第二十二章・後 待
少女は一人、暗闇の中で地べたに胡坐をかいて座っていた。
そこは、洞窟の中。詳しくいうなれば、洞窟の奥深くに作られた牢屋の中だった。
一応、という風に天井の端には小さく穴が開き、外気と外の音が入って来るが、光は入らない。今夜は月が雲に隠されたか。
牢屋の格子の向こう側に朧げに揺らめく松明のみがこの空間を照らす光であり、それも牢屋の奥に座った少女のところまでは届かない。
およそ二日。それが彼女が捕えられてから経過した日数だった。
その洞窟は、彼女を攫った盗賊達の拠点。入り組んでいるわけではないが、なかなかに広い構造を持っている。
――距離は、ドラゴンに乗せられて半日程度のところ。場所はどこかの丘陵地帯。敵の数は…。
また、自分の状況を確認する。
――牢屋に入れられる前、目隠しは外された。
それで確認した相手の数は、
――洞窟からここまで、音の反響からして七つは大部屋を通った。そこに、多くてそれぞれ二十人程度の敵がいるとして…。
百四十人。これが並の雑兵で、自分が万全の状態であれば何の問題もない戦力比だ。盗賊に身を落とすほど行き場のない者なら、力量もたかがしれている。だが、
――…この拘束具。
四肢には、それぞれ金属製の丸い輪っかがはめられていた。
――あの男の言葉を信じるなら、これをつけた状態で魔法を使うと死ぬらしい。
肉体的な不自由はないが、こちらの戦法を封じるに十分な処置だった。
――それに、
ちら、と顔を格子の向こう側に向けた。
ゆらゆらと燃える松明のすぐ横。そこに置かれたベッドの上で寝ているのは、自分と戦った黒布の男だ。今は、その黒布を外し、素顔を晒している。垢抜けてはいないが幾つか修羅場を潜ってきたことが窺える冷静な顔だ。
――あいつがいる限り、根底的な体術で組み敷かれる。
正面突破は無理、とあきらめる。
では、あの天窓からならどうだ、と上を見上げる。
高さは、正確にはわからないが、石壁の突起に指を掛けていけば登れないこともない。
――…見張りに止められるな。
だが、最低でも壁を登るのに十数分は掛かる。そんな長い間見張りが目を離しておくことはないと思って間違いないだろう。
あと取れる手は、
――ない。
そう結論が出たための、諦めの胡坐だった。
――私が出来るのは、待つことだけだ。
珍しく、自分からのアクションが取れない。
――…思えば、私が思うままに行動してあの人に手間を掛けるっていうのがいつもの方式になってきたな。
尽く使えない自分にため息を小さくつく。
――私が、彼から離れて暴走しなければ、こんなことにはならなかった。
暴漢に襲われた時も、考えなしに喧嘩を売ったからだし、戦争の時も恐らく自分で無理やりついていったのだろう。川に流されたのも勝手に森に入ったからで、今回のことも大人しく主人の帰りを待っていればこんな面倒なことにはならなかったかもしれない。
――いつも、そう。
自分が彼の言うことを聞かずに暴れまわって、迷惑と心配を掛ける。
その結果が、現在自分の置かれている命と自由の危機だ。
『こんな生活も悪くないかもしれない』
何度か思った、自分たちの生活に対する評価だ。
――何を惚気て腑抜けていたんだ。
彼と、ままごとのような甘い恋と生活を享受して、このまま普通の恋愛を――甘ったれたことを。
――彼の優しさに甘えていただけのくせをして。
本当ならもっと先に進みたい、愛し合いたい彼の心を無視して、自分の勝手な妄想と願望を押し付けるだけ。
――こんなことなら、
彼にもっと愛して欲しかった。強引にでも押し倒してほしかった。
魔法、ためらい、過去、約束。知るかそんなもん。
彼と居たい。彼とありたい。彼だけのものになりたい。
自分の欲望に正直に、ただただ求めて欲しかった。
「…もう、寝ろ」
反省と渇望、そして怒りの中にあった自分に声をかけたのは、寝ていたはずの黒マスクの男だった。
「君の仲間が助けに来るにしても、僕らで移送するにしても、動いてくれないと話にならない。こっちもそっちも、体力がなくて得することはないんだ」
男は目を瞑ったまま、ベッドに横になったまま言葉を繋げる。
――…この男、変だ。
最初の戦いからそうだが、あまりにも親切すぎる。
戦う相手へ愚痴にも似た呟きを吐き、助言のように「正直過ぎる」と言った。
ただの盗賊であれば言う必要のない言葉であるし、戦士としては甘すぎる会話だ。彼の言を信じるなら、自分との戦いはそうそう楽なものではなかったのに。
「…何故、そんな言葉を?」
そう、小さな声で質問すると、仰向けで寝転んでいた彼は目を開けることなく口角をあげて薄く笑う。
「初めて君のまともな声を聞いた気がするな」
男はそのまま寝返りをうち、顔をこちらから見えない位置に移した。
「僕だって、理由もなしに人を襲ったりしない。弱弱しい少女を手に掛ける時は良心が痛む」
はあ、とため息が一つ聞こえた。
「君が戦ったこの男も、ただの人間であるということだよ。人並みに人並みだっただけだ」
なら、と思うことがある。
「…盗賊稼業なんかやめて、どこかで静かに暮らせば?」
聞くと、一瞬の沈黙が開いた。
「…誰も、進んでこんなことを始めようとはしないさ。僕にはこれ以外に方法がなかったし、今となってはやめることにもいろんな弊害がまとわりつく」
それは、諦めを多分に含んだ呟きだった。恐らく、聞かれなければ言わなかっただろうその言葉を言った相手は、寝ている足を煩わしそうに組み替えた。
十数秒の無言。どちらも次の言葉を紡がない。
「別に、同情はしなくていい」
空白を破ったのは、男の独白。
「本気を出せば、いろんなものを切り捨てる覚悟さえすれば、僕はこの状況から抜け出せる。それをしないのは、その覚悟と、今の状況に依存する楽さを天秤にかけて後者を取った僕の怠慢だ」
また、ため息が一つ。
そのあとは、またどちらも喋らない。無理に場を繋げるような間柄ではないし、その必要性もない。
「…寝ます」
「そう、それが良い。睡眠は体力のもとだ」
短く言葉を交わし、牢屋の中に敷かれた藁のベッドに移動した。寝心地は良くないが、地べたよりかは幾分かマシだ。
夏であるため、掛布団がなくともつらくはない。数日間着続けたメイド服は汚れて、汗や泥の臭いでつらいものがある。
――…どうやって逃げようかな。
自分の頭で答えが出るわけもない。あてもないその問いに、不貞腐れたように目を閉じた。
――そのため、だからだろうか。
私は、天窓から牢屋の中を見下ろす十数センチの人影――フェアリーのシルエットに気づくことが出来なかった。
ぴったし一か月ぶり
風邪つらい




