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彼女を奪われても何も言わなかった俺、イケメンがクラスで自慢した結果なぜか1軍女子に距離を置かれて孤立した  作者: 白金豪


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第57話 キス

 玄関のドアが静かに閉まる。


 その音を背中で聞きながら、俺は靴を脱いだ。


「お邪魔します」


「どうぞ」


 前川さんもローファーを揃え、ゆっくりと家へ上がる。


 不思議だった。


 学校では会話すらしなかったのに。不思議と会話を交わせた。


 それに。


 今は緊張している。


 むしろ今までで1番、前川さんを意識しているかもしれない。


 だけど。


 以前みたいな気まずさはなかった。


 沈黙が苦しくない。


 無理に話題を探そうとも思わない。


 隣にいるだけで落ち着く。


 そんな空気だった。


 お互いの気持ちを知ったからだろうか。


 それとも。


 さっき、ちゃんと本音を伝え合えたからだろうか。


 俺たちはリビングへ向かった。


 そして自然とソファへ腰を下ろす。


 いつもの場所だった。


 何度も並んで座ったことがある。


 なのに今日は違う。


 隣にいる前川さんの存在を妙に強く感じる。


 肩が近い。


 少し手を伸ばせば触れられそうな距離。


 それだけで心臓が落ち着かなかった。


「……」


「……」


 沈黙が流れる。


 けれど嫌な沈黙ではない。


 そんな時だった。


 前川さんがふと周囲を見回した。


「そういえば」


「ん?」


「誰もいないね」


「う、うん」


 俺もつられて部屋を見渡す。


 お母さんはいない。


 後藤さんもいない。


 テレビも消えている。


 キッチンにも人影はない。


 聞こえるのは壁掛け時計の秒針だけ。


 静かなリビングだった。


「本当に誰もいない」


 前川さんが確認するように呟く。


「いないね」


 目が合う。


 そして。


 どちらからともなく笑ってしまった。


「なんで笑うの?」


「分からない」


 前川さんが照れたように肩をすくめる。


「なんか自然に」


「俺も」


 理由なんてなかった。


 ただ。


 嬉しかったのかもしれない。


 前みたいな壁がなくなったことが。


 こうして隣にいられることが。


 今までとは少し違う関係になれたことが。


 友達とも違う。


 先輩と後輩とも違う。


 だけど心地いい。


 そんな距離だった。


「真春君」


 前川さんが俺を呼ぶ。


「ん?」


「こっち向いて」


 言われるまま顔を向ける。


 前川さんは少しだけ照れたように笑っていた。


 頬が赤い。


 きっと俺も同じ顔をしている。


「なんか」


 前川さんが小さく言った。


「今の方が緊張するね」


「それは分かる」


「だよね」


 ふふっと前川さんが笑う。


 また目が合う。


 今度はどちらも逸らさなかった。


 静かなリビング。


 穏やかな空気。


 ドキドキしているのに苦しくない。


 むしろ嬉しい。


 そんな時間だった。


 前川さんは少しだけ肩の力を抜く。


「でも」


「ん?」


「前みたいな気まずい感じじゃないね」


「うん」


 俺も頷いた。


「もう大丈夫だと思う」


「私もそう思う」


 前川さんが柔らかく微笑む。


 その笑顔を見た瞬間。


 胸の奥が少し熱くなった。


 前川さんも同じ気持ちだったのかもしれない。


 彼女は少しだけ身を寄せる。


 俺も自然と距離を縮めた。


 近くなる。


 お互いの鼓動が聞こえてきそうなくらいに。


 それでも不思議と怖くなかった。


「緊張してる?」


 前川さんが小さく聞く。


「かなり」


「私も」


 その言葉に思わず笑ってしまう。


 前川さんも笑った。


 だけど今度は誰も目を逸らさない。


 静かな時間が流れる。


 俺は改めて前川さんを見る。


 綺麗だと思った。


 今までだってそう思ったことはある。


 だけど今日は違う。


 好きな人として見ている。


 そう意識した瞬間、余計に緊張してしまう。


「真春君」


「ん?」


「そんなに見られると恥ずかしい」


「見てない」


「見てた」


「……」


「ふふっ」


 前川さんが楽しそうに笑う。


 俺は思わず視線を逸らした。


 すると。


「こら」


 前川さんが少しだけ不満そうな声を出す。


「なんだよ」


「今は逸らしちゃダメ」


「……」


「私、頑張ってるんだから」


 その言葉に胸が跳ねた。


 前川さんも緊張している。


 前川さんも恥ずかしい。


 それでもこうして向き合ってくれている。


 そう思った瞬間。


 逃げたくなくなった。


「前川さん」


「うん」


 目が合う。


 近い。


 本当に近い。


 あと少し手を伸ばせば触れられる距離。


 心臓がうるさい。


 自分でも分かるくらいに。


 前川さんも少しだけ頬を赤くしていた。


 だけど。


 笑っていた。


 安心したような。


 嬉しそうな。


 そんな笑顔だった。


「今度は」


 前川さんが小さく呟く。


「途中で止まらない?」


「たぶん」


「たぶん?」


「緊張してるから」


「私も」


 また笑ってしまう。


 本当に格好悪い。


 だけど。


 たぶん前川さんも同じだった。


 だから安心できた。


 そして。


 どちらからともなく距離を縮める。


 ゆっくりと。


 本当にゆっくりと。


 前川さんが目を閉じた。


 俺の胸が大きく跳ねる。


 逃げるな。


 今度こそ。


 俺も目を閉じた。


 静かなリビング。


 聞こえるのは時計の音だけ。


 そして――。


 そっと唇が触れた。


 届かなかった数センチを埋めた。


 一瞬だった。


 本当に一瞬。


 だけど。


 驚くほど長く感じた。


 離れる。


「……」


「……」


 お互い何も言えない。


 気まずいわけじゃない。


 ただ。


 恥ずかしすぎて言葉が出なかった。


 前川さんは顔を真っ赤にしながら満足げな表情を浮かべる。


「あは♡ やっちゃったね♡♡」

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