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魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
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場外乱闘⑧(魔)女達

「オッラァァァ!!」

 上空数十メートルを目掛けた大跳躍とともに青年が蹴りを繰り出す。

「おっっそい!!」

 ハイルディがそれを腕で防御し、そのままの体勢で青年の足に手刀を落としあてた。

 上からの力に抗うことなく、青年は最大速度で地面に落下激突した。岩場の岩盤に背中から墜落した彼は、魔法で落下の衝撃を弱め、しかしそれでも口から僅かに血を吐いた。

 ハイルディと、傭兵団の『末裔』の青年の戦いは、ある種一方的なものになっていた。

「こんッのォォォォ!!」

 青年は、落下地点から、魔法陣なしで目の前に光球を出現させた。魔力の塊、打ち出すためのものだ。

 それが、一瞬のうちに数メートルはある巨大な球に膨らむ。青年の魔力が注ぎ込まれた。

「落、ち、ろォォォォ!!」

 そこから、レーザービームのように光の束が打ち出された。

 ハイルディの背丈の数倍はある半径のレーザーが、上空の魔女を包み込み、消し飛ばそうと迫る。

「うん。面白い。けど、」

 ハイルディは慌てることなく、空中で正拳突きの形で構えた。

「まだまだ」

 光線がハイルディを襲うと同時に、ハイルディは拳を打ち出す。

 光線が、拳を基点にして幾つにも分散された。とうのハイルディには微塵のダメージを通すことなく、光球が全てのエネルギーを吐き出し尽して消えた。

 あとに残ったのは、血反吐を吐いて岩場に立つ青年と、上空で正拳突きの姿勢のまま滞空するハイルディ。

「密度が小さいんだよね」

 ハイルディは、青年にも聞こえる声で言った。

「魔力量もある。戦闘技能も中々。だけど、魔法技術が微妙。まあ、これは生まれだのなんだので仕方ないけど、一線級じゃない」

 ふう、と一つため息。

「簡単な魔法、身体強化や魔力弾の発射に、極限まで魔力を込めて繰り出す。正しい用法で、頭の良い戦い方だね」

 けど、

「もっと、知識があれば、一工夫を加えられる人がいれば、君はもっと強くなれた」

 酷く、残念そうな声でハイルディは言った。

――バチカンか、せめてフランスやハプスブルグで生まれていればもっと違っただろうけどね。

 神聖ローマなんていう、誰も助けてくれない、誰も何も教えてくれないところじゃなければ、あるいは。

「…俺には、兄貴がいたから」

 ポツリ、と青年は呟く。

「兄貴は、兄貴たちが! 俺のことを必死に生かそうと、助けようとしてくれた、から!! 俺はここにいて、アンタと戦ってる! アンタを、殺そうとしている!!」

 ほう、とハイルディは笑う。

「だから、せめて! 兄貴たちと共に死にたい!」

 顔を上げた青年と、目があった。

――綺麗な目だ。

 信じて、疑わない目。信念と、何かを持っている目。

「そう、ならーー」

 ああいう目だ。自分は、ああいう目に弱い。

「死にに来なさい」




 それは、虐めと言えただろう。

 結果は、体中血まみれで岩場に横たわる青年と、変わらず空に浮かんだハイルディ。

 勝者は一目瞭然だった。

 そして、

「…ゥァ…」

 敗者は生きていた。

「…弱いんだよな、私」

 純粋無垢で、真っ直ぐなものを見ると、どうしても殺せない。ああ、自分もああなりたい、という憧れか、嫉妬か。つい、お情けを与えてしまう。

「若いってのはいいもんだねぇー」

 そういう自分もまだ二十歳だが、触れないでおく。精神年齢は経験で、自分ほどの経験値を積んだ人間はそうそういない。

「まあ、私より年上で血気盛んな人もいるようだし」

 そう言って彼女は背後に目を向けた。

「ねえ、"兄貴"さん?」

 そこには、一匹の竜と、そこに馬上槍(ランス)と共に騎乗した騎士が、ハイルディへと突撃をかまし、しかし魔力の障壁に捕えられて空中で静止するという光景があった。

「竜のカップルは討ち漏らさないから、センパイサンのとこにいた相手かな?」

 あの人なら、『飽きた』とか言って戦闘をやめそうだ。

 はあ、とため息をつき、足を引いて構えた。。

「あなたの場合は、単純に魔力量(しゅつりょく)不足」

 高速移動により竜兵の頭上へと回り込み、ドラゴンの首元へと踵落としを食らわせる。

「ッ…!」

 すんでのところで乗り手の男は気づいたらしく、踵落としの射線上に馬上槍を割り込ませてドラゴンを守ろうとするが、『末裔』の魔力の乗った一撃には意味をなさなかった。馬上槍が中ほどで真っ二つに割れ、威力は変わらず踵落としがドラゴンの首元にあたり、乗り手ともども地面に墜落する。

「状況終了、っと…」

 これで今度こそ戦闘終了だ。洞窟内では救出組がまだ頑張っているだろうが、それは自分とは関係ない話。少女の実力なら、ここの盗賊団レベルと戦って死ぬことはないだろうし、魔法使いもトール達の誰かと一緒なら問題ないだろう。もし死んでても魔女の独自魔法で蘇生するだけだ。

