場外乱闘⑦ 雇われ者ども
ドラコは、血塗れの装いで崖にもたれかかっていた。
――…仕事は終わりだ。
懐から干し肉を取り出し、頬張る。血は丁度良いスパイスとなった。
体についた血は、ドラコ自身の血でもなければ敵の、ドラゴンの血でもない。
本気を出して戦った結果、聖剣から飛ぶ血の斬撃が幾度となく宙を飛び交い、それが敵の火球と相殺されて血を浴びることになった。
自分も相手も致命傷を与えるような攻撃を行わず、脚力で大跳躍して一撃を与えようとするこちらと、それを旋回して避け、隙を見てブレスを吐いてくる敵のドラゴンの堂々巡りとなった。
そろそろ飽きてきた、と思い始めたところで、竜兵が急に戦線を離脱した。
何かあったか、と森の中を見つめると、盗賊団数人が逃げていくところだった。
どうやら、仲間を助ける時間稼ぎに利用されたらしい。何度も言うように、戦闘の継続は互いにとって不利益なのでどちらも追わないでおいた。
そして、ドラコは戦闘状況が完全に終了し、ここらで一服と壁に背をつけて休憩し、今に至る。
――…これが終わったら、どうしようか。
神聖ローマの内戦で、自分が稼げるような大きな戦いはもうそろそろ起こらなくなる。イングランドの交渉は不発に終わった。
――…最近は、ポーランドが弱体化して、ロシアが出張ってきているな。
国力の不均衡は戦乱の火種となる。東欧・北欧に行ってみるとしよう。それが終われば、一度里帰りするのもいいかもしれない。
仕事のことを考えていたとき、崖の中からドラコは一つの異変を感じ取った。
低い振動が、背中を介して伝わってくる。発生源は、自分から数メートル右にいったところから奥に入ったところ。
まるで、何かが崖の中を岩を破壊しつつ突き進むような…。
次の瞬間、自分の右手の崖が爆発した。内側から何かに吹き飛ばされたように、岩石を撒き散らして固い表面に大穴が開いた。
「…ヴァレンシュタインのところの小隊長か」
「ドラコ殿でありますか。そちらも終わったようで、お疲れ様であります」
その穴から出てきたのは、重装備に身を包んだトール。彼は右手に大きな槍を持ち、顔は兜に隠れて見えない。外見からでは中身が判別できなかったが、ドラコは事前に装備の情報を得ていたために認識することが出来た。
グロッキーなことを上げるとすれば、トールの槍の先には絶命し血を流す男の死体が五体満足で突き刺さり、トールの鎧は誰のともわからぬ返り血で赤黒く変色しているところだろう。
「崖の中から登場とは、随分と派手なことをするな」
「壁際の敵に、魔法込みの突進突撃を食らわせたら偶々壁が薄かっただけなのであります」
トールは槍を大きく振り、遠心力で刃先の死体を明後日の方向に投げ捨てた。
「お互い血みどろで、洗濯が面倒でありますな」
「全くだ」
トールがドラコの近くの壁を粉砕したのは偶然だろうが、案外盗賊団は洞窟をいろんな方向に掘り進んでいたらしい。
しばし、無言。どちらも冗長な会話で沈黙を埋める趣味はない。
「…そちらも、と言っていたが、洞窟内の戦闘は終わったのか?」
「はい。粗方片付いて、あとはほっといても疑心暗鬼の同士討ちと落盤崩落で死ぬであります」
そうか、とドラコは興味なさげに呟いた。実際、興味がない。
また、無言。
ドラコはジッ、と自分の手を見た。
ドラゴンとの短い闘いは、死闘というほどのものではなかったが些かの昂ぶりをくれた。相手が戦闘狂であれば気の済むまで戦い続けたのだろうが、分別を弁えた司令官であったらしく、中途半端に闘いは終わった。
飲んだ血も、完全に時間切れで効果を失った。
詰まる所、ドラコは今一番、弱い。
ふと思い立ったようにドラコはトールをの方を見た。
「私を殺してみるか?」
トールは兜の下で一度驚いた後、目を細めた。
「今の私は、ここ最近で一番弱い。魔力もある程度消費して、血の加護もない。そこそこの強さなら…そう、傭兵団の部隊長レベルの者なら、私を殺し得るかもしれない。この距離から突然攻撃されれば、血を補給する間もなく串刺しにできる」
なぜそんなことを、とトールは聞かなかった。
「私は元・改派で、お前は旧派だ。ヴァレンシュタインの傭兵団とは、何度も戦場で対峙した。確実にお前の知り合いを殺している。何より、例の事件であそこにいたのが私なのは、流石に気付いているだろう。お前の友人を殺した犯人だ。今戦えば、五割以上の確率で私を殺せる」
今なら仇を討てるぞ、とドラコは言った。
トールは無表情のまま、兜を脱ぎ、近くの岩の上に置いた。
