エピローグ4 彼とそれを待つ運命
春の日差しの中、魔法使いの屋敷、その庭にある東屋ではリットがテーブルの上のティーセットを前に座っていた。
リットはゆっくりと周りを見渡す。
東屋の中央にある花壇には幾つものカモミールが咲き、屋敷の方へ延びる庭道の脇には色とりどりの花が並んでいる。
芝生も綺麗に整えられ、つい寝転がりたくなるようなほどだ。
「…ここは、毎年綺麗になってる気がする」
「いつも真面目に手入れしてるからねー」
独り言を呟いたつもりだったリットへの返答がきた。
リットがその声の方を見ると、身長は低めだが、少しお腹の出た女性が東屋へと入ってきていた。
「お腹、かなり目立つようになてきましたね」
「ん、最近はかなり体調も良いし、庭仕事ぐらいは運動代わりにこなしてるよ」
メイド服をややゆったりさせたようなデザインの服に身を包んだ女性は、お腹を少し気遣いながらリットの向かいの椅子へと座り、
「改めて、いらっしゃい。リット」
「どうも、ほとんどお茶飲みに来ただけですけどね」
女性――かつて奴隷と呼ばれた少女はにこやかな笑顔で挨拶した。
「この身長になった僕より、妊娠中のあなたの方が運動能力高いんだから、別にお守りなんていらないと思うんですけどね」
「ふふーん、それでも心配するほど愛されてるからねー」
鼻高々に微笑む少女は、テーブル上のカップに手を伸ばす。
「…もう、五年、そろそろ六年ですか。最初に会ってから」
「そうだよー。リットの人生の半分ぐらい関わってるからねー」
五年。魔法使いと少女が出会ってから、彼らが恋に落ちてから、五年の月日が流れていた。
あの時の大人達には、そこまで変化は起こっていない。
魔法使いは順調に研究を重ねて、幾つかキャリアを上げたが、基本的な地位は変わっていない。研究室のメンバーも同様だ。
ハイルディは各地の戦地を回っているが、最近はドイツ西部で落ち着いているらしい。ちょくちょく屋敷にもヴェルを連れて訪れてきている――ヴェルがあの時の赤毛の少女だということで一悶着あったが。
ドラコは元気にしているという便りは聞くが、北欧に行ったっきり姿は見ていない。
あのとき子供だった自分達はというと、リスティナやファフナーは二年少しで学院を修了し、家業を継いでいるらしい。たまに皆で会って元気なのは知っている。
もっとも変化があったのは、
「…私たちかなー」
「そうですね」
まず、リットは身長がかなり伸びた。まだ十二歳になったばかりだが、身長は既に少女より高い。少女の方もある程度伸びたが、二人が並ぶと兄妹のように見える。
現在の役職は、魔法使いの研究室の、準研究員という扱いになっている。正式採用でもいいのだが、本人がまだ進路を決めかねているということもあり、保留状態だ。
また、ファフナーに着せ替え人形にされてから何かに目覚めたらしく、とても格好良くなってきた。服装も十二歳とは見えないほど大人びていて、もともと整っていた顔も相まって、学院では凄まじい女性人気がある。
「えーっと、今の彼女はどこの人だっけ?」
「専攻なら政治、出身ならバルカンですよ。まあでも、先週別れましたけど」
女癖の悪さも魔法使いから"遺伝"したらしく、女泣かせな所業を成している。
なんともない風でリットはカップの中身を飲み、一言。
「…いつみても、そのチェーカーは凄いですね」
言われた少女の首には、首輪というには大げさだが、チェーカーというには目立ちすぎるアクセサリーが身につけられていた。
「チェーカーじゃないもん、首輪だもん」
「そっちの方が問題じゃないですかねー」
少女は、少し背が伸び、肉付きも少し良くなった。巨乳ではないが人並みに胸も膨らんでいる。二十歳で、会ったころの魔法使いよりは落ち着きを持っていると言えるだろう。戦闘技能は数ランクの向上が見られたが、過保護の魔法使いのお陰で実戦運用の機会はほぼない。
ただ、五年掛けて魔法使いへの依存や執着が増したというか、愛情が深くなったというか、
「もーねー! あの人ったら、五年も一緒にいるのにまだ頭撫でたり、人前でイチャイチャしたりねー! 心配し過ぎて、街中で絶対に手離してくれないのとか、ほんと可愛いの!」
傍から見てちょっと鬱陶しさが増した、というのが一番正しい気がする。
「やっと私も妊娠できたから、お互いに一安心出来たよー。最近は事務作業をあの人がやるようになって、私暇してたんだよね。子育てにもちょうど良いタイミングかな」
「やった、種なしじゃなかった!」と魔法使いが喜んでいたのは忘れておく。
細い目で少女を見たリットは、羽織っていた魔術師用のローブを脱ぐ。
「これ、夏は暑いうえに、デザインがダサいんですよね」
「ご主人様も、よく言ってるねー。別の制服作って欲しいらしいよ」
小奇麗な私服になったリットは、懐から一冊本を取り出す。
「読んでもいいですか?」
「いいけど、見ないタイトルだね」
「はい、さっき先生の書庫から借りてきた発禁本です。急いでまとめないといけないレポートがあるので」
ん、と返事をした少女は、一瞬の間を置いて首を傾げた。
「春の研究発表はこの前終わったよね。博士課程は取ってないし、なんかあったっけ?」
「ああ、いえ、これから半年ほど、故郷に帰ってやる用事が出来たんですよ。家業の手伝いで手が離せなくなるので、夏の分を早めに終わらせておきたいんです」
なるほどね、と少女は頷く。
「ヴェローナの方は、最近物騒みたいだから気を付けてよ。野良ドラゴンの目撃やら襲撃が多いらしいし」
「もちろんわかってます。ただでさえ、去年のフランス共和革命以降は難民や捕虜の影響で治安が荒れてるので、用心しているつもりです」
リットはやれやれ、と首を振った後、自分の本へと目を落とす。
話相手を失った少女は、和むように庭の風景を見つつ、時々自分のお腹を撫でる。体の中にもう一つ生命がいるのは不思議な感覚だが、胎児と交わす魔力の行き来がやや心地よさを少女に与えた。
春のそよ風が流れ、舞った花弁は風景を彩るように踊る。
願わくば、
「こんな時間がずっと流れればいいのに」
少女の呟きに、リットは小さく笑みを返した。
次の物語の主役は、彼なのかもしれない。
総評としてのあとがきは次話に




