第十六話 拾ったお金はどうするかわかっているよな
8月20日のこと、我らが三人のミニスカ侍(正確には二人と一匹)は相談の末にお隣のスミレちゃんから一喝入れられた後に、今では随分と軽くなったフットワークを用い、巨神兵を目指して僅かに傾斜がかった道を進んでいた。
「この前はあんなにしんどかったこの道が今日は楽に感じるじゃないか、この体の軽さは僕達の一週間のトレーニングの賜物だね。男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言うけどさ、僕達の場合はそれより長い一週間だからね。とんでもなく逞しい男子になっているよ」
以前、巨神兵を目指した時にはそこら辺で拾った棒切れを杖代わりにして、歩みはフラフラ、息はゼイゼイだった丑光が、今日は歴戦のマラソンランナーのごとく息使いも足運びも実に軽やかである。人ってその気になれば一週間で変われる。今の彼からはそのような希望が感じられる。
「そうだな。俺達は常にミニスカ姿になったってこと以外にも、一週間で色々と変わったぜ」
こしのりが答える。
「ワイは巨神兵と初対面やで、さぁてどう料理してやろうか」
河で取った鮒を食いちぎりながら室が行く。彼は森の中で一番の魚獲りの名人であった。
「やぁ室、そいつはうまいのかい?」
食に対しては大いに興味がある丑光が問う。
「そうだな、こいつは身の締まりがちょいと悪い。あとは泥臭いな。人間向きじゃねぇわな。そういやたまに見かけるんだが、河で釣った魚ならなんだろうがその場で焼いて食っている変な人間をみたことがあるな」
「ああ、それは田代さんだな。あの人はブルーギルとかブラックバスとかマジで何でも食うからな。うまいのかどうかは知らないが」
こしのりが説明するこの田代なる人物の名は、以前にも物語のどこかで話題に上がったかもしれないが、今回も彼についての詳しいことは見送ることにする。
一行は丑光、こしのり、室の順に列になって巨神兵へ続く道を歩いている。本日の昼も蝉の合唱が止まず超うるさい。
「ややっ、コレは!」
先頭の丑光が道端に何かを見つけて立ち止まる。
「なによ、どしたの丑ちゃん」
室がこう呼ぶ程に二人は馴染みの仲になっていた。
「皆こいつを見てみろよ、お宝だぜ」
丑光がそれを指差す。
「これは、財布だな。しかも随分と……派手だな」
こしのりが財布を拾い上げる。
「中、見てみるかな……」
拾ったからには当然中を見たい衝動に駆られ、その衝動のままにこしのりは口にした。
丑光はこれに注意する。
「待った!こしのり、他人の財布を見るなんてのはマズイよ。それにその財布は見たところご婦人の物だと思われる。ご婦人の財布の中に手を突っ込むなんてのは、ことによるとブラジャーに手を突っ込むのと同等の野蛮にして卑猥な行為と取られかねない」
「確かに……見知らぬ男、それも俺のようなナイスガイからブラジャーに手を突っ込まれたりなんかしたら、そのご婦人はきっと色々ウハウハで幾日かは眠れぬ夜を過すことになるだろうな。持ち主が今をときめくキャリアウーマンだったら寝不足のため職務に、いや、広く社会に良くない影響を及ぼすことになりかねん。女性の社会人にも職場で余すことなく手腕を発揮してもらい、社会を活気づかせてもらわねばいけないからな」
「こしのり、君って奴は色々考えているんだね。この素敵フェミニストめ」
「女性に限ったことじゃない。俺は社会を支えるお仕事人皆の味方さ」
選挙権を与えられる年齢が下がったためか、まだ若くして彼らも社会のあれこれについては敏感に感じ取って色々と考えているのだ。国民が選挙権を有する年齢を二十歳から十八歳に変えたのは若年層に案外良い影響を与えたのかもしれない。
「いや、財布とブラジャーとで同じに考えるのはどうかしてんだろ」
室は冷静に二人に突っ込む。そしてこしのりから奪った財布にも手を突っ込む=ブラジャーに手を突っ込む。
「うわっ、室、勝手に何すんだ」
「こしのり、これめっちゃ入ってるぞ」
室が紙幣を二十枚程取り出してこしのりに見せる。紙幣にはどれも福沢先生の肖像画が描かれていた。
「……・ごくり」
紙幣に写る福沢先生の顔を見つめた時のこしのり、丑光両名の反応であった。
「コレは……どうしようか、こんな所に落として取りに来るとも思えない。そうだろ、こしのり」
「そうだな……コレは……そうだな……なぁ丑光」
二人の様子がおかしい。
「おいおい、お前らまさかコレをネコババしようって言うんじゃねぇよな。ワイは熊やけど、それがいけないことだってことくらいは知ってるぞ」
確かに二人にはちょっとだけ、本当にちょびっとだけ、このまま持ち逃げしてやれという魔が差したが、良識ある熊によって明るみに引き戻された。
「いやいや、コレは人様の物だ。中の金もその人が汗水垂らして集めた物のはず。それを我々がなんの苦労も無しに奪うなんてことは、きっとお天道様がゆるさない。コレは交番に持っていくべきだ」
今度は揺ぎ無い正義の心で丑光が宣言する。
「だな」
こしのりも賛成する。
「しかしだね、僕達はこれから世界をどうにかしてしまうような怪物を討ちに行くところだよ。財布の一つ二つなんかよりもよっぽどの重大事だ。どうするんだい、今から引き返すのかい」
「待て、丑光。確かにお前の言うとおり、財布は個人の物で俺達が今相手にしているのは世界の未来がかかったデカい規模のこと、比べるまでもなく財布の持ち主探しよりも重大な事だ。だが、考えてみろ。これの落とし主が、これを落としたことで今晩のおかずも用意できないくらい生活に困窮するとしたら、育ち盛りの三人の息子に何も与えられない晩を過すことになったら、お前はそれを黙って見ていられるのか?否、根の優しいお前ならきっとそれを見るのは耐えられないだろう。俺達が向かっているのは2018年を迎えるための大事な闘いだ。だが、それよりも前に財布の持ち主が今年どころか今日や明日も越えられないほどに困っていたとしたら、俺達は一体何を守る闘いをしているんだってなるだろう」
「く……その通りだ。きっといるであろう財布の落とし主の息子達が可愛そうだ……僕は、なんて心無いことを考えてしまったんだ。今は、今だけは世界のことよりもこの財布を持ち主に返すことが大事だ。君の言うとおりさ、僕の良心はこの件を捨て置いて巨神兵の所へ向かうことを強く拒んでいる」
こしのりは地面に顔を向けた友人の肩にそっと手を置き、こう言った。
「決まり……だな。引き返すぞ、目指すは交番だ」
その時、こしのりの携帯にメールが入った。
巨神兵からである。内容は以下の通り
(正しい判断をしたね、ちょっと泣けちった…… あなたの巨神兵)
「へっ、うるせいやい。丑光、室、出直そうぜ」
お金は時に人を幸福にし、また時に堕落させる不思議なアイテムだと言えよう。大金に目がくらんだからといって落ちている金をネコババしてはいけない。彼らが暮らすのは助け合いの街、ポイズンマムシシティである。




