第十六章・後② 告白
避妊なんて言葉も知らなかったし、知っていてもやったかどうか…。
子供の僕らに堕胎なんて発想は出来なかった。『赤ちゃんは産むもの』。もしかしたら、どうしてヴェルが身籠ったのかも解ってなかったのかもしれない。それぐらい、僕らはガキだった。ガキがガキにガキを孕ませた…早口言葉みたいだね。
診断は学院の保険医がやってくれた。仕事中に気分が悪くなったとかで診察に訪れて、もしやと思って検査したら解ったらしい。
また慌てたよ。
ヴェルのお腹は日に日に大きくなるから働けなくなる。けどお金は稼がなきゃならない。
僕らは何とか金を自力で稼ごうと、持てる知識の全てを使った。
ハイルディは、神聖ローマに行って傭兵の真似事を始めた。バチカンや各国の隠密活動も引き受けたらしい。詳しくは聞きたくなかったし、話してもらってない。あいつにも、きっと言いたくないことだと思うから。
僕の方は技術の商用転用を模索した。どれだけ凄い技術があっても、それを実生活に活かすのは以外に難しいんだ。工業や商業方面なら尚更ね。
初めは酷い目にあったよ。
パトロンを頼んでも、ガキの言葉に耳を傾けてくれる人なんていないし、いたとしても、技術や権利を持ってかれて、実益は雀の涙程度なんてこともあった。如何せん、未熟だったからね。
それでも、徐々に解ってきて、高効率の変魔器を完成させた時には一山財産を作れた。
その頃の苦労が、今の僕の居場所を作ってる。
その年の 夏休みは二人とも働いて過ごして――だから多分、それがいけなかった。
ヴェルは、僕らに働かせている、迷惑を掛けているという状況に、精神をやられてきていた。マタニティーブルーなんてものじゃない。生きる意味を失いかけていた。
僕らも出来る限りのことはした。夜は三人で一緒に寝て、起きているときは労いの言葉をかける。安定期の時は軽くセック…ま、交わったり…。
けど、その気遣いすらも彼女は負担を掛けていると受け取った。
「そして、とうとう出産の時が来た」
魔法使いは、ベンチの上で拳を強く握った。
「忘れもしない、十二歳の夏休みが終わる一週間前だ。破水が午後五時に始まって、学院の診療室で出産が行われた」
生まれた子は、両性具有。魔女だった。
魔女は、相手が何の種族であれ、生まれた子は魔女になるという遺伝特性を持っている。だから、ハイルディとヴェルの子ということはすぐにわかった。
そして、『救世の末裔』の直系で、エルフの母を持つ子だ。魔力量は並大抵のものじゃなかった。
だから、かな。
――ヴェルが、死んだ。
もともと、三色合わせは体が丈夫じゃないんだ。遺伝子的に不安定とかでね。
その上、子供の食生活で、栄養価には偏りがあった。しかも、ヴェルは僕らに負い目を感じてろくに食べてなかった。極めつけは、精神の不安定によるホルモンバランスの異常だ。ヴェルの状態は最悪といっても差し支えない。
そして、生まれた子は膨大な魔力量を持っている。じゃあ、その魔力はどこから来ると思う?
大部分は空気中や生まれたあとの食事で摂る。けど、当たり前だけど、母体からも少し魔力を持っていく。だけど、その子にとっての「少し」は、ヴェルにとっては「少し」じゃなかった。
最悪の精神・健康状態、急激な魔力の欠如、低年齢出産――いろんな要因が、ヴェルを死に至らしめた。
残されたのは、赤ん坊と二人の子供。もう、どうすれば良いかなんて全くわからなかった。
僕らが生きていられたのは、周りの大人たちのお陰だったと思う。
学院長が特別に計らって、学院からの処分はなしにしてくれたし、診療医は何かと気にかけてくれた。とりあえずの保護者には奴隷商人がなってくれた。
流石に学生寮で子育ては、と言われて、学院の近くに家を借りた。お金は潤沢にあったし、僕の権利料で定期的な収入は確保されてた。
そこで、子供が子供を育てるなんていう歪な共同生活が始まった。
僕らは、生まれた子供に「ヴェロニカ」と名付けた。
おかしいだろう? 生まれてすぐの赤ん坊に、自分たちが今まで依存していた人間の役割を求めたんだ。
当然、それじゃ僕らの「依存」は満足できなかった。
その結果としては、僕らはお互いに自分の依存先を求めた。ハイルディは僕に、僕はハイルディに。
『元カレで元カノみたいな』
ハイルディの言うとおりだ。僕らは恋人みたいな関係を作っていた。
