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魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
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第十五章・後 ダーティークレイン

前話の①・②を合体省略しました。特に問題はないと思いますが、お気を付けください

 暗い森の手前、夜の帳が降りきったころ、二人の大人が魔法で作った光球を浮かせて相談していた。

「そっちはどうでしたか」

「全くダメだな。どこへ行っても元に戻ってくる」

 ドラコは苛立ったように首を振った。

「…」

 やっぱり、と奥歯を噛んだ魔法使いは、黙ったまま顔を空に上げた。

 満月以外には何もない空に、しかし人影が見えてくる。

「ごめん、解析に時間掛かっちゃった」

 箒に乗って黒いドレスを着ていたのは、ハイルディ。

「用事中に呼びつけたこっちが悪いんだ。気にしなくて良い」

「…そういう問題じゃないと思うんだけど」

 溜め息をついたハイルディは、地上に降り立ち、箒から降りる。そして右手で虚空に円を描き、魔法を発動させた。

「とりあえず、お菓子の家を中心にだいたい半径五百メートルは『迷子の呪い』と『侵入妨害』の魔法が掛かってる。地面の中も多分効果範囲だね。中心部には、光学迷彩系の何かの秘術が掛けられてる」

 それを聞いたドラコは、からかうように口笛を吹いた。

「国の諜報機関並の設備だな。国立魔術師隊がやっても、どれか一つ解除するだけで何人か死ぬぞ」

 少女の居場所が判明すると同時に、ハイルディへ『見下し山(エーデルブロッケン)』を通して連絡し、自分達はその現場に向かった。

 元々、先週の責任追求からの煽りで、魔女会の雑用を引き受けることとなっていたハイルディだが、その魔女会も、『お菓子の家』の名前を出すとすぐさまハイルディの任を解除した。

 そして、 大人達三人にドラコの弟子二人を加えた全員で少女の捜索を始めたのが夕方ごろ。それがほとんど無意味だとはっきり解ったのが先程だ。

 夜も遅く、野党や狼に襲われて自力で身を守れるか心配なルサリィと、その護衛にフラーレスを屋敷に帰らせ、残ったのは大人達。

「…なあ、そろそろ教えてもらって良いか? 『お菓子の家』の正体、そこで何が起こっているのか」

 痺れを切らしたように、ドラコが問いかけてきた。

 言ってもいいか、とハイルディに目くばせすると、お好きにどうぞとでも言いたげに肩をすくめた。

「…先輩は、『救世主』達の名前、言えますか」

「『末裔』じゃなくて、本家の方か?」

 もちろん、と頷く。

「そうだな…まず『賢人』ユリクラス、『聖狼』ガルリア 、『迎地』ディコーゲン…ウリエルは、今の定義だと外れていたか? あとは、『白麗』イルリアレイアーノと、『巨竜』シャフィーク・ターヒル…最後は、」

 そして、ドラコは思い出すようにハイルディを見る。

「――『魔女』、フェルだ」

 やっと出てくれたその名に、悪寒と苛立ちを思い出した。

「…この先、『お菓子の家』と呼ばれる場所にいるのは、その、『魔女』フェルなんです」

 返答より先に、はあ?と訳が分からないというドラコの呻きが聞こえた。

「何を言っているんだ? 『救世主』だぞ? 千年前…下手すればそれ以上昔に死んだ人間だろう? それがどうして、今この時間のことに関係ある?」

「…何を言われても、その千年は前に死んだはずの『魔女』が、『お菓子の家』にいるんですよ!」

 それが、魔女会がハイルディを解放した理由であり、自分が急いでいる理由だ。

「…仮に、そこにフェルがいるとしよう。だが、それでどうなる? 救世主がいたとしても、誰も取って食ったりはしないだろう」

 取っては食わない。だが、それよりももっと恐ろしい、最悪の運命が待ち受けている。

「あそこにいれば、知ることになるんです」

 なにをだ、と質問に答えようとして、口の端が震えるのをなんとか止める。

「最悪な、この世界の成り立ち、運命、宿命を」

一瞬の沈黙。ハイルディは飽きたような視線で見つめ、ドラコは訝しげに眉をひそめた。自分の頬を嫌な汗が伝う。

「…お前たちは、それを知ったのか?」

「…」

 返答は無言で以て是とした。

「…まさしく、陰謀論的だな。私も、黎明期の神教や古代ローマが、さぞや汚いことをしていたのだろう、とは思っている。だが、そんなものを知って、はたしてどうなる? 一般的な常識と少し冷静な判断力を持っていれば、歴史が綺麗なものじゃないことぐらいわかるだろう。どんなバカでも、狂信的な神教信者でもない限り、大した影響は受けない」

「そういうものじゃないんです!」

 ならなんなんだ、と変わらず苛立った視線をドラコは送ってくる。

「歴史や予言じゃなくて! 僕たちの存在意義や、あの子そのものを壊してしまう――!」

『あー、『救世主』的に、自分達がそんな感じに言われるのは、ちょっと傷付いちゃうかな』

 不意に、場にそぐわないおっとりとした女性の声が聞こえた。あの(・・)声だ。

『久しぶり…よね? 二人とも。ハイルディの方はまたかなり魔力量上がってるわね。そっちのクールなお姉さんは、知り合い? それとも、学者クンの新しい恋人? いや、恋人はこっちにいる子ね』

