act.4 眠り姫は知らない1
突然出逢った女に連れられて来た知らない世界で、初対面の男に喧嘩を吹っ掛けられ、その途中で連れてきた張本人の女が倒れた。
元々白い顔は青白く血の気が抜けたようで、彼女は気を失っているようだった。
「ここからなら庁舎より…憂の部屋の方が近いな。おい、そいつ連れてきてくれるか?」
さっきまで殴り合いをしていた相手の男…耀次と呼ばれていたか、そいつは俺にその女を連れてこいとぶっきらぼうに言う。
断る理由もないし、この全く分からない世界では誰かに付いて行くしかないと思ったので、俺は憂と呼ばれていたその女を抱きあげ、男のあとに付いて行った。
抱き上げた彼女は驚くほど軽かった。ちなみに彼女の剣は先を歩く男が持って行った。
殴り合いによって口の中を切ったみたいで、鉄の味が口に広がる。
でもまあ、そんなことはよくあることなので俺は気にせずに周りを見回しながら歩く。
さっきいたところは樹が生い茂った、林のようなところだった。
「こっから先が、新宿の居住区だ」
先を歩く男からそう声がする。
どうやら俺が混乱しないように場所を教えてくれているようだ…まあ、言われてもわからないんだけど。
高い塀の先には、多くの共同住宅が入り組んで建っていた。
塀からはだいぶ歩いた一角、コンクリートの打ちっぱなしの大きなアパート。
入口には『警護庁第1隊士宿舎』と書かれた板が掛けられていた。
吉原、と書かれた表札の最上階の角部屋の手前で男は立ち止まり、ドアノブに手をかけた。
「おいおい…開けっぱなしかよ。しょうがねぇな、憂も」
電気を点け、薄暗かった部屋に明かりが灯る。広いが、ほとんど物がない。
入るとすぐに居間と小さなキッチンがあり、壁に3つドアがある。
その扉のうち開けっぱなしのひとつの部屋を指さした男は俺に「寝かせといて」と眼で訴える。
彼は携帯の様な小さな機械を片手に一度部屋を出て行った。
指さされたその部屋には簡素なベッドと小さなランプがあるだけで、床には服が何枚か散らかっていた。おそらく寝室だろう。
俺は女をそのベッドに寝かせ、一度居間に戻る。
見渡してみると、まず窓にカーテンがない。さっきの寝室もそうだった。
そして大きなソファがひとつと、テーブルがひとつ。
床に転がっている瓶には、知った銘柄のラベルが貼ってある。
「これ…焼酎か?」
街の様子は全然違うが、言葉や文字、こういった飲食物、それに住居など、ほとんど日本国と変わらない。
ただ、何か違う。似ているのに、全く違う。取り巻く雰囲気や空気が…別物だ。
「おおーい、クソガキ。憂はまだ気が付いてないのか?」
部屋に戻ってきた男が先ほどの怒鳴り声とは180度違う呑気な声で問いかけてきた。
「え?…ああ、つーかクソガキって…」
その言葉に少しカチンと来た俺は、反論しようと口を開きかけたが、再び玄関のドアが開いて入ってきた人物に意識が行ってしまった。
その人物は20代後半くらいの青年で、長い前髪によって顔が半分隠れている。
そいつもまた漆黒の軍服の様な衣服を身に纏っていて、俺をこの部屋に連れてきた男や寝室で横たわっている女とは違う威圧的な雰囲気を醸し出している。
「耀次、憂が倒れたって?それに面倒なことになったとは…」
「早かったっすね、隊長。…ちょっと色々とあって、とりあえず憂はそっちの部屋で寝てます。大丈夫だとは思うんですけど…一応第13隊に連絡はしてあります」
隊長と呼ばれたその青年は「そうか」と呟いてポケットから取り出した煙草に火を付けた。
テーブルの上にある簡素な灰皿に手を伸ばした彼は、ようやく俺に気付いたみたいで一瞬目を丸くしたと思ったら煙草を落としそうになり慌てて持ち直した。
そして俺のことを上から下までじっくりと眺め、
「これはまた…酔狂だな。憂の仕業か?」
そう言って、白い煙を吐いた。
露わになった片目が楽しそうに歪んでいた。




