■188 セレブのご両親
「ここが私のお部屋です!」
「おお……」
レンシアに手を引かれてやってきた彼女の部屋は、なんというか、反応に困る部屋だった。
まずとてつもなく広い。部屋って壁で仕切られているイメージがあるが、ここは三方に大きな窓があり、光に満ち溢れている。
置いてある家具も白とピンクが基調となった、女の子っぽいもので、ヨーロッパの王侯貴族が使っていそうな家具であった。天蓋付きのベッドとか初めて見たわ……。
「あまりレディの部屋をジロジロと見るものではないですよ」
「はっ、すみません……」
キョロキョロと視線を彷徨わせていると、後ろから風花さんの鋭い言葉が飛んできた。いかんいかん、気をつけねば。
「おっ、VRドライブだ」
本来ならばこの部屋に似つかわしくない物のはずが、不思議なことに微妙にマッチしている。
なぜならVRドライブも白とピンクで彩られた、かわいい感じになっていたからだ。
「あれ? これ僕の家にあるのと同じだ」
「はい! お揃いのをお願いしましたので!」
レンシアが嬉しそうに答える。僕のVRドライブはレンシアの家からもらった物だからな。お揃いだったのか。
でも確かこの製品って、カラーは二色しかなかった気がするけど……?
「お嬢様の御希望により特注で作らせました。限定生産レンシアVer.でございます」
僕の疑問に風花さんが説明してくれた。作らせちゃったのか……。さすが社長令嬢、半端ねぇ……。
「よろしかったら白兎さンVer.のVRドライブも作れますよ? 真っ白なVRドライブとかお似合いだと思いますけと……」
「いや、僕はいいかな……」
それっておいくら万円するのよ……。色で性能が変わるわけでもないし、今のままで問題ないや。
ふと、VRドライブの横にあるテーブルにアルバムのような物が広げてあったのに気付く。
家族の写真とかかな? と思ったのだけど、写っている写真に違和感を感じ、マジマジと見てしまった。
え? これって僕だよね?
いや、僕というか、シロだよね? スクリーンショットをアルバムにしてるの……?
「ウェンディ作『お嬢様の冒険の記録』でございます。皆様との思い出を厳選して編集致しました』
ドヤ顔で風花さんがそう答える。冒険の記録……まあそうか。
「そちらは第一集ですね。第一エリアのころをメインに集めております」
「へえ……」
レンシアに許可をもらってパラパラとめくってみる。
初討伐でスキルオーブを手に入れた僕がいた。そうそう、ここで【蹴撃】のスキルを手に入れたんだよな。
ミウラが仲間になって、レンに絡んだプレイヤーと乱戦デスマッチをしたな。そしてガイアベアを討伐して……あの時は亜種も出てきて焦ったよなあ……。
「まだ一年も経たないのに随分と冒険したなあ……」
「『DWO』では三倍の時間が流れていますからね。長く感じるのは仕方ないかと」
ああ、そうか。毎日三時間遊んだとしても、朝から夕方まで遊んだ感じになるのか。そりゃ長い感じにもなるか。日曜とかだとログイン限界時間までやっちゃってたりするしな。
ふとテーブルのアルバムを見ると、今のところ第五集まであるようだ。これって第一エリアから第五エリアまでのアルバムなんだろうな。
そういえば……。
「マップでは第六エリアまでが描かれているけど、そこまでなのかな?」
「どうでしょう? 今後の大型アップデートでさらに追加される可能性もありますが……」
風花さんはアップデートによって新大陸などが現れる予想をしているみたいだ。
確かに『DWO』のマップって、大陸の中心が空いてるんだよね……。
この中海のようなところに船で行こうとしたプレイヤーもいたがやはりダメだったらしい。
まあ、それができたら海を渡って別エリアにも別の領地にも行けることになっちゃうからな。
誰かが第六エリアを突破したら、この世界の中央に新たな島とかができるのかもしれない。
まあ、その前に第五エリアだ。あの八岐大蛇を倒さなければその先の話もないわけで。
決戦は次の日曜日だ。というか、明後日である。
一応やることはやったと思うんだが、心配の種は尽きない。
「援軍は頼んだけど、基本的にギルドでまとまって戦うことになるだろうなあ」
「遥花さンと奏汰さンのギルドにチケットを渡したンですよね?」
「うん。【銀影騎士団】と【フローレス】だね。特に【銀影騎士団】は【傲慢】の領国でもトップクラスのギルドだから頼りになると思うよ」
