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【書籍化】氷月の騎士は男装令嬢~なぜか溺愛されています~(旧:侯爵令嬢は秘密の騎士)  作者: 藍上イオタ@天才魔導師の悪妻26/2/14発売
こぼれ話

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番外編 夕日に染まるムクゲの花(フェルゼン視点)


 今日はベルンと王宮に呼ばれている。ベルンは引き籠もり侯爵の末娘で、いつもは辺境の領地に住んでいて、王都にはめったに出てこない。

 俺たちは来年から幼年学校に入学する。そのためのに手続きでベルンは王都に来ているのだ。今年の夏はいつもより長めに王都に滞在できるらしい。


「フェルゼン、待ってたよ!」


 乗馬服姿のベルンが屋敷のドアから飛び出してきた。


「じゃ、行くぞ」


 俺はベルンの手を引っ張って、我が家の馬車に詰め込んだ。

 そうやって二人で王宮へ向かう。今日は王宮の森でシュテルと乗馬を楽しむことになっていた。


 王宮に着くと、シュテルが馬に乗って俺たちを待っていた。シュテルの馬はアイスベルグから送られた白馬のスノウだ。

 俺たちは王宮の馬を借りてそれに乗る。最初はおっかなびっくり馬に触れていたシュテルだったが、だいぶ乗馬になれてきて、今ではひとりで乗れるようになった。

 俺たちは少しの従者を連れて、王城の森へ入る。一番奥の丘まで行き、そこで一休みをして帰ってくる予定だ。グルリと森を巡るのだ。


 ベルンは初めて入る王宮の森に目をランランと輝かせている。

 野性的で薄暗い森しか知らないベルンにすれば、花々の咲き乱れる明るい森は新鮮なのだろう。


「ねぇ! あの白い花はなんの花?」

「ムクゲと申します」


 興奮するベルンに森に詳しい従者が説明してやっている。

 

「ムクゲ、ムクゲ」


 ベルンが忘れないようにと復唱する。それを従者は嬉しそうに眺めている。


「あちらの八重のものも同じ種類です」

「わぁ、いろんな色があるんだね」

「向こうのものは今は白ですが、徐々に色が変わるんですよ」

「何色になるの?」

「帰りにお確かめ下さい」

「うん! そうする!!」


 俺たちを放って、従者とキャイキャイとはしゃぐベルンを見て、俺はなんだかムッとする。ふとシュテルを見れば、シュテルも少し顔をしかめていた。


「ベルンは花が好きなの?」


 シュテルが問う。


「うん! 詳しくないけど、アイスベルグは花の種類が少ないから、見るとワクワクしちゃうね」


 ベルンが屈託なく笑うと、シュテルもつられたようにニッコリと笑った。


「じゃあ、向こうへ行ってみようか」


 野バラの咲き乱れる小道を選ぶ。俺たちには見えない鳥をベルンの目は探し当てて、鳥のさえずりに合わせてベルンが口笛を吹く。口笛に合わせて、鳥の歌が重なる。

 ツタの絡まる古い石像。虫たちが集まるエゴノキ。爽やかな風とともに、ゆっくりと時間が流れる。


 カポカポと馬を歩かせ、森を散策し、丘の頂上に着いた。俺たちは馬を木につなげ、丘の上で遊び出す。

 模造刀を振っていつもどおりの混戦試合だ。

 カンカンと軽い剣の音が、はじまりかけた夏の空に響く。馬はのんびりと草を食んでいる。

 じんわりと滲む汗。上着を脱ぎ捨ててシャツだけになる。


「あっちー!」


 暑がりな俺は、シャツの胸をはだけてパタパタと風を送る。ちょうどお茶の準備ができたようだった。

 敷物の上に、軽食が用意されている。サンドイッチや焼き菓子、オレンジジュースの瓶もある。

 すでに出発からだいぶ時間が経っていた。持ってきたときは冷たかっただろうオレンジジュースは温くなっているはずだ。その証拠に瓶の周りは水滴がたくさんついている。


「私がやるね」


 ベルンがそう言ってオレンジジュースを取ろうとする。侍女は慌てて、ジュースの瓶を拭いてから、ベルンに手渡した。


「はい、シュテル、どうぞ」


 そう言うと、自らシュテルのグラスにオレンジジュースを注ぐ。シュテルは照れたように笑って、グラスを差し出した。


 なんだか、ベルンらしくない。シュテルが王子だから媚びるのか?


 顔をしかめる俺を見てベルンは笑った。


「はい、フェルゼンも」


 俺のグラスにもベルンがオレンジジュースを注ぎ、最後に自分のグラスに注ぐ。


「それじゃ、かんぱーい!」


 シュテルが言って、三人でグラスを合わせる。

 キンと高い音が響いて、グラスがキラキラと光った。

 オレンジジュースを一口のみ、俺とシュテルは顔を見合わせる。


 冷たい! ベルンの魔法だ!


