■187 セレブの御屋敷訪問
「ふわぁ……!」
リムジンから降り立ち、目の前にそびえる大邸宅に僕は言葉を失う。
いや、ナニコレ……? お城かよ……。
いつか見た海の別荘が霞んで見える。あれも大豪邸だと思ったが、これはそれ以上だ。
門を通過してからここまでだいぶかかった。庭もとんでもなく広い。というか、どこまでが庭!? ゴルフコースにでも建っているのかこの家は。
さすがは世界を股にかける大企業、レンフィル・コーポレーションの社長宅といったところか。
「いえ、ここは日本別邸で、本邸はヨーロッパの方にあります」
「マジか……」
迎えにきてくれたウェンディさん……いや、メイドの風花さんの言葉に、僕はセレブの非常識さを知った。
左右に出迎える使用人さんたちの中を歩き、ただっ広い玄関ホールを抜けると、両サイドから中心に伸びてくる階段を降りてきた一人の少女に出会った。
金髪のツインテールをなびかせて、黒と白のゴスロリ風の服を着たレンシアが階段を降りると、真っ直ぐに僕のところへとやってきて飛びついた。
「白兎さン!」
「やあ、レンシア。久しぶり」
『DWO』の中では毎日のように会っているが、実際に顔を合わせるのは数ヶ月ぶりだ。相変わらずお人形さんのように綺麗な子だな。
「今日は突然お招きすることになってしまい、申し訳ありませンでした。パパ……お父様がどうしても会いたいと言って……」
「理由は聞いてる?」
「いえ、大事な話があるとだけ」
かなり流暢に日本語を話せるようになったレンシアの話を聞きながら、やはりこれは宇宙人絡みの話かな……と僕は予想を立てていた。
そもそも宇宙人がNPCとしてログインしている『DWO』を開発した会社が、何も知らないってことはありえない。
少なくとも【連合】【同盟】と何かしらの約束事を結んでいるはずだ。
レンフィル・コーポレーションの抜きん出たVR技術。それが宇宙人がもたらした技術と考えるといろいろと腑に落ちる。
問題はその立ち位置だ。宇宙人と手を結んでいる、というのは、ある意味で地球人への裏切りとも取られかねない。
【帝国】とズブズブの僕が言うな、って話だけどさ。
果たしてどういう目的で宇宙人と手を組んでいるのか。ただ単に利益を得るため? それとも地球人として宇宙人たちと対等に話し合うため? そこらへんがわからないんだよな。
「こっちでス」
レンシアに手を引かれて僕は玄関ホールの長い階段を上る。
ガラス張りの天井から陽が差し込む長い廊下を歩きながら、僕は空にチラリと視線を向けた。
当然ながら、今現在、宇宙にいる真紅さんにこの状況は筒抜けである。
真紅さんの話によると、もし僕がここで狙撃を受けても、その前に救出することは可能なんだそうだ。
まあさすがにそんなことにはならないと思うけど。
やがて僕らは豪邸の奥にあった、大きな観音開きの扉の前にやってきた。
レンシアがコンコン、と扉をノックする。
「お父様、白兎さンをお連れしました」
「ああ、入ってもらってくれ」
中からの返事に、このとき僕は、おやっ? と思った。
確かレンシアのお父さん、社長さんは、ほとんど日本語が喋れなかったはずだ。前に会った時……それこそレンシアと出会った時だが、その時には片言の日本語も話せなかった。
娘であるレンシアがこれほど日本語が上達しているのだから、父親である社長さんも一緒に勉強したのだろうか。
扉を開けて中へと進むと、そこはなんともラグジュアリーな広い執務室であった。
素人目に見ても高そうなものがそこら中にあるとわかる。それでいて派手さはなく、歴史を感じさせるような作りになっていた。
そしてその部屋の中心に、レンシアの父である、レンフィル・コーポレーションの社長、リンクス・レンフィールド氏がいた。
年はまだ三十を少し越えたくらい。髭もなく、若手社長と言ったところだが、その経営手腕は業界に響きわたっているとか。確かレンフィルコーポレーションはリンクスさんの父親、レンシアのお祖父さんが会長をしているんだっけか? 家族経営の会社なんかね?
