第1話 勇者に選ばれた日
ガルドは、息子の寝顔を見るのが好きだった。
十八歳にもなった息子の寝顔を眺めているなんて、本人に知られたら何を言われるか分からない。
それでも、時々こうして確かめたくなる。
小さかった手が、大きくなった。
抱き上げなければ届かなかった棚に、今では自分で手を伸ばせる。
ついこの間まで、怖い夢を見たと泣きながら布団に潜り込んできたくせに。
「……でかくなりやがって」
ガルドは小さく笑った。
そのときだった。
「……親父?」
「うおっ!」
突然目を開けたアルトに、ガルドは思わず飛び退いた。
「な、なんだ。起きてたのか」
「いや、今起きた。……何してんの?」
「寝顔があまりに間抜けだったからな。笑ってたところだ」
「はあ!? 朝っぱらから人の顔見て笑うなよ!」
「お前、寝てるとき口開いてるぞ。虫でも入ったらどうする」
「入らねえよ!」
アルトは枕を投げつけた。
ガルドはそれを片手で受け止め、豪快に笑う。
「はっはっは! 朝から元気で何よりだ!」
「親父がうるさいんだろ!」
いつもと変わらない朝だった。
台所には昨夜の残りのスープがあり、窓の外からは小鳥の声が聞こえる。
壁には、幼いアルトの身長を測った傷がいくつも残っていた。
一番下の傷は、ガルドの膝ほどの高さにある。
その隣には、当時のガルドが書いた文字。
『アルト、三歳。ようやく椅子なしで棚に手が届いた』
実際には、椅子なしでは届かなかった。
アルトがどうしても記録を伸ばしたがったので、ガルドが少しだけ高い位置に印をつけてやったのだ。
そんな小さな嘘さえ、今では懐かしい。
「親父、何ぼーっとしてんだよ」
「いや、お前も随分でかくなったと思ってな」
「なんだよ、急に」
「昔は俺の膝くらいしかなかったのになあ」
「そんな時代もあっただろうけどさ」
「おむつだって替えてやったんだぞ」
「その話はやめろ!」
ガルドはまた笑った。
アルトも呆れながら、つられて笑う。
その笑顔を見ているだけで、ガルドは十分だった。
今日も息子が元気に起きてきた。
今日も一緒に朝飯を食べられる。
それだけで、十分すぎるほど幸せだった。
◇
「アルトー! まだかー!」
家の外から声がした。
「ほら、ロイが呼んでるぞ」
「分かってるって!」
アルトが慌ててパンを口に押し込む。
「こら、喉に詰まらせるなよ」
「子供じゃないんだから!」
「十八になっても、俺からすりゃ子供だ」
「はいはい」
アルトは剣を腰に差し、玄関へ向かった。
外ではロイが腕を組んで待っていた。
「遅い」
「悪いって。親父が朝からうるさくてさ」
「どうせお前が寝坊したんだろ」
「なんで分かるんだよ!」
「何年の付き合いだと思ってる」
ロイは呆れたように肩をすくめた。
その隣では、ティアが穏やかに微笑んでいた。
「おはよう、アルト」
「おう、おはよう!」
「ガルドおじさんも、おはようございます」
「おう! ティアちゃん、今日も可愛いな!」
「もう、おじさんったら」
ティアが照れたように笑う。
「どうだ、ティアちゃん。うちの馬鹿息子の嫁になってくれないか?」
「なっ……!」
ティアの顔が一瞬で赤くなった。
「親父! 何言ってんだよ!」
「冗談だ、冗談! お前みたいな馬鹿を押し付けたら可哀想だからな!」
「ひでえ!」
ロイは二人のやり取りを見ながら、ちらりとティアを見た。
彼女はまだ頬を赤くしている。
ロイは何か言いかけたが、結局、何も言わなかった。
「そういえば、ロイ」
ガルドが声をかける。
「今日は剣士になれるといいな」
「……はい。絶対になってみせます」
「お前が初めて剣士になるって言い出したの、いくつの頃だったか」
「六歳くらいだったと思います」
「そうだったな。俺に木剣を作れって、一週間も付きまといやがって」
「一週間じゃないですよ。三日です」
