第二十一章・前② 幸福感のない真相
「傭兵…?」
少し緩くなった笑顔の相手、トールは頷く。
「現在雇われているのは旧派であります」
思いだすのは、数ヵ月前のドラコの言葉だ。
『――向こうにも、ヴァレンシュタインの傭兵団が到着したらしい。負けはしないが――』
あの時の自分たちの立ち位置は、親バチカンであった改派。つまり、旧派とは敵対組織だ。
そのことでやや難しい顔をしていると、
「あ、今は戦闘行為のためにこの場所に来ているわけではないため、揉め事を起こす気はないのであります」
それだとさっきのは何だったのかと思ったが、
「威嚇のつもりで臨戦態勢に入ったらそちらが構えてきたのであります。攻撃の意思があると受け取るに決まっています」
とのことらしい。
「じゃあ、どうして『お互い敵対する者ではない』だったの?」
「戦い方が軍属のそれではありませんでしたし、何より改派の工作員にしては弱すぎでありました」
またか、と自分の戦闘技能に肩を落とす。
――…それよりも。
では、とお互いに本題をぶつける。
「「あなたは何をしにここへ?」」
まず、情報を整理しよう。
現在、二人がいるのは神聖ローマ。絶賛内乱中で国土が荒れ放題の真っただ中だ。
そして、その全域において大規模な盗賊団が組織され、大きな問題になっている。魔法使いの予想では、それが少女の村が襲われる遠因になったと思われる。
魔法使いは、『『救世の末裔』なのに魔法が全然使えなくて、しかも住んでた村の形態が常識離れしている』という少女に対し、学術的な興味を抱き、その調査のためにこの地を訪れ、村の生き残りやその痕跡を探していた。
「それが、貴君の目的でありますか…」
自分の説明を聞いたトールは、神妙な面持ちで少し考え事をする。
「次はそっちの番なんだけど?」
早く聞かせろ、と急かした。多かれ少なかれこの村、そして近隣に盗賊事情の詳細について知っているだろうこの若い傭兵の口からは、こちらにも有益な情報が得られる可能性がある。
「…恐らく、でありますが、その話に出ててきた少女は、この村の出身であるかもしれないのであります」
ふむ、と一瞬普通に聞き流してしまいそうになって、その情報に目を見開いた。
「それは、どういう意味?」
内心の興奮を抑えつつ、聞き返す。
「では、次の説明は自分から行かせてもらうであります」
そういうと、目の前の若き傭兵は状況の説明を始めた。
ここで、『救世の末裔』についておさらいをしておこう。
『末裔』とは、太古の昔に世界を救った『救世主』達の子孫である。欧州だけでも数百人の存在が確認されており、その魔力量は常軌を逸したものを持っている。魔法を使う際には、特有の金色の魔法光を生み出す。
その人材を保有することは政治的・軍事的・経済的に大きな意味を持ち、各国が進んで獲得しようとしている。バチカンでは『魔法学院』の持つ学校のネットワークを用い、『末裔』の発見と確保を進めている。他国でも似たような機関や家系があるが、それはまた別の話。
『末裔』の獲得に乗り気なのは、もちろんこの神聖ローマの旧派・改派の両派閥でも同じだ。
だが、少し前の全盛期ならまだしも、内乱の中にあり、各地の情報網や組織が遮断された現在では規律だった組織による『末裔』の把握はほぼ不可能だ。
ここで改派のある権力者が一つの手段を取った。
それは、『末裔』の子供の強制徴取だった。
思い出してほしいのは、『隠れ里』だ。
宗教的、政治的、民族的問題を持つ特定の血筋・文化的背景の集団が一般社会と関係を切り、山奥や高山地帯に住処を移す。
そして、『末裔』は軍事的に大きな意味を持つ。
ここから、一つの仮説が立てられないだろうか。
すなわち『軍事的に利用されるのを嫌った『末裔』の集団が隠れ里を作った』という仮説。
「――それが、この村だと言われているのであります」
言い切ったトールは、地面に刺した槍にもたれかかった。
「無論、成立理由は憶測でしかありません。ですが、少なくとも、住人のほとんどが高位の『末裔』で構成された隠れ里の村がこの場にあったということは確かなのであります」
静かに言った彼は、ジ、と真っ直ぐにこちらを見た。
「そして、その情報をどこからかその権力者は手に入れたのであります」