愛がなかった、と言えば嘘になる。僕らは少なからず相手を意識していたし、幼馴染として学友として、信頼や尊敬を互いに抱いていた。
だけど、その関係の殆どは、自分の中の欠けた「何か」を埋めるためのものだった。
もちろん、 それで埋まるはずがないよね。どっちも未熟で、子供だったんだから。
埋まらなかった「何か」を、ハイルディは復讐という戦いの中に求め、僕は「レンアイ」なんて現実逃避に求めた。
神聖ローマの内乱に、傭兵としてハイルディは介入し、盗賊団や傭兵崩れを殲滅した。自分達の運命を壊した奴らの同族を殺して、復讐とするためにね。武勲を上げるうちに魔女会と連絡がついて、そっちの方面と繋がりが持てたらしい。
僕は、学院内で片っ端から口説いた。…こういうとなんか軽い気がするな。
僕はヴェルの代わりになる女の子を求めていた。無条件で甘えさせてくれて、自分の思い通りになるような。
甘い声で口説く。『あなたがいなければ僕はダメです』『どうか僕のことを好き になって』
それで落ちない相手には、一晩中対策を練って、金を使って、あらゆる舞台を演出した。
自分でも恐ろしい才能だったと思うよ。最低最悪の才能だ。
女の子のことなら何でもかんでも研究した。相手が何を望んでいるか、何に夢中なのか、どこに行きたいのか、弱みは、理由は、志は…。
付き合った後は、時に褒めて、時に蔑んで、自分の思い通りになる女の子に作り変えていった。
だけど、大抵数か月で別れた。だって、僕の理想はヴェルだったんだから。近づければ近づけるほど、ヴェルとの違いが際立った。
別れる時も最大限の注意を払ったよ。理想よりなにより、相手でも自分でも、不幸が嫌いだったから。
『あの人とは良い付き合いだった。縁がなくて別れちゃったけど、楽しい思い出だった』
そう相手に思わせるように、関係を風化させ、気持ちを作り出し、偽った。最悪でしょ?
けど、一年と少しもしてくると、嫌でも噂が広まってくる。
『何人も女を捨てた遊び人』『子供を孕ませた挙句、相手を殺した』『同棲しているのに何股も掛ける』
嘘か真実かは置いておいて、酷い噂が学校中に出回った。学院長には渋い顔をされたけど、あの人も相当な女ったらしだから何も言われなかったよ。
それでも、何人かは友達がいてくれて、ようやくその頃僕らは落ち着けた。自分達のそれぞれで自立できるようになった。
「十四の時、だったかな」
魔法使いの肩の力が少し抜けた。
彼の顔は、先ほどよりもやや落ち着き、思い出を感じるように笑っていた。
「学院長に、研究室の立ち上げを進められた」
まだ、何科目か履修しないといけない分野があったけど、それを学び終えて、博士資格を取ったら、という話だった。
ヴェロニカ…赤ん坊の方だ。ヴェルは二歳になって、戦闘科に転科して暇が増えたハイルディがよく面倒を見ていた。僕も、授業内容はほぼ全部知っていることだったから、自分の研究内容に没頭することが増えていた。
研究室は「若くて才能があるが後見やコネの少なさで日の目を見ない奴らを活かせる場所を作れ」という命令も含めて進められた。「間抜け面」や他の連中もそうやって集めてきた奴らだ。あいつら、ああ見えてもかなり優秀だよ。
願ってもなかったね、好きなだけ自分のやりたいことをできるんだから。
半年で必修を終わらせて、博士の試験を受けて…三回落ちた時は死のうかと思ったけど、ハイルディに励まされてなんとか受かったよ。
そこからは、順調にキャリアを積んで、研究室の方もメンバーや功績が増えていった。
そして、去年だ。
ヴェルは七歳で、学院の分校初等部への入学が決まっていた。それと、魔女会との兼ね合いもあって、神聖ローマ方面に引っ越すことにしたんだ。その時に、ハイルディと話し合ったんだ。
『私たちは、もうそれぞれの道を歩むべき』
ヴェルには、ハイルディが親で、僕はハイルディと一緒に住んでいる親友、と説明してあった。実際そうだったし、物心つく前から一緒に暮らしてきた家族みたいなものだった。
一緒に住んでいれば否応にでも関わっていくし、自分のやりたいこと――ハイルディは学術的な各地の調査、僕は研究――に、一緒にいるのは少し不都合だった。
ヴェルは、ハイルディが引き取ると申し出てきた。
『仮にも私の子供だし、魔女の技術の継承もある。何より、私はこの子に世界を見せてあげたい。ヴェルが見れなかった分もね』