「大して変わらんだろ!」
ガルドは笑った。
「何度も折って持ってきたよな。おかげで修理の腕が上がったぞ」
「……あの木剣、まだ持ってますからね」
「おう。大事にしてくれてありがとな」
何気ない一言だった。
けれどロイは、少しだけ目を逸らした。
「……別に。捨てる理由がないだけですよ」
「素直じゃねえなあ」
「ガルドさんには言われたくないです」
そう言いながら、ロイの口元はわずかに緩んでいた。
「ティアちゃんは神官だったな」
「はい。なれたらいいんですけど……」
「大丈夫だろ。昔から頑張ってたじゃないか」
「でも、私、治癒魔法もまだ上手じゃなくて」
「何言ってんだ」
ガルドは大げさに自分の腕を差し出した。
「昔、俺の指の傷を治してくれただろ?」
「あれは……本当に小さな傷でしたから」
「大きさなんて関係ねえよ。あのときは嬉しかったぞ」
ティアは目を丸くした。
「……覚えててくれたんですか?」
「当たり前だろ。ティアちゃんが初めて俺の傷を治してくれた日だぞ」
ガルドは笑った。
「俺にとっちゃ、立派な神官様だ」
「……ありがとうございます」
ティアは嬉しそうに微笑んだ。
そんな三人を、ガルドは順番に見つめた。
アルト。
ロイ。
ティア。
幼い頃から、いつも三人一緒だった。
喧嘩をして、泣いて、笑って。
泥だらけになって帰ってくるたびに、ガルドは三人まとめて叱った。
雨の日には家の中で遊び、冬には暖炉の前で眠ってしまうこともあった。
アルトだけではない。
ロイもティアも、ガルドにとっては大切な子供たちだった。
「……さて!」
ガルドは両手を叩いた。
「そろそろ行かないと遅れるぞ!」
「親父は来ないのか?」
「後から行く。仕事場を片付けてからな」
「絶対来いよ!」
「分かってるって!」
アルトは笑って手を振った。
三人が並んで歩いていく。
ガルドは、その背中が見えなくなるまで見送っていた。
◇
職業選定式。
十八歳を迎えた者が、神殿で自らに与えられた職業を知る儀式。
剣士、魔法使い、神官、商人、職人。
その人間が持つ適性を、神殿の水晶が示す。
アルトたちの村でも、毎年この時期になると多くの若者が集まった。
「緊張するなあ」
アルトが呟いた。
「お前でも緊張するんだな」
「当たり前だろ!」
「大工だったら親父さんが喜ぶぞ」
「それはそれでいいけどさ」
アルトは笑った。
「でも、できれば強い職業がいいな」
「どうして?」
ティアが尋ねる。
「だって、強くなれたらさ」
アルトは少し考えてから言った。
「親父が年取っても、俺が守ってやれるだろ」
ティアは目を細めた。
「……そっか」
「まあ、今の親父なら俺より強そうだけどな!」
三人が笑う。
やがて儀式が始まった。
ロイは剣士に。
ティアは神官に。
二人はそれぞれ望んだ職業を授かった。
「やったな、ロイ!」
「ああ!」
「ティアも、おめでとう!」
「ありがとう、アルト!」
そして、最後にアルトの番が来た。
水晶に手を触れる。
その瞬間。
眩い光が神殿を満たした。
「な、なんだ!?」
「水晶が……!」
神官たちがざわめく。
光は天井まで伸び、やがて一本の柱となった。
そして、水晶の中に文字が浮かび上がる。
『勇者』
一瞬、誰も声を出せなかった。
最初に口を開いたのは、神殿の老神官だった。
「……勇者だ」
震える声が響いた。
「勇者が……現れたぞ!」
次の瞬間、神殿は歓声に包まれた。
「勇者だ!」
「この村から勇者が!」
「これで魔王を倒せる!」
アルトは呆然としていた。
自分が勇者。
物語の中でしか聞いたことのない存在。
世界を救う英雄。
「……俺が?」
震える声で呟く。
「俺が、勇者……?」
ロイが肩を叩いた。
「すげえじゃねえか!」
「アルト、おめでとう!」
ティアも嬉しそうに笑っていた。
