表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
19/75

第九章・前 何事もなく

 窓から差し込む日の光で目が覚めた。

――もう朝か…。

 魔法使いはアクビを一つして、視線を下に下ろした。

――まだ寝てるなー。

 寝る途中にこちらから毛布を引ったくったのだろう。もこもこと毛布にくるまれた少女が、静電気で髪をくしゃくしゃにしながら浅い寝息をたてていた。

――昨日もそうだけど、いつも俺より早く起きるから、寝顔は新鮮だな。

 うりうりと頬をつつく。うぅ、と甘えたような呻きが聞こえたが、少女は眠ったままだ。

――疲れてるだろうから、このまま寝かしておこうか。

 幸い、今日は授業がないため、ゆっくりしていても大丈夫だ。屋敷の家事類は、誰も人がいないからやる必要はないし、防犯はシラタマがなんとかしてくれる。

 少女を起こさないよう気を付けながら膝枕を外し、応接間を出て隣の事務室に入った。

 事務室の机には、「まぬけ面」が残していってくれたらしい、昨日の事件の詳細記録と「被害者事情聴取要請」と書かれた書類が置いてあった。

――あの子は寝てるし、代わりに俺が行ってあることないこと言っとこうかな。

 うちの子に手を出したんだから、あのゴロツキには相応の罰を受けてもらわないと、と性根の悪い笑顔を浮かべ、給湯室に入る。

 顔を洗い、口をすすぐ。水滴を拭いたついでに鏡を見た。

――顔色、良くなってきたな。

 以前なら目の下に薄くクマがあったが、最近になって血行が良くなってきた。生活リズムが整ってきた証拠だろうか。

 事務室に戻ると、同じタイミングで廊下に続く扉が開いた。

「あ、室長。おはようございます。早いですね」

「そっちこそ、こんな時間にどうしたの?」

 入ってきたのは、「まぬけ面」。何枚かの書類を持っている。

「図書館の方で、夜中まで調べものと、個人的に請け負ってた仕事を片付けてまして。寮の食堂もまだ開いてないんで、ここでコーヒーかなにかいただきに来た次第です」

 学院の職員寮の寮監の顔を思い浮かべた。今学期に入ってから会っていない。

「寮住まいはつらいね〜。持ち家だと時間に束縛されないから楽だよ」

「家買ったり借りたりする金あるなら趣味に使います。第一、あんたの楽さはあの子のお陰じゃないですか」

 奴隷を買うのも金持ちの特権だ。羨ましいか。

「室長は朝食どうします? 食堂は開いてませんし、まさかあの子を起こして作らせるとかしませんよね?」

 お前の中で俺はどれだけ鬼畜なんだ。

「街に行って、朝市で何か漁るよ。昨日はゆっくり寝させてあげられたけど、あの子もなるだけ休ませてあげたいし」

 言うと、「まぬけ面」が疑ったような顔を作る。少しまぬけ面ではなくなった。

「ゆっくり、寝させてあげたんですか…? 何もせずに…?」

――ああそんな賭けしてたなこいつら。

「何もしてないけど? 強いて言うなら頬を撫でたくらい?」

 やや意地悪な口調でそう言うと、目に見えて「まぬけ面」は落ち込む。

「どうせケーキセット一つでしょ? 男なら女の子にそれぐらいおごってやんなよ」

「あんたもわかってんなら空気読んでくれても良いじゃないですか!」

 盗聴についてはお互い慣れたことなので問題にしていない。慣れって怖いな。

「一緒に来るなら朝飯おごってあげるから、怒らない怒らない」

 ちぇ、と口を尖らせた「まぬけ面」を尻目に、財布は、とポケットを探る――ない。

――あー、昨日実験室においたかな?