「やあ、わざわざ足を運んでもらって申し訳ない。こちらから会いに行くといろいろと問題がありそうだったのでね」
「あ、いえ。お気になさらず」
完全に日本語を使いこなせているな。なにげに通訳を挟まずにちゃんと会話するのはこれが初めてだ。
「いつもレンシアと遊んでくれてありがとう。いつも君の活躍は娘から嫌というほど聞かされているよ」
「なっ、お父様っ! 余計なことは言わないで下さいっ!」
「ははは」
駆け寄ってポカポカと父親を叩くレンシアを微笑ましく見ていると、社長……リンクスさんが真面目な顔に戻り、こちらを向いた。
「君を呼んだのは他でもない。君が思っている疑問、そして私が思っている疑問に答えを出せたらと思ったからだ」
「お父様?」
「レンシアは少し外してくれるかな。白兎君とちょっと込み入った話があるんだ」
「え? あ、はい……」
わけがわからないといった顔をしていたレンシアが、風花さんに連れられて部屋を出ていく。
あの様子だと、レンシアは何も知らないのだろう。
二人が出ていくと、部屋には僕とリンクスさんだけになった。
「まあ、座りたまえ。何か飲むかい?」
「ああ、いえ、お構いなく」
促されて部屋の中央に据えられたソファーに腰掛ける。さすがは高級品なだけはあって、座り心地がうちのソファーと段違いだ。
「私が日本語をペラペラと話せたのを疑問に思ったかい?」
「え?」
顔を上げると、ニヤリとしたリンクスさんと目が合った。
「実のところ、私は娘ほど日本語を流暢には話せない。一時的に話せるようにしてもらっているんだよ」
一時的に? まさか……。
「宇宙人の翻訳技術、ですか?」
僕は意を決してそう口にしてみた。『は? 宇宙人? なにを言ってるんだね、君は?』と、普通の返しがきたらものすごく滑った感じになるのを覚悟しながら。
「その通り。さすがは『白』の一族、白鳳さんのお孫さんだ」
白鳳……爺さんか。僕はほとんど話したことがないけど、元々は爺さんが『白』の一族を率いていたんだよな。今は百花おばあちゃんがその位置にいるっぽいけど。
ひょっとしてリンクスさんは爺さんとも知り合いだったのか?
「やはり君も宇宙人との付き合いがあるんだね?」
「レンフィル・コーポレーションもですよね? 『DWO』は宇宙人たちとの交流に使われている。なにが目的なんですか?」
僕の疑問にすぐには答えず、リンクスさんはソファーにゆっくりと座った。
「我々レンフィールド一族の祖先はヨーロッパの小国にいる、普通の貴族の一族に過ぎなかった。そう、『星の花嫁』を得るまでは」
「星の花嫁……? まさか……」
「そう、我がレンフィールド一族には宇宙人の血が流れている」
マジか……。まさかレンシアの一族も宇宙人の血が流れていたとは……!
「と、言っても、大したものじゃない。数百年に何人か不思議な力を持つ者が現れる程度の血筋だよ。だが、その力を使って、我が一族は星の民……宇宙人たちと昔から交流してきた。『白』の一族と同じようなことをね」
ヨーロッパとかにおける『白』の一族と同じような存在がレンフィールド家だったってことか。
と、いうことは宇宙人に対して地球の立場を守ろうとしている?
「それはそうだ。たとえ宇宙人の血が混ざっていたとしても、我らは地球人だ。この地球の住人だ。宇宙人たちに好き勝手にされてたまるものか。そのために【連合】や【同盟】と気の遠くなるような交渉を続け、やっと『DWO』を完成させたのだ」
その話を聞いて、僕は心中でホッとしていた。少なくともリンクスさんは地球側の人間らしい。
「君も知っているだろうが、今、地球人類は大きな岐路に立っている。宇宙へ羽ばたくことを許されるのか、それとも捨て置かれるのか。彼らは地球人を見極めたいと言った。その要望に応えるために作られたのが『DWO』だ。その運営には地球人、【惑星連合】、【宇宙同盟】がそれぞれ深く関わっている」
やっぱりか……。まあそうじゃないといろいろと理由がつかないもんな。
「正直なところ、これは賭けだった。地球人の良いところを見てもらいたいと思っても、人間はそう単純じゃない。むしろ人間の醜いところを多く見せてしまう可能性もあったからね。酒や車の運転などが人の本性を現すと言われるように、ゲームもまた、その人の本性をよく現すものなんだよ」
「確かにそういう面はありますね……」
「ゲームへの向き合い方、プレイスタイル、他人との交流、そしてモンスターやプレイヤーとの戦闘。こういったものから、その人の性格や嗜好、行動原理などが見えてくる。それらを見た上で、地球人と交流するかしないかを決めてもらおうということになっていたんだ」
そう言うと、リンクスさんはソファーにもたれるように深く座り、虚空を見上げた。まるで宇宙にいる誰かを見るかのように。
