じゅーだいあんけん(書籍発売記念SS)
アルベルト(兄)とミイシェ(妹)のやり取り
『じゅーだい、あんけん、です! おにーさま!』
『……は?』
談話室でひと時の休息をとっていたアルベルトは、仁王立ちしたミイシェに目を向けた。
『ミイシェ、お前……まさか重大案件って言いたかったのか?』
『そう!』
『んな言い回しするやつ……ああ、またメルウのとこに行って来たんだな?』
『うん、そうだよ。メルウね、ずっと忙しそうにしてた』
『だろーな』
かくいうアルベルトも、ユダの影響により滞っていた後処理や、上流階級から下級階級の魔族たちへと対処を請け負っていた。
とはいっても為政の枢機に関する最終的な決定をおこなうのは、魔王、そしてその下の副官である。
これまで積極的に政への関与をしていなかったアルベルトが手を出せる事柄は限られていた。
限られてはいるものの、次から次へとこなさなければならない案件は湧いて出てくる。
それこそミイシェが言うように『重大案件』として扱う事象は少なくない。
だが、ミイシェが口にした重大案件は、政とは一切関係のないことだろう。
200年間意識を封じ込められていた後遺症により、今のミイシェの身体、そして精神年齢は七歳程度となっている。
そんな少女が物申す話なのだ。気が抜けるほど可愛いものに違いない。
『で、なにがそんなに重大な案件なんだ?』
アルベルトは自分の膝に肘を置き、興奮したミイシェに尋ねる。
『あのね』
ミイシェはにこにこと嬉しそうに近寄る。
アルベルトの肘が置かれていない反対側の膝に自分の体を寄せ、コソッと彼に耳打ちをした。
『ママとパパのことなの』
アルベルトの眉がぴくりと動く。
ミイシェのことだから、そうかもしれないと大方の当たりはつけていたが。
(……わかり易すぎだろ)
と、人のことを棚にあげているアルベルトも、傍から見れば十分わかりやすい性格をしている。
よく水神にからかわれているが、あいつもこんな気持ちなのだろうかとふと思った。
『どんなことだよ』
『それはねぇ』
ミイシェは両手を後ろに回すと、ちらりとアルベルトを一瞥する。重大案件というわりに、とても楽しそうだ。
『えらいもったいぶってるな。時間がかかるなら俺はもう行くぞ』
『まって! おにーさま!』
わざと立ち上がって急かせば、慌てたミイシェがアルベルトの膝にくっついてくる。
その愛らしさに思わず緩んでしまう頬を引き締めたアルベルトは、魔法でひょいとミイシェを浮かせ自分の腕に座らせた。
『なんだ、言ってみろよ』
『……ママとパパとね、外でいっしょにお茶会したいの』
『茶会?』
『うん。あ、アルおにーさまもいっしょね』
『つまり……四人でか?』
『そう』
『なんでまた』
『だってもうちょっとでママ、帰っちゃうでしょ。その前にいっしょにいたいんだもん』
『……だもんって……はぁ……』
魔界での騒動が終結し、セルイラを含めた花嫁候補の令嬢たちはオーパルディアに戻ることになっている。
つまり、セルイラが魔界にいる日数は残り少ない。
その前にミイシェは、四人でなにかしたいのだろう。
(……まあ、茶会ぐらいなら)
アルベルトはミイシェのしょんぼりとした表情に弱い。その顔を目の前でされると、何がなんでも叶えてあげたくなってしまうのだ。
ミイシェは200年もの間、呪術によって強制的に眠らされていた。
それを考えると、過ぎ去った時間を取り戻すように活動的なミイシェに協力したくもなる。
『……おにーさま、だめ?』
『駄目なんて言ってないだろ。ほら、このままメルウのとこに行くぞ』
アルベルトはミイシェを抱え直すと、談話室のドアノブに手を伸ばす。
こちらにメルウを呼び寄せることも、転移で瞬時に移動することも可能だが、今はゆっくりと向かうことを選んだ。
『ミイシェ、本当にちゃんと食ってるのか? 体が軽すぎるだろ』
『たべてるよ〜。もう毎日おなかいっぱい』
『ならいいんだよ』
お腹をぽんぽんと触るミイシェの言葉に、アルベルトの表情が和らぐ。
ニケもそうだが、ミイシェは城の使用人たちから可愛がられている。
眠り姫がようやく目覚め、魔界に舞い降りた天使だと大袈裟に褒めちぎられているが、アルベルトもそれを否定したことはない。
まさにその通りだからだ。
『他になにか、やりたいことがあるんだろ?』
『ええ?』
『さっきから顔に書いてあるんだよ。俺になにか言いたそうにしてる』
『おにーさますごい! どうしてミイシェのことわかるの?』
200年間寝顔を見守ってきた妹なのだ。近くにいた兄として当然だとアルベルトは得意げな顔をした。
『で、なんだ?』
アルベルトの問いに、ミイシェはまたこそこそと耳打ちした。
どうやらミイシェは内緒話がお好みのようだ。
『あのね、魔法をおしえてほしいの。ママとパパをびっくりさせたくて』
『魔法? 聞いといてなんだが、魔法の鍛錬は早過ぎないか? まだ完全に体が癒えてないってのに』
しかしミイシェは、激しく首を横に振った。
『ミイシェ、元気になったよ! もう眠るのあきちゃった。だからいいでしょう? ね、おねがい、おにーさま』
大きな瞳でじっと懇願され、ふたたびアルベルトは息を吐く。
まずはミイシェが言っている『重大案件』を、今も業務が山積みのメルウに話すことにしよう。
『魔法は? なにから覚えたいんだ?』
以前、セルイラの傷を癒そうと魔法を発動させたことのあるミイシェだが、ほかはさっぱり無知である。
母親を助けたいがために必死になった結果、治癒魔法の感覚だけは掴めたようだが、基本魔法は拙かった。
『水! 水で動物つくりたいの! アオくんが前に見せてくれたみたいなの! 練習してママとパパをおどろかせるんだぁ』
『……水か。いいぞ、教えてやる』
『わーいっ』
その後、メルウやニケの協力もあって四人でのお茶会が決行されることになる。
これに味をしめたのか、しばらくの間ミイシェはおねだりの際に『重大案件』と言ってアルベルトに甘えるのだった。
満更でもないアルベルトは、時には軽く文句を垂れながらもミイシェの笑顔にすべてを許してしまうのである。




