第75話:黒銀の地下迷宮、立ちはだかる巨岩
崩れ落ちた鉄扉の破片が乾いた音を立てて転がる。
広大なドーム状の大広間に、重苦しい静寂が満ちていた。
「う……あ……」
壁際で泥と血に塗れて倒れ込んでいた先発隊のひとりが、薄開きの目でこちらを仰ぎ見る。
「逃げ……ろ……。奴は……岩じゃ……ない……」
途切れ途切れの声に応えるように、広間の中央に鎮座していた漆黒の巨躯が、ゴゴゴと地鳴りを立てて立ち上がった。
体高三メートルを超える異形の魔獣『ガーディアン・ロック』。
全身を硬質な黒銀の鉱石で固め、右腕には大木ほどもある巨大な石のクラブを握り締めている。
頭部に嵌め込まれたひとつ目の赤光が、濁った殺意を孕んで三姉弟を睨みつけた。
ヴォォォォォンッ!
鼓膜を揺さぶる咆哮とともに、巨獣が右腕のクラブを振り下ろす。
狙いは壁際に追い詰められた先発隊の怪我人たちだった。
「させるかッ!」
二葉が弾丸のような踏み込みで先発隊の前へと割り込んだ。
「『二生の根張』!」
二葉の視線が鋭く冴え渡ると同時に、彼女の足元から目に見えない「根」が伸び、足下の広大な大地そのものと固く結びつく。
ドズゥゥゥゥンッ!
激しい落雷のような衝撃音が大広間に響き渡った。
見上げるような巨石のクラブが二葉の掲げた木剣を直撃する。
だが、二葉の身体は一ミリたりとも揺らがない。
大地と一体化した彼女の脚が、巨獣の放った凄まじい質量と衝撃のすべてを地面へと逃がし、完全に受け止めてみせたのだ。
「な……ッ!? 踏み潰されないだと……!?」
息を呑む先発隊の目の前で、二葉はニッと笑って見せた。
「へへっ、うちのカフェの重い冷蔵庫を運ぶのに比べたら、こんなのどうってことないよ!」
「二葉、そのまま押さえていて!」
長女の一葉が静かに前へと躍り出た。
おっとりとした雰囲気を纏ったまま、空中で優雅に指先を這わせる。――まるでしなやかな『蔓』を丁寧に巻きつけていくかのような、美しく繊細な指の動き。
次の瞬間、巨獣を取り巻く空間そのものが、ぐにゃりと歪んだ。
ガガッ、と巨獣の動きが急停止する。
クラブを持ち上げようとした右腕の軌道がぐにゃりと削がれ、巨獣自身のバランスが崩れたのだ。
事象そのものを絡め取り、攻撃の威力を無力化する一葉の力。
「三葉、今よ! あいつの右腕を!」
「うん!」
三葉が影のように滑り込み、体勢を崩した巨獣の右腕――石のクラブを握り締める巨大な手首へ、そっと自分の手を滑らせた。
「『三途の葉落』」
静かな呟きとともに、三葉の手から微かな波動が伝わる。
触れられた巨獣の腕の鉱石が、まるで何百年もの歳月を一瞬で通り過ぎたかのように、黒から灰色へ、そして乾いた砂の質感を帯びて衰退していく。
ピシッ、ピキキキッ!
凄まじい速度で進行する老朽化と腐食。
巨獣が右腕に力を込めた瞬間、ガラガラと音を立てて手首から先が砂となって崩れ去った。
巨大なクラブが床に転がり、甲高い音を立てて砕け散る。
グオォォォッ!?
腕を失った巨獣が怒りに狂い、残った左腕を振り回して暴れ狂う。
周囲の岩壁が砕け、石礫が嵐のように降り注ぐ。
「きゃっ!?」
「二葉!」
一葉が瞬時に指を這わせ、襲い来る石礫の軌道を歪めて二人から逸らした。
「大丈夫、かすり傷だよ! でも、あいつ……腕を削られても平然としてる! 核を叩かないとダメみたい!」
二葉が叫びながら巨獣の足元へ視線をやる。
巨獣の胸の奥深くで、禍々しい赤光が明滅していた。
「胸の奥にあるコア……あれが動力を供給しているんだね」
三葉が静かに観察眼を働かせる。
「でも、あの厚い鉱石の鎧を破らないと、僕のスキルじゃ届かないよ」
「なら、私が道をこじ開けるわ」
一葉の瞳に、普段の優しさとは異なる冷徹な集中力が宿る。
両手を掲げ、空中へ向けてより深く、より複雑に指先を走らせた。蔓が幾重にも絡み合い、世界そのものを締め上げるかのような優雅な舞。
空気がキシキシと悲鳴を上げる。
巨獣の胸元を覆っていた分厚い装甲の鉱石が、歪められた事象の圧力に耐えかねて、バリバリと亀裂を生み出していった。
「今よ、二葉、三葉!」
「よーしっ! 根張り全開・突撃ぃッ!」
二葉が大地の根を一瞬で解除し、弾丸となって跳躍。
胸の亀裂に向かって木剣の突きを叩き込む!
バギィィンッ!
亀裂が大きく押し開かれ、内部で怪しく光るコアが露わになった。
「終わりだよ」
三葉が二葉の肩を足場にして空中へ舞い上がり、開かれた胸の奥――核心へと手を伸ばした。
三葉の指先が、赤いコアに触れる。
「『三途の葉落』――朽ち果てろ」
瞬時。
巨獣の全身を巡っていた禍々しい魔力の脈動がピタリと止まった。
コアの輝きが失われ、急速に灰色に変色していく。
その腐食は一瞬で体全体へと伝破し、体高三メートルを超える岩石の巨体は、一粒の砂利すら残さず、サラサラとした枯れ葉の灰となって崩壊していった。
ドサリ、と静寂が戻った広間。
「はぁ……はぁ……やった……?」
二葉が木剣を収め、膝に手をついて息を整える。
「ええ、倒したわ。みんな、怪我はない?」
一葉が二人の無事を確認し、深く息を吐き出した。
呆然とその光景を見ていた先発隊の隊員たちが、震える声を漏らした。
「あ、あの巨大な魔物を……一瞬で……砂に……?」
「Bランクパーティー『グリーン・リーフ』……なんて恐ろしい……」
三葉は静かに腰のポーチから特製ハーブポーションを取り出すと、傷だらけの隊員たちの元へ歩み寄った。
「動かないでください。お父さんの淹れてくれたハーブのポーションです。すぐ楽になりますよ」
ポーションを口にした隊員たちの顔に、みるみると生気が戻っていく。
「あ、温かい……体の奥から力が湧いてくる……! 助かった……本当にありがとう……!」
救助を終え、ほっと胸を撫で下ろす三人。
だが、三葉はふと大広間の奥――さらに下方へと続く暗い割れ目を見つめ、眉をひそめた。
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