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風の家紋(かぜのかもん)—僕が日本へ向かうまで—  作者: 和泉發仙


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第6話「父の沈黙」

翌朝、工具のぶつかる乾いた音で目が覚めた。ガレージの奥からは、父が古いエンジンをいじる低い唸り声が聞こえる。母は夜勤明けでまだ寝ている。

 僕はノートを抱えて、ゆっくりと階段を下りた。昨夜レイにもらった封筒を何度も開いて閉じて、ページの隅には大きく“I will find you”と書き殴った。それを見られるのが少し恥ずかしくて、表紙で隠すように胸に押し付けながら、ガレージのドアを開けた。



不器用な父


 父は背中を向けたまま、油まみれの手でスパナを回していた。

「……朝からエンジン?」

 声をかけると、父は一度だけこちらを振り向いたが、何も言わずにまた作業に戻った。


「なぁ、父さん」

 思い切って口を開いた。

「もしさ……家族のことで分からないことがあったら、どうする?」


 父の手が止まった。工具の音が途切れると、外の風の音がガレージの中に滑り込んできた。

「……母さんに聞く」

 短い答え。でもその声には、少しだけ柔らかさがあった。


「曽祖父のこと、調べてるんだ」

 父は振り向き、僕の手元のノートを見た。

「そうか」

 たった二文字。だけど、その目の奥には、ほんの少しの興味が宿っている気がした。



工具箱の言葉


 しばらく沈黙が続いた後、父は棚の上の小さな箱を引き出した。それは、古い工具がぎっしり詰まった鉄の箱だった。

「じいさんが、俺にくれた工具だ」

 父はひとつのレンチを指でなぞりながら言った。

「お前の曾祖父のことは……あまり話さなかった。聞こうとしても、“昔のことは昔のことだ”って、そう言うだけでな」


 父の声は低く、油と鉄の匂いが混じった空気の中で少し震えて聞こえた。

「でもな、あの人は俺たちに何かを残したかったんだと思う。工具とか、この家とか、そういう形でしか渡せなかったんだろうけどな」


 その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。



ぎこちない贈り物


 父は引き出しから古い封筒を取り出し、僕の方へ差し出した。

「じいさんが使ってた保険の番号とか、古い手紙とか、全部まとめてある。役に立つか分からんが、持っていけ」


 僕は封筒を受け取り、深く頭を下げた。

「ありがとう、父さん」

 その瞬間、父はほんの少しだけ顔をそむけた。

「……調べるなら、最後までやれよ。中途半端は許さん」


 その声は、叱責にも聞こえたけれど、同時に背中を押されるようでもあった。



家族の沈黙


 夜、夕食の席で母が唐突に笑顔を向けた。

「ノア、図書館に行ったんだってね」

「うん、ちょっとだけ……」

 父は新聞を広げたまま黙っていたけれど、その口元がほんの少し緩んでいるのを僕は見逃さなかった。



新しい決意


 自室に戻り、父からもらった封筒を開ける。中には古い手紙や番号が書かれたカード、そして小さなメモ用紙が入っていた。その紙の端には、かすれたインクで書かれた文字――


“Seattle 1918 – arrival”


 胸が高鳴った。

 父の言葉とレイの言葉が重なり合う。

 「最後までやれよ」「足を動かせ」


 僕は深呼吸をして、ノートの次のページを開き、こう書いた。


“Step Two: Find Seattle.”

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