英雄
それからのことを話そう。
翌日、というかあの日の朝、結局俺と親父はワイドショーのトップを飾ること無く二人、食堂のテレビで芸能ゴシップを見ながらおにぎりプラス卵焼きプラス鶏の唐揚げを食べていた。
と言うか、あれほど騒がれていた連続切り裂き魔の事件は全く話題に上らなくなっていた。
まるであの事件が鏡の向こうの空間に、全て持ち去られたかのようだった。
それとリア充スレイヤーそのものも。
眠りっぱなしだった大介と伊藤は目を覚ました。もともと眠り続けるだけで身体に異常は無かったのだが用心と検査のために入院は少し続いていた。ここ二週間の記憶があやふやになっていたからだ。
伊藤は看護士さんをナンパし続けているという。大介とはケンカになると思ったのだがさすがスポーツ青少年、伊藤と仲良く話しているという。暴力は良くないから剣道をやろうと誘っているそうだ。
ただし俺が見舞いにいくと必ず伊藤と口げんかになる。それが面倒なので同室の患者さんや看護士さん、それに担当の医師には「カズミちゃん」の呼び名を教え込んだ。
美代子も毎日大介のもとに訪れている。彼女の家は丸目グループが資金援助をしてくれることになり、どうやら学校もマンガも続けられそうだった。新作ができたらしく三月になったら公募してみると言っていた。
その他にもあの事件で昏睡を続けていた人々は、全く同じ時刻に目覚めていた。一月二九日の午後一一字五〇分ごろ。沙織さんが目覚めた時刻、そしてそれは鏡が割れた時刻なのだろう。
そして美代子も含めた関係者がリア充スレイヤーについての記憶を無くしていた。かろうじて残っているのはあのとき示現高校の屋上に居た四人だけ、そして五人の幼女だけになっていた。
あと美雪。なぜ妹からその記憶が消えなかったのか原因はよく判らない。でも俺はそれで良かったと思っている。
役立たずだったHIMOTE様サポート電話も「おかけになった電話番号は現在使われておりません」と、まるで撤収してしまった詐欺事務所のようになっている。最後の最後まで役立たずだった。
さて丸目は無事復帰したがランドセル計画が頓挫し少々落ち込んでいる。もちろん沈黙の風紀委員長が強固に反対したからだ。しかしまだ諦めておらず次はブルマだとはりきっていた。いい加減諦めろよ。
飼育小屋のウサギのシロは丸目邸で飼えるようになった。それと沙織さんの中学の友だちが飼いあぐねていたシベリアンハスキーも引き取ることになった。それをきっかけに千葉を初めとする女子たちは、沙織さんと少しずつ話すようになっているという。
丸目の親父さんは今期でCEOを辞任するという。誰も覚えていなくともあの暴君が記憶しているのだ、愚か者が敷くんだイベントのツケを払えとのことだ。今後は築き上げた財産で奉仕活動をすると聞いた。
その暴君こと俺の親父はあれから数日家に居たのだが、荷物を整理しすぐにペルーに旅立ってしまった。今度こそはジョーンズ博士に匹敵するお宝を発見すると言っていたが、あの映画だとくだんの博士は発見したものを誰かに横取りされていることに気がついているのだろうか?
桜が咲く頃には帰ると言っていたがきちんと帰国するか判らない。美雪は楽しみにしているがこいつの期待を裏切らないように俺も監視しないといけない。
そう言えば俺の額には頭突きの傷跡が残ってしまった。別に男なんだし気にしていないのだが、美雪が「おそろいだ」とか言ってオデコを出すのは勘弁して欲しい。
さて、あの幼女たちだがとても元気に過ごしている。
アルとエルは時々ナオキストアで呼び込みしている。褐色の双子が関西弁で景気よく客に向かって口上する姿は、来訪客を確実に増やしていた。たまにお客さん相手に全く同じ服装で「どっちがどっちでショークイズ」をおこなっているらしい。
アイは山岡図書館でよく本を読んでいる。しかもイスの上に正座が基本だ。彼女には大きな黒縁メガネを与え髪は必ずお下げにするように教育した。その可憐な容姿のおかげで図書館の妖精さんと呼ばれているという。
レイは美雪に家事全般を習っている。お買い物は彼女の担当だ。ただナオキストアでアルとエルに売れ残りを押しつけられやや困っている。
その他にあまりに可愛い姿なので洋品店のモデルをおこなっている。時々彼女の噂を聞きつけた芸能プロダクションなどがスカウトに来るのだが、マネージャー役の美雪は首を縦に振らなかった。レイが忙しくなって逢えなくなると寂しいというのが理由だそうだ。
この四人は俺の家に住んでいる。
二階の親父の部屋を一階の客間に移動し、二部屋の倉庫は中身を丸目邸に預けた。
空いた二階の二百一号室がアルとエル、二百二号室をアイ、二百三号室にレイが住むことになった。
表札が下の方に延長され、そこにレイ・アイ・アル・エルとヘタっぴだが力強い文字が躍っていた。
美雪は幼女四人のために洋服を選び、食事を作り、お風呂に一緒に入っている。猫のシロはもっぱらアイのお相手に忙しい。
メイは沙織さんと一緒に暮らしているが、剣術の腕前を買われ大介の通っている剣道の道場に席を置いた。黒髪の天才美幼女と言うことで入門する生徒が増えたそうだ。それでもメイは沙織さんオンリーなので道場ではツンデレ姫と呼ばれている。
こんなふうに山岡商店街に現れた美幼女のおかげで、彼女らを目当てに訪れるお客様がぐんと増えた。閉じていたシャッターもぽつぽつ開くようになり商店街全体が活気づいている。
もし、元気いっぱいの美幼女の姿を拝見したければ、ぜひ買い物ついでに山岡商店街にどうぞ!
