第52話:Cランクの重みと、街を巡る温かな風
Cランクへの昇格が正式に決定してから数日が過ぎた。
爽やかな風が故郷の街を通り抜け、『グリーン・リーフ』の店舗前に飾られた木製の看板を優しく揺らしている。
店内のカウンターには、銀の地に洗練された金の意匠が施された、新しい「Cランクプレート」が三枚並べられていた。
「う〜ん、やっぱり何回見てもかっこいいなぁ! Dランクの時より、金の縁取りがついてちょっと特別感があるよね!」
二葉がプレートを太陽の光にかざしながら、嬉しそうに目を輝かせる。
「ふた姉、あまり振り回すと落として傷がつくよ」
三葉が愛用の手帳にペンを滑らせた。
「でも、Cランクに昇格したことで、ギルドのデータベースで閲覧できる『高難度魔導書』や『古代遺構の地脈資料』のアクセス権限が一段階上がったよ。これで僕たちの『生活魔法の応用術』も、さらに理論的な深みを増すことができるね」
「ふふ、二人とも本当に嬉しそうね」
一葉は焼きたてのスコーンを皿に盛り付けながら、温かな眼差しを二人へ向けた。
一葉は空中を通じて蔓を巻くように優雅に指を動かす。
【一輪の秒芽】——。
手のひらから解き放たれた淡い緑の保持魔力が、焼き立てのスコーンから立ち上る甘い香りと熱気を優しく包み込み、そのまま空間へとしなやかに定着させた。
王都、アルトリス、そしてサフィールでの激闘を経て、一葉の【一輪の秒芽】は、魔力の消費を極限まで抑えつつ、より広範囲かつ精密に「状態」を維持できるようになっていた。
「一葉の保持魔法は、もう完全に職人の域に入っているわね」
厨房から顔を出した母の葉が、感心したように微笑みかける。
「ありがとう、お母さん。でも、どれだけ魔法の精度が上がっても、こうして美味しい状態で食べてほしいなって思う気持ちが一番大切だって、旅を通じてよく分かったよ」
一葉は胸元のペンダントとCランクプレートにそっと手を触れた。
昼下がり、店の手伝いを終えた三人は、ギルドへの定期報告と必要な買い出しのために街の広場へと繰り出した。
石畳の街道を歩いていると、街の人々や冒険者たちが次々と三人に声をかけてくる。
「おお、一葉ちゃんたちじゃないか! 聞いたぞ、三人揃ってCランクに昇格したんだってな!」
「あっという間にCランクなんて街の誇りだよ!」
「一葉さん、先日はうちのおばあちゃんの腰痛に効くハーブ湿布の魔法を教えてくれてありがとうね! おかげで楽になったよ!」
「みんな、ありがとう! 私たち、Cランクになっても相変わらず『グリーン・リーフ』で手伝いしてるから、いつでも遊びに来てねー!」
二葉が元気に手を振り、三葉も丁寧にお辞儀を返す。
かつては「雑用専門の生活魔法使い」と軽んじられることもあった三姉弟だが、今やこの街の誰もが三人の実力を認め、その温かな人柄を心から愛していた。
ギルド本部の大きな扉を潜ると、掲示板の前で依頼を探していた中堅冒険者たちが一斉に三人を振り返った。
「来たぞ……森羅家の三姉弟だ」
「生活魔法だけで、大森林の歪みも王都の奇病も解決したっていう凄腕のCランク……」
羨望と敬意が混ざり合った視線を浴びながら、三人が受付へ向かうと、奥からBランク冒険者のバルガスが大きな身体を揺らしてやってきた。
「おう、三人とも! Cランクのプレートはしっくり来てるか?」
バルガスが豪快に笑いながら、二葉と三葉の肩をポンポンと叩く。
「バルガスさん! はい、すごく引き締まる思いです!」
一葉が丁寧にお辞儀をすると、バルガスは少し真面目な表情になり、低めの声で語りかけた。
「一葉、浮かれるなよとは言わねえが……Cランクってのはな、冒険者ギルドの中でも『一人前』として扱われる大きな節目だ。指名依頼の重みも、背負う責任も、Dランクまでとは比べものにならねえ」
「責任……ですか」
三葉が手帳を抱え直す。
「ああ。Cランク以上の冒険者が動くとなれば、それは一都市や一地域の運命を左右するような事態も増える。……だが、お前たちなら大丈夫だ。どれだけ立場が変わろうが、お前たちの根底にあるものはブレねえからな」
バルガスの温かい励ましに、一葉は胸が熱くなるのを感じた。
「はい! 私たちの魔法は、大切な日常を守るためにあります。どれだけランクが上がっても、その想いは絶対に変わりません」
買い出しを終え、夕暮れ時の街並みを歩きながら、『グリーン・リーフ』へと戻る道すがら。
夕日が白亜の建物や街路樹を赤く染め上げ、遠くからは夕飯の支度をする家庭の香ばしい匂いが漂ってきた。
「ふぅ……今日もたくさん歩いたね!」
二葉が伸びをしながら笑う。
「でも、街のみんなが私たちのCランク昇格を自分のことみたいに喜んでくれて、すごく嬉しかったな」
「うん。僕たちが、この街の日常の一部として根付いているのを実感できたね」
三葉も瞳を和ませる。
一葉は二人の横顔を見つめ、そっと空を見上げた。
特別な攻撃魔法も、華やかな召喚術も持たない三人だったけれど、両親から教わったことを信じて、数々の困難を乗り越えてここまで来ることができた。
「さあ、二人とも。お母さんの美味しい夕飯が待っているわ。早く帰りましょう!」
「「うん!!」」
三人は顔を見合わせると、街道を軽やかな足取りで駆け出した。
その胸元で銀と金のCランクプレートが、静かに光を放っていた。
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