「自分は、少なくとも仕事と私事は割り切っているつもりであります。貴君は、自分の受けた仕事を完遂させたのであります。しくじった自分の仲間が死んでいようと、それはまた別の話であります。事件に関しては、自分がしくじっただけであります」
ただ、とトールは前置きして。
「…憎いか憎くないかというのも、また別の話であります」
そうか、とドラコは呟いた。
「私は、この後東欧とバルカンに行く。こっちに戻って来るのは、十年は後だろう。そのころには、内乱も収まっているはずだ。恐らく、二度と会わん」
「でしょうな。自分も、しばらくは国外の依頼を受けることが多いと思うであります。南か、西か…人外相手の戦闘経験を積みたいのであります」
二人は、これからの方針を互いに言い放った後、また沈黙する。
「…また、会う時があればそのときはよろしく頼む」
「こちらも、敵であれ味方であれ贔屓にしていただけると嬉しいのであります」
最後にそういって、ドラコは森の中、弟子の待っている方向へ、トールは洞窟の中、自分の部下がいる方向へと歩いて行った。
フラーレスは、戦場から遠く離れたところで地面に座り込んでいた。
「いろいろ凄いなぁ、ルサリィ」
「そっスねぇ」
ルサリィはフラーレスの肩に乗り、のんびり顔で角砂糖を齧った。ほぐすように一度妖精の羽を振る。
場所は、盗賊団との戦闘が行われている崖から、一キロは確実に離れている草原。夏の朝の日差しがポカポカとして気持ちいい。
フラーレスは水筒の中の冷水を飲みつつ一息。
「暇やね」
「暇っスね」
フラーレスの仕事は作成立案、ルサリィの仕事は諜報偵察だ。
戦闘が始まり、それすら佳境を通り過ぎた今となっては二人の仕事はない。
遠くからゆっくりのほほんと眺めているだけだ。それにしては、竜巻がテントを吹き飛ばしたり、何騎もドラゴンが落とされたりして背景が物騒だが。
――師匠らの戦いは、やっぱいつ見ても凄いなぁ。
フラーレスは独特の訛りで内心ため息をついた。
――そもそもの魔力量には大差ないゆうてたけど、少なくとも俺にはあんな所業無理やな。
フラーレスの戦闘技能は低い。一対一で等しい条件なら、恐らくルサリィにも負ける。
だからこそ、彼の能力値は作戦指揮へと振られている。
小隊規模の作戦から、都市国家の防衛戦略まで。様々な規模の現場をまかされた。勝率は今のところ七割超。経験の少ない若い参謀としては極めて好成績と言えるだろう。
ただ、言えることは…。
――俺、傭兵向いてないなぁ。
はあ、と今度は実際にため息をついた。
「どうしたスか?」
「なんでもないで。俺は無能やなぁ、と落ち込んでるだけやで」
そうスか、とルサリィは興味なさげに呟いた。
――…どこかの小国家にでも、士官しよかな。
今のままでは、恐らく大成の芽はない。指揮をするにしても、その場限りの人員では取れる選択肢に限界がある。傭兵団に所属するか、自由にできる旗下の軍隊を持たなければ話にならない。
――しばらくは師匠についていくつもりやけど…。
幸運にも、自分の寿命は長い。エルフよりは長く生きるのがほぼ確定している。
その間に、なるべく多くの経験を積み、生涯骨を埋めることが出来る国を探さなければ。
――師匠と、ルサリィと別れやなあかんのは、つらいな。
無論、それは何年かあとの話だが、確実に訪れることだ。
――…。
葛藤のような、悲嘆のような、よくわからない沈黙が心を包んでいると、
「ルサリィは、フラーレスについていくっスよ」
妖精がそう呟いた。
「ルサリィは隠密行動が主っス。師匠と一緒にいたら、受ける仕事が師匠と違い過ぎて迷惑を掛けるっス。なら、指揮をするフラーレスの近くにいた方が役に立てるっス」
ルサリィは角砂糖の最後の欠片を飲み込み、欠伸をした。
「朝から働いたルサリィは眠くなってきたので、寝るっス。終わったら起こしてほしいっス」
ルサリィは肩から羽を使って飛びあがり、フラーレスの頭の上に乗った。
「おやすみっス」
「おやすみ」
フェアリーの寿命は短い。四十歳に成るのを待たずに死ぬ者がほとんどだ。
「…だから、ルサリィと一緒にいて欲しいっス」
「…わかってるで」
しばらくして、すうすうと寝息が聞こえてきた。
フラーレスは、手持無沙汰に戦場を見つめ、沈黙する。草原には朝の涼しい風が吹いていた。
――強く、ならななぁ。
傭兵達は、さまざま思惑を抱えつつも戦場に身を投じていく。
敬語+関西弁はとても表現しにくい