§
さてあれから半月過ぎていた。
俺は放課後、あのモミの木の前に来ている。この木は相変わらず静かに学校の中を見渡している。あの事件があったことなど全く気にせず我関せずとばかりに腰を据えていた。まだ冬だが今日は風も無く太陽の日差しが暖かい。
どうして俺がここに来ているかと言うと呼び出されたからだ。しかも俺に決闘を挑む熱い男とかそういう面倒なのではない。
「お待たせして申し訳ありません」
その声に振り返ると俺をここに呼び出した張本人、沙織さんはどこか恥ずかしそうに俺を見てからモミの木を見上げた。
「どう、シロは元気にしている?」
「ええ、とても元気です。メイちゃんが率先してお世話してくれますから」
どうもメイとウサギというのは取り合わせが判らない。それでも女の子なんだもん、それなりのことはできるのだろう。
「ところで、今日は何の用事なの?」
実は少し判っていたり。その予想通り沙織さんは顔を赤くしてどこかもじもじすると、綺麗に包装した箱を俺に差し出してくれた。
「あの……これチョコレートです、貰ってください」
そう、本日は二月一四日金曜日、世間一般ではバレンタインデーだ。
終戦直後の一九四六年の今日、アメリカの兵士であるバレンタイン少佐が日本のおなかを空かせた子供たちのためにチョコレートを配ったことに由来する。この日、ギブミーチョコレートと言えば男子はもれなく……
「嘘はよくありません」
沙織さん、俺の心を読んだのだろうか。
ともかく彼女にチョコレートを貰えるなんて贅沢の極みだ。まー中身が義理だとしてもさ。
さっき生徒会室を覗いたら執行部の男子にチョコレート配っていたもんな。あれきっとみんな食べないぜ。俺は……どうしようかな。でもこういうのはきちんと返事をせねばなるまい。
「ありがとう、大切に頂くね」
「はい、実はもう二つ」
二つ? 合計三つも貰えるのか?
そのプレゼント第二弾は彼女の差し出した写真だった。
それも証明写真より少し小さくてしかも沙織さんの後ろ姿だ。
美しい黒髪が一体となって輝いているのは素晴らしいけど、どうせならもう少し大判でこっちを向いてくれているのがいいなあとか思っていると、
「そそそそれと、これなんですぅ、あうあう」
何かどもっているし瞳は下・下・右と高速移動をしているしすでに顔はトマトのようになっているし、何がどうなっているのだろうと思って彼女が差し出しているものを見たのだが、なんかこの包みどこかで見たような……
「あ、あの、ショッピングセンターで柴田くんが……」
あ、思い出した。あれは丸目へのプレゼントを選ぶために西山岡の総合ショッピングセンターで選んだときの梱包だ。すると中身はあのロケットなのだろうか?
「これ、丸目と同じものなの?」
「いえ、兄にプレゼントするというのは嘘なのです。ええと、これはあなたに上げたくて、あのとき選んでいただきました」
……ちょっと待ってくださいよ奥さん。つまり証明書並みの写真はこのロケットに入れて欲しいというわけでございますか?
そうかそれで写真が背中を見せているのか、あのときの例えを覚えていたというのかっ!
それにこのロケットは沙織さんが貯金をはたいて買ってくださったもの。しかも変態兄貴へのプレゼントと嘘をついてまで。
「あの、ご迷惑でしたか?」
俺、全力否定。できれば首をぐるぐる回して意思表示したかったがここでくたばるわけにはまいりません。
「ありがとう、すっごくうれしいよ!」
俺がとっておきの笑顔でほほえむと、彼女も小さくこくんとうなずいた。
「でも、こんなに高価なものを俺が貰っていいのかな?」
すると彼女はうつむいていた顎を上げ大きな瞳で俺を見た。
「あなたに貰って欲しいのです……例えわたしの存在が消えてしまってもあなたにだけは覚えておいて欲しかった。あのときはそう思いました。これをあなたに買えたことで」
沙織さんはそこで言葉を切るとプレゼントの箱を見ながら瞳は下・前・左と動いてゆっくり瞬きした。
もう思い残すことは無いと安心しました。でも……」
「でも?」
沙織さんはこくんとうなずく。長いまつげがゆっくり上下した。黒い瞳に力強く見つめられ俺も視線を外せなくなる。
「今はあなたのそばにずっと寄り添わせて欲しい。その、ええと」
これ以上無いくらい赤くなった沙織さんは口をムニュムニュと動かして何かを迷っている。だが決断は早かった。
「英雄くんは……わたしのヒーローですから!」
俺をゆるがすような大きな声で言う。そして瞳は下・前・左・前って何だこの動き。その後ゆっくりとまぶたを閉じるとそっと唇がこっちを向いている。
な、なんと! これこそ秘め事ガンチャート、そしてこれは俺に求めている、求めていますよ、あのロケットに収める写真の予行演習ですよっ!
