■182 翠竜の森
■『VRMMOはウサギマフラーとともに。』 第9巻、発売しました。よろしくお願い致します。
「最終日の一日で倒せますかね?」
「まさか日を跨ぐほどの鬼畜仕様やないやろ。まだ第六エリアもあるんやで? ラスボスやないんやから」
「というか、白沢との連戦で、圧倒的に準備が足りない。仲間探しも難航している」
「見つからないってことですか?」
「逆だよ。参加したいってプレイヤーが多すぎて厳選しないといけないくらいなんだ。とりあえず第五エリア未到達のプレイヤーは遠慮してもらうことにした」
白銀城の天守閣兼会議室で、僕らは侃々諤々と八岐大蛇討伐に向けて話し合っていた。
第五エリア未到達のプレイヤーはダメなのか……。ハルとソウのところのギルドは第五エリアに到達しているからOKだよね? 【怠惰】じゃなくて【傲慢】のだけども。
「検証班の調べでは、チケットを持っていない者が八岐大蛇に近づくと即死だそうだ」
「えーっと、それは……攻撃を受けるということ?」
「いや、あの八塩折之酒は【超絶毒】らしい。それが大気中に充満しているところへプレイヤーが近づけば【即死】効果を受けるというわけだ。チケットはそれを防ぐ効果があるらしいよ」
マジか。酒樽に近づいた時、チケット持っててよかったな……。酒を呑んでいる間は安全なんじゃないかなんて、浅はかな考えだったか。
「しかも死に戻っても毒が消えない。完全に毒が抜けるまで【鑑定】の調べによると三日かかるそうだよ。こうなるともう三日ログインできないわけだ」
ええ……? なにその鬼畜仕様……。ログインしたら即死ってこと? 最悪のペナルティやんか……。
「そんなの呑み続けてよく平気ですね、八岐大蛇……」
「おそらくだけど、呑むたびに体力やパラメータが低下しているんじゃないかって話だよ。実際、素戔嗚の八岐大蛇退治でも、酔って寝てしまったところをズタズタに斬り裂いた、とあるし」
ってことは、最終日が一番弱っているってことか。準備に時間がかかることがネックかと思ってたけど、よく作られてるな……。
というか、そんなの七日呑んで死なないって、元のステータスはどれだけ高いんだよ……。
「今のうちからチケットを持っている何人かで少しずつでも攻撃したら?」
「それはやめた方がいいですね。戦闘が開始された、と判断されたら、八岐大蛇は酒を呑むのをやめて攻撃してくるでしょう。そこで全滅したら、チケットは失われ、次の戦闘には参加できなくなる。戦力を分散してチマチマと攻撃に当てるのは愚の骨頂ですよ」
「だよな。やるなら全力で一気呵成に叩くべきだろ」
ガルガドさんがバシンと掌を拳で叩く。僕もそう思う。チケットの数には限りがあるんだ。たとえ数十人でも最終決戦に参加人数が減るのはいただけない。
「この八岐大蛇の額にある宝石なんですが、やはりこれは属性を表しているのかと……」
「せやろな。よくある属性竜っちゅうやつや」
セイルロットさんが、八岐大蛇登場の動画を見ながら見解を述べる。
八つの頭それぞれに、赤、青、黄、緑、白、黒、茶、紫の八色の宝石が第三の目のように輝いている。
セイルロットさんの言う通り、それぞれ、火、水、雷、風、光、闇、土だと思うんだけども、紫ってなんだ? それっぽい属性あったかな?
「紫はおそらく呪怨属性……毒だとか呪いだとか、バッドステータス的な攻撃をしてくる頭だと思うんですけど、確証はありません」
「チケットがあるなら毒は効かないんやないか?」
「いや、あれは八塩折之酒限定の物だと思った方がいいでしょうね。そんな甘い設定ではないでしょう」
つまり白沢みたいな攻撃をしてくる竜ってわけか。解除してもリセットされないだけマシだけど……。
「確証はないですけど、【解呪】を使えるプレイヤーはこっちに回した方がいいですね」
「うーん、それも痛いわね……。【解呪】を持ってるのは高レベルの回復職が多いから……」
セイルロットさんの言う通りなら、僕らは八つのグループに分かれることになる。それぞれ属性によって分かれることになるのだろうが、ギルドでまとまって動いた方がいいに決まってる。
となると、僕らの【月見兎】は、最大火力であるリゼルに合わせて火属性となるのか。いや、火属性だから相手をするのは水属性の竜かな?