アルトはようやく実感が湧いたのか、顔を輝かせた。
「……やった!」
両手を突き上げる。
「俺、勇者だって!」
その笑顔を。
神殿の後ろで、ガルドは見つめていた。
周囲の大人たちが肩を叩いてくる。
「おめでとう、ガルド!」
「すごい息子を育てたな!」
「お前の息子が世界を救うんだぞ!」
ガルドは笑った。
「ああ! 俺の自慢の息子だからな!」
いつもどおり、豪快に。
誰よりも嬉しそうに。
けれど。
握りしめた拳だけは、どうしても緩まなかった。
勇者。
その言葉の意味を、ガルドは知っていた。
魔王と戦う者。
誰よりも危険な場所へ向かう者。
世界のために、命を懸ける者。
周囲の歓声が、遠く聞こえた。
ガルドの目には、十八歳の息子の姿しか映っていなかった。
まだ、十八歳なのだ。
好きなものを食べて。
友達と笑って。
いつか好きな相手と出会って。
家庭を持って。
自分よりもずっと長く、生きてほしい。
それだけでよかった。
世界を救う英雄になんて、ならなくてよかった。
ガルドは息子を見つめた。
嬉しそうに笑うアルト。
その笑顔を曇らせたくなくて。
ガルドは、もう一度笑った。
◇
その夜。
「親父! 聞いてくれよ!」
アルトは夕飯の席でも興奮していた。
「俺、勇者なんだって! 勇者!」
「聞いた聞いた。もう十回は聞いたぞ」
「だってすげえだろ!」
「すごいすごい。うちの息子は世界一だ」
「適当すぎる!」
ガルドは笑いながら肉を皿に盛った。
「ほら、食え。勇者様はいっぱい食わないとな」
「おう!」
アルトは嬉しそうに肉を頬張った。
「……なあ、親父」
「ん?」
「俺、魔王を倒してくるよ」
ガルドの手が止まった。
ほんの一瞬だけ。
「ロイもティアも一緒に来てくれるってさ」
「……そうか」
「二人とも、自分から言ってくれたんだ」
アルトは笑った。
「一人じゃ心細かったけど、三人なら何とかなる気がする」
「……そうだな」
「帰ってきたらさ、親父に楽させてやるよ」
「ほう?」
「大工仕事だって、もう無理しなくていいようにしてやる」
「馬鹿言え。俺から仕事取ったら何が残る」
「酒と昼寝」
「よく分かってるじゃねえか!」
二人は笑った。
けれど、アルトが食事に夢中になっている間。
ガルドは何度も息子を見ていた。
この顔を。
この声を。
この笑い方を。
いつまで見ていられるのだろう。
「……親父?」
「ん?」
「どうした?」
「いや」
ガルドは笑った。
「お前、口に肉ついてるぞ」
「えっ、どこ!?」
「嘘だ」
「親父!」
また、笑い声が響いた。
その夜、アルトが眠った後。
ガルドは一人、食卓に座っていた。
向かいの椅子には、誰もいない。
昔は、妻が座っていた場所だった。
今は、アルトが座る場所になっている。
ガルドはそこをしばらく見つめた。
「……勇者、か」
小さく呟く。
「なんで、あいつなんだよ」
返事はなかった。
ガルドは両手で顔を覆った。
怖かった。
たまらなく、怖かった。
自分が死ぬことよりも。
息子が帰ってこないかもしれないことが。
何倍も、何十倍も怖かった。
「……嫌だなあ」
誰もいない部屋で、声が漏れた。
「あいつ、まだ十八なんだぞ……」
明るく振る舞うことには慣れていた。
妻を亡くした日から、ずっとそうしてきた。
泣いている暇なんてなかった。
小さなアルトは腹を空かせて泣き、夜中には何度も目を覚ました。
ガルドが笑えば、アルトも笑った。
だから、笑ってきた。
どんなに辛くても。
どんなに寂しくても。
息子の前では、笑ってきた。
けれど。
「……頼むよ」
ガルドは誰にともなく呟いた。
「俺から、あいつまで取らないでくれ……」
しばらくして、ガルドは顔を上げた。
目元を乱暴に拭い、深く息を吐く。
「……情けねえな」
自分の頬を軽く叩いた。
