第四十八話 根岸さんのエアメール
「知らなかった、コンビニの中では飲み食いはしてはいけないのか」根岸が言う。
「全く、お坊ちゃまは世間知らずだな」こしのりがこれを茶化す。
「追い出される形で出てきちゃったね」丑光が言う。
バイトの泉さんに店内での飲食を注意された三人は、何とも気まずい空気に耐えられず店から出てきたのだ。そしてまだコンビニ入り口横のゴミ箱付近にいた。
「というかお前ら二人は知ってたんじゃないのか」
「うん、まぁ駄目なんだろうけどさ、まさか注意されるとは思わないじゃん」こしのりがあっけらかんとして言った。
「だね~」丑光もそう思ったようである。
「おいお前ら、駄目と分かっていて何でやっては駄目なことをやるんだ」育ちの良い根岸は最もな点を突いた。
このように「駄目っぽいけど多分イケるだろう」という実に曖昧な気持ちでルールを破る若者が増えている現代社会に、筆者はこの作品を通して警鐘を鳴らしたい。ちなみに筆者は、かつて寺の鐘を朝早くに打つというバイトを経験したことがある。ギャラは安い。
「それより地図だな。見せろよ」こしのりがこれまで手にしていた紙を今度は根岸が手に取った。
「おい、こしのり。何だこれは。地図と言っても線と矢印しかないんだが……お前これをどう読んで俺達を先導していたんだ」
「……てへっ」こしのりはおどけて見せた。
「てへっ、じゃないだろうが。お前、適当に進んでいたんだな」
「そんなこと言ったって仕方ないじゃないか」
「お前も悪いが、これを描いた奴もどうかしているな。こんなのは地図じゃない」
「確かにこれは拙いね。どこだか分からないよ」
不出来な地図を視覚的情報としてお届けできないのは残念なところであるが、とにかく読めた物ではないということだけ理解して頂ければありがたい。
「これは困ったよ。早くスミレちゃんの所に行かないとお腹を空かせてまた暴れ出しちゃうよ」
「お前の心配するポイントそこかよ……」根岸がつっこむ。
「はぁ、仕方ない。よし、俺の能力を使う」
「何だって!」こしのりと丑光が同時に言う。
「この不思議なミニスカを穿いた者にはもれなく特殊能力が目覚める、そうだったな。こしのりは微風使い、丑光は壁抜け能力、室は変身。そして、まだ話していなかったが俺にも特殊能力が目覚めた」
「え!君の能力は一体どんなだい」
「まぁ、見てろ。丑光、俺から5メートルくらい離れてくれ」
「わかったよ」そう答えて丑光は根岸から5メートル程離れた所に立った。
「じゃあいくぞ」根岸がそう言うと、なんと根岸の頭のすぐ上の所で、まるで水溜まりに指先をちょこんとつけた時に広がる波紋のようにして空気が波立って見えた。輪っか状に広がる空気の波の中央から白い紙飛行機が音もなくゆっくりと現れた。丑光から見て、紙飛行機の先端部分が姿を覗かせてからお尻の部分にかけて全ての姿を現すまで5秒か6秒程時間が掛かった。
「わっ、何もない所から紙飛行機が出て来た!」驚いてそう言った丑光に向かって紙飛行機がゆっくり進んで来た。その紙飛行機は丑光の手のひらに落ちた。
「おい、広げて中を見てみろよ」
根岸の言葉に従って丑光は折られた紙飛行機を広げて見た。そこには「アホ」と書かれていた。
「何だこの紙飛行機は!失敬な!」丑光がプンプンしてそう言った。
「そいつは俺が名前を念じた者の元に飛んで行く、そして二十五文字以内であればメッセージを付けることも出来る」
「なるほど、便利だね。紙飛行機の能力とは、文学好きで本ばかり読んでいる根岸君らしいじゃないか。しかし二十五文字以内とは、Cメールよりも文字数に制限があるんだね」
「ふっ、今は電子メールが主流の時代だからな。紙ならそれが限界だ」
「ほほう、これが根岸の能力か。根岸さんのエアメールってね」
「ふふ、いいなソレ。シンガーソングライターのヨーミンの代表曲『青磁色のエアメール』みたいで洒落ているじゃないか」
いつか説明したと思うが、根岸は文学と音楽にはとても詳しい。
「え、誰だって?青磁色ってどんな色だ」そしてこしのりはそっち方面には疎い。
「まぁそういう訳で、俺が紙飛行機を飛ばせば目的地にたどり着ける」
「しめたね、だったら話は早い。さぁ根岸君念じるんだ。スミレちゃんを強く想って念じるんだ。さぁ!」
「うるさいよ!静かにしてろよ。念じるものも念じられないだろうが」
「丑光、チャックだ」こしのりは自分の口にチャックをするジェスチャーをしながら丑光に言った。
根岸はスミレの名を念じて再び紙飛行機を出してみせた。
「それにしてもゆっくり出て来るんだな」紙飛行機出現に思いの他時間が掛かることにちょっとイライラしながら辛抱強さに欠けるこしのりが言った。
「あっ、遂に飛んで行くよ」
「よし、根岸さんのエアメールの出発だ。皆、行こうぜ」根岸が号令をかけて三人はやっとコンビニの入り口を離れた。
「あの三人やっと帰りましたね、店長」
三人が店から離れて行くのをレジから見届けながら泉さんが言った。
「平日昼からコンビニでたむろするなんて困った学生共だな。しかもミニスカなんか穿いて、全く怪しからん。学校に電話してやろうか」
店長は怒であった。