「だが、正直に言うとね。私はどっちでもいいと思っている」
「え?」
「勝手に地球にやってきて、宇宙へ進出するかしないか見極めたいなんて、随分と上から目線だと思わないかい? ここは私たちの星だ。宇宙進出をどうするかは私たちで決めると本当は言いたいね。ま、個人的にはそう思うが、人類の一人としては外宇宙へ飛び出すチャンスを逃すべきではないとも思う。なんとも面倒な立場なんだよ」
まあ、宇宙人からすれば、地球人なんてのは辺境のそのまたド田舎の星に住んでる田舎者扱いなんだろうなあ。
感覚としてはその田舎から都会に繋がる高速道路、あるいは新幹線の線路を、都会の巨大企業が作ってやろうか? と言ってきている……みたいな話なんだろう。上から目線と見られても仕方ないわな。
「まあ、こちらとしては『DWO』のプレイヤーたちに未来を託し、ただの傍観者として管理・運営だけをするつもりだったんだが……。予想外のことが次々と起きてね」
「予想外のこと?」
「全くこちらに興味を持たず、同じく傍観を決め込んでいた【帝国】がなぜか動き出したことだよ」
その言葉に僕はちょっとドキッとしたが、表情に出す事は何とか防げたと思う。
「どういうわけか、シークレットエリアに閉じこもっていたはずの【帝国】の人たちが急に動き出し、プレイヤーとして活動する者も出始めた。突然のことに運営はパニックさ。こちらとしても藪をつついて蛇を出すわけにもいかず、静観するに留めたわけだが……。そこで一つ奇妙なことがわかったんだ。【帝国】の貴人用に用意したシークレットエリア。そこに度々訪れる一人の地球人のプレイヤーをね」
あ、これはアカン。直感的にそう思った。【セーレの翼】もゲームシステムの一環である以上、そりゃログは残るわな。
「向こうのシークレットエリアは運営でも覗いたり調べたりはできない。完全なプライベートエリアなんだ。だから中に誰がいて、なにが行われていたかまではまったくわからないが、どう考えてもこのプレイヤーは【帝国】と関わりがある。さらに調べると、なんと娘とパーティを組んでいるじゃないか。そして私とも知り合いだった。もうこれは直接聞くしかないと思ってね。ま、そんなわけでご招待したわけなんだよ」
完全にバレてるぞ、コレェ……。うむむ、どうしたもんか……。ミヤビさんやウルスラさんと会ってたことまではわかってないみたいだが……。
「白鳳さんのお孫さんだから宇宙人と関わり合いがあるというのはまあわかる。君も『白』の一族みたいだしね。だがそれは【連合】と【同盟】、それと地球に亡命した一部の宇宙人に限ってだ。【帝国】は地球人とほぼ接触していないはずで……」
「あ、いえ。先日、百花おばあちゃんは【帝国】の人と接触しましたけど……?」
「は?」
リンクスさんが驚いた顔をして固まる。あれ? 聞いてないのかな? 百花おばあちゃんは【連合】と【同盟】に通達するって言ってたけど……。
「情報を止められていたか、もっと上の方でまだ審議中か……。危うく後手に回るところだったな……」
考え込むリンクスさん。シークレットエリアを貸し出すくらいなんだから、『DWO』の運営側も【帝国】とそれなりにやり取りはしていると思ったんだが。
「やり取りというか、【連合】と【同盟】を通して『DWO』への希望が届く感じでね。直接的な交渉はしてないんだよ。ほとんどこちらに興味もない感じだったしね」
「あー……」
ミヤビさんは地球に来ること自体が目的だったからなあ……。別に地球人が外宇宙に進出しようがしまいが興味がなかったんだろうな。
「そこで【帝国】に伝手がありそうな白兎君に【帝国】の人を紹介してもらえないかと思ったわけさ。もちろんおかしなことはしない。ただ、今回の動きについて、みんな不安がっている。地球人として【帝国】はこれからなにをしようとしているのか、それを知りたいんだよ」
そういうことか……。
今まで『まったく興味ありませーん』って態度を取っていた【帝国】が、急に地球のことを活発に調べたり、関わろうとし始めたから、わけがわからなくて不安になっているんだな。
すみません! おそらく全部原因は僕です……!
────さて、どうするか。
完全に僕が【帝国】と繋がりがあるのはバレている。この状況でしらばっくれるのは不可能に近い。
かといって、ミヤビさんとのことを話すわけにもいかない。百花おばあちゃんはミヤビさんの血を引いてたから話しても大丈夫だったけれども、リンクスさんは赤の他人だ。
さらにいうなら国際的に力を持つ大富豪。海千山千の交渉事をこなしてきた、いわばその道のプロだ。僕なんか手のひらの上で転がされて、話しちゃいけないことまでポロッと漏らしそう……。
これはもう丸投げするしかないか……。助けて、真紅えもーん!