【銀影騎士団】からはソウを含め六十人が参加する。これはまとめて一つの部隊として動いてもらった方がいい。連携も慣れているだろうし、やりやすい形で戦った方がいいだろう。
アレンさんの話だと、参加チケットを渡したプレイヤーが全員が来てくれるとして、参加人数は四百五十人ほど。
そこに僕らクラン【白銀】のメンバーを足して六百人近いプレイヤーが集まることになる。
今までになかった規模のレイドバトルだ。
ところがこれを八岐大蛇の頭数で割ると一頭七十人ほどで事に当たらなければならない。
これはなかなかにキツいかもしれない。なんなら【銀影騎士団】だけで一つの頭を相手にするようなものだし。
作戦として、まずどれか一つの頭に絞って人数を多めにぶつけ、他の頭のところは最低限の数で耐える。
そして一つを撃破したなら、他の頭へ割り振り、それを繰り返して順番に頭を潰していく……というのもアリかもしれない。
ただな……。セイルロットさんが言ってたけど、ギリシャ神話に出てくる八岐大蛇に似た多頭蛇のヒュドラというモンスターは、首を落とされてもすぐに再生したらしい。
そのため、切り落としてはその首の切り口を焼き、再生できないようにして倒したとか。
八岐大蛇もその特性があるんじゃないかと心配していた。
さすがに運営もそこまで意地が悪いとは思えないけど。
あれだけ巨大で八属性の蛇ってだけでもかなりの無理ゲーなのに。
「私たちはどこの首を担当することになるンでしょう?」
「うーん、最大火力のリゼルが火属性だから、水? でも水属性に火魔法って効き目がない気もするんだけど、どうなんだろう?」
八岐大蛇は、それぞれの首が、火、水、雷、風、土、光、闇、呪の八属性を持っていると思われる。
単純に考えると、火属性のモンスターに火属性の魔法をぶつけても耐性があり、効果が薄い。
それを踏まえると、火属性の頭は無しだ。木属性なんてのがあれば明らかに火属性が弱点だろうけどさ。
光と闇はお互いに弱点属性な気がする。ネットなんかで調べると、水は火に強く、火は風に強く、風は土に強く、土は雷に強く、雷は水に強い……みたいなものがあるけど……。
水が火に強いってのはわかる。火は水で消えるからな。
風が土に強いってのもまあわかる。風化とか。
土が雷に強いってのは、落雷とかを吸収してしまうから? 雷が水に強いってのは電気が通りやすいから?
そして火が風に強いってのは……どういうことだろ?
火は上昇気流などを生み出すから風を操る、とかなんだろうか。
「あの、私たちは八岐大蛇の額にある宝石の色だけで属性を予測してますけど、あの緑の属性って、ひょっとして風じゃなくて木属性なンじゃないですか?」
「あ! そうか、その可能性もあるか!」
木属性ならしっくりくる。火は木に強いし、木が土に強いってのも納得できる。
「なら僕らは木属性の頭を相手にすることになりそうだな」
氷魔法とかが得意な【スターライト】のジェシカさんや【六花】のアイリスなんかは火属性の頭を、雷魔法が得意な【ザナドゥ】のゴールディなんかは水属性の頭になると思う。
ソロのミヤコさんは火属性の刀だから僕らと同じ木属性の頭だろう。【雷帝】のユウもゴールディと同じ水属性かな。
待てよ、そもそもこっちに木属性なんて魔法あったか……? 土属性の頭を倒すのってかなりキツいんじゃ……?
「おそらくですけど、土属性の頭って一番硬いんじゃないですか? 普通に打撃系の攻撃が効くような気が」
「ああ、なるほど」
そうか、別に必ず属性攻撃しなきゃいけないわけでもないよな。単に効き目がいいってだけで。
「それに、ありますよ、木属性魔法。地味ですし、あまり戦闘で使える魔法じゃないみたいですけど」
なんと。あったのか木属性魔法。
レンシアの話だと木を操り、相手を転ばせたり、蔓で縛り上げたりと、補助系の魔法が多く、あまり人気はないのだとか。
確かにそれで八岐大蛇と戦えというのは厳しいと思う。やはり打撃がメインか? 【カクテル】のギムレットさんなんかはこっちかな。【ゾディアック】のレーヴェさんも。
【スターライト】のメイリンさんや、【月見兎】のリンカさんも土属性の方が相手しやすいんだろうけど……。
これ得意な属性で分けた方がいいのかなあ……。でも連携ができないってのはかなりのデメリットな気もするし……。
明日の最終会議で決めないとな。僕はどの属性でも大丈夫だけども。いや、呪怨属性は戦いにくいかな……?
呪怨属性の弱点ってなに? 白沢みたいに呪いとか毒とか、ステータス異常を飛ばしてくる攻撃だとして、やっぱり回復系?
