第1話① その魔法、無駄だらけです
雨が降ると、父の工房を思い出す。
屋根を叩く雨音と、油の匂い。それから、作業台に向かう父の背中。
ルカはそんなことを考えながら、外套のフードを目深に引き下ろした。
辺境都市リーベルに着いて三日目。雨に降られるのは、これで二度目だった。
最初の宿では身分証の提示を求められ、二軒目では長期滞在の客しか受け付けていないと断られた。
昨夜は街の外れにある安宿に泊まれたものの、今朝になって宿代が値上がりしたと言われた。
財布の中身を思い出す。
銅貨が十一枚。銀貨が二枚。
王都を出たときには、もう少しあったはずなのだが。
「……どうしよう」
呟いた声は雨音に紛れた。
街路を走る荷馬車が、石畳の水たまりを大きく跳ね上げる。
ルカは慌てて壁際へ寄った。
泥水は靴の先をかすめただけで済んだが、その拍子にフードがずれた。
短く切った髪が頬に張りつく。
慌てて直しながら、ルカは通りの向こうを見た。
古びた木製の看板が、雨に揺れている。
『ベルク魔道具修理店』
その下には、小さな庇があった。少なくとも、雨が弱まるまでは凌げそうだった。
ルカは店先まで小走りに向かい、庇の下に身を寄せた。
軒先には修理待ちの魔道具がいくつか並べられていた。錆びた照明具、片方の車輪が外れた
運搬補助具、ひびの入った魔力計。
どれも、王都の店ならとうに処分されているような代物ばかりだった。
ルカは思わず運搬補助具を覗き込んだ。
車輪の軸に刻まれた術式が、少し変わった形をしている。
(……古い規格だ)
魔力を回転力に変換する術式が、三段階に分けられている。
現行の規格なら、二段階で済むはずだ。
もっとも、古いからといって悪いとは限らない。
古い術式には、古いなりの理由がある。
ルカがその理由を考え始めたところで、店の中から声がした。
「だから、魔石は替えたんだよ!」
「それ、さっきも聞きました」
「じゃあ何で動かないんだ!」
「私に聞かれても困りますって」
男と少女の声だった。
どうやら、店内で何か揉めているらしい。
ルカは運搬補助具から手を離した。
雨が止んだら、すぐに立ち去ろう。
そう決めたところで、扉が開いた。
「あれ?」
赤茶色の髪を後ろで束ねた少女が、顔を出した。
年齢はルカと同じくらいだろうか。腕には布袋を抱えている。
「お客さん?」
「い、いえ。あの、雨宿りを……」
「雨宿り?」
少女はルカの濡れた外套を見て、それから空を見上げた。
「ああ、そっか。今日はひどいもんね」
「……すぐに行きますので」
「中に入れば? そこ、風が吹くと濡れるよ」
「でも……」
「ベルクさーん! 雨宿りの人、入れてもいい?」
少女が店の奥へ声をかける。
「好きにしろ! ただし床は拭けよ!」
「だって。ほら、入って」
断る間もなく、ルカは店内へ招き入れられた。店の中は、外から見た印象よりもずっと広かった。
壁一面に棚が並び、魔道具の部品がぎっしりと詰め込まれている。
作業台の上には分解された暖房魔道具が置かれ、その前で白髪交じりの男が腕を組んでいた。
男はルカを一瞥した。
「なんだ、子供か」
「……すみません」
「謝るな。そこの椅子に座ってろ」
「ありがとうございます……」
ルカは小さく頭を下げた。
少女が布を渡してくれたので、濡れた外套を拭く。
「私、アリア。近くの宿屋の娘なの」
「……ルカ、です」
「ルカね。よろしく!」
アリアは気さくに笑った。
「男の子一人で旅してるの?」
ルカは一瞬、手を止めた。
「……はい」
「大変だねえ。リーベルには仕事を探しに?」
「えっと……そんなところ、です」
嘘ではない。
仕事を探しているのは本当だ。
ただ、それがこの街に来た一番の理由ではないだけで。
アリアはそれ以上追及せず、店主の方へ向き直った。
「それでベルクさん、さっきの暖房器具は?」
「駄目だ。新しい魔石でも動かん」
「じゃあ、やっぱり回路が?」
「そこは昨日調べた。断線はしてない」
「うーん……」
ルカは布を畳みながら、ちらりと作業台を見た。
古い暖房魔道具だった。
真鍮製の外装には細かな傷があり、持ち手の革は何度も縫い直されている。
中央には、複雑な術式が刻まれた円盤がはめ込まれていた。
ルカは視線を逸らした。
関わらない方がいい。
研究院を逃げ出してから、何度そう自分に言い聞かせただろう。
知らない土地で、知らない人間と、余計な関わりを持たない。
それが今の自分にできる、唯一の身の守り方だった。
ところが。
「……あれ?」
また、見てしまった。
暖房魔道具の術式。
中央の円盤に刻まれた魔力回路が、妙に気になった。
ルカは椅子に座ったまま、目を細めた。
(……どうして、ここで分岐させてないんだろう)
暖房魔道具は、魔力を熱に変換して周囲を温める。
そのためには、いくつかの処理が必要になる。
魔力を整える。
熱へ変換する。
出力を調整する。
過熱を防ぐ。
通常の術式では、これらの処理を順番に行う。
それ自体は、何もおかしくない。
だが、目の前の術式は違った。
熱量の調整を終えた魔力が、なぜか一度、魔力の整流回路へ戻されている。
そこから再び別の調整回路へ送られ、最後に出力部へ流れる。
(……戻してる?)
ルカは眉を寄せた。
熱量を決める処理と、安全装置の監視処理。
本来、この二つは同時に行えるはずだ。
それなのに、この術式では前者が終わってから後者を動かしている。
しかも、処理のたびに魔力の性質を変換している。
(なんで、こんな……)
「……無駄」
小さな声が漏れた。
初投稿です!ぜひ応援してくれるとありがたいです!投稿頻度は未定ですが週に1~2回程度くらいになりそうです。




