佐藤はおっさんに厳しい
この町はパックという町で、辺境伯家の領地だ。辺境伯家の領地は広大なので、我が男爵家がこの町を任されて管理している。父と母がこの町の収穫量や税収を計算して辺境伯へ提出したり、地域の安全確認をしたりしている。町は家から南に歩いてに二十分くらいだ。町は大きくはないが、一応生活のすべてが揃う。
パックのメイン通りと思われる通りに屋台がある。冒険者や労働者に手軽な軽食を提供している。今日はここで選ぼう。どれにしようかな?
「サンドウィッチに腸詰と豆、チーズに謎の野菜、大量のピクルス類⋯⋯⋯⋯」
あれ?おかしいな。異世界屋台はみんなの憧れだよね?全然惹かれない。大体中世ヨーロッパ風の世界の田舎に美味いもんなんかそう無い。食べられるだけで幸せなのだ。
でもポイントのために挑戦する!
「こんにちは。一つ下さい」
「あいよ!」
これはバゲット風のパンに腸詰とキャベツの酢漬けを挟んだ物だ。これなら間違いない。
「いただきま~す。ん?うぅうぅぅ」
腸詰の中身が豚の脂肪と内臓だと?うさぎ獣人にこれは辛い。これははずれだ。もうこうなったら他も買おう。
「おじさん一つ下さい!」
「ありがとよ~」
次は丸くて硬いパンに油漬けされた魚と野菜のみじん切りだ。これはどうだろうか
「うむ。これはアリだな。魚なんて久しぶり、いや転生振りに食べた」
うさぎ獣人なので魚が生臭く思えるがアリ。これはあり。アンチョビっぽい。
この流れで次!
「すみません、ひとつ下さい」
「お、小さいお客さんだね!」
今度はクレープというかガレットだろうか。そこにチーズと卵を乗せて丸めてある。
「おおおこれ美味い。卵最高!鶏を飼育したいな。そしたら毎日食べられる」
本日の食探検は終了だ。ギルドに戻って無料の水を飲んで講義へ向かおう。
「緑の扉だよな。入ってみよう」
中には大きめのダイニングテーブルみたいなのがある。ここで講義を受けるのかな。でももうすぐ鐘がなるのに誰もいない。しばらくすると鐘が鳴った。
「⋯⋯」
体感で五分くらい経っているけど誰も来ない。本当にやめてくれ私は小心者なんだ。頭の中は「ここで合ってるよね?違う部屋かも?そもそも今日だった?先生お休みとか?」とグルグル思考が回っている。
「⋯⋯⋯⋯」
体感十分位経つが誰も来ない。さすがに焦る。下のカウンターへ尋ねに行くべきか?
――ドン――
「あ~本当だ!毒薬学びたい変態がいる~~!!怪しい~!」
「は⋯⋯⋯⋯?」
いきなり扉が開いた。そこには変わった人がいた。
何だこのおっさん。ローマ人みたいな白布巻いた眼鏡の中年。ローマ式はキッチンだけにしてくれ。
「うさぎちゃんだ!僕の毒薬学の実験動物になりに来たの??いいよ歓迎する!」
「正当防衛ってこの世界にはありますか?」
「⋯⋯難しい言葉を知ってるんだね。興ざめだよ。モルモットは無知だからいいんだ。君はダメだね。ダメうさぎだ」
「⋯⋯おっさん質問いいですか?おじさん達は何で臭いんですか?どこから匂いを発してるんですか?そういう器官を体内に持ってるんですか?中年から機能し始めるんですか?おっさんだけ第三次成長期wwとかあるんですか?」
「うさぎは鼻が良すぎるんだ。だから大人男性のフェロモンの匂いをキツく感じてしまうんだろうな。君も大人になればその香りを心地よく感じるだろう」
「へぇーフェロモンって肥溜めの匂いなんですね。勉強になりました。まぁたしかに肥料を撒いた畑の匂いを『田舎の香水の匂い』とか言いますよねー。今度からおじさんのフェロモンの匂いと言い換えます」
「ほ、ほう。随分と口が回るな。うん。君に栄誉を与えよう」
「あ、すみません、トイレ行って来ます。さようなら」
「ちょっと待って、おかしくない?トイレ行くだけでしょ?さよならって言う?荷物をどうして持って行くのかなぁ?」
「チィ」
参ったな。うざい変なおっさんと二人きりだ。
「君は毒薬に大変興味があるんだろ?僕の毒薬講座に参加してくれる人がやっと来たって先ほどギルドから連絡が来たんだよ~!君は小さいね。これから毒草漬けの生活を送れば毒草博士になれるし、僕の後を継げる。がんばろうな!」
「⋯⋯⋯⋯」
どうしょう。すべての講座を受講しようと思っていたけど、こんな変人講師ばかりなのだろうか。
「はりきって色々持ってきたよ!まずはこの周辺にもある毒草からだ!これを見てごらん」
「え?これ全部毒草ですか?その辺に咲いてますよね?」
毒草おっさんが見せてくれたのはその辺りの花壇に咲いている花だった。
「基本的に花壇に植えてあるような綺麗な花には毒があると思っていいよ。もちろん食べたりしなければ大丈夫。触ったりしても手を洗えば大体の植物は問題ないよ」
「へ~」
「次は食べられる植物に見た目が似ていて危険な植物だよ。これなんか山で採れる芋に似ているだろ?覚えた方がいい」
「本当だ!私も何度か採って食べていました。間違えなくてよかった⋯⋯」
もし間違えて食べていたら危険だった。最悪な場合、体の弱いノエルなんて空に上がってしまう。天使クラリスが苦しんだりしていたら万死に値した。
「葉の形と葉の裏側の色が違うんだよ。ね、毒草学って為になって楽しいでしょ?」
「確かに⋯⋯でもどうして先生は変な布巻いてるんですか?」
「あぁこれ?着替えが見当たらないから、物置きの埃除けの布を体に巻いたんだ。これいいよ。涼しいし、すごく楽。弟子である君も着よう」
「え――」
先生は変人だったけど、確かに為になる講義だった。私は来週もこの講義を受ける事にした。
「じゃあまたね~僕はトーマス・ル・ギルダスだよ。君の分の布持ってくるからね~!」
変人おっさんは貴族だった。結構失礼な事を言ったが大丈夫だっただろうか。機嫌が良さそうだったし、まぁいいよな。
そして私は帰宅して長い一日が終わった。