第二十章・後 これは忠愛で暴力的な
日差し避けが涼しい影を作る、通りに面したカフェテラスで、一人イスに座った少女は手持ち無沙汰に景色を眺めていた。
時刻は昼を少し過ぎた頃。夏の暑さは最高潮に達し、カラカラに乾いた空気が日陰で少し冷まされている。
――案外、パスタも美味しかったな。
魔法使いとお昼を食べに町に出て、食事も済んで一心地。魔法使いがどこに行ったのかというと、オブラートに包んで『お花を積みに』。直球ドストレートに言って便所だ。
テーブルの上には、何かあったときの為に、と通信用の青い魔法石。お代は払ってあるのであとは出ていくだけだ。
――午後からどうしようかな。
自分としては魔法使いから指導を受けていたいが、一日中彼を拘束するのは憚られる。それに、この暑さの中での実践練習は賢い選択とは言えないだろう。
――一日中暇とは言っていたけど…。
じゃあ、このまま街を散策するのか。
――それなら、前みたいにブラブラ露店を回ったり…。
そこまで考えて、はたと気づく。
――…これって、いわゆるデート?
気付いて、顔が一気に赤く染まった。もしも自分の部屋なら、きゃあきゃあ言いながらベッドの上を転げ回っていることだろう。
――でもでも! まだそんなの早いと思うし! 第一、あの人とは約束があるし! ああでも公園で二人っきりで話したり、朝靄の中を一緒に散歩したり、山に入ってサバイバルピクニックしたり…!
したいな~、と浮かんだ女々しい妄想の一部が全く女々しくないことには触れないでおこう。
うぇへへ、とバカみたいな顔をしていると、突然、目の前の魔法石が薄く光り始めた。いきなりのことに驚き、一瞬ビクリとなる。
――えっと…なにこれ?
通信用魔法石、なのだから、何かしらの通信が入ってるのだろうが…。
――どう使うんだこれ。
何かあったときの、と言っても使い方教えてなかったら意味ないだろあの人。やっぱり、しょうがないくらいバカなんじゃないかなぁ。
よ、と魔法石を手に取って調べていく。が、ただの半透明な球体だ。スイッチの類いは見つからない。
一通り見終わったところで、魔法石の発光が小さくなった。もしや通信が切れたか、と思っていると、
『もしもーし? 室長、返事してくださーい』
その魔法石の中から聞こえてきたのは、ソッチの気がありそうな例の女性研究員の声。そこそこ大きい声で、周りの視線が一瞬こちらに集まる。
「えっと、すみません。これ、ちゃんと使えてますか?」
『ん? あれ、室長じゃなくて奴れ…キミだった?』
「はい、今ちょっと主人は離席しておりまして」
状況を説明すると魔法石の向こうから唸り声が聞こえる。
『室長に用があったんだけど、どれくらいで戻りそう!?』
音量が安定せず、周りに会話が筒抜けになる。
「ッ…すいません。これ、どうやって音量下げれば…」
『ありゃ? もしかして使い方わかってない? 重力方向…ああつまり下に向かって指で石の表面をなぞればいいよ。大きくするときは逆ね』
会話の途中で言われた通りにすると、その通りに音量が下がる。
『ていうか室長、教えてないのか…。一応、今これの使い方教えようか?』
お願いします、と伝える。
『まず、会話を始めるときは表面に丸を描く。発信側なら、その後に相手の登録番号を算用数字で描く。この端末、研究室においてあるのと室長のを繋ぐのは005だったかな。この番号、発信側によっても変わるから気
を付けてね。受信側なら丸を描いた後にすぐ会話が始まるから大丈夫。で、会話を終了するときは表面に今度はバツを描く。わかった?』
頷いて、言わないとわからないんだったと肯定の声を返しておく。
「で、あの、主人に用があったのでは?」
『あ、そうだったそうだった。なんか生徒さんが質問あるらしいから、帰りに図書館に寄って欲しいって。夕方までいるからいつでも良いって言ってたよ』
「わかりました、伝えておきます」
よろしくね、と声が聞こえた後に、発光が完全に消える。どうやら通話終了らしい。
――…生徒さん、か。
質問があるということは、ファフナーあたりだろうか。自分を含め、夏休みに居残って勉強しているとなると出来の悪い連中になる。思い当たるのは他に何人か…。
――私も研究課題ちゃんと進めないといけないしなぁ。
そのために彼の個人レッスンを受けているのだし、納得のいくものを残したいと考えている。その上で思うのは、
――…迷惑、掛けてるよね。
先ほどまで沸騰していた思考が、急激に冷えていく。
本当なら、自分は一人で勉強も何もかもするべきで、彼に頼るのは、少しはアリだとしても、この状態は『頼り過ぎ』と言える状態で…。