「息子が勇者になったってのに、親父がこんな顔してどうする」
ガルドは机に向かい、紙とペンを取り出した。
旅先で必要なもの。
危険な場所。
頼れる人間。
思いつく限りを書き出していく。
何度も書き直し、紙を取り替えた。
「……これじゃ駄目だ」
何を用意しても、足りない気がした。
魔王と戦う息子に、自分はいったい何をしてやれるのだろう。
ガルドはペンを握り直した。
夜は、まだ長かった。
◇
旅立ちの日が来た。
村の入口には、多くの人が集まっていた。
ロイの両親も、ティアの両親も、涙を浮かべながら子供たちを見送っている。
「ちゃんと飯食えよ!」
「無茶するんじゃないよ!」
「手紙を書くんだぞ!」
そんな声が飛び交う。
ガルドは三人の前に立った。
「さて、勇者様御一行!」
「なんだよ、その呼び方」
「まずはロイ!」
「はい」
「アルトが馬鹿なことをしたら、遠慮なく殴れ」
「任せてください」
「おい!」
「それからティアちゃん」
「はい」
「この二人は放っておくとろくなことをしないからな。頼りにしてるぞ」
「ふふっ。分かりました」
「ちょっと待て! 俺たちの扱いひどくない!?」
ガルドは豪快に笑った。
ロイもティアも笑っていた。
けれど、ガルドが二人の肩に手を置いたとき。
その表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「……二人とも」
「はい?」
「……無事に帰ってこいよ」
ロイが目を丸くした。
ティアも、ガルドを見上げた。
「お前らも、俺の大事な子供みたいなもんだからな」
ガルドは照れくさそうに笑った。
「三人揃って帰ってこなきゃ、承知しねえぞ」
「……分かってますよ、ガルドさん」
ロイは少しだけ声を詰まらせた。
「絶対、三人で帰ってきます」
「はい。約束します」
ティアも頷いた。
ガルドは満足そうに笑った。
「よし!」
そして、最後にアルトへ向き直った。
「いいか、アルト」
「ん?」
「ロイとティアを大事にしろよ」
「当たり前だろ。二人は俺の親友なんだから」
「ああ。だからこそ、忘れるな」
ガルドはアルトの肩に手を置いた。
「お前一人で何でも背負おうとするな。困ったときは、ちゃんと二人を頼れ」
「……親父?」
「お前は昔から、誰かが困ってると真っ先に飛び出すからな」
ガルドは苦笑した。
「誰かを守るのも大事だ。けどな、お前がいなくなったら悲しむ奴だっているんだぞ」
アルトは少しだけ黙った。
そして、いつものように笑った。
「分かってるって! 三人で帰ってくるよ!」
「……おう。それでいい」
ガルドは笑って、アルトの頭を軽く小突いた。
「おっと、忘れるところだった」
ガルドは懐から小さな首飾りを取り出した。
「ほら、これ持ってけ」
「ん? 何これ?」
「大したものじゃないが、持っていけ。お守りみたいなもんだ」
「へえ、親父が作ったの?」
「まあな。天下の大工ガルド様の特製品だぞ!」
「……なんか地味じゃね?」
「文句があるなら返せ!」
「冗談だって! ありがとな!」
アルトは笑いながら首飾りをかけた。
「どう? 似合う?」
「おう! 少しは勇者らしく見えるぞ!」
「少しは余計だろ!」
二人は声を上げて笑った。
そのとき、アルトは父の手に小さな傷があることに気づいた。
「……親父、手どうした?」
「ん? ああ、仕事でちょっとな」
「相変わらず不器用だな」
「誰に向かって言ってんだ、この馬鹿息子!」
ガルドは笑って、アルトの背中を叩いた。
「ほら、さっさと行け! ロイとティアを待たせるな!」
「分かってるって!」
「魔王を倒したら、さっさと帰ってこいよ」
「もちろん!」
「家の屋根、そろそろ直さなきゃならんからな。お前にも手伝わせる」
「世界を救った勇者に屋根の修理させる気かよ!」
「当たり前だろ。勇者だろうが何だろうが、俺の息子だからな!」