「シロちゃんの【首狩り】が効かへんのが残念やなあ」
「ま、仕方ない。エリアボスだからね」
僕の【首狩り】は瀕死状態に突入した首のあるモンスターに即死を与える奥義だ。だけども、エリアボスには効かないという弱点がある。さすがに運営もそこまでサービスは良くないってこったな。
「一つでも首を落とせたなら、すぐに他の首に回り、戦列を立て直さないといけないだろうね」
「ならまずはどれか一つに絞りますか? 他の七つは防御に徹して、首が一つ落ちるまで耐えるという手も……」
話はまだ続いているようだが、ここはクランの頭脳班に任せておこう。僕らは戦いの準備に入らないといけない。まずは装備からだな。
◇ ◇ ◇
「双銃剣強化案として、魔法弾のチャージ式から完全にリボルバーのような装填式に変えようかと思う」
リンカさんがテーブルに乗せた双銃剣と、弾丸のような物をいくつか立てて並べた。
「今まではシロちゃん自身のMPを使って撃つ魔力弾と、あらかじめチャージされた魔法弾の二つを撃てた。だけど、魔法弾は一日六発しか撃てない。属性竜相手にこれは致命的な欠点」
まあ、そんなに属性攻撃ができないからなあ。効果的とは言えないか。
「ん。そこで装填式。いくつかの弾丸カートリッジに魔法を込めて、装填して撃つ。これなら弾丸さえあればいくらでも撃てる。自分のMPを消費する通常の魔力弾も撃てる。さらに撃たずに次弾装填の属性を短剣に帯びさせることもできる」
それはすごいんじゃないか? どんな属性にも切り替えられるってこと?
「問題はこの弾丸。初級魔法しか込められないのは前と同じだけど……コストが高い。しかも使い捨て。撃たないでいて武器に属性付与すると一分で空になって消滅する。つまり刀身に属性付与するなら、装填して一分以内に斬りつけないと無駄になる。あと、その再装填の隙も大きなネック」
どんな属性も帯びさせることができるけど、一分で切れるのか……。そして毎回再装填が必要になる、と。なんでもかんでもそんなにうまくはいかないもんだな。
「で、この弾丸、一発いくらくらいするんですか?」
「だいたいポーション一本分くらい」
「なんだ、そんなに高くないじゃないですか。それなら……」
「ポーションを敵にずっと投げ続けるのが高くないと? シロちゃんはお金持ち」
「スミマセンデシタ」
そうか、そうなるのかー……。確かにボス戦のたびにポーションをバカバカと使ってきたけど、それの比じゃないほど使うことになるのか。
お金……お金かー……。
「素材自体はレアアイテムじゃないし、生産はスキルでできるから問題はない。問題はかかるコストだけ。どうする? 強化する?」
「しないって手はないでしょう……。今までの特殊効果は残るんですよね?」
「ん。斬撃による【呪い】の付与は残る」
「じゃあそれでお願いします」
「わかった。明日までに作っておく」
リンカさんは僕だけじゃなく、他のギルメンの武器防具も、なんなら【スターライト】の分もいくつか強化しなきゃならないからな。手間取らせるわけにはいかない。
さて、リンカさんの工房を出た僕は、金策に走らなければならなくなった。
売り物になるようなめぼしい物は無かったよなあ……。僕はインベントリに死蔵してあるアイテム欄を眺めながら、ため息をついた。どれもこれも売っても大したお金にはならない。
少し前なら【セーレの翼】で上位エリアに行って手に入れた素材を売ればいいお金になったんだけども。
いや、まだ第六エリアがあるから不可能ではない……はず。一度行ったことはあるし。しかも【怠惰】の第六エリアだ。
僕は【セーレの翼】の行き先リストを開き、そこに【怠惰】第六エリア・『翠竜の森』という項目を見つける。……行ってみるか?
初めて行った時と比べて僕も強くなった。一つ上のエリアなだけだし、【索敵】もあるから、モンスターの接近もわかる。
行ってみるか。ああ、伐採用の斧や、採掘用のピッケルは最高の物を用意しないといけないな。
手に入れた素材はリンカさんやクラメンのみんなに売ることにしよう。
よし、そうと決まれば行動開始だ!