これに応えずして男といえようか、いや言えまい。何故に口調が古いかはどうでもいい。だがあまり女の子を待たせるものではない。
俺は彼女の小さな肩に両手をそえてそっと引き寄せる。
ア〃、なんと清潔な石けんのかほりが微香にしみこんでくる、俺の心臓は許容範囲をかるーく超えた血量を頭に送っていた。
俺ってひょっとしたらリア充?
きっと今日を境にこのモミの木は伝説のモミの木とか言われるようになるだろう。バレンタインデーにこの木の下で口づけを交わしたカップルは永久にリア充になれるという……
ともかく、お袋、母さん、俺いきます!
思い切って俺も唇を突き出して彼女の極上な唇に重ねようと近づけた、もうその体温が直に伝わるそのとき!
「いったれーあんちゃん!」
俺の真後ろの植え込みからそんな声が聞こえてきた。とたんに素に戻る沙織さん、急激に離れていくマイリップス。
オーマイゴッドだぜ!
「なにやっとんのやエル!」
「……無粋」
「ダメですよ、静かにしてないと」
……つまり全員集合か?
「こら、隠れてないで出てこい」
俺が静かにそういうと植え込みから出てきたのはレイ、アイ、アル、エルの四人だった。どういう訳か全員が目立たないように迷彩服仕様の衣装を着ているのは美雪の差し金か? ともかくそこに正座しろ、と思ったらアイはすでに正座していた。
君たち、俺がリア充の階段を駆け上がる一歩目で邪魔して、リア充スレイヤーか。いや半月前にはそうだったんだけどさ。
「あのなあ、みんなこんなところで……」
「お姉様の唇は、あなたごときには絶対渡さないから!」
その声は沙織さんの後ろの植え込みから聞こえて来た。こちらが呼び出す前に姿を現したのは当然メイだ。
彼女は沙織さんの前に立つと両手を広げてガードする。服装もなぜかこちらの四人と同じく明細仕様のロングコートだった。
「なに言っとんのや神鳴丸、これは人の恋路やで」
「ほんまや、おまえ馬に蹴られていてまうぞ」
「どんな理由でも、お姉様はわたしの者よ!」
「……わがまま」
「そうですよ、こういうのはご本人同士の問題です、お二人の間に愛があれば……」
なんか幼女同士の言い合いになってきたなと思って沙織さんの顔を見たときだ。
「お兄様は許さんぞ!」
そんなすさまじい大声が真上から聞こえて来た。どういうことかと思ってモミの木を見上げると、枝から何か巨大なものが落ちてくる。
地面に降り立ったそれは全身に擬態用のギリースーツを着ている、身長一八五センチの大男だった。
「兄さん!」
沙織さんが大声を出したとおり、それは丸目三郎だったのだ。奴はギリースーツを脱ぎ捨て仁王立ちになると俺を指さした。
「わたしは君に、お兄様と言わせないことを宣言しよう!」
「今は呼ばねえよ!」
「なに、するといつしか呼ぼうと思っているのかこの不埒者が!」
「ななななんや、こいつあの変態と違うか!」
と丸目を指さしたのはアルだった。この場合は「キジも鳴かずば打たれまい」という言葉を君に進呈しよう。
奴は俺と沙織さんの周りに居る五人の幼女を見て顔色を変えた。何というか即身成仏しそうな性的犯罪者の笑顔だった。
「幼女ちゃまー、おにいたんとあそぶでちゅうー!」
その雄叫びの直後丸目は詰襟を脱ぎ捨てた。制服の下に現れたのは「UNDER10」と書かれたシャツだ、なんとストライクゾーンを小さくしやがった、さすがだな変態カイザー!
一気に青くなる幼女様一同、これから修羅場かと思いきや、
「兄さん、詰襟の下は白のワイシャツと決まっています!」
沙織さんはすかさず注意した。でもそっちの注意なんだ、さすが風紀委員長。
「うむ、そうだったな。すまない沙織」
「兄さんは生徒会長なのですから示現高校の全ての生徒の規範となっていただかないと困ります、そこを肝に銘じてください」
「うむ、判っているのだが」
「いいえ、最近の兄さんは愚行が目立ちすぎます! それをわたしから言わせないでください、先日も……」
とか沙織さんに攻められている丸目を見ながら、メイを含めて俺たちはほほえんでいた。
中でもレイが一番愉快そうにして俺を見る。
「お兄様、まだまだ楽しくなりそうですね」
「ああ、楽しくしないとな」
俺は大きくうなずいてレイに答えた。ほほえみ返す彼女の顔は……
すっかりと俺の妹だった。
■ 【リア充スレイヤー 終劇】




