第42話:鉱山都市への路と、響く大地の鳴動
朝靄が薄っすらと立ち込める早朝、森羅家の三姉弟は『グリーン・リーフ』を背に出発した。
今回目指すのは、街から東へ数日の距離に位置する鉱山都市『アルトリス』。
幾重もの山々に囲まれたその街は、王国でも最高品質を誇る「魔導鉱石」の産地として知られている。
「気をつけて行ってくるのよ。美味しいお土産と無事な顔を楽しみに待っているわ」
「一葉、二葉、三葉。相手がどのような異変であれ、慌てる必要はない。お前たちの魔法の神髄は、崩れた調和を本来の形へ戻すことだ。自信を持って行ってきなさい」
母・葉の温かなお見送りと、父・一二三の重みのある言葉を胸に、三人は朝日に向かって歩みを進めた。
「お父さんとお母さんに見送られると、すごく勇気が湧いてくるね!」
二葉が木剣を背中で揺らしながら、快活な声をあげる。
その胸元には、王都での活躍を経て授与された銀色のDランクプレートが誇らしげに輝いていた。
「ええ。それに、今回目指すアルトリスは、王国の魔導技術を支える要の場所。ヴァルターさんたちの期待に応えるためにも、しっかりと準備を進めていきましょう」
一葉が優しく微笑みかけると、隣を歩く三葉が言葉を重ねた。
「僕もアルトリス周辺の地質と魔力分布について、判明しているデータを書きまとめておいたよ。アルトリス鉱山は地下深くへ走る『魔脈』の交差点に位置してるから、鉱石の変質化現象が起きているということは、その魔脈そのものに何らかの不純物や歪みが生じている可能性が高いと思う。」
「魔脈の不純物……。王都での『魔力腐敗症』の時と似ているかもしれないわね」
一葉は胸元の緑のペンダントにそっと触れた。
父から託されたこの結晶は、大地の魔力と深く共鳴する力を持っている。
アルトリスへと近づくにつれ、ペンダントがわずかに温かな脈動を返してくるのを一葉は感じていた。
街道を順調に進み、二日が経過した頃。
三人の視界には、岩肌が露わになった巨大な山脈と、その麓に階段状に広がる石造りの街並み——アルトリスが見えてきた。
「うわあぁ……! 山の中に街があるみたい! すごい大仕掛けだね!」
二葉が目を丸くして歓声をあげる。山腹には無数の採掘坑の洞穴が開いており、巨大な水車や魔導仕掛けの昇降機が音を立てて動いていた。
だが、街に一足踏み入れると、その熱気とは裏腹に、どこか重苦しい空気が漂っていることに三人は気づいた。
街道沿いに並ぶ鉱石問屋の店先では、商人たちが頭を抱えて溜息をついている。
「まただ……。昨日掘り出したばかりの『赤魔石』が、今朝にはボロボロのただの石ころになってやがる……!」
「これじゃ王都への出荷なんて出来っこないよ。一体鉱山の中で何が起きているんだ……?」
不穏な会話を耳にしながら、一葉たちは鉱山ギルドの本部へと向かった。
重厚な石造りの建物に入ると、受付で案内されたのは、アルトリス鉱山ギルドの責任者である老男・ゴルドンだった。
頑丈な体躯に白い髭を蓄えた老人は、一葉たちの胸元に輝くDランクプレートとギルドマスター・ヴァルターからの紹介状を確認すると、驚きと同時に安堵の表情を浮かべた。
「おお……! ヴァルターの奴が言っていた三姉弟とは、君たちのことか! ようこそアルトリスへ」
「はじめまして、ゴルドンさん。森羅家の一葉です。こちらが妹の二葉、弟の三葉です」
一葉が丁寧にあいさつを交わすと、ゴルドンは険しい顔つきで現状を語り始めた。
「単刀直入に言おう。事態は深刻だ。約一ヶ月前、鉱山の最下層——第7坑道で新しい魔脈が発見されて以来、そこで掘り出される魔導鉱石が、数時間と持たずに魔力を失い、砂のように崩壊してしまうようになったのだ」
「鉱石が砂のように崩れる……のですか?」
三葉が身を乗り出す。
「ああ。高位の錬金術師たちを呼んで調べさせたが、『魔力の急速な減衰』としか分からん。しかも、その崩壊現象は徐々に上層の坑道へも広がりつつある。このままではアルトリスすべての鉱山が死に体になってしまう」
「……原因は、地中の深くにあるのですね」
一葉が静かに尋ねると、ゴルドンは重く頷いた。
「そうだ。だが、最下層の第7坑道は、崩壊した鉱石から漏れ出た『澱んだ不純魔力』が充満しており、通常の冒険者では足を踏み入れることすら困難な状態になっている。君たちの力が必要なのだ」
「任せてください、ゴルドンさん!」
二葉が木剣の柄を力強く握りしめた。
「私たちはどんな不純物でも、崩れた状態でも、三人で元通りにしてみせます!」
「頼もしい言葉だ。必要な資材や案内人はこちらで手配しよう。明朝、第7坑道への調査隊を発足させる!」
その夜、アルトリスの宿屋にて。
一葉、二葉、三葉の三人は明日からの坑道調査に向けて、入念な打ち合わせを行っていた。
「ゴルドンさんの話からすると、鉱石の変質は単なる風化じゃないね」
三葉が机の上に広げたアルトリス坑道の断面図を指差す。
「僕の予想ですが、地中深くで高密度の不純魔力が『魔脈』に混入し、それが鉱石の中の魔力結晶を内側から破壊しているのかな?」
「なら、私たちの出番だね!」
二葉がニッと八重歯を見せる。
「三葉が不純物の構造を分解して、私が大地の暴走を【二生の根張】で押さえ込んで、ひと姉が綺麗な状態を【一輪の秒芽】で繋ぎ止める!」
「ええ。だけど、相手は大地の底深くにある『魔脈』よ。大森林の『歪みの核』の時以上に、慎重な連携が必要になるわ」
一葉は窓の外、月光に照らされる巨大な鉱山を見つめた。
その時だった。
ズズズズズ……ッ!!
足元から地響きのような重低音が響き、宿屋全体が激しく揺れた。
「きゃっ……! 地震!?」
「…ただの揺れじゃない! 地下から凄まじい密度の『崩壊魔力』が突き上げてきてる!」
三葉が叫び、素早く構える。
一葉が窓から外を見ると、鉱山の山頂付近から、紫黒色の怪しげな魔力の煙がうっすらと夜空へ吹き出していた。
胸元のペンダントが、かつてないほど激しく熱を帯び、警鐘を鳴らすように強く光り輝く。
「……第7坑道で、何かが起きているわ!」
一葉は二人の顔を見つめ、強く頷いた。
「二人とも、準備を前倒しするわよ! アルトリスの大地と、人々の暮らしを守るために!」
「「はい!!」」
Dランクとして挑む、未知の大地での新たな試練。
森羅家の三姉弟は、深い闇の底で蠢く大地の異変に向け、力強くその一歩を踏み出した。
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