第九十五話 嫁のことはいつまでも好きだし、娘の好きな奴のこととか絶対に気になるし……
時刻は18時前くらいである。騒がしかったスミレのパーティーが終わって一同は解散することになった。
一同は、二階にあるスミレの部屋からぞろぞろと階段を下りて来た。そして玄関に向かう途中に居間の前を通った。
戸の開いた居間にはスミレの母の柏子がテレビを見ている風景が見えた。
「お邪魔しました~」
一同は、柏子に帰る前の挨拶をした。こしのりを先頭にして、一同は一列になってぞろぞろと玄関に向かっていた。柏子は、来た時には地味だったこしのりのミニスカが、綺麗な青色になっていることにビックリした。
「え、青!」
こしのりの次には丑光が続く。
「次はピンク、それに黄色、オレンジ、紫、緑!あっ、普通の女子のスカート……」
最後のは水野のことである。
一列になって順に現れるスカートを穿いた娘のお友達を見て、その母は改めて不思議な想いになった。そして一同が玄関から出て行った後になって、居間の開いた戸の向こうに現れたのは赤と黒のチェックのミニスカを穿いたスミレであった。
「あっ、スミレちゃん!そのミニスカは『イブニングどら……』」と母がここまで言った時にスミレは「ママ、もういいからその先は分かったから!」と言って母の言葉を遮った。
「どうしたの皆のスカートに色がついてたけど……」
「その説明は丑光から聞いたんだけど、聞いてもよくわかんない」
その時、スミレの父親が仕事から帰って来た。
「ただいま。おいおい、家の前でカラフルなミニスカを穿いたおかしな連中+ギャル一人と擦れ違ったんだけど、あれはなんの軍団だい?」と父親は言った。
「おかえりパパ」
「ああ!スミレちゃんまでカラフル軍団の仲間なのか!でも女の子のスミレちゃんがリーダーの赤色なのかい?そういえば、女子のポジションのはずのピンクを穿いていたのはご近所さんの丑光君だったな……」
「そうよ、ヒロイン枠はあいつに持っていかれたわ」
「スミレちゃん、パパは前々から想ってたんだけど……」そう言って父親はネクタイを緩めて腰を下ろした。「こしのり君も混じってたけどね~。うん、こしのり君も丑光君も元気よく挨拶してくれる良き若者だとパパは想うんだよ。でもね、さっきの格好を見てもそうだが、つまりね……よそ様のお子さんにこんなことを言ってはいけないと想うんだけど、どう考えても普通の子と比べたらちょっぴり変な子じゃないかってことなんだよ」
「うん、すごく変だと想うよ。あいつらの親も多分そう想っているよ」
スミレははっきりそう言って返した。
「それでだ……スミレちゃん、どっちなの?スミレちゃんの好きなのは?それとも他の色の子が好きなの?熊とおじさんも混じってたけど」
スミレは父親のこの問いに対して、引くセクハラ発言をしたおっさん上司を蔑ずんで見るOLのような目付きで「はぁ?」一言返した。
「心配なんだよね、ママに似たらだよ、変な男が趣味な女の子になるじゃないか」
「そうね~、私も変な男の人と結婚したし」と母柏子は言った。
「ママ、それじゃあ僕が変な男だって言ってるみたいじゃないか」
「何を言ってるんだこの父は」とスミレは想った。彼女の父親はちょっと変わっている。
「まぁまぁ、今日はスミレの誕生日なので、スミレもあなたも大好きなローストチキンを用意してますからね」
「わ~い」
父親はチキンを目の前に童心に返った。
柏子は台所へ行き、夕食の準備に掛かった。
「ママ、僕も手伝うよ。僕は仕事をしているからと言って、家庭でふんぞり返って嫁におんぶに抱っこのダメダメ亭主じゃないからね。会社でもそうだけど、厨房でも輝く夫でいたいんだよ僕は」
「ありがとうあなた。でも、スミレちゃんのいない時には柏子って呼んでくれる約束でしょ」