確かに毒とか呪いに対しては、回復系の魔法で抵抗はできるだろうけど、攻撃力が増えるわけじゃないからな……。
呪怨属性の頭を相手にすると長期戦になりそうだ。倒すのは後回しにした方がいいんじゃないかな。いくつかの頭を潰してから戦力を回した方がいいだろう。
僕らが八岐大蛇戦へ向けて、いろいろと話し合っていると、ドアをノックする音がして、風花さんがそちらへと向かう。
他のメイドさんがやってきて、なにか話しているようだ。
「白兎様。旦那様と奥様がお話しがしたいと申しております」
「お母様も?」
「はい。お嬢様も一緒にと」
きょとんとしてレンシアが疑問の声を上げる。
レンシアのお母さんにも一度会ってはいるけど、確かあの時はまだ日本語を話せなかったはずだが。
僕のそんな考えを読んだのか、レンシアが大丈夫ですよと声をかけてきた。
「お母様もお父様と同じく、こちらの言葉を覚えたので普通に話せますよ。わたしもお母様からいろいろ教わって話せるようになったので」
「あー……。そうなんだ?」
あれ? レンシアってば、御両親が普通に日本語を覚えたと思ってる?
まあ宇宙人からもらった翻訳機のおかげです、とは娘には言えないだろうけども。
レンシアの急激な日本語上達の秘密はこれか。
てか、こうなるとお母さんも宇宙人絡みのことを知ってるっぽいな……。
僕たちはレンシアの部屋を出て、先ほどの執務室へと向かった。
「旦那様、白兎様をお連れしました」
「ああ、入ってもらってくれ……」
中からなんとなくだが元気のないリンクスさんの声がして僕らは部屋の中へと入る。
部屋の中にはすでに真紅さんの姿はなく、代わりにレンシアのお母さんである、ルシアさんとお父さんのリンクスさんがいた。
真紅さんとの話し合いは終わったのかな? なんかリンクスさんがぐったりしたような、疲れ切った顔をしているけども。
会うのは二度目だけど、相変わらず若いお母さんだな……。髪の色は違うけど、レンシアが大人になったらこんな感じになるのだろうか。
「お久しぶりです、白兎さん。また会えて嬉しいわ。いつもレンシアと仲良くしてくれて、本当にありがとうございます」
「いえ、僕の方こそ娘さんにはいつもお世話になってまして……」
主にゲームの中でだけれども。
僕はルシアさんの丁寧な挨拶に思わずペコペコと頭を下げてしまう。
「白兎さんがレンシアと一緒にいてくれると私も安心できますわ。この子はちょっと内気な子ですけど、いったん懐くと急に積極的になったりするので、びっくりしないで下さいね。本当に好きなものにはとことんのめり込むタイプで……」
「ちょっ、お母様!? 余計なこと言わないで!」
「あら、叱られちゃったわ」
顔を赤くして怒るレンシアに、ルシアさんがカラカラと笑いながら答える。
なんというか、姿は似ているけど、性格は真逆な感じがするな……。レンシアは几帳面でルシアさんは自由奔放って感じだ。
「それで、白兎さんはレンシアのことどう思ってるのかしら?」
「え?」
急にルシアさんがキラキラした目でこちらを見ながらそんなことを尋ねてきた。
「……どうとは?」
「可愛いとか、一緒にいて楽しいとか、いいお嫁さんになりそうとか、そういうのよ」
「ちょっ……!? お母様!?」
レンシアが顔を真っ赤にしている。突然母親からの褒め殺しに、あわあわとテンパっているようだ。
「えーっと、可愛いと思いますし、一緒にいて楽しいですし、いいお嫁さんになると思いますけど……」
「あらあらまあまあ! これはひょっとしたらひょっとするのかしら!?」
ルシアさんがさらにテンションを上げてきた。え、なに? 思ったことを口にしただけなんですけど……。娘を褒められて嬉しくなったのかね?
「ちょ、ちょっと待て、ルシア!」
リンクスさんがルシアさんを引っ張って部屋の隅へと連れて行き、なにやら小声で話し合っている。
「性急に過ぎるぞ! こういうのは……に、よく考えてだな……!」
「あら、先方は……と言ってくれたのでしょう? なら、後は二人の気持ちが一番大事……じゃないですか?」
「それはっ……、そうだがっ……!」
なんか途切れ途切れでよく聞こえないが、なにか重大な話をしているような気がする……。
僕が遠くで話す二人を、なんなんだろうとちょっと訝しげに見ていると、恥ずかしげに目を伏せたレンシアが話しかけてきた。顔が赤い。肌が白いと目立つんだな。
「あの、すみませン……。お母様が変なこと言ってしまって……」
「いや、別にそれは大丈夫だけど」
「その、それで……さっきのって本当ですか?」
「ん?」
さっきの?