アルトは笑った。
「……そっか」
少し嬉しそうに。
「じゃあ、帰ったら手伝うよ」
「おう。約束だぞ」
「ああ!」
アルトは大きく頷いた。
「行ってきます、親父!」
ガルドは笑った。
いつもと同じように。
「おう!」
そして、片手を上げた。
「……行ってこい!」
三人が歩き出す。
アルトは何度も振り返って手を振った。
ガルドも、そのたびに手を振り返した。
やがて、三人の姿が見えなくなった。
村人たちが少しずつ帰っていく。
ガルドは、最後までそこに立っていた。
そして。
誰もいなくなった道に向かって、小さく呟いた。
「……ちゃんと、帰ってこいよ」
その声は、誰にも届かなかった。
◇
旅立ちから二週間が過ぎた。
三人は王都を越え、魔物の出没する森を進んでいた。
「アルト! 前に出すぎだ!」
「分かってる!」
「絶対分かってねえだろ!」
ロイの怒鳴り声が響く。
アルトは剣を振るい、襲いかかる魔物を斬り伏せた。
「よし、一匹!」
「だから単独で突っ込むなって!」
「大丈夫だって!」
そのときだった。
木々の陰から、巨大な魔物が飛び出した。
「アルト!」
ティアの悲鳴。
振り返ったアルトの目に、鋭い爪が迫る。
避けられない。
そう思った瞬間。
アルトは、咄嗟にティアの前へ飛び出していた。
「危ない!」
魔物の爪が、アルトの左腕を切り裂いた。
「ぐあっ!」
鮮血が飛び散る。
傷は深く、腕を動かすだけで激痛が走った。
「アルト! 腕を見せて!」
ティアが慌てて駆け寄り、治癒魔法をかける。
「……駄目。傷が深すぎる。私の魔法じゃ、すぐには治せない……」
「大丈夫だって。腕が一本動かなくても、右手があるし!」
「そういう問題じゃない!」
ロイが怒鳴った。
そのときだった。
アルトの腕が、淡い光に包まれた。
「……え?」
三人が息を呑む。
深く裂けていた傷が、みるみる塞がっていく。
やがて、傷跡さえ残らなくなった。
「……治った?」
アルトは不思議そうに腕を動かした。
「すげえ! 全然痛くない!」
ティアは驚いたように呟いた。
「……これが、勇者の加護?」
ロイは大きくため息をついた。
「加護があっても無茶するなよ。こっちの寿命が縮む」
「悪い悪い!」
アルトは笑った。
ロイもティアも、呆れながらようやく笑みを浮かべた。
「……そういや」
アルトは胸元の首飾りに触れた。
「親父、元気にしてるかな」
「まだ二週間だぞ」
「そうだけどさ」
アルトは笑った。
「帰ったら、この話もしてやらないとな」
ロイが呆れたように言う。
「そんな大怪我したなんて言ったら、ガルドさんにぶん殴られるぞ」
「ははっ! 確かに!」
ティアも微笑んだ。
「きっと、すごく心配すると思う」
「じゃあ、ちょっと話を盛って、格好よくしておくか!」
「逆だろ!」
ロイのツッコミに、三人は笑った。
森の木々の間を、柔らかな風が吹き抜ける。
アルトはお守りを服の中へ戻した。
そして、再び歩き出した。
父が待つ故郷へ、いつか帰るために。
◇
同じ頃。
故郷の村では、ガルドが仕事場で木材を削っていた。
「……よし、こんなもんか」
出来上がったのは、小さな椅子だった。
アルトが幼い頃に使っていた椅子と、よく似た形をしている。
「……あいつ、昔はこれに座って飯食ってたんだよな」
ガルドは懐かしそうに笑った。
ふと、窓の外を見る。
よく晴れた空だった。
「……今頃、何してんだろうな」
息子は、きっと元気にやっている。
ロイもティアも一緒だ。
あの三人なら、きっと大丈夫。
ガルドはそう自分に言い聞かせた。
そして、もう一度木材を手に取った。
「……帰ってきたら、またうるさくなるな」
そう呟いて。
ガルドは、いつものように笑った。
まだ、この家には。
息子の笑い声が残っている気がした。




