収束
見渡す限りの暗闇の中。
「お兄ちゃん……」
聞き覚えのあるような。
ないような。
女性の声。
ああ。
誰かを呼んでいるのか。
あの……
声を発したつもりでも。
音が出ていない。
辺りを見回せど。
何も見えない。
そもそも。
ここはどこなんだ。
立っているのか?
寝ているのか?
それすらもわからない。
「お兄ちゃん……」
さっきより。
はっきりと大きく。
ふと見上げた宙空に。
小さな白い点が見えた。
僕はそこへ手を伸ばした。
全く届かない。
「起きて、お兄ちゃん……」
声はその一点から漏れている。
僕は飛び上がるようにして。
目一杯、腕を伸ばした。
指先が――
触れた瞬間。
点が弾けて。
筋となって四散する。
そして。
雨のように降り注ぐ。
それを。
浴びながら。
「白い雨か……」
目を閉じたら。
ぼんやりと辺りが白くなる。
「あっ。看護師さん!」
女性が叫んだ。
僕の顔を覗き込む大きな瞳。
「おはよう。お兄ちゃん」
高らかな声。
僕がお兄ちゃん?
ということは。
この病衣を着た子は妹?
「ここは?」
「病院だよ。車で事故にあったんだよ」
「事故?」
「そう、あの日。チェックアウトした日だよ」
僕は首をかしげた。
「ん? 覚えてないの?」
「はい」
女性は両手で口を覆う。
「私が誰だか分かる?」
「あ、僕の妹?」
女性は首を振る。
「お兄ちゃんが……ううん。芹沢さんが、寝言で、お兄ちゃんのこと許してくれって……」
「僕が?」
全くもって。
意味が分からない。
目の前の女性は両手を胸に添えて。
ゆっくりと息を吐く。
くるりと背を向けて。
病室を出て行った。
それから医者や看護師らしき人が来て。
質問やら検査やらして。
ただ、何かを思い出そうとすると。
激しい頭痛に苛まされた。
分かったことは。
僕の名前が芹沢優志だということ。
名前以外。
何も分からない。
コン、コン。
扉がノックされる。
「あ、はい」
扉が少し開いて。
先ほどの女性が顔をのぞかせた。
「入ってもいいですか?」
「あ、どうぞ」
開け広げられた扉。
ん?
さっきまで病衣姿だった彼女の出で立ちが。
クリームイエローのワンピースに着飾っていた。
彼女は後ろ手に組んで。
ぴょんぴょんとスリッパを鳴らしながら。
跳ねるように近づいてきた。
僕はゆっくりと体を起こす。
「ああ、寝てていいですよ」
彼女はそっと僕の肩に手を添えて。
横になるように促した。
「すいません。ありがとう」
彼女は布団までかけてくれた。
そして、髪を耳にかけてはにかむ。
「はじめまして。神林心音です」
軽やかな澄んだ声だった。
「ああ、はじめまして、芹沢優志です」
「うん。ねえ、芹沢さん。この服どうですか?」
「えーと。とてもよく似合ってますね」
くしゃっとした彼女の笑顔はとても美しかった。
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