「財布取ってくるから、先に行ってて。隣であの子が寝てるから静かにね」

 はいはい、と聞こえた返事を背に受けて、自分は実験室への扉を開いた。応接間とは逆方向だ。

 実験室は、基本的に暗い。窓は北向で、灯りは弱光灯だ。変に強い光だと、そこから出た波長が魔力波に干渉しかけない。

 財布財布と実験機具の置かれた机の上を探していると、

――…誰か寝てる。

 禍々しい色合いの実験用魔法石の中、机に突っ伏す人影を見つける。

 長い髪が寝癖で目も当てられない状態になり、毛布は被っているものの、涎が机に水溜まりを作っている。スピーと間抜けなイビキをだしているのは、いつもの女性研究員。

「起きて。こんなとこで寝てたら、波長汚染で死ぬよ」

「…ふぇ…ひゅ、ふい?」

 人の言葉になってない声を出しながら、女性研究員は頭をあげる。

「…あー、おはよーございます。室長」

 ごしごしと目を擦ったあと、女性研究員は伸びをする。

「昨日はあれから寮に戻ったんじゃないの?」

「あー、はい。寝付けなかったんで、ここでずっと実験してました。魔力波探知測距(メイダー)の調整で、記録はここに…」

 そういって彼女が視線を下ろした先には、垂らした涎でビチョビチョになった記録用紙があった。

「…君の徹夜、一つ分無駄になりかけてるけど」

「…私なら読めるんで、また書き直しときます…」

 女性研究員はクシャクシャの髪を、アクビをつきながらもっとクシャクシャとする。

「あーと、今日暇あったら、あの子の体、拭いてあげて。あの子が起きたら良いけど、一日中汗まみれで寝てるのは体に悪いし」

 あーい、とわかってないような返事。あとでちゃんと認識して大騒ぎするんだろうな、興奮しながら。

「朝飯これから食べに行くけど、一緒に来る? 奢るよ?」

「…おねがいします」

「鏡見てきなよ」

 言うと、うえーいと親父の混じった返事が帰ってきた。ガールズトークだのなで肩だのはどうした。

――で、財布は、と…。

 机の上を探していると、魔法石に混じって折り畳みの皮財布を見つける。それをポケットに入れた。

――それにしても、かなり失敗してるな〜。

 散らばっている魔法石の色は、どす黒い紫だったり、抹茶を腐らせたような緑だったり…とてもじゃないが製品として使われているものの色ではない。汚い色が表すのは、

――完全製作失敗…。色が綺麗な奴も、使い物になるのはちょっとだな。

 魔法石は、製法を工夫することで様々な用法に使える。単純なエネルギーパックとしてのモノは製法は確立されているが、魔力波探知測距(メイダー)はもとより、翻訳用の魔法石も不安定なモノしか作れていない。少女に渡した魔法石もそろそろ交換しないと使えなくなる。

 「より使いやすい」魔法石を、「より便利」に産み出すには、その試行錯誤が必要だ。無論、それがたった一度の実験で成功する訳がない。

――『研究とは試行と思考の繰り返しである』…。

 恩師の言葉を思い出す。あの人もいろいろ問題なひとだったなあ。

 試行の失敗を思考し、改善のあとに試行する。そうすることで、やがて成功と呼ばれる場所の近くに行くことができる。勿論、魔法の研究だけの話ではない。

 朝御飯が店で好きな時に食べられる――たったそれだけの経済でさえ、誰かの試行と思考、そして失敗の積み重ねだ。

――努力は評価する(タチ)だからね、俺は。

 生徒なら評定を上げるが、部下ならボーナスでも増やすか。

――「成果=才能+努力×(効率)^2」って言ってたのは誰だっけ。

 「まぬけ面」は察しの良さで「効率」をあげた。女性研究員の売りは「努力」、自分の場合は「才能」だ。

――良い部下を持って助かるよ。

 実験室の出入口へと向かう――だけど、

――今年の生徒は問題が山積みだな。

 真っ先に浮かべたのは、大事な『あの子』。

――ま、それでもまずは、

 扉に手を掛け、開いた。

――朝ご飯を食べないと。


なんもねぇぞ回。なのに更新が遅い。ゴメンナサイ。


魔力波とは

音波のような特質も持っていますが、放射能や電磁波に似通った性質ももっていくす。実験段階の魔法石や、粗暴な魔法を発動したときにでます。浴び続けると最悪死にます。だってエネルギー体が物質として存在してるんだよ?身体に(原子に)悪いものが出ないわけないじゃない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