◇ ◇ ◇
「……よし、近くにモンスターはいないな……」
やってきました、【怠惰】の第六エリア、『翠竜の森』。第六エリアに行くために第五エリアのボスを倒さなきゃいけなくて、その資金稼ぎに第六エリアに来るって、わけがわからんよな。本末転倒というかなんというか。
まあとりあえずこの近くにある木を伐採するか。
僕はインベントリから伐採用の手斧、『ゴールドハチェット』を取り出した。
まあ金の手斧なわけだが、今のところこれが一番性能が高い。リアルなら金の斧なんかすぐへこんでしまいそうだが、ゲームだと切れ味はいいらしい。
「よっ!」
僕は近くにあった、直径十五センチほどの小さな木にハチェットを喰らわせた。硬った!
やっぱり硬いわ! それでも二センチくらいは食い込んだから、前よりは遥かにマシだよな。前は木の皮を少し剥いただけだったし。
ガッガッと何度かハチェットを振り下ろしていると、やがて切り倒すことができた。ふう。
「とりあえずこれは十本くらい伐採していくか」
黙々とハチェットを振り下ろしてAランクの木材を確保していく。よし、完了っと。
「あとは採取かな……。なにか効果のある草や花なんかがあればいいんだけども」
僕も【鑑定】スキルを持ってはいるが、それほど熟練度は高くないから、名前とランクくらいしかわからない。
とりあえずランクの高い物を持ち帰ればなにかに使えるだろ。
そう考えて、Aランク、Bランクである草や花は片っ端から採取していった。
だけど、第五エリアでも見かけたことのあるものが大半だな……。ここの採取エリアはそこまでの高ランクエリアじゃないってことなのか?
採取を続けていると、どこからかモンスターの咆哮が聞こえてきた。すぐに【索敵】を使い、場所を確認する。
こっちに近づいてきているな。以前ならすぐさま逃げたけど……。
今ならいけるか? こっちに来てるのは一匹だし、以前とは装備もレベルも熟練度も違う。
双銃剣はリンカさんに預けてきちゃったから、装備しているのが双焔剣『白焔』と『黒焔』ってところが不安材料だが、この二振だって、そこまで劇的に弱いわけじゃない。
「やるか」
僕は後腰から白焔と黒焔を抜き放ち、近寄ってくるモンスターを待ち構えた。
現れたのは巨大な熊……いや、体は熊だが、頭が鷹のようなモンスターだった。鷹熊……ホークベアとでも言うのだろうか。
【鑑定】すると【イーグルベア】と出ている。……鷲だった。
『キョワェェェェ────ッ!』
突然イーグルベアから怪鳥音ともいうような奇声が発せられる。次の瞬間、僕の身体は硬直し、身動きが取れなくなってしまった。しまった、【ハウリング】か!
イーグルベアが四つ脚で動けない僕へ向けて突進してくる。動けるようになった時にはもう目の前までイーグルベアが迫ってきていた。
「【神速】!」
スローモーションの世界の中で、突進してくるイーグルベアをギリギリで躱し、すれ違っていくやつの背中に双焔剣を滑らせる。浅いがダメージはダメージだ。
勢いがつき過ぎて向こう側まで行ってしまったイーグルベアがターンしてこちらへとまた戻ってくる。
「【分身】──からの【一文字斬り】!」
待ち構える僕は瞬時にして六人に分かれ、左右に三人ずつ、イーグルベアをすれ違いざまに六筋の剣閃を放った。
『キョワエアェェェェ!?』
運良くそのうちの一本が【燃焼】の効果を発動させた。突然燃え上がった自分の体に対し、イーグルベアがなんとか火を消そうとジタバタともがいている。
その隙に六人の僕はイーグルベアを取り囲み、戦技のコンボを発動させた。
「【スパイラルエッジ】──からの【ダブルギロチン】!」
飛び上がって回転しながらイーグルベアを斬り刻み、最高到達点で手にした双焔剣を二本とも同時に振り下ろす。
斬り刻まれ、十二本の短剣に同時に斬りつけられたイーグルベアのHPは、それでもまだ0にはなっていなかった。かろうじて瀕死状態に留まっている。
が、もう終わったも同じようなものだ。
「【首狩り】」
『キョア……?』
イーグルベアの首がストンと落ちる。バタリと倒れたイーグルベアの体が光の粒になって消えていく。一丁上がりっと。
ドロップアイテムは……『鷲熊の爪』に『鷲熊の毛皮』、『鷲熊の嘴』、『鷲熊の胆嚢』……胆嚢ってなに……?