ハイルディがバチカンを離れて、僕も引っ越すことにした。ローマにいる理由もなくなったし、テレポートで決まった場所になら片手間で行けるようになってたからね。
そんな時に、ここの村が再建されている、しかもこの別邸が残っているらしい、という話を聞いて、僕はこの屋敷を買った。ああ、シラタマって、大昔に僕があいつのことを陰で呼んでた呼び名なんだ。背格好が変わったせいで、向こうはわからなかったみたいだけどね。
家は買って、お金はあって、あとは荷物の整理をするだけ。そうだ、家事とかもまかせたいから、使用人を雇おう。住み込みだったら便利かな。
そんな風に思って、ちょうど良い人材を探していた。近場で読み書き計算が出来る暇な人、なんてそうそういなかったから、ローマまで探しに行って、奴隷商人にはその選択肢の一つとして奴隷を探してもらった。昔の礼も込めて前金はたっぷり弾んでね。
そして、
「君を見つけた」
魔法使いの目が、優しい目が、こちらを向いていた。
「ヴェルに顔が似ていた訳じゃなかった。ただ、その耳と種族と、いろんなものが被って見えて、買ってしまったのは殆ど衝動だった」
深く青く、澄んだ瞳。
「最初は罪滅ぼしだった。今度は、失われないように、壊れないように暮らしていきたい。背中にあった拘束魔法は解除して、逃げられたのならそれまで、十年もしたら独立してもらおう。と思っていた」
だけど、と彼は悔しそうに広角に力を入れた。
「ヴェルと同じところ、違うところを数えて、同じだからダメ、違うから良い、と思っていくうちに、キミのことが好きになっていた」
唐突な告白、けど、それは愛なんてものよりもっと苦しそうで…。
「だけど、ダメなんだ。僕はきっと、君のことを壊す。壊すのが怖い。気の済むまで君のことを貪りたくなる。貪り尽くして、取り返しが付かないほど破壊する」
充血した魔法使いの目に涙がたまる。
「罪悪感か懐古心か、どこから来たのか解らない恋愛感情だ。しかも、昔の女の面影を投影するなんて、女の子を好きになる最悪の理由が発端の気持ち」
わからないんだ、と悲しい笑顔が浮かぶ。
「僕はキミのことが好きなのに、仕草や、呼吸や、言葉の何もかもが好きなのに! キミがキミであることで僕はキミをヴェルに重ねてしまう!」
だから、と彼は続けた。
「――キミがキミである限り、僕はキミを愛せない」
泣きそうな瞳が、真っ直ぐにこちらを向いていた。
――私は、
それは、完全な己の否定だった。
こちらのことを好きと言っておきながら、しかしその存在故に愛せないと言う。
矛盾した思いであり、普通であれば激怒しても問題ないものだ。だけど、
『私は、「私が『私』である」こと以外で私を愛して欲しかった』
――私は、この人が好きだ。
今なら、自信を持って言える。
この、どうしようもなく不安定で、最悪で、脆弱な主人を、自分は好きだ。
今まで、「私が『私』である」ことで愛してくれる人はいても、それを否定した上で私を好きだと言ってくれる人はいなかった。彼は、私を、本当に望む形で愛してくれたはじめての人。
だから、言う。
「――私は、あなたのことが好きです」
魔法使いの表情が悲しくなる。その顔が返答する前に次の言葉を続けた。
「――だから私の、傍にいてください」
「でも…」
「何も悩まなくて良い。何も進まなくても良い。だから、どうか私の傍にいて、見守ってください」
互いの思いは伝えあった。このまま望むままに愛を語ろおうとも、誰も文句を言わないし、わだかまりを抱えつつも「恋愛」をしていくだろう。だけど、そんなことをすれば、彼は恐らく、「壊れ」る。
彼は今、脆くて、弱い存在になっている。『あの子』――ヴェルと自分を重ね、その気持ちを整理できないほどに。
そこで自分と気の済むまで互いを求め合えば、立ち直れないほど自分に依存するだろう。
それじゃ、ダメだ。ヴェルにも、ハイルディにも、いろんな人の思いを無駄にする。
「どうすれば良いか解るまで、私と一緒にいてください。いつまでも私は待ち続けます」
彼が自分の気持ちを決められるまで、待とう。一年でも、十年でも、一生でも、私は待ち続けよう。それが、奴隷として、従者として、彼を好きな人として、やらなければいけない使命だ。
もう一度、繰り返す。
「私はあなたが大好きです。だから、気の済むまで、一緒にいてください」
ふぃ~伏線大量回収ポイント終了~
疲れた。
来週は多分更新出来ないかな




