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巨神兵と7人のミニスカ侍  作者: 紅頭マムシ
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第七十二話 色んなことを聞きたいのだが、いつもそこに答えがあるとは限らない

「ちょっとそこの人、お話を聞かせてもらっていいですか」

「……」声をかけられた男は反応しない。

「あの~、ちょっと」

「えっ、私?私に話しかけているんですか」

「ええ、そうです。中々反応しないので困りましたよ」

「まさかこんな所で私に話しかけてくるような人がいるとは思わなかったのでね。それに知らない人と話をするなといういにしえの教えもありますから」

 十一月のある日の昼頃、自転車に乗った男は横断歩道で信号待ちしているみすぼらしい身なりの男に声をかけた。


「で、何のお話を聞かせましょうか。歳をくった分だけはお話のネタはたっぷり持ち合わせていますが」 

「えっ……ネタって……そうじゃなくて、あなたのお名前は?」

「はぁ?私の名前?あなたは私のことを知りもせずに私に話しかけ、そして失礼にも自ら名乗りもせずに私の名前を聞こうと言うのですか?」

「ああ、すいません。私は山岡と言います」

「下のお名前は?」

「山岡力也です」

「なるほど。で、山岡力也さんはどのようなご用件で私に声をかけたのですか」

「ですからお名前を」

「そいつは妙な話ですね。初めて会う人間の名前を教えてほしいだなんて、そんなことを普段から行うなんてちょっとした奇行ですよ。道行く人のほとんどが他人で、名前も知らない。それは当然ですが、名前を知らないからといって擦れ違う人間の名前を全て聞いて回るような人間がこの世にはたして存在するでしょうか。その好奇心や異常、普通なら知らない人から急に名前を聞かれるなんて気味が悪いことですよ」

「それは、確かにそうですが……う~ん、困りましたね」自転車の男は腕組をして困り顔になる。

「信号が変わりましたね。山岡さん、とりあえずこれを渡ってからお話をしましょう」

 信号の待ち時間が長いことで、日々歩行者の方々をイラつかせている横断歩道を渡り終えた二人は話の続きに戻った。


「それで、何でしたっけ?」

「私があなたにお声かけしたのは、その荷物についてお尋ねしたいからです」

「はぁ私の荷物が何か?」みずぼらしい身なりの男は、唐草模様の大きな風呂敷を首の前で結んで両手で掴み、肩に背負っていた。何だか泥棒っぽい感じがしないでもない出で立ちである。

「中には何が入っているのですか」

「質問を質問で返すようですが、なんて表現を濁すことなく直球で質問を質問を返させてもらうと、それを聞いてどうなさるのですか?」

 自転車の男は少しの間黙っていた。

「あのですね。最近この辺りで、危険物を所持した不審人物の目撃情報があったので、荷物チェックをしたいわけなんです」

「はぁ、不審人物に危険物……私に縁のないそれらと、今の私に何の関係が?」

 ここで自転車の男はまた困った顔になり、頭をかきはじめた。どうやらイラついているようだ。

「あのですね、私は警察です」自転車の男は警察の制服を着ていた。山岡力也は新米の警察官で、今は街を警邏中であった。

「ははぁ、どうりでどこかで見たことがあるような服を着ているわけだ。警察の方でしたか。でしたら尚更私の知り合いにいる人ではないですね。それがどうして私に声をかけて名前とか荷物がどうとか尋ねるわけですか」

 これには山岡、相当頭に来たようである。山岡が言わんとすることは、皆様もきっとお分かりであろう。警邏中に街で怪しい出で立ちの男を見つけた。そいつが何やら大きな荷物を背負っている。中は何か怪しい物が入っているかもしれない。であればこいつはさっさとチェックや。これが山岡の考えであった。


「あなたは道行く人の私物が気になったら、何でもかんでも『ちょっと見せてください』なんて言って声をかけるんですか。それもまた奇行の一種ではありませんか。例えば私が道行く、それも知らない女性に『バッグの中を見せてください』と声をかけたら絶対に気持ち悪がられるでしょ」

「それはそうですが、今は荷物検査なので……」

「そんな朝の校門の教師のようなことを、世間の誰も彼もがやって良い訳がないでしょ。それに私達は今の今まで会ったこともない他人だったんですよ。そんな関係で荷物を見せ合うなんて非常識でしょう」山岡は知らない男に説教されていた。

「だからですね。私は警察官で……」

「あなたが警察官だろうが左官だろうが、どうして気になったからという理由で私の荷物の中身をみることが可能になるのです?」

「見られて困る物が入っているんですか」

「それは見る人の捕らえ方によって変わるはずです。その質問は答えの確実性に欠けますよ」

「では、あなたのお名前をお聞かせ頂いてもよろしいですか」

凸凹でこぼこ穴太郎あなたろうです」

「はぁ?」

「では」みずぼらしい格好の男は歩き始めた。

「ちょっと!」山岡は男の肩を掴んだ。

「まだ何か?」

「先を急ぐのですか?」

「いえ、ただ私は私の生活を行うだけです。そこに山岡さんとお喋りすることは含まれていません」

「ちょっと待って、分からない人だなあなたも」

「何がですか。山岡さんが言ったことは全て分かっているつもりですが」


「待って、待って、とにかく落ち着いて、少しだけ時間をください」

「でしたら、どうぞ」

「さっきのお名前は本名で?」

「いいえ」

「どうして嘘を?」

「どうして本名を言わないといけないのでしょうか?」

「……」山岡は困ってまた黙ってしまう。


「あなたは何者ですか?」

「それは確実性の欠片もない哲学的な問いですね。自分が何者であるか、わたしもまたその答えを探しているところです。人生をかけてね」

「……」山岡は同じ日本人と話している気にならなかった。


「荷物は見せてもらえませんか」

「あなたは先程からこの荷物に興味を持っているようだ。他人が持っている物が気になったのなら、それはあなたの好奇心の真実。ただ、それをまた他人である私が開いて見せるという道理がない」

「……」


「つまり見せるのはお嫌と?」

「それは違う。嫌とかなんかという問題ではない。ただ、見せる必要性がない。必要がない上に、せっかくまとめたコレをまたこの場で解くのは面倒で仕方ない。そういうことです」

「……」山岡はとっても困っている。


「山岡さん、私はあなたを困らせることを目的にしているわけではないのです。あなたが声をかけなかったら私達はさっきの信号で知り合いもせずに別れるはずだったのだから。ただ、私が人生を歩むだけのことなんです。そこで無駄な寄り道はしたくない。あなたの問いは常に不透明だ。確実性のない物事に干渉して時間を無駄にするなら、それはとても危険なことだ。なんせ人生にはタイムリミットがあるのだから」

「……」山岡は、職務質問も兼ねた荷物検査をするつもりで声をかけたのだが、どういう訳かその意思が伝わらない。彼はこれまでの人生の中で最も高い言葉の壁を感じていた。


「山岡さん、どうしてもこの中が気になると言うなら、私の家までついてくるといい。私が家で荷を解くのを見て、あなたの知的好奇心を満たすといい。なに、そう遠くはないですよ」

「はぁ、そうしますか……」山岡は男と共に往来を歩いて行った。

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