鑑定してみると、『医薬品』と出た。ポーション系の素材になるのかな? 高く売れるといいが。
そこまで強くはなかったな。一匹だったからなのか、このフィールド自体がそこまで高レベルな場所じゃないからなのか。それとも僕が強くなり過ぎてしまったのか……。はい、すみません。冗談です。
その後も何匹かのモンスターに襲われたが、普通に勝つことができた。それでもやっぱり第五エリアの敵よりは強いと思う。
採取・伐採ときて、できれば採掘もしてみたかったんだが、どうやらこのフィールドには採掘ポイントはないようだ。まあ、森だしなあ。
このまま森を突き抜けて『翠竜の森』から脱出し、他のフィールドも覗いてみようかな?
他の領国ならそれもアリかなと思うんだけども、ここは【怠惰】の第六エリアだからなあ。進む先のエリアを知ってしまうと、お楽しみが減ってしまうような気もする。本当に今さらだけども。
まあ、今は新たなフィールドを探検している暇もないか。
今は素材より、それを売ったお金が必要なのだ。もっと伐採と採取をしつつ、このフィールドのモンスター素材を集められるだけ集めておこう。
第六エリアのモンスター素材だ。新しい武器防具の素材になるかもしれない。これをクランのみんなに売って、僕はお金を稼ぎ、みんなは強い装備を手に入れる。八岐大蛇退治にも必ず役立つはずだ。
僕が採取を再開しようとした時、足下を黒い影が通り過ぎた。
見上げると、大きな鷹のような鳥が旋回してこちらに向かってこようとしている。今度こそ鷹……だよな? 鷲じゃないよね?
というか、鷲と鷹の違いってなんだろう……?
空中からこちらを襲ってきた大きな鳥に【鑑定】をかける。相変わらず名前しかわからないが『ウィンドファルコン』と出た。鷲でも鷹でもなかった! ハヤブサ!
『キョエエエェェェェ!』
空中でウィンドファルコンが両翼を交差させるように羽ばたくと、その先から二つの衝撃波が飛んできた。ソニックブームか!?
横に移動してそれを躱すと、硬いはずの第六エリアの大木が簡単にスパンと切断されて倒れた。
うーむ、これはちょっと強敵かもしれぬ。
空を飛んでいるモンスターとは相性が悪いんだよなあ……。
遠距離魔法を使えるリゼルも、弓矢や魔導銃を放てるレンもいないし。せめて双銃剣があったらまだ戦いようはあったのだが。
「カウンター狙いでやるしかないかな……」
『キョヤァァァァァァッ!』
こちらへ向けて急降下し、鋭い爪を振るってくるウィンドファルコンに、タイミングを合わせて僕は双焔剣を振るう。
太腿あたりを切り裂いたが、ほとんどダメージはない。
「くそっ、やっぱり難しいぞ、これ……。一旦逃げるか……?」
いや、逃げるんじゃない。戦略的撤退。うん。いつか泣かすから。
ただ、このまま一矢報いず背を向けるのはなんか癪なので、一発お見舞いしてから撤退することにする。
インベントリで死蔵していた、安物の投擲槍を取り出してウィンドファルコンに向けて構える。
さあこい。【投擲】でその翼に風穴を開けてやるぞ!
……いや、大して攻撃力もない槍と、STRがない僕では、刺さるかも怪しいけれども。
『キョワァァァァァァァッ!』
「来るかっ……! え?」
上空から勢いよく急降下してきたウィンドファルコンが、突然風の刃のようなものにズタズタにされ、バラバラの肉片になって落ちてきた。うわぁぁぁ! グロい!
すぐさまバラバラにされたウィンドファルコンは光の粒となって消えたが、当然ながら僕には経験値もアイテムもドロップしない。
今のは風魔法か? 一体誰が……?
と、辺りをキョロキョロと窺うと、またしても大きな影が僕の足下に現れる。
見上げると、そこには陽に照らされて、エメラルドの光を放つ巨大なドラゴンが、宙に浮いて僕を翡翠のような目で見下ろしていた。
「あー……こりゃちょっとヤバいかな……」
ここは『翠竜の森』。間違いなくアレが翠竜だろう。くそっ、【索敵】はアクティブスキルだから接近に気がつかなかった……!
仕方ない、【セーレの翼】で緊急離脱……。
しようかとしたら、翠竜がすーっ、と降りてきて、そのまま五体投地するかのように、僕の前に頭を下げた。
《【龍眼の君】よ。はからずも御目文字叶いまして、恐悦至極にございます。新たなるトゥストラの誕生を心よりお祝い致したく存じます》
あ、これ大丈夫だわ。