 一度空中でノビをして、ハイルディは下を見た。

「…兄弟仲がよろしいことで」

 "兄貴"と呼ばれた竜兵と、『末裔』の青年は、仲良く少し離れたところで似たようにノビている。『ノビて』と表現するには些か命の危機があるよう状態だが。

 ジ、とその二人を見つめ、ハイルディは唐突に左手の指先を突き出した。

 一瞬ののち、その指先に小さい魔力の塊が生まれた。大した威力も持たない、小さな魔力弾だ。

「もし、これをこのままあなたたち二人に撃ち込めば、避けることなんてできないよね?」

 魔女じゃなくても弱小と言える威力の魔力弾だが、動くことのできない二人の喉や心臓、脳天に撃てば、一瞬で命を刈り取る。

 ゾクリ、と背中を何かが駆け抜けた。

「弱くて、儚くて、綺麗なものの命運が、私の指先次第でどんな結末にもなるんだ」

 未熟で美しいものを見守るのは好き。そしてそれを弄ぶのも――

「劇作家や、吟遊詩人はこういう気持ちをなんて表すんだろうね」

 自分であれば、儚く散り行く花の美しさに例えるか、あるいは悲恋や悲劇の何とも言えない虚無感を醸し出すか。

 もし仮に今の自分の顔を見る者がいれば、ひどく蕩けた表情で吐息を荒くする雌の顔が見れるだろう。

「いっそ、このまま――」

 指先を、倒れる"兄弟"に向ける。

 禁忌を侵すような感覚に、ドクドクと興奮の鼓動が高まり、脳からは快楽物質が垂れ流される。

――もう少し、もう少しやってしまえば…。

 魔力弾をもう一つ生み出し、照準をつける。それぞれ、二人の頭。

「『発――』」

 一線を越えそうになった瞬間――

 地平線の彼方から、一筋の赤い光線が亜音速でハイルディの左手を穿った。

 熱線は、ハイルディの肉を焼き、魔力の塊を離散させた。

 その光線が過ぎ去ると、あとには空中で静止し、左手が焼け焦げたハイルディと、空中に漂う心地のいい肉の臭いだけが残る。

「…」

 ハイルディはゆっくりと視線を光線がやってきた方向に向けた。ハプスブルグ西部方面、もっと的確に言うなれば、

「お菓子の家の方向、かな」

 焼け焦げたはずの左手では、既に魔法による自動回復が始まる。常人の云千、云万倍の魔力が治癒力を極限まで高めてどーたらこーたら。

フェル(あのババア)、こっちが本能むき出しにし掛けると、いっつも邪魔してくるのよね」

 まあそれで助けられたことが何回かあるので責めはしないが、玩具を取られたようで若干ムカつく。

「今のは、どうせ旧時代の古代兵器とかそんな感じの奴かな。ババア、どんだけ秘密兵器隠してんのよ」

 完全に元通りになった左手で頭を掻き、また眼下を見下ろす。

「しょうがない。あのババアに免じて、今日はこれでお開きといきますか」

 まだ二人に息があることを確認し、ハイルディは空中を移動し始める。あとは、味方の誰かが怪我をしていた時のために待機するだけだ。

「あ、いや。違うか。一番楽しいのが控えてる」

 ニヘ、とさきほどとは違って悪戯っぽくからかうように笑った。

「あの二人の惚気話、いつ聞けるかな!」




 お菓子の家の屋根の上。巨大なビスケットの上で、『救世の魔女』フェルドラントは立っていた。

「…久しぶりに撃つと、腰に来るわねぇ」

 細い腰をトントンと叩く。

「…ヤダ、今のセリフ、めちゃくちゃおばちゃんっぽい」

 その右手には、身の丈ほどもある金属製の筒、正式名称『エルトロール砲』を持っていた。現代日本人の誰かが見れば、「荷電粒子砲」とか「超電磁砲」みたい、とでも思っただろう。

「古代兵器って、威力下げるのが難しいのよね。旧文明の人たちも、それで困ったから『内の七つ』、『外の七つ』を作ったんだろうけど」

 ふぁ、とフェルは欠伸をした。

「こんな朝っぱらからドンパチしないで欲しいんだけどね。日の出と共に始業って、農家なの?」

 そういうフェルの格好は、所謂パジャマだ。髪も少しハねている。

「まあ、遠い子孫とはいえ、娘が常識を外れようとしたら、跳び起きて矯正するんだけどね」

 フェル自身かなり『常識』外れな人間なので、その判定があやふやなのは秘密だ。

 周りを見れば、そこに溢れていたのは、魔法光の残滓。さきほど発射した『エルトロール砲』の発射に魔力を使ったため、その残りが大気中に溢れ出た形だ。

 『末裔』であるフェルの魔法光は、もちろん金色。だが、そこに幾らか他の色が混ざっている。やや水色っぽい。

「魔法光は、その時の感情に影響を受ける、と」

 『末裔』以外の魔法光は、その人物の性格、もっと言うなら精神状態に影響を受ける。怒れば赤色に近づき、悲しみは青に近づく。

 『末裔』の場合であれば、それは金色に感情の色が混ざり、その色で淡く色づくようになるという結果になる。魔力暴走は、何も考えられなくなった結果白色が溢れ出る、という形だ。

 無論、そうそうのことでは色は変化しないが、目の前で恋人が殺された時などには否応なしに感情の影響が現れる。

 さきほどのフェルの「水色」は、「眠くて疲れた」という倦怠感だ。

「喜びは黄色、緑は羨望で、ピンクは――」

 その先を想像して、ふふ、とフェルは微笑んだ。

「久しく見てないわ。そんな場面、中々お目に掛かれるものじゃないもの」

 よっこいしょ、と屋根から飛び降りる。もう一眠りしたい。

「…今のもババア臭いかしら」

 まあいいか、とお菓子の家の扉をあける。

「…次は、いつ誰に会うのかしらね」

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