「ベルン!」


 シュテルがベルンを見た瞬間、ベルンはニヒと笑って、唇に人差し指を当てウインクした。


―― ひみつ ――


 言葉に出さないけれど、ベルンの言いたい意味はわかる。

 魔法を使ったことは、三人の秘密だと言いたいのだ。チラリとオレンジジュースの瓶を見てみれば、外側はうっすらと白く凍っている。


 俺とシュテルは、ベルンと同じようにニヒと笑い、顔を見合わせた。


 ゴクゴクとオレンジジュースを飲む。喉を下っていく冷たいジュース。甘く酸っぱい香りが、胸いっぱいに広がった。

 

「あー! 旨い!!」


 思わず零れる感嘆に、シュテルも頷く。


「本当! こんなに美味しいジュースはじめて飲んだよ」


 俺たちを見て嬉しそうに笑うベルン。


 やっぱり、ベルンはベルンだ。媚びてるわけじゃなかったんだな。ただ、喜ばせようとしてくれた。ベルンのそういうところが俺は好きだ。


 俺はすっかり安心した。


 軽食を食べ満腹になると三人でゴロリと横になる。


 俺、ベルン、シュテルで並ぶ。いつの間にかそうなっている。

 青空に白い雲が走る。


「あの雲、スノウみたい」


 ベルンが指さす。


「じゃああっちは、ドーナツ!」


 俺が別の雲を指さす。


「なら、向こうは剣みたいだ」


 シュテルも空の端を指さした。


 背中の地面が温かい。草原に舞う虫たちの羽音が近い。寝転がって雲を追っていると、まるで自分たちのほうが動いているような気がする。


「へんなきぶん」


 ベルンが言った。俺はゴロリと転がってベルンを見る。ベルンは寝転がったまま、手をのばして空を見ている。


「寝転がってるはずなのに、私がグルグル回ってるみたい」


 俺が思っていたそのままをベルンが口にした。


「僕もそう思ってた」


 シュテルがゴロリとベルンに体を向けた。

 ベルン越しにシュテルと目が合って、なぜか、気まずく思う。シュテルも同じ気持ちだったのか、慌てたように目をそらした。

 

 俺はゴロリと仰向けになり、空を見た、ベルンと同じように空に手を伸ばしてみる。


 この空を夜に近づけたら、ベルンの髪の色になる。


 そう思って空を掴む。当たり前だけど掴めない。なにもない掌を開いて、確認するように自分に向けた。太陽光が掌を通過して、指の周りが赤く光っている。


 まったりとした時間を過ごして、俺たちは帰りに向かった。


 上着を脱いだまま馬に乗る。少しゆっくりしてしまった俺たちは、来たときより早足で馬を進めた。

 先頭はベルンだ。

 ベルンの白いシャツが風をはらんで膨らむ。夕日の逆光の中、膨らんだシャツの中でベルンのシルエットが浮き上がった。俺たちと変わらない真っ直ぐな体だ。


 ベルンが立ち止まり、俺たちを振り返った。


「ほら! ムクゲ! 色が変わった!!」


 そう笑うベルンの指先を見る。

 来たときは白色だったムクゲの花が、ピンク色に色づいて夕焼けに溶けてしまいそうだ。


「綺麗だね!」


 屈託なく微笑みかけるベルン。


 綺麗なのはお前だ。


 口に出しかけて、ハッとした。今はシュテルがいる。


「……ああ、綺麗だ」


 ぎこちなく答えてから、俺はそっと、シュテルを見た。

 そして、俺は息を呑んだ。


 昼には白かったムクゲが時を経てピンク色に変わったように、シュテルも色づいている。夕焼けに染められたようなシュテルの頬。呆けたように開いたままの唇。明らかに見蕩れている。

 ベルンに心を染められている。


「シュテル?」


 ベルンは不思議そうに小首をかしげた。

 シュテルはハッとして、苦笑いする。

 そして、ムクゲに近づくと花をひと枝折った。


「シュテル?」


 驚くベルンの耳にムクゲの花を挿すシュテル。

 そうして、シュテルは微笑んだ。


「こうしたら、もっと綺麗」


 ベルンの濃紺の髪に、桃色のムクゲの花が映える。


「ありがと!」


 ベルンは屈託なく笑った。

 夕映えの中のふたりは、まるで完成された世界だ。


 シュテルは、ベルンが女だと気付いてる?

 

 俺はゾッとしてベルンの横に並んだ。

 そして、シュテルに笑ってみせる。


「俺にはないのかよ、王子様」


 シュテルはプッと吹きだして、俺の耳にもムクゲを挿した。ベルンがそれを見て、シュテルの耳に花を挿す。


「うん、ふたりともカワイイね」


 ベルンがそう言って微笑んだ。俺たちは顔を見合わせて、思わず笑う。従者たちもニコニコと笑った。

 

「さあ、帰ろうぜ!」


 俺は手綱を引いた。ベルンたちがそれに続く。


 青い闇が茜空を染めはじめた。耳元のムクゲが、俺の心をくすぐるようにこそばゆく揺れた。

 




Kindle Unlimited対象作品です。

書籍版のみの書き下ろし番外編がありますので、番外編だけでも読んでいただけると嬉しいです!

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