――そもそも、学院では私と彼はただの生徒と先生以上の関係性を持っていたらダメなわけで、そこに主従や恋仲なんてのはいれるべきじゃなくて…。
考えはネガティブに、思いはマイナスなっていく。
――…どうしようかな。
どうするも何も勉強をするしかないのだが。
「お待たせ――どうしたの? 俯いてるけど…」
その時、横から魔法使いに呼びかけられた。戻ってきたらしい。どうやら、気付かないうちに顔が徐々に俯いていたみたいだ。
「あ、いえ、何でもないです」
そう、と怪訝そうに頷いた魔法使いは、一度店内の時計を見る。
「このあと、どうする? 何も予定なかったら、適当に露店でも廻りながら学院に戻るけど」
聞かれて、はい、と頷き、女性研究員からの伝言を思い出す。
「質問のある生徒がいるそうなので、夕方までに図書館に寄って欲しいと先ほど通信がありました」
「ん、了解。伝言ありがとね」
行こうか、と言われ、イスから立ち上がる。
――…とりあえずは、今は考えないでおこう。
自分も彼を待っているんだ、自分が自分に答えを出すくらい待ってもいいだろう。
「はい、行きましょうか」
嫌な思考を頭の端へ寄せた後、日向へと足を動かした。
――で、どうしてこうなるのだろうか。
「アア!? てめぇら何してくれてんだ!?」
目の前では、スキンヘッドで頬に傷。少しボロボロの服を着た、見るからにチンピラな男が三人、眉を複雑な形に曲げて魔法使いを恫喝していた。
――…チンピラに絡まれるのは、もう宿命としか言いようがないのかな。
カフェテラスを出てから、露店を冷やかしながら買い食いをして――同じカップのポップコーンを二人で分けたりしたのは楽しかったなぁ、同じフライドチキンを分けっこしたり…間接キスになるのかな――時間に余裕をもって
そろそろ学院に戻ろうかとしていた時に、前から歩いてきていたこのチンピラの一人と自分がぶつかった。その拍子に持っていたチキンの油が相手の服にベッタリと…。低い奇声を上げたチンピラの前に、魔法使いがこちらを庇
うように分け入って、今に至る。
運がいいのか悪いのか、夏休み中ということで、学院近くの通りは人通りが少ない。周りの通行人もまばらだ。
「どうしてくれんだ、兄ちゃんらよぉ!」
チンピラの低い声。それに同調するように、後ろの二人が奇声をあげる。
どうするも何も洗濯したら終わりな気がするが。貸せ、五分で洗って魔法で乾かしゃ十分だ。
「ごめんなさい。洗って返しますので、それで許してもらえませんか…?」
「そういう問題じゃねぇんだよ、兄ちゃん。こっちにもメンツだのなんだのがあんだよ。わかるか?」
その不細工な面にどんな大層なメンツがあるのか甚だ疑問だ。
こちらを一瞥したチンピラは、ニタァと気色の悪い笑みを浮かべる。
「な? そこの嬢ちゃん、一日俺に貸せよ。何、別にワリィ事するわけじゃねぇからよ」
返す約束はしねぇけど、と後ろの二人がギャアギャアと下品な笑い声をあげる。
はぁ、と大きく溜息をつき、体勢を低く構える。臨戦態勢だ。
――最初から結末はわかってたけど、やるしかないか。
この三人を叩きのめして、事態を終わらせる。それが一番簡単で最良な方法だ。幸いにも自分の服装は動きやすい作業服。こんなチンピラがドラコより強い訳もなく、自分だけでもボコボコにできる。魔法使いと二人な
ら楽勝だろう。
冷たい目をしながら、ケンカを始めようと一歩足を出そうとして、
「待って」
魔法使いに、小さい声で制された。
どうしたのか、と顔を見上げると、
「偶には格好つけさせて」
午前中と同じ言葉が、不敵な笑みと一緒に返ってきた。
再びチンピラに目線を合わせた魔法使いは、その笑みと一緒に相手を睨む。そして、チンピラからは見えない位置のポケットに手を入れた。
「もし、それに応じなければ?」
「そりゃあなぁ、交渉がダメなら実力交渉に移るしかねぇよなぁ?」
ヒャッヒャッ、と笑ったチンピラ達が、ボキボキと手や首の関節を鳴らす。
――それ、体に良くないんだけど。
そう、と何ともない風に言った魔法使いは、その笑みを濃くする。
「なら、俺もそっちの線で行くよ」
瞬間、魔法使いのローブが翻る。しかし、こちらにはちゃんと魔法使いがポケットから水筒を取り出すのが見えていた。一緒に蓋も開けたようで、中身の水が空中に飛び出す。
あ?、とチンピラが呻く間もなく、魔法使いの前に魔法陣が展開された。
「『発射』!」
