第6話 深層の調査系
高橋悠斗が第5倉庫に現れたのは、翌々日の午前中だった。
入口から声が飛んでくる。
「神谷さん! 雨宮さんから話は聞いてます! よろしくお願いします!」
直人は思わず仕分けの手を止めた。
でかい声だった。
そして、明るい。
倉庫の入口に立っていたのは、20代前半に見える男だった。
背は高くないが、がっしりしている。短く刈った髪に、少し日焼けした顔。
笑うと白い歯が見えるタイプだ。
雨宮玲奈とは、何もかもが対照的だった。
「あなたが高橋悠斗さんですか」
「そうです! A級の高橋です。今度S級の試験があって。レイナさんに、ここ来い、って言われて」
「レイナさん、と呼んでいるんですか」
「昔からの付き合いなんで。あ、怒りますよ本人は。なのであなたの前では雨宮さんで統一します」
早口で、よく喋る。
直人はいつものトーンで答えた。
「装備を持ってきましたか」
「これです」
高橋はカバンからサイドソードを取り出した。
刃の中ほどがわずかに曲がっている。
折れてはいない。だが実戦で振れば確実に精度が狂う。
「訓練中に受け流しを失敗して。修理班には『叩き直すしかない』って言われたんですけど、叩き直すと刃紋が死ぬって話で」
直人は剣を受け取り、刃を確認した。
手に取った瞬間、感触が来る。
3年以上、毎日使っている。
受け流しの癖が強い。でも基礎が丁寧だ。
この使われ方の濃さなら——戻りは悪くない。
「やれます」
「本当ですか!?」
「ただし、叩き直すよりは時間がかかります。少し待ってもらえますか」
「もちろんです! 俺、暇なんで見てていいですか」
少し考えてから、直人は頷いた。
◇
作業台にサイドソードを置き、両手を添える。
光が走った。
曲がった刃が、少しずつ正しい角度に戻っていく。
刃紋は保たれたまま。内部の応力が解けていくのが、指先から分かった。
高橋は黙って見ていた。
さっきまでの軽い雰囲気が、今は少し違う。
「……光るんですね」
「毎回そうなります」
「なんか……分かるんですか。剣の状態が」
「触れると、どんな使い方をしてきたかが少し伝わります」
「俺の剣のことも?」
「3年以上使っている。受け流しが多い。基礎が丁寧だ、とは分かります」
高橋が少し目を見開いた。
「当たってます。3年と4ヶ月です。受け流しは……昔の師匠がそっちを先に教える人で」
「それ以上は分かりません」
「いや、十分です」
光が収まった。
サイドソードは、曲がりが消えていた。
刃紋は元のままに。表面の光沢だけが、ほんの少し増している。
直人は端末で測定する。数値は修正前の記録を上回っていた。
「試しに握ってみてください」
高橋は剣を受け取り、軽く振った。
「……っ」
もう一度、今度は少し速く。
「重心がきれいだ。前より馴染む感じがする」
「使い込まれている装備は、戻りが良くなりやすいので」
「なんで?」
「……まだ自分でも正確には分かっていません」
直人が正直に言うと、高橋は笑った。
「それでいいと思います。レイナさんも、あなたは正直だって言ってた」
「雨宮さんが?」
「嘘がないって。あの人にしてはかなり褒めてますよ、それ」
直人は何も言わなかった。
ただ、少し奇妙な気持ちになった。
高橋は剣を収めながら言う。
「S級の試験が終わったら、また来ていいですか。そのときはもっといい装備が壊れてると思うので」
「構いません」
「あと——あなたのこと、俺の知り合いにも話していいですか」
直人は少し止まった。
「雨宮さんには先に確認してください。一応、契約の形を通してもらっているので」
「了解です。さすが」
高橋は敬礼みたいな仕草をして、倉庫を出ていった。
その背中を見送りながら、直人は短く息を吐いた。
S級の雨宮に続いて、A級の高橋。