その『末裔』の隠れ里、種族の名前を『古の森の民』という。母体は、魔王討伐に協力した、ローマ帝国内のエルフ系種族だ。
開祖は、エルフの救世主である『賢人』ユリクラス。魔法に秀でていたと言われた彼は、だからこそその危険性をわかっていた。
その隠れ里が信条としていたのは、『魔法の放棄』だった。
自分たちが政争や紛争に利用されるぐらいなら、いっそのことその優位を捨てよう。そして隠れよう、と。
「魔女を差別や迫害から身を守るために『闘争』を選んだ種族とするなら、『古の森の民』は差別や迫害から『逃亡』を選んだ種族なのであります」
村は農耕・狩猟を基本にした自給自足で成り立っており、成人して村の真実を知るに足った者が近隣の村の護衛や害獣の駆除を引き受け、外貨を獲得していた。
武芸を身に着けるといっても、もちろん魔法以外の体術、剣術だ。ただし、それを達人レベルまで極めていた。
また、その出自が古代ローマから来ているため、思想や生活形態は村の規模にも関わらず近代的なものになっていた。
「待って。ウチの子、剣術はほとんど無理みたいなこと言ってたんだけど」
「それはあとで説明するので待ってください」
改派のある権力者は、まず平和的にこの村へのコンタクトを試みた。交渉の後、この村にいる『末裔』を何人か雇う、あるいは養子として派遣してはくれまいか、と。
何しろ、たった一人でも戦術的に大きな存在になる『末裔』が数百人で暮らしているのだ。これを味方につければ、一軍団よりも強大な戦力を持つのと同義だ。
「無論、というか当たり前というか、この村のトップ…便宜上、村長としますが、彼はこの申し出を拒否したのであります」
戦いから逃れて隠れ里を作ったのに、それを戦争に使われては意味がない。
至極当然の理由で村長は断ったが、その権力者はしつこく交渉に密使を派遣した。
幾度にも及ぶ密使の派遣は、次第に旧派の情報網に引っかかるようになり、この村のことが露見した。もちろん、組織として旧派がみすみすと改派にアドバンテージを渡すわけがない。
「そして、旧派の密使として、傭兵団の末端である自分と何人かの仲間がこの村に派遣されたのであります」
ただ、旧派が改派と違ったのは、乗り出し方が消極的だったということだ。
村の内情を調べるうちに、思ったよりその『信条』が強固なことがわかり、自陣営に引き込むのは不可能と判断した。だからこそ、旧派の正式な交渉組織ではなく、雇われである傭兵団の、しかもその戦闘部隊に交渉を依頼した。(これは、何か問題があったとしても「外部の傭兵団の下部組織の戦闘バカが勝手に起こした不祥事なんで関係ないデース」という言い逃れをするためでもある)
さらに、交渉は「仲間になれ」というよりも「向こうにつかないで」という条件の低い、そして交渉というよりはお願いであった。
傭兵団と、隠れ里の肉弾格闘集団。根が戦闘民族というのはどちらも同じ。また、交渉事の不得意な傭兵は交渉自体を諦め、酒盛りの気分で村を訪問していた。それがかえって村の幹部陣には好印象を与え、フランクリーな関係を築いていた。もともと、どちらの陣営にもつく気のなかった隠れ里は、旧派の申し出を承諾、というより傭兵個人との『男と男の約束』を結んだ。(トールと村の若い衆との一騎打ちや、酒飲み五本勝負があったりしたのは余談だ)
「――それを改派の密使は、敵方についたと判断したのであります」
早急だったといえるだろう。その当時の情勢が改派不利だったのも密使を焦らせた。
改派の工作として以前から資金援助して増長させておいた盗賊に、この村を襲撃することを命令した。相手方についた者は封じた方が良いという考え方だ。
「…権力者が掴んだ情報はもう一つあったのであります」
『末裔』には直系がある。血、としての意味ではなく家系としてその救世主にまつわる聖具や技術、能力――魔法使いの知識に照らし合わせれば、それは『内の七つ』『外の七つ』だ――を受け継いできた家系のことだ。