僕はもう猫型ロボットならぬ、メイド型ロボットに助けを求めることにした。
「真紅さん、頼みます……」
「承知いたしました」
「なっ……!?」
声をかけると、僕の背後に一瞬にしてメイド姿の真紅さんが現れた。
「初めまして、レンフィールド様。私は【銀河帝国】皇帝旗艦『真紅』。この身はその端末となります。こちらの因幡白兎様の……そうですね、後見人とでも考えていただければ」
「皇帝旗艦……!? 後見人……!? い、いや、それよりも、この邸宅には転移阻害のバリアフィールドが展開してあったはずなのだが……!」
「【連合】からの技術提供ですね。クリオム式のタイプΣ《シグマ》。残念ながら私たち【帝国】の転送技術はその先をいっています。バリアフィールドを無効化するのは難しいことではありません」
よくわからんが、転送を阻害するバリア的な物があったのか。でも真紅さんはそれを平然と抜けてきたと。
宇宙人に対しての地球側のセキュリティって無意味だよなぁ……。僕んちもミヤビさんにちょくちょく侵入されているし。さらに酒とか勝手に飲まれてるしな。
住居侵入罪に窃盗罪だろ。地球人なら即逮捕だ。
あれ? 家族なら罪にならないんだっけか……? いやまあ、宇宙人に地球の法律なんか関係ないんだろうけども。
「皇帝旗艦……というのが、【帝国】においてどのような位に位置するのかわからないのだが……」
「そうですね、皇帝陛下の代理人の一人と考えていただければ。少なくともこの場においてはその権限を任されております」
「は、はは……。こりゃまた……。思ったより大物が出てきてしまったようだね……」
「なんかすみません……」
正直、僕の手に負える話じゃないようなので……。
「【帝国】の方針としては、地球の方々ともう少し踏み込んだ話し合いをするべきかと考えております。その先駆けとして、因幡百花様ともお話をさせていただきました。レンフィールド様とも実りあるお話ができたらと思っております」
「それは光栄ですね……。地球人の一人としても、星の民の末裔としても」
どうやら真紅さんには、というか【帝国】には、リンクスさんと話し合う気があるようだ。
ふと、真紅さんが僕に視線を向けた。
「つきましては、白兎様。ここよりは国家間の話となりますので、席を外していただけますか?」
「え? 聞いてちゃダメ?」
「構いませんが、万が一機密が漏れた場合、白兎様も責任の一端を担うことになりますが。聞いた以上、知らぬ存ぜぬでは通らない立場となります」
「よし! 話が終わったら呼んでねー」
僕はソファーを立ち、そそくさと部屋を出ていくことにした。
もともと僕がリンクスさんに呼ばれた目的は、【帝国】の人間との橋渡しだったんだから、すでに御役御免だよね!
というか、地球と【帝国】に関する重要な情報をこれ以上知りたくない。ミヤビさんがなにを企んでいるのか気にならないわけではないが、聞いたらとんでもないことに巻き込まれそうな気がビンビンする……。
「あっ、白兎さン! お話は終わったンですか?」
廊下に出て、ふう、とため息をついていると、向こうからレンシアが駆けてきた。どうやら話が終わるまで待っていてくれたらしい。その後ろから風花さんもついてくる。
「リンクスさんはいま別の人と話しててね、その間ちょっと解放された」
「別の人……旦那様に電話でもありましたか?」
「あー、うん。そんな感じ」
部屋の前にずっといたのに中に誰かがいるとなったら、変に思われるからな……。まあ真紅さんならすぐに察知して姿を消すことも簡単なんだろうけどさ。
「では別室でお茶でも……」
「あ! なら私のお部屋でお茶を飲みませンか!」
「え? えーっと、いいんですか?」
レンシアの提案に、彼女ではなく風花さんの方にお伺いを立てる。
「構いませんよ。ではそちらの方にご用意致しましょう」
風花さんはエプロンのポケットからスマホを取り出し、どこかへ電話をし始めた。
「白兎さン! こっちです!」
レンシアは僕の手を両手でグイグイと引っ張る。ちょっ、わかった! わかったからそんなに引っ張るなって!
レンシアに手を引かれながら、こんな広い屋敷のお嬢様の部屋とはどんな部屋かと、ちょっとだけ興味がわいている自分がいた。