普段と違う声色の声は、魔法の詠唱なのだろう。その声と共に、空中に飛び散った水滴が、意志を持ったかのようにチンピラへと『撃ち出される』。文字通り、空中で『発射』された水の弾丸が、チンピラの額、腹、股間を
捉え、その体を大きく後方へ弾き飛ばした。
――…『物体浮遊』魔法の、午前でやった『ベクトル付与』で…。
こんなすぐに復習する機会が来るとは思わなかった。
――単純な機構の組み合わせで最適な効果を生み出しているのか。
やっぱり凄いなぁ、と思う自分は多分もうこの状況を楽しんでいる。
「テメェ!」
ようやく理解が追い付いたらしいチンピラの残り二人が、魔法使いに掴みかかる。が、
「ッラァ!」
向かって右のチンピラに、魔法使いが蹴りを放つ。威力は左程ないだろうが、それでも回避する必要はあり、チンピラが慌てて下がる。そうすると、必然的に左のチンピラと魔法使いの短期的な一対一となった
。見たところ、体術は双方どっこいどっこい、やや魔法使いが上で、半分奇襲になっている分、魔法使いにプラスだ。
片方と取っ組み合いをして、もう片方が向かってきたら、それまで相手にしていた方に水の弾丸を放って距離を取り、向かってきた方を相手する。最初の一人が戻ってこないのを見ると、どうやら初っ端の一撃で沈んだら
しい。
喧嘩の戦術としては上手いものだろう。一対一なら魔法使いも負けないし、その状態を作るやり方も道理に適っている。だが、
――まだまだ甘いなぁ。
言いたいことは山ほどある。例えば、最初に水の弾丸で吹き飛ばすなら残りのどちらかにぶつけるべきだったとか、殴る蹴るの組手に持っていくより、足払いで転がしたあとにマウントポジションを取れとか、だいたい弾丸で
牽制するぐらいなら水の楯を押し付けて壁際に追い込めとか、蹴りに腰が入ってないとか…。
――私が見てもこれだけ言える。ドラコさんや、その筋の人ならもっとボロクソに言う。
一通り文句を浮かべたところで、チンピラの片方が顔面に弾丸を食らって沈黙した。残るは一人だ。
――…でも、
魔法使いとチンピラが単純な格闘戦を繰り広げる。魔法使いの方は相手の拳を流したりしてダメージをモロに食らうことはないが、チンピラは完全に防御している。あれじゃあ腕が痛いだろう。
――彼は、私を守ってくれている。主人として、先生として、男として。
ほんわかとした嬉しさは、きっとこの場面にはそぐわない。
そしてとうとう、魔法使いのアッパーがチンピラの顎を抉り、変な呻き声を出したチンピラが仰向けに倒れた。魔法使いの脳内ではカンカンカンと勝利のゴングが鳴り響いているのだろう。
ふぅ、と溜息をついた彼は何秒かそこに留まった後、振り返り、やや疲れた表情をしながらも笑顔を見せる。
「お待たせしました。横に流し過ぎて手の甲が痛いよ」
「ありがとうございました。すいません、ご迷惑を掛けて」
いいのいいの、と魔法使いは笑う。
「一応、警察と警備部に連絡しておいたから、すぐにこいつらをしょっ引いてくれると思うよ。連絡あるなら後で研究室来てって言ったから、あとは帰るだけでいいかな」
はい、と頷くと、彼は手をこちらに差し出す。
「それじゃ、行こうか」
その手を取り、少し緩んだ頬を悟られないように歩き出す。
――お姫様扱いも、時々なら楽しいかも。
彼との距離を縮めた気がした。
エタったと思った?残念生きてました!
…すいません、一か月更新できませんでした。
というのも、大学は受験生だったからなんですが、前期で受かり、無事暇も生まれ、執筆作業に戻れました。
ん?結果発表日曜なのになんで更新が金曜なのかって?トロピコ4買っちゃったからだよ!civとhoiもやらなきゃ(使命感)
補足
今回のvsチンピラにおける魔法使いの思考
絡まれる
↓
「ごめんなさい。洗って~」
一応謝って、自分の非をなくす。ここで下がってくれれば無問題。
↓
「応じないなら~」
条件の確認。
↓
そして実力行使へ
↑が、曲がりなりにも大人の対応。
奴隷さんの思考
絡まれる
↓
喧嘩
やっぱりコイツ脳筋だわ。
といっても、奴隷さんはまだ十六歳。見るからに悪そうな連中を見て、一部なりとも自分の非を認められるほど大人じゃありません。
一応二十歳で大人な魔法使いが取ったのはそれ相応の対応でしょう。が、年長者としてここは「相手が相手だったけど、キミももっと気を付けるべぎったよね」と奴隷さんを叱るべきでした。彼を奴隷さんの保護者として捉えるなら、合格点ではありません。
これは、関係が保護者・被保護者のような主従から、恋人のような主従に変わってきたことを示すものなのですよ、と自分の話の展開を解説するのすっげぇ恥ずかしい。どうしよう。