「か、可愛いとか、いいお嫁さんになる……とか」
「本当だけど……?」
別にお世辞を言ったつもりはないが。どっからどう見ても美少女だし、一緒にいて楽しいし、小さいのに気配りもできて、将来いいお嫁さんになるのは確実だろ?
ますます赤くなったレンシアを僕が不思議に思っていると、ハァ、と風花さんが小さくため息をついた。
「無自覚というものは時には罪だと知った方がいいかと」
「え?」
風花さんにそんな言葉を投げかけられ、わけがわからず戸惑っていると、話し合いが終わったのか、リンクスさんとルシアさんがこっちに戻ってきた。
「白兎君、真紅さんには『前向きに検討致しますが、今しばらく様子見でお願いします』と伝えてくれないか」
「は、はあ……」
「頼むぞ」
リンクスさんに肩を掴まれ、血走った真剣な目でそう告げられる。え、真紅さん、なに言ったんだ……?
というか、僕が伝えなくてもたぶん宇宙の方で聞いていると思うけど……。
その後、お茶とケーキなどをいただいて、僕はレンフィールド家をお暇することした。
これでリンクスさん……というか、『DWO』の運営と『帝国』を繋いでしまったことになるのだけれども、これによって何がどう変わるのか、さっぱり予想がつかない。
『連合』も『同盟』も、『地球人の本質を知り、共に宇宙で共存できるか』ということを判断するために『DWO』を利用している。
そこに今さら『帝国』が割り込んでくるというのは両陣営からすれば、まさに『青天の霹靂』といったところだろう。
『帝国』の鶴の一声でどうにかなるというものではないにしろ、間違いなく混迷した状況になると思う。
『連合』と『同盟』は大混乱になるかもなあ……。リーゼは巻き込まれる前に『連合』を抜けてよかったのかもしれない。
更級先輩と翠羽の『同盟』組もこれから大変なことになるかもな。更級先輩には申し訳ないが、翠羽はちょっと、ざまぁ、という気持ちがなくもない。
自宅の前までリムジンで送られて、無事に帰宅する。
「お帰りなさいませ」
「あれ?」
玄関を開けるとメイドさんがいた。っていうか、真紅さんだ。先回りしてたの?
「おお、シロ。帰ったか」
リビングの方からすでに馴染んでしまった声が聞こえてきた。
靴を脱いでリビングへ向かうと、予想通りの声の主がいつものようにソファーに横になり、だらっとくつろいでいた。
「なにしてるんですか、ミヤビさん……」
「いやなに、ちょいと仕事も一段落したんで、息子の顔を見にの。元気じゃったか?」
「だから息子じゃないって……。って、それよりもなんですか、これ?」
いつものようにだらけているミヤビさんは正直どうでもいい。僕が気になっているのは、リビングのテーブルいっぱいに敷き詰められたいくつもの寿司桶の方だ。
大トロ、中トロ、赤身にエビに鯛に穴子、いくらにサーモン、縁側、玉子、イカにウニ、カッパ巻きに干瓢巻き。ありとあらゆるネタが入った寿司桶がいくつもある。
これ、特上寿司じゃないの……? え、出前取ったのか?
「かかか。ちょっとした祝いじゃ。日本ではめでたい時に寿司を食べるんじゃろ?」
「いや、めでたい時っていうか……まあ、間違ってはいないのか……?」
お祝いのちょっとした贅沢な食事、という意味ではあながち外れてはいないのか……?
「美味しいです!」
「美味しいの!」
ノドカとマドカはすでに寿司に食らいついており、両手に手掴みで寿司を持って食べていた。箸を使え、箸を。いや、寿司なら手で食べるのもありなのか。
「シロも食べるがよい。なかなか美味いぞ」
「……いただきます」
なんだかもう、なんでうちでわざわざ出前取って食べてんの? って、疑問も口にするのが馬鹿らしくなってきた……。
僕はノドカの横に座り、箸を使って大トロを口に運んだ。食べ物に罪はない。美味い。
寿司なんて久しぶりに食べたな。あんまり外食しないし、自分じゃ作らないしな……。手巻き寿司くらいなら作れると思うけども。
「ところでこれってなんのお祝いなんです?」
「ん? そうじゃな……。まあ『明るい未来に乾杯』といったところかの」
わけわからん。まあ美味しいお寿司が食べられるならなんでもいいか。
……えっと、これって代金そっち持ちだよね? 立て替えた、と言われても払わんからな?




