エピローグ
馬車の荷台で揺られながら景色を眺める。
シノは俺に寄りかかるようにしていた。
少しは眠れるかと思ったが、目は冴えていた。
フラウはシノと簡単に言葉を交わした後、「眠りますね」と言って毛布に身体を包み、こちらに背を向けて横になった。
馬の蹄と車輪の音だけが規則正しく響く。
「……終わったね」
シノがぽつりとつぶやく。
「ああ」
俺は小さく頷いた。
レーヴは捕らえられ、地下牢にいた女性たちも救い出された。
蜘蛛の魔物も、騎士たちが討伐を確認している。
一件落着――そう言っても差し支えないだろう。
「ねえ、リオス」
「どうした」
「何か忘れてない?」
シノはじっとこちらを見つめている。ここ数日の出来事を頭の中で思い返す。
不測の事態はあったものの、なんとかやり遂げたはずだ。
もう一度シノを見つめる。
しかし、その瞳に宿る感情から答えを推し量ることはできなかった。
見当もつかない俺を見て、シノは諦めたように口を開く。
「一度も言ってくれないなって思って」
何のことなのか分からず、思わず聞き返してしまう。
「何をだ?」
シノは視線を合わせたり逸らしたりしながら、小さな声で言う。
「……好きって言われてない。あの夜も、さっき抱きしめてくれた時も……」
その言葉で、一瞬にして記憶がよみがえった。確かに、その通りだ。
いつだって、シノは迷いなく想いを伝えてくれていた。
一方で俺は――大切な言葉を口にしていなかったのか。
「こっちから言うの、けっこう恥ずかしいのに」
ぐうの音も出ない。
「だから、聞きたい。リオスの口から」
「い、今か?」
「うん」
即答だった。観念するしかない。
別に言いたくないわけじゃない。
ただ、改めて口にするとなると、どうしようもなく照れくさいだけだ。
俺は背を向けて寝息を立てるフラウを横目で見る。
(……本当に寝てる……よな?)
聞かれでもしたら、また何か言われそうだ。そんな一抹の不安が頭をよぎる。
だが、隣にいるシノの視線は少しも揺るがない。
逃げ道はなかった。ゆっくりと息を吐く。
今日まで歩んできた日々が脳裏をよぎる。
初めて出会った日。幼少期を共に過ごしたこと。
あの夜、初めて触れた日のこと。
そのすべてが、一つの言葉へと変わっていく。
「シノ……お前のことが好きだ」
俺はまっすぐシノの瞳を見つめ、はっきりと告げた。
「だから、もう離したりしない」
もう追い付こうと必死になる必要なんてない。
これからは隣で、一緒に歩いていけばいい。
そんな想いを、そのまま言葉に乗せた。言い終えた瞬間、顔が熱くなる。
こんなにも恥ずかしいものだとは思わなかった。
シノは何も言わない。
しばらくして、目を潤ませながら口元を押さえ、小さく笑った。
「……わたしも、ずっとリオスと一緒にいたい」
一筋、涙が頬を伝う。
「ずっと前から、リオスのことが好き」
そう言って、ゆっくりと目を閉じた。
これは――そういうことなのだろう。
鈍くて恋愛に不慣れな俺でも、その想いだけは痛いほど伝わってくる。
俺はそっと肩へ手を添え、優しく引き寄せた。
互いの距離が少しずつ縮まっていく。
頬に触れる息が重なり、胸の鼓動だけがやけに大きく響いた。
そして、俺は静かに唇を重ねた。ほんの一瞬の口づけだった。
それなのに、永遠にも思えるほど長く感じられた。
唇が離れると、二人して照れ隠しのように笑う。
そっと肩から手を下ろすと、自然と指先が絡み合った。
もう、言葉は必要なかった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
心だけは駆け出している、駆け出しのラノベ書きです。
現在、新作『その原石を見つめて~追放された人材登用官の英雄発掘譚~』を鋭意執筆中です。
https://ncode.syosetu.com/n7539mp/