 声のする方、森の方を見た。

「俺は、会いたくなかったな」

「私はどっちで良い感じかな。会いたいもんじゃないけど」

 そこには、布で折られた小さな折り鶴が浮いていた。

『あら、二人とも酷い事言うわね。学者クンも、俺とか言って、昔はもっと可愛かったのに』

 駄々をこねるような口調だけが聞こえてくる。

『あ、そっちのお姉さんには自己紹介がまだだったかしら』

 その光景に唖然としていたドラコに、折り鶴はペコリと頭を下げる。

『はじめまして。『救世の魔女』フェルドラントです。フェルと呼んでくださいな』



「布への憑依…意識の分化、いや魂の付与か?」

『ううん。そんな難しいのじゃなくて、無機物への魔力添加による媒体化ね。簡易的だけど、今で言う通信用魔法石?みたいなのに紙を変化させてるの』

 折り鶴――フェルに問い掛けると、その技術の説明をする。

「…おい」

 状況を説明しろ、とドラコが肘でつついてきた。

「あれは、ただの通信用媒体ですけど、あの向こうで話しているのが、正真正銘、『魔女』フェルです」

 それでも尚、ドラコの開いた口が閉まらない。

「…今、あれの歳は幾つだ…?」

「俺が聞いてたのだと、千百…」

『九百七十八歳です! 千歳ぐらい(アラサー)よ!』

 規模がでかすぎて殆ど変わらない気がするが。『これでも他の聖人に比べたら若い方なんだから! ロキ姉妹とかミチさんは万年以上(オーバーミリオン)で、ウリエルなんか十万とかの単位なのよ!』

『それはさておいて、今日は何のようかしら? 学者クンに魔法少女、それとお姉さん。今、私、来客の接待中なんだけど』

 わかってるくせに、と舌打ちをした。

「…あの子を、取り返しに来た」

『あらあら、なかなか格好いいこと言うじゃない。ゴシュジン様クン?』

 こちらを舐めきったフェルの声に、苛立ちは募るばかり。

「あの子は、無事なのか?」

『当たり前じゃない。大事な大事なお客様、何か粗相をするわけないでしょ?』

 最も、と嫌な前置きをして、

『あの子が自分でどうにかなったりするのは、私の責任外よ?』

 どうしよっかな~、と折り鶴がヒラヒラと宙を舞う。

『今、あの子は地下で本読んでて、私は晩御飯作るっていって抜け出してきたんだけどさ。ホント、あの子、技術書にしか興味ないのね、しかも実用書。どうせ結果は同じなんだから、禁書の原本とか読んでさっさと覚醒してくれないかしら』

 思い出したのは、自分達の時の(・・・・・・)こと。

「…どうして、あの子なんだ?」

『どうしても何も、今日は満月で、私がここにいて、何もなければ来れるはずのないあの子がここに来た。それは、彼女にそういう資格があるっていうことじゃないの? 魔力量も見た感じ多そうだし』

 その言葉に、言わなければならない情報を思い出す。

「あの子は、『末裔』だ! しかも、今のハイルディの百分の一程度は魔力を持ってる! もしも、魔力暴走が起こって、しかも止められなかったら、お菓子の家(そこ)が吹き飛ぶだけじゃすまないぞ!」

『わお。百分の一か、それはすごい。それなら、何かしらカマ掛けてみて、色々調べたいかも。んー、どうしようかな。本を読んでくれないと、『泉』を使うしかないんだけど…酔ったふりして『泉』に落とそうかしら』

 ともあれ、とフェルは声色を変えた。

『明日の朝、結果がどうであれ、あの子は返すわ。その時の安全は保証する』

 他に質問はあるかしら。フェルの問いに、ドラコが声をあげる。

「さっきから聞いていて、全く話についていけない。お前…いや貴女? 救世主様? まあいい。お前は、一体何をあの娘にしようとしている? 何かの実験か? 儀式か?」

 ドラコの言葉に、フェルはやや戸惑った声色を見せる。

『あー、うん。あなたは完全な部外者さんか。うーん、本当は言っちゃダメなんだけど、まあ良いか。たかが一人の人間が何かできるわけじゃないし』

 そこでフェルは何かの一呼吸を置く。

 ユラユラと空中に揺れる折り鶴の向こうに意地の悪い笑顔が見えた気がした。

『――あの子は、世界の運命を担う者の一人になるのよ』

前回のあとがきで命名方法を出しましたが、同シリーズの他の作品で、「フェル」というミドルネームを何回か使いまして、それを伏線としてのコレです。自分の他の作品も読んでいる人がいたらニヤリとできる、ぐらいのモノですね。それ以上の物はありません。


小ネタ

この世界の奴隷制度について補足~


国によって差がありますが、バチカンにおいては、ローマ帝国を母体としているため、奴隷は好待遇です。ハンニバルのギリシャ人家庭教師みたいに、一定の地位が約束されていますし、主人が死ねば財産分配とか権利獲得とか出来ます。主人と奴隷で親友関係だったり、恋仲になるのもそこまで珍しい話ではありません。

逆に、神聖ローマでは、戦争奴隷や貧困から来る身売りが多いため、奴隷=汚いです。扱いは酷いものですし、有事の際に犠牲になるのは奴隷です。

フランス・ハプスブルグと言った国では、そもそもの奴隷制が衰退しており、高級娼婦のようなタイプや知的資源を持った技術屋的タイプ以外に奴隷は存在していません。

欧州における主な奴隷の供給源は、神聖ローマの内乱、バルカン半島の戦乱、ギリシャやロシア、スカンディナビアからの移住者です。バカな奴隷は神聖ローマに、賢い奴隷はバチカンに流れていきます。

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