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風の家紋(かぜのかもん)—僕が日本へ向かうまで—  作者: 和泉發仙


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第35話「夢を刻んだ日記」

町の資料館は、古い郵便局を改装した小さな建物だった。外壁の白いペンキは少し剥がれていて、入口の木製ドアは重たく軋む音を立てる。それでも、中に足を踏み入れた瞬間、ノアの胸は高鳴った。――この場所に、イサムの記憶が眠っている。



古い日記との再会


 案内してくれた館長の藤井さんは、眼鏡をかけた穏やかな男性だった。彼はゆっくりとした口調で説明しながら、棚の奥から古い箱を取り出した。

 箱の中には、茶色く変色したノートが数冊。背表紙には、かろうじて読める筆跡で「佐藤勇イサム」と記されていた。


 ページを慎重にめくると、筆ペンの柔らかな文字が並んでいる。藤井さんが一枚ずつスマホでスキャンし、翻訳アプリにかけてくれる。


「港の匂いを嗅ぐと胸が高鳴る。いつかこの海を越え、見たことのない世界へ行くんだ。」

「町の皆が笑ったって構わない。夢を叶えるのは自分だから。」


 その言葉に、ノアの胸が熱くなる。――若き日の曽祖父の息遣いが、文字の隙間から立ち上ってくるようだった。



戦時中の記録


 日記をさらに読み進めると、戦争の影が忍び寄る記述があった。


「アメリカに渡った仲間の多くが帰れないらしい。

家族への手紙も届かない。僕もきっと、帰れないのかもしれない。」


 ページの端には、震えるような字でこう書かれていた。


「それでも、桔梗の庭を思い出せば、ここへ帰る夢を見られる。」


 その一文を見た瞬間、ノアは胸が締め付けられた。――帰りたいと願いながら、叶えられなかった現実。曽祖父の夢と痛みが、今も鮮明に残っていた。



町の誇りとして


 資料館の壁には、イサムが移民仲間たちと写った集合写真が飾られていた。若き日の笑顔。その横には「播磨の挑戦者たち」という手書きの説明文が添えられている。

 藤井さんが優しい声で通訳した。


 「イサムさんたちは、この町の誇りです。彼らが見せてくれた勇気は、今もこの土地に息づいています。」


 その言葉を聞いたとき、ノアの胸の奥に静かな誇りが芽生えた。



ノートのページ


 夜、客間の机でノートを開き、深呼吸をしてから書き込む。

•Step Thirty-One: Read Isamu’s diary. Learned his dream. Learned his pain.


 そしてページの隅に、小さな文字で添えた。


「夢は叶えられなくても、残るものがある」



夜の港で


 資料館から借りた写真を胸に抱え、港の桟橋に立つ。波が足元で静かに揺れ、遠くで漁船の灯りが瞬いている。

 ノアは小さな声で呟いた。


「イサム……僕がここに来られたのは、あなたの夢があったからだよ。」

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