「ああそうだったね柏子ちゃん。全く柏子ちゃんは、名前から何からとっても美味しそうな素敵な女性だね
。君の名を呼ぶ度にそう想うよ」
「あらあら、あなたったら、ちょっとエッチね」
「おいおい君だって約束を守っていないぞ。スミレちゃんの前以外では、僕のことは貴久さんって呼ぶことになってるだろ。学生の頃みたいに君付けでもいいけどね」
「貴久さん……」
「柏子ちゃん……」
二人は頬を赤らめて見つめていた。
「ねぇ、そのスミレちゃんならここにいるんだけど」
その時スミレは、台所の隣の居間でテレビを見ていたが、いい歳こいてイチャつく親の姿がチラついて集中できなかった。そして台所の戸は全開だったので、両親のイチャイチャは娘から丸見えであった。
「あっ、コレは……あぁ、ハズいぃ……」
顔を真っ赤にして父親は、いや貴久さんはそう言った。「ハズい」とか言ってるのがもうハズいと想う。
スミレの父貴久は、嫁と娘が大好きなちょっと変わったこの家の大黒柱である。見た目も会社での勤務態度も極めて真面目な男であり、会社では仕事面でかなり信頼の厚い人物であった。しかし、社員の方々はちょっと付き合ってみて、少し変わった人だとすぐに気づいていた。
彼の生き方は非常にストイックなものである。何処にある何の会社で働いているか詳しくは知らないが、とりあえず仕事はしっかりこなしている。勤務時間が終了すれば彼は真っ先に家に帰る。同僚からゴルフとか飲み会とかちょっとエッチな店へ行くとかのお誘いを受けていた時期もあったが、彼はそれらを全て断っていた。なんたって嫁と娘に常にくっ付いていたい彼が、わざわざおっさんだらけの会社に赴いて楽しくもない仕事を淡々とこなす日々を続けるのは、その嫁と娘と生きていく環境を保つためだからである。彼が会社に行く理由はそのくらいしかない。明日宝くじで引くほどの莫大な金が当たって、一生食うに困らなくなったら彼は即会社を辞めても良いと考えていた。
彼が働く目的は、家族といる時間を確保するためである。彼にとってタイムカードを切った後の時間を会社関係者と過すのは本末転倒なことであった。
そんな感じで家族に愛を注ぎすぎるばかりに、同僚には冷たいのではないかと想われそうなところだが、意外にも周りからの受けは良かった。仕事面では後輩に丁寧に指導をしていたし、社長などはその変わった気質を「面白い人だね。我が社を引っ張っていくにはちょっと変わった人くらいが良いんだよ」と褒め、彼を気に入っていた。それから嫁を愛し、他の女に目もくれない彼のストレートラブライフは女性社員から受けが良かった。中には、嫁に対してそこまでストレートなラブを貫くなら、私の魅力でシュートやスライダー回転をかけて、ラブをこちらに引き寄せてやろうと張り切るような炎の女性社員チャレンジャーも数人いたくらいである。しかし、彼がラブのキャッチャーに選ぶのは嫁の柏子のみで、その際には制球力抜群のストレートしか投げなかった。彼は高校時代は野球部であった。もちろん守備位置は投手である。
「よし、気を取り直してチキンを喰らおうじゃないか」
貴久はそう言ってチキンを手にした。
「それでは、マイプリティエンジェルスミレちゃん、生まれてきてくれてありがとう」貴久は謎の横文字を並べたお祝いコメントを言った。
「スミレちゃん、生まれてきてくれてありがとう」
柏子もそう言ってチキンを手にした。
「うん、ありがとう」とスミレが返した時には両親は既にチキンにかぶりついていた。
いつも自分に隠れてこそこそといちゃつく両親に対して、スミレは「いい加減にしろ」と想わないでもなかったが、両親のことは好きであった。それから少し変わった父親の、嫁を一途に愛するその部分は尊敬していた。
こうしてスミレの16歳の誕生日は驚きと幸福の中に幕を閉じた。スミレよ、本当に生まれて来てくれてありがとう。