2人とも、前線の人間だ。
1年前の自分なら、そういう人間と同じ空間に立つことすら想像できなかった。
◇
夜、直人はまた倉庫に残った。
今日の目的は1つだけだった。
奥の棚。ラベルなしの剣が入った木箱。
剣は昨日と同じ場所にある。
だが今日は、剣ではなく箱の方を確かめた。
木箱の内側を懐中電灯で照らす。
底に敷いてあるのは古い布だ。
持ち上げると、何かが引っかかった。
「……?」
布の下に、薄い紙が貼りついていた。
剥がれかけていて、端が茶色くなっている。
慎重に剥がす。2つ折りにされた、A4サイズの紙だった。
開いた。
印刷された文字が並んでいる。
管理局のシステム書式だが、古い。
上部に「内部資料」と赤い角印がある。
——深層調査報告 第22層到達確認記録
日付:7年前 (月日は滲んで読めない)
調査班:第3調査隊
直人の手が少し止まった。
第22層。
第21層の刻印を見た昨日も驚いたが、記録では22層まで。
続きを読む。
——到達確認:第22層第1区画(以下詳細省略)
発見物:未分類装備品1点(証拠品扱い)
帰還状況:全員帰還
処理区分:回収不能品目につき現地封印のうえ廃棄倉庫管理へ移送
「廃棄倉庫」
それがここのことだとしたら——この剣は「封印して廃棄倉庫に押し込んだ」ものだ。
ページを捲ると、隊員名が5人分あった。
そのうち1人の名前が、ボールペンで線を引いて消されている。
残り4人の名前は読める。
直人が知っている名前はない。
だが最後の行に、報告者の押印があった。
押印は滲んでいて、苗字の最初の1文字しか読めない。
——坂。
直人は紙を折り直し、剣と一緒に木箱に戻した。
手が震えないように、意識してゆっくり動かした。
坂下課長。
資材管理課の課長で、「上の顔色を読む人間」だと三田村は言っていた。
元は現場上がりとも。
7年前の深層調査。
封印した剣。
そして今、この倉庫に「スキルの正式登録」を求めて現れた男。
偶然、とは考えにくい。
◇
帰り支度をしていると、三田村が入ってきた。
いつもより神妙な顔だ。
「神谷、一枚渡すものがある」
差し出されたのは、管理局の書式用紙だった。
「スキル認定申請・提出期限通達」と書いてある。
「来月末が期限だ。坂下課長の直轄から来た」
「……直轄、ですか」
「資材管理課を通さずに、課長室から直接出てる通達だ。つまりもう、俺が仲介できる話じゃなくなってる」
三田村の声から、打算的な色が消えていた。
単純に、困っているのだと分かった。
「雨宮さんに相談するか?」
「……します」
「それがいい」
三田村は立ちかけて、少し迷ってから言葉を続けた。
「……坂下課長のこと、一つだけ聞いておくか?」
「はい」
「あの人、昔は現場にいた。事務側に来たのは5〜6年前だ。それまでは、深層の調査系の部署にいたと聞いてる」
直人は表情を動かさないようにした。
「深層調査、ですか」
「詳しくは知らん。俺には関係ない話だったから。ただ……資材管理課長が倉庫番のスキル登録を直轄で動かすのは、普通じゃない」
それだけ言って、三田村は出ていった。
直人は手の中の通達用紙を見た。
坂下は深層調査の出身。
7年前の報告書には「坂」の押印。
そして今、この倉庫に目を向けている。
剣のことを、知っているのかもしれない。
知っているから——来た。
直人は通達用紙をカバンにしまい、倉庫の明かりを消した。
雨宮に連絡しなければならない。
だがその前に、もう少し自分で確かめるべきことがある。
第5倉庫の深部に、封印された証拠品が眠っている。
その剣を読める人間は、世界でたぶん自分だけだ。
——急いで動かされる前に。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




