なんてどうにでもなる。
新たな焼き印を押しなおされるのは解っている。
それならアクアムでよかった。
そう考えよう。
リポネームには船は着いただろうか。
そもそも、あれからどのぐらいたったのだろうか。
月を見る限り一日は経過しているだろう。
進んでいたとしても三日と言ったところか。
この状況、空腹を感じないため、体内時計は当てにできない。
ここから脱出する方法を考えよう。
まず、足枷を外さなくてはならない。
とても古い物だ。
潮風でずいぶんと錆び付いている。
無理やり引っ張ったら鎖が切れるかもしれない。
残念なことに馬鹿力とは言われた事はない。
あまり自信はないが、床に座り、両足を鎖の繋がる壁に着け、手で鎖を持てば、力いっぱい引っ張る。
足や体も使い、力を込める。
すると、私の体は背中から一回転した。
「あ、取れた……」
予想よりも簡単に外れたことに拍子抜けしてしまう。
これで外れなかった場合、ドラドラの帰省本能を頼るしかないと思っていたが、鎖を見ると腐食によりちぎれていた。
たちあがり、服装を直す。
鎖がジャラジャラと引きずるたびに音がするが、今はおいて置こう。
足が簡単に取れたとなるともしかしたらドアも体当たりで開くのではないだろうか。
と、思ったのだが、さすがにトントンと話は進まないようだ。
ドアに体当たりした際ぶつけた肩が痛む。
でも、ほかに脱出できる場所がないため、ここから出るしかない。
窓から外を覗き、もう一度誰もいないことを確かめる。
窓に手を差し込み、鍵を確認する。
でも、鍵がありそうな場所には届かず、手のひらでドアをたたく事しかできない。
めいっぱい手のひらに指にと伸ばし、ようやく爪がそれらしいものに触れ、ひっかく。
この感触、金属ではなく木のようだ。
かんぬきに思える。
これは体当たりをしたところでドアが開く方向が逆のため簡単には開けられない。
早く気が付けばよかった。
ドラドラは今、どこにいるのだろうか。
海に薬箱と一緒に沈んでいるなんてことがないことを願う。
せめてアヌビス様たちと一緒にカルミナに戻り、店に戻っていればいいのだけれども、そうなると私の元へ戻ってくることはないのだろうな。
と、自傷の笑みが出る。
私の仮説を証明するように朝日が東の空から登ってくる。ここはアクアムでもう間違い。
海の状況や空の状況を確認したところで天候が悪化する兆しはなく、自分の手持無沙汰に悩む。
そこに
「おい、生きているな。」
聞き覚えのある声に振り返る。
かんぬきが外され、一人の男が入ってくる。
男と言えど、その見た目は私とそんなに変わらない若者で、その姿は人間のようで違う。
「アクアムの民に会うのは初めてだろう。俺たちはウミューシュ。お前たちにさげすまれ、怯えていた化け物だよ。」
鱗のある肌。
首にはえらがある。
指と指の間には水かき。
そして顔は凹凸が少ない。
鼻や顎が目立たないながらもその顔は人間に近い。
これは、父から聞いた昔話に出てきたこの国古来の民その姿だった。
昔、アクアムの入江には人魚と呼ばれる一族が住んでいたらしい。
美しく、はかなく、強い。
竜王からの寵愛を受け、海を支配していたという一族だが、人間が島に産まれ、動物は人間と対等になるべく進化が進んでいった。
今のピスティアに近い姿となった頃、彼らは竜王を裏切った。
鯨のピスティアが知恵を持ち、海底に国を造ったのだ。
人間と一線を引くというのが理由だったが、本当の理由は独立。
竜王よりも鯨王のが偉いのではないか。
神とあがめられるようになり、付けあがった竜王は人間を受け入れた。
そのことへの怒りと推測されたが真相は本人しか知らない。
「私は数少ない島に古来より住まわれる一族の方を化け物とは思いません。ですが今もまだその血が絶えることなく受け継がれているとは思いませんでした。国際会議には鯨王とシャチのテリーの方が参加したと言う話しか聞きませんから」
ウミューシュがポプルスの近い存在だと聞いている。
「ああ、そうか、知っているのか。そうだな。基本は父とその辺の側近しか行かないからな。」
何だろうか。
急にしょんぼりとした態度に変わってしまった。
これならと、思い、彼に向かって走り出す。
体当たりでぶつかると簡単によろめいた。
確実に私よりも弱い。
そう判断したのだが、事はやはり、簡単には進まない。
「なめた真似するな。」
つかまれた腕。
ひねるように背中へ回され、抱きしめられる形になると首元に痛みが走る。
「落とし物だ。お前は人質なんだ。そう簡単に逃がすわけがないだろ。俺たちの事を知っているような口だったが知ったかぶりか。」
彼らはとても強い種族。
陸上でどれほど鍛錬を積もうとウミューシュのただの成人男性にすら勝てないだろう。
と言う話を忘れていた。
いくら私と変らないだろう男の子でも、グリゼオの能力があろうと、力任せに押さえつけられれば勝ち目はなかった。
「お前はこれから竜王を呼び出すのに使う。島の最西端で処刑だ。」
「国際会議にて殺すことは犯罪です。」
「それも各国の法律により裁かれなくてはならない者を除く。と、されている。お前はわが国の民をたぶらかし、他国に売った売人だ。」
「そんなことしていません!」
抗議の声を上げる。
首に当てられた短刀から痛みと血が垂れる。
「そんなことは知っている。だが、ただの一般人でもない。グリゼオだ。グリゼオは民ではない。自分をとらえ、売ろうとした人物に近づくのにアクアムの民を使い、商人のふりをしていた。十分な罪だ。お前は生きていることが罪だ。」
「私は、カルミナ国民です。」
「灰色の髪をして何を言っているのだかな。」
背を押され歩きだす。
思い出しだ。
彼は私の腹を蹴り上げた張本人だ。