『賢人』ユリクラスの直系、つまりこの隠れ里の直系は二つあった。一つはその技術を長い歴史のうちに紛失してしまった。もう一つの家系が受け継いでいたのは、ユリクラスの使っていたと言われる武器だった。伝説の武器といわれるとだけあって、それは普通の武器とは使い方の次元が違う。よって、継承する者は武器の扱い方への偏見や癖をつけさせないため、剣や槍といった近接武器と関係を切り離した生活をさせていた。
二つの家系は小さい村の中で、結婚や兄弟での分家で、統合と分裂を繰り返し、残っていたユリクラスの武器を一族の誰かが使えるような状態にしているようにしていた。
継承は、十年に一度、なるべく若い者で、魔力量の高い者に対して行われていた。
その継承を行うのが、すぐ次の年に迫ってきていた。
此度の候補は四人。十六歳と十八歳の二人の少年と、十六歳と十九歳の二人の少女だった。ただ、十九の少女はその後子供を身籠っていることが確認され、候補から外された。
「権力者は、その候補者たち、そしてまだ分別の備わっていない子供達を集落から拉致し、洗脳の後に自陣営に取り組むことを画策したのであります」
その結果起こったのが、
「村への襲撃、であります」
盗賊は夜半に村を奇襲した。だが、もちろん村も黙って待っていたわけではない。敵襲を確認するとすぐさま防衛体制を整え、盗賊を掃討していった。もし、そのままどちらにも援軍がなければ、恐らく村側は数人の死傷者を出すだけで盗賊を皆殺しにしていただろう。寄せ集めのような盗賊が、千年近い歴史を持つ戦闘民族と戦闘のプロであるトール達傭兵団のメンバーに対して勝機があるとは考えられない。
しかし、そこにイレギュラーが加わった。敵の側にも傭兵、しかも国賓レベルの凄腕が雇われていた。
「女の傭兵でした。自分も一騎打ちをしましたが、死なないようにするのがやっとの有様でありました」
トールは腕をまくり、その下についていた大きな傷跡を見せた。まだ新しい。
その女傭兵が出現したことで、形勢は逆転した。村の幹部陣は目標を敵の殲滅から自分たちの逃亡に切り替え、女子供を優先して避難させた。
だが、戦況の乱れにより、戦闘の中で継承者候補だった十六歳の少年が死亡。幹部陣も死亡や行方不明になり、指揮系統は崩壊した。辛うじてほとんどの子供達を保護できたが、一つ問題があった。
「継承者候補の十六歳の少女が、戦場のど真ん中に置き去りにされたままだったのであります」
他の候補者二人は保護に成功し、より幼い子供の先導を担当していた。一方、取り残された少女の保護のため、トールは単身村の中へと舞い戻った。
そこで見た状況は、まさしく間一髪のところだった。
「幸いにも女傭兵の姿はありませんでした。ですが、昏倒させられた少女が、今まさに連れ去られようとしている瞬間であったのであります」
周りに何体もの死体が転がる中、盗賊らしき数人の男たちの内の一人が少女を肩に抱え、村からの脱出を図ろうとしていた。だが、所詮は傭兵崩れの盗賊。たかが数名程度ではトールを止める障害にはならなかった。
数分もかからないうちにその場の敵は全て行動不能にし、昏倒した少女を今度はトールが抱えて村から脱出しようとした。
その際にあった問題は二つ。
一つは、荷物を抱えたことでトールの行動が制限され、件の女傭兵に遭遇すれば手も足も出ないこと。
もう一つは、視界も悪く、火の放たれた村内を突っ切って仲間と合流するのは至難の業であり、また敵に襲われる危険性も高まること。
以上のことから、トールは別方向への退避を選択した。具体的に言えば、村民や仲間の合流地点である村の南ではなく、鬱蒼とした森が茂り、その先には街道がある村の西に向かうことにした。
村の脱出には成功したものの、付近にいる盗賊は予想以上に多く、身を潜めながらの移動になった。
一度大回りをして南側の合流地点に行く必要があったが、敵が多ければそれもままならない。
そこで、トールは苦肉の策として、少女の身柄をどこかに隠し、その間にある程度の敵を掃討しておく方法を取った。
街道沿いの茂みに眠っている少女を隠し、敵の殲滅を行った。
「――そこまでは良かったのであります」
滞りなく敵を戦闘不能にした後、いざ少女のもとに戻ってみれば――そこには何の姿もなかった。
途中で目を覚まし、自ら仲間のところへ移動したのかと考えたが、合流地点に行っても少女はいなかった。
