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風の家紋(かぜのかもん)—僕が日本へ向かうまで—  作者: 和泉發仙


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第5話「風の中の言葉」

その週の土曜の朝、僕はコーヒーを片手に町の外れまで歩いていた。舗装の剥げた農道を抜け、小さな橋を渡ると、あの廃バスのシェルターが見えてくる。壁には落書きが増え、屋根の一部は雨で錆びていた。それでも、ここはあの人の“家”だった。



再会


 ベンチに腰掛けた初老の男、レイは、薄い毛布を肩にかけて新聞を読んでいた。近づくと、彼は顔を上げて、ゆっくりと笑った。

「おお、ノアじゃねえか。迷子になった子犬がまた戻ってきたのかと思ったぜ」

「迷子だったのはあの時だけです」

「そうか? 人間ってのは大体いつも迷子みたいなもんだ」

 彼は新聞をたたみ、ポケットから紙コップを取り出して僕に差し出した。中には、ぬるいけれど甘いコーヒーがあった。



風の会話


 僕はバックパックからノートを取り出し、そっとテーブル代わりの段ボールの上に置いた。

「……これ、曽祖父の名前なんです。“イサム・サトウ”。日本から来た人らしいんですけど……全然分からなくて」


 レイは目を細めてノートを見た。しばらく何も言わず、風に揺れる木々の音だけが聞こえた。

「名前ってのは、風みたいなもんだな」

「風?」

「ああ。見えないけど、確かにそこにある。どこかから来て、どこかへ行く。お前がそれを追いかけるなら、ちゃんと耳を澄ませるんだ」


 その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。


「でも、怖いんです。何も知らない国に、知らない言葉……僕にできるのかって」

「怖いからこそ、やるんだよ」

 レイはそう言って、空を見上げた。

「俺は逃げた。家族とも、仲間とも向き合わずにここまで来た。でもお前は違う。まだ帰れる場所があるし、行ける場所もある。それなら足を動かせ。風は、止まってるやつには吹いてくれねぇからな」



手紙の約束


 別れ際、レイは古びた封筒を僕に押しつけた。

「なんですか、これ」

「旅に出るなら、手紙を書け。日本のどこかで風を感じたら、その話を教えてくれ。俺はここで待ってる」


 封筒の紙は少し湿っていて、角が柔らかくなっていた。僕はぎゅっとそれを握りしめた。

「……絶対に書きます」

「よし。それでいい」



夜の決意


 家に戻り、ノートを開いた。新しいページの一番上に、ゆっくりと文字を書く。

“I will find you.”


 窓の外では風が強くなり、木々がざわめいていた。その音が、不思議と僕の背中を押してくれる気がした。


 まだ道は見えていない。それでも、歩き出すことだけは決めた。


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