23
カイト様はアイリーンを見て一瞬微笑みそっと彼女から手を離した。
そしてゆっくりと私の元へと歩いてきて静かに私を抱きかかえてアイリーンの元へと連れて行った。
私は体が重くて指一本動かすのも辛かったがカイト様に抱えられたままゆっくりと顔だけをアイリーンに向ける。
彼女は微笑んで私の顔を両手で包んだ。
ひんやりと冷たい温度のないアイリーンの両手に彼女はやはり生きてはいないのだと思った。
「アイリ。体が重くて辛いでしょ?大丈夫私が全部もらうから」
「もらう?」
私の声は小さく掠れていたがアイリーンには届いたようだ。
「えぇ、全部もらうわ。黒い霧のようなものを体に取り込んだからそうなってしまったの。私の体に閉じ込めてそれかで封印すればもう黒い霧が人々苦しめることはないわ」
そんな事をしたら、せっかく二人が出会えたのにまた離れ離れになってしまうではないかと思うが、声が出ない。
そんな私の心情を察したのかアイリーンが微笑んだ。
「大丈夫よ。私は、あなただから。・・・もう苦しまないで」
そう言ってアイリーンは私を抱きしめた。
冷たいアイリーンの体は硬く弾力がない。
彼女の体は生きた人間ではないのだと認識させられる。
冷たいアイリーンの体に頭を抱きしめられ、しばらくすると、体が軽くなった。
「体が軽い・・・」
呟いた私の言葉に、カイト様の心配そうな紫色の瞳に私は頷いて見せた。
「もう大丈夫みたいです」
だから降ろしてほしいとアピールするが、彼は信じられないようで私を注意深く観察したあと、確かめるようにアイリーン様に視線を移した。
「もうアイリは大丈夫よ」
「そうか」
アイリーンの言葉にやっと安心したのかカイト様は長い息を吐いた。
「お願いね」
そう言ってアイリーンが微笑んだ。
何をお願いされたのか私にはわからなかったがカイト様は判っているようで、頷いて後ろから抱きしめるようにして私の両手を掴んだ。
そのままアイリーンのお腹に手を乗せる。
私の両手に重なるようにカイト様の手が重なり不思議な力がカイト様の手のひらを通じてアイリーンに流れていくのが解る。
彼の体温を背中に感じながら私は首を振った。
きっとこれはまたアイリーンをクリスタルに閉じ込める行為だと直感でわかった。
せっかく会えた二人なのだからお邪魔虫な私が閉じ込められればみんな平和に暮らせるはずだ。
抵抗する私の手を押さえるようにカイト様が力が強くなった。
私の体を通して、カイト様と私の力が合わさりアイリーンに流れていく。
「なんで・・・・」
呟く私の声が聞こえないはずはないが、カイト様は何も言わず私を通じて力を送ってくる。
彼の暖かい不思議な感覚が私の体を通してアイリーンに流れていく。
アイリーンの足元がクリスタルに包まれていき微笑みながら彼女の体はクリスタルに包まれていく。
『大丈夫よ、今度こそ私達は幸せになれるから』
頭の中にアイリーンの声が響き、はっとして彼女を見るとすでに全身クリスタルに包まれていた。
動かない彼女を包んでいるクリスタルに両手をついて私は呟いた。
「なんで・・・・私が変わりにクリスタルに包まれればよかったのに」
「なんでそんな事を・・言うんだ」
カイト様は絶望したような顔をして私を抱きしめた。
抱きしめるなら目の前のアイリーンのほうだろうに。
「だって、私じゃないもの。せっかく会えたのに・・・アイリーンと・・・。ずっと一緒にいたかったんじゃないんですか?それなのに私みたいな顔がそっくりな人が生き残って・・・」
私の言葉遮るように力強く抱きしめられた。
「アイリーンも君も同じだよ。それなのにどうしてそんな事を言うんだ。アイリーンは死んだ。
今生きているのは君だ。アイリ」
「カイト様が愛しているのはアイリーンでしょう。彼女がいれば貴方達は幸せになれるのに」
私の言葉にカイト様は不可解だとばかりに密着していた体を離して私の顔を覗き込んでくる。
紫色の綺麗な瞳が私を見下ろす。
「アイリはアイリーンの生まれ変わり。同じ魂を持っている。そして僕は生まれ変わりでもない
ただの生きた屍だ。300年前から時間が止まっている。そんな僕こそ今を生きる価値はないと思っているんだけど」
「そんなこと・・・」
「僕はね、何度生まれ変わっても、君を見つけるし、たとえ違う顔をしていたって君を見つけて愛すよ。たとえ記憶がなくても誓える。ねぇ、アイリは?」
そう聞かれて私は頷いてしまっていた。
だって、記憶がなくても、私はカイト様に心惹かれた。
こういうことなんだろう。
頷いた私を見て、カイト様はうれしそうに笑った。
「きっとアイリも同じだと思っていたから。
アイリーンもアイリも同じ。違いなんて全くないんだ。だから、僕は君を愛するし、これからも君だけを愛する。また逢えて、そして生きててくれてよかった」
そういって、カイト様は愛おしむように私の顔を大きな手で包み込んだ。
懐かしい手のひらの感覚、懐かしい体温に私は思わず瞳を閉じた。
私はアイリーンとは別人だ。
それでも、じわじわと私の心にアイリーンの魂が入り込みこのまま私の一部になっていくのだろう。
そしてまた生まれ変わって彼を愛するのだろう。
唇に感じる彼の体温を感じながら、彼のことがずっと前から愛していると感じることができた。