ならば敵に攫われたのか、と思うも、その後の情報網に、敵が後継者候補の奪取に成功したという情報は引っかからない。
念のため、と残った者たちの中から捜索隊を組織したが、少女の身柄どころか何の情報も得られなかった。
そうなると、村の判断はある意味で薄情に、ただ合理的に下された。
捜索は打ち切られ、その分の労力を村の再建に移行させた。継承者候補と言っても、ただの候補だ。他に誰かいれば事足りるし、無駄な戦力を抱えたくない村の方針としては、どこかの組織に少女が吸収されていなかければいい。少女の家族が全員死亡していることもその判断に拍車をかけた。
その後は、トール達も協力し、怪我人の手当てや家屋の組み立てなどを行い、おおよそ半年が経った現在に至る。
「以上が、この村で起きたことの顛末であります」
説明を言い終えたトールは、近くの岩に座り込み、一つため息をつく。
――…情報が繋がった。
自分の既に持っていた情報と、今のトールの話。それが合致し、真相を指し示す。
――継承者候補の十六歳の少女…それがあの子だ。
襲撃を受けた後、彼女は街道沿いの茂みに置かれた。その後、寝返りか何かで街道から見える位置に動き、そこをたまたま通りがかった奴隷商の業者に見つかった。結果として、少女の記憶の中では昏倒させられたあとに奴隷商に連れ去られたことになっていた。
――そして、あの子の魔力量にも説明がついた。そして魔法が全く使えない理由も。
ハイルディの言った通り、『末裔』の直系であれば魔力量にも納得がいく。魔法練度の理由が隠れ里の仕来りだったのは意外だったが。
――そして、『処女』の理由…。
古代の文献によれば、ローマ帝国は少なくとも今のバチカン並の文化を誇っていたらしい。民族がそこから分化して隠れ里を作ったとなれば、当然文化はその影響を多く受けている。すわなち、少産少死の世代サイクルで、ところによっては少子高齢化さえ発生している準現代型社会で、男女平等を基本にした民主主義だ。そうであれば、彼女の生活習慣やステータスにも納得がいく。
――…それに、彼女の得た『光』の力…。
おそらく、トールの話にあった、村が長い年月のうちに喪失した力が、『光』の力なのだろう。それをどうにかしてフェルが回収し、『お菓子の家』に保管しておいた。そして、運命的に巡り合った少女に『光』の力を返還し、辻褄を合わせた。
――あとは、彼女が村の外に出てた理由ぐらいだけど…。
見聞を広める、という意味で父親か村長あたりが連れ出したのかもしれない。彼女の話を聞く限り、彼女の父と兄はかなり娘に甘かったようだし、ちょっと村の掟を破るぐらいはしていたかもしれない。まあ、それでも魔法を見せないという原則は守っていただろうが。
論理の集約に、重苦しいため息をついた。
「…その、後継者候補の女の子なんだけど」
「…それが、貴君が先ほど話していた少女でありますか」
二人でもう一度ため息をついた。
「どうすればいい? ウチの子を、この村に連れ戻せっていうなら、こっちも断固として拒否させたもらうんだけど」
「いえ、その必要はないのであります。力の継承は既に他の候補者に対して行われました。もう彼女の持つ役割はないのであります。村の首脳陣にしてみれば、よほど死んでいてれた方が扱いは楽なのであります。貴君の家に仕えるという形であれば、どこかの組織に参加することもなく、現状取れる最良手なのであります」
その言葉を聞き、少し力を入れた体の緊張を解いた。
――一応の憂いは断てた。あとは、これからそのゴタゴタに巻き込まれないように気を付けるだけだ。
この数か月抱え込んでいた重い何かが抜けていくような気がし、自分も近くの岩に腰を下ろした。
――でも、改派かぁ…。
バチカンはフランスの同盟国で、フランスはハプスブルグの同盟国。ハプスブルグは改派寄りだ。さきの戦争派遣でも、魔法使いは改派側の戦力として動いた。
――なんだか、あの子の敵の片棒を担いでいた気がして…
「罪悪感あるなぁ…」
自分が小さく呟いたのをトールが拾い聞き、何故か逆に小さい笑みを浮かべた。
「あまり深く考える必要はないのであります。旧派も改派も、やっていることはあまり変わらないのであります」
というと?
