act.1 吉原憂の視点による邂逅1
いつも通り起きて
いつも通り袖を通して
いつも通り髪を整えて
いつも通り家を出た
節目なんてどこにもない
変化すら必要ない
ただ生きて、生かされているのだ
この身が崩れ落ちるまで
この喉を己で掻っ斬るまで
そう思っていた
この瞬間までは―――――――
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ああ、もう。
迂闊。迂闊でしたね。
だけどあたしのせいではないんだと思いますよ。
だってこの倉庫自体が"境界"になっているはずなんだから、普通の人間ははじかれるんです。
姿を見られたのはあたしのせいではないんです。
…いっそのこと、始末してしまえばいいでしょうか?
あたしは先ほど"始末"した異形の物体を脚で蹴っ飛ばし、目の前の"彼"に漆黒の刃を向ける。
鈍く光る刃が倉庫のシャッターから射す月明かりを反射したとき、"彼"の口角が少し上がった気がした。
「なあ、銃刀法違反って知ってるか?」
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約10時間ほど前。
雲ひとつない晴天の元、それに似つかわしくない…闇に溶けるほどの黒さに身を包んだあたしと上司はとある商店街にいた。
「きゃあああ!!!!」
悲鳴が響いた方向には、追われるように走ってくる若い女性の姿。
そのすぐ後ろには、人間とは判別できないほどの異形の姿をした"モノ"が暴れるように向かってくる。
「亜人だ!!」
「暴走しているぞ!誰か緊急通報を…」
周囲の人々の恐怖に歪んだ声が行き交う。
あたし達ははさして慌てる様子もなく、その場に立ち止まった。
「憂、行け」
「はい、隊長」
あたしは肩に担いでいる革ベルトがぐるぐるに巻かれた細長い布袋から、身の丈ほどの長く大きな剣を取り出し、異形の化け物に向かう。
「みなさん、少しさがっていてくださいねー」
躊躇せずに立ち向うあたしに人々は道を開けたけど、微かに聞こえる不安げな声。
そんなのも気にせずに柄から抜いた漆黒の刃でその化け物を斬り伏せた。
斬り口から血液が飛び散る。人間とは違う、赤紫色。
…しかしそれは、かつてヒトであった証。
「はーい、終わりです」
ガシャン、と音を立てて刃を柄にしまう。
「憂」
「なんですー?隊長」
「血が付いたぞ」
「そんなのいつものことじゃないですかー」
「お前じゃない、俺にだ」
「…気にしたら負けですよー」
盛大なため息をついたあたしの上司は再び歩き始めた。
「あの…っ」
背後からかけられた声に振り返ると、そこには先ほど異形のモノに追いかけられていた若い女性の姿があった。
「た、助けていただいて…ありがとうございましたっ。あの、組織の方ですよね?ぜひお礼を…」
「先を急いでいるんでね。礼だったら、警護庁所属第3隊に頼む」
そう上司が告げた瞬間、女性の表情が強張った。
「警護庁…第3隊!?まさか…あの戦闘部隊!?」
女性の驚く声が届いたのかは定かではないけれど、すでに上司は足早に歩き始めていた。
あたしは女性にと笑いかけ、彼を追いかけるように駆けて行った。
「最強の戦闘部隊"鴉"…?まさか、あんな女の子まで…」
20XX年、地球、アジアエリア大和国。
昔々、遠い昔に頭のイカれた科学者たちが人間と獣や他の種族を掛け合わせて造り出したと言われている異形の生命体"亜人"。
それらは繁殖し、増え続け、今や人と共存しつつある。
しかし、どうしてか彼らは暴走を始めることがしばしばある。
先ほど斬り伏せたモノもその暴走した亜人である。
この世界では…争いも、死も、日常茶飯事だ。
世界政府は亜人に対する対策として、地球の各エリアにとある組織を設置した。
世界政府所属対亜人組織…通称『ブルーローズ』
アジアエリアの本部はこの大和国にあり、あたしも上司もその組織に属する者である。
「憂、さっきのは何の亜人だった?」
「狼…ですかねー。人狼【ウルフ】ではなかったみたいなんで耐性も弱かったんじゃないですかー?」
「狂犬病かなんかじゃないか?ああ、あとはどこに寄るんだ?」
「流月堂のお煎餅買って、庁舎に戻りますー」
あたしは吉原憂【ヨシワラ ウイ】。
『ブルーローズ』アジアエリア大和本部警護庁所属第3隊"鴉"の上位隊士…いわゆる幹部。
「憂、さっきの死体…どうした?」
「あ、放置しっぱなしです」
「くそ、また始末書が増えるな」
「第14隊が出張ってくれますよー」
「始末書の半分がお前の仕業なんだが」
「…気にしたら負けですよー」
仕事の間の休憩と、週1の休みのために生きている。
狂いきったこの世界に、変化なんて訪れない。




