チラシ 第十四話 『文壇★倶楽部(くらぶ)『K』』
Lacrimosa dies illa, 涙の日、その日は
qua resurget ex favilla 罪ある者が裁きを受けるために
judicandus homo reus: 灰の中からよみがえる日です。
Huic ergo parce Deus. 神よ、この者をお許しください。
pie Jesu Domine, 慈悲深き主、イエスよ、
Dona eis requiem. Amen 彼らに安息をお与えください。アーメン。
* *
ここは、この町では飛びきり上等のクラブである。しかし、ここでも例外なく、『ラクリモーサ』が、エンドレス・リピート態勢で流されている。
「朝から、晩まで、四六時中、終わったと思ってもすぐに始まる。テレビも、ラジオも、街の有線放送も、どこへ行っても、あらゆる場所でこの曲ばかりが流れている。ちょっとくらいいい曲でも、のべつまくなしに聴かされていると頭がどうにかなってしまいそうだよ。ママ、これは、どうにかならんものかね」
この『ラクリモーサ』のエンドレス・リピートに、文壇の重鎮、ドクターMが弱音を吐いた。
「先生ったら、何をおっしゃってらっしやるの。このやり方をやり通すように会議で強く主張なさったのは、他ならない先生、その人、貴方ではないか! そういう言い出しっぺの張本人が、そんなに弱音を吐かれては、この非常事態に必死に耐えている国民のみなさまに対して言い訳がたたないのじゃない?」
凜とした強さで、ママが、ドクターMの弱気をたしなめる。
「しかし、やることなすこと、このように裏目続きでは、自分の確信が揺らいでくることもある。それは、俺のような強気の人間でも、例外ではない」
ドクターMは、尋常の状態ではなかった。なぜか、ママさんは、落ち込んだドクターMに対して、ところと場所を全くわきまえない質問をした。最高の気配りママさんにも、何かの魔がさしていたのだろうか。しかし、これは、ママさんがそのとき、一番、知りたかった事実であった。
「そういえば、こんどは、先生のおっしゃっていたの最後の希望の星。つまり、その、才能に満ちあふれた陰陽師候補生の方たちが、街のラーメン屋で一網打尽に捕らえられ、そして、彼らは最寄りの公開処刑場に連行され、そこで、全員が銃殺刑に、処せられたという噂、先生の耳に届いている?」
ドクターMは、黙り込んでしまった。
――日頃、泰然自若とした先生が、こんなに落ち込むなんて、本当にただ事じゃないわ。かわいそうなMさん。でも、国民のためには、Mさんにもっと頑張ってもらうしかない。つらい出来事からも目をそらさないで頑張ってくださいね、Mさん。
ママさんは、思った。
やがて、ドクターMは、気力をふりしぼり、ママさんの質問に答えた。
「噂ではない。事実だ。陰陽師候補生、川上麗、野々村一刀、丸田肇の三名は、午後銃殺刑で処せられた。ちょっとした手違いがあって、我々の計画がまた大破した。しかし、すべてが決定したと言うわけではない。我々にも、希望が残されている。だから、こうして、私は、次の報告を待っているのだ」
「ごめんなさい。私、……でも、希望って何かしら? 秘密でなかったら、私にも教えて……」
「間もなく、時空ヒーローの某から、連絡が入るという。そういう報告が、届いている。ヤツも、われらにとって、大きな力になると、期待しているのだが、実はヤツからの連絡が遅れている。このように、裏目続きの今日この頃のことだから、イヤな予感の一つもしてくるのだ」
ドクターMが、そういう話をしていると、クラブの入り口あたりが、にわかに、騒がしくなった。
騒ぎの原因となっているのは、最近、『ニャン太、旅日記』で売り出し中の作家Nであった。
入り口あたりでの、押し問答が、ドクターMの耳にまで、不審な気持ちが彼の心に湧いた。
――連載で、大わらわのはずのN君が、どうしてここに? そして、彼は、まだ、自分がこの文壇クラブへ出入りできる格の人間ではないことくらいわきまえているはずなのだが……
作家Nは、奥のテーブルにいるドクターMを目ざとく見つけると、大声で呼びかけた。
「先生、これを見てくれ!」
作家Nは、奥の方の、Mがいる席の方に向かって、手にした紙袋を差し出した。
「これは、うちのニャン太が今朝仕留めたネズミなんだが、先生、これを見てくれ。そして、医者でもある先生の御意見を聞かしていただきたいのだ! そういう次第で参上したというわけだ」
ラクリモーザの訳は、wikipediaのものを使用しています。