「改派の支持基盤は、新興勢力の農村部や開拓村にその多くを置いているのであります。そこから根回しを行おうとすれば、当然野盗や傭兵崩れといった都市外の組織を抱えることになるのであります。逆に、旧派は旧来の商工会やシンジゲートといった都市の組織を支配していることが多いのであります。そのため、改派の暗躍は田舎の旧派組織を襲う形に。旧派の暗躍は都市部の改派権力者の暗殺やテロリズムになることが多いのであります」
所詮、戦争なのであります、と傭兵は笑う。
「どっちも同じ程度汚いのですから、悩んでもしょうがないのであります。難しいことを考えるより、拳で殴りあって殺し殺された方が何倍も楽なのであります」
――やっぱり恐ろしいなぁ、こいつら。
周りの戦闘共達は、笑顔で人殺しの話をしやがる。ハイルディも、ドラコも、トールも、自分とは一つ常識がずれていると考えていいだろう。
――…いや、俺も世間様とはちょっと常識ズレしてるし、人のこと言えないな。
一般的な昼食の値段とかわかってない自分も十分非常識人だろう。
「――そんなことよりも、」
関係ないことを考えていた自分に、トールは真剣な目を向けてきた。
「気を付けるべきは他にあるのであります」
その言葉に、唾を飲む。
「この村の襲撃者は、まだあきらめていないようなのであります」
どういうことだ。
「襲撃を指示した者の改派での立ち位置は、中堅やや下の地位だったのでありますが、今回の失敗でそれはかなり下方修正されたのであります。実働にあたっていた盗賊も、かなりの痛手を負いました。襲撃を指示した者、実働の盗賊。両者はこの失点を埋めるために同等の成果を求めたのであります」
すなわち、
「――別の『救世の末裔』の確保、であります」
して、その取った方法とは?
「隠れ里を襲撃し、大量の『末裔』を一挙に手に入れる方策は破綻。神聖ローマには『末裔』を効率よく集めるシステムもなく、国内の有力組織の魔女会は気まぐれ。となると、残った手段は…」
――…他国からの誘拐。
「…性質上、近隣で一番『末裔』を保有しているのはバチカンでありますが、そこでは護衛も厳しく、誘拐は不可能に近いであります。そうなると、近くの小国で、かつ王族や直系といった力を持った組織に守られていない『末裔』を探すしかないのでありますが…」
住まいはどちらで?、とトールから質問される。
「ハプスブルグの西部、ド田舎の山奥だよ」
小国の、強力な組織とは切り離された地域だ。
「…あくまで、可能性の範疇をでないのでありますが、貴君の保護しているその少女も、誘拐の対象として入って…」
その時、自分のローブの内ポケットの魔法石に振動の反応が生まれる。トールの言葉を遮ってそれを取り出す。遠距離通信用の小さめの白くて丸い魔法石だ。自分を呼び出してきているのは、研究室の通信用魔法石。
「はい、こちら室長。何かあった? 休み中だからいけるのはまたもう少しあとで――」
『室長!!? やっと捕まった! 丸一日応答ないってどういうことですか!? こっちはもう、ああクソ、警備部にも連絡いれて、ああああ!』
声は、雑音が混じっているものの『間抜け面』のものだった。捕まらないのも当たり前だ。ローマとこことで通信しようとすればかなり空間状況が良くないと通じない。幸い、今は晴天で、村の広場で上も開いている。たまたま通じやすい状況が重なったんだろう。
『あんた今どこだ!? なにしてる!? なにしてやがった!?』
何故か、『間抜け面』の口調が乱暴だ。少々ムッとなりながらも、それほどの急用なのだろうと気持ちを落ち着かせる。
「ドイツの、北東部の…地方名は…」
『はぁあ!? ドイツ北東部!? なんでそんな田舎にいってんだあんた!? この、くそ、ああこんなこと言ってる暇じゃねぇ!!』
ガンガンと垂れ流しの爆音が周囲に響く。迷惑か、と見たトールの顔は、場にそぐわないように真剣で、心配に溢れていた。
『早く戻ってきてください!! ハイルディさんと、警備主任のツテでドラコさん?には連絡しました! あとは、生徒さんの戦闘科寄りの何人かに応援を頼んでます! 学院長と、ああ誰伝えた俺ェ!?』
荒ぶる口調に対して、実態が伝わってこない。
「怒る前に何が起こったか説明しろ! 何も伝わってこない!」
いうと、ああクソ、と何度目かの叫びが聞こえた。
『――あの子が、あんたんとこの奴隷が攫われたんだよ!!』
ヒャッハー
ほぼ二か月ぶり更新だぜ!
すいません(スライディング土下座)
来週からこそは更新速度あが…る?
一応、伏線・設定のだいたいはここで回収できてるはず…!矛盾があったら、完結後にでも突っ込んでください><




