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脱獄者編2・バルタン停泊

 夜は毎晩訪れる。

 表と裏、陰と陽、はれとけ、朝と夜がある。

 そして夜は彼女の時間。

 涼蘭がいつまで使えるか分からないが、少しずつ人間を殺していけば、空き家が増えて、潜伏できる場所が増える。

 リムはそんな途方もないことを考えていた。だが今はそれが可能なほど、この大陸のこの地域は過疎状態に陥っていた。

 ニッカを数人殺すだけでもリムは充分幸せを味わえた。

『夜歩き』とは、夜歩きする不良を殺すという意味と、彼女自身が夜に人を殺すからついた仇名。

 けれど彼女の目的はただの殺人。殺すことができれば、それだけで幸せなのだ。



 ロイは頭を抱えていた。

 油断していたというより、気が回らなかった。

 犯罪者が三人脱獄し、そのうち一人が凶悪な殺人鬼。そちらに警戒していた。

 既に二人だけになり、出会うにも第三地域にまで行かなければ難しい魔女への警戒を解くのは当然とも言える。

 だが、それで魔女によって死人を出してしまった。

 時間は遅くまではできない。ミーシャの葬儀も昼に済ませ、通夜はない。

 それを不満に思う者が、そこにはいた。

 カナタやレオニーは諦められる、誰だって仕方ないと思うし、ロイが悪いといえる人間など、普通はロイ自身くらいなものだ。

 けれどエレノンは言う。

「私がやる。私が、魔女も、犯罪者も倒す」

 それに今度は反論できなかった。

 



 まずエレノンは街に蔓延るという殺人鬼を探そうとした。

 いつもの裏路地から、秘術の球を三つ出現させ、それに感覚、特に視覚をつなげようと試みる。

 だができない。どんな便利な想像をしても、思い込んでも、やはりできないものはできない。

 イメージはできるのだが、別の物質が見ているものを自分も見る、なんて途方もないこと、実現できるとは思えないのだ。カメラを使う感覚、とエレノンは考えるが、それができるほど秘術は甘くない。

 我武者羅に球を動かしているうちに、そんな彼女を心配する様子のワンダルがやってきた。

「あ、おーい……って、名前なんだっけ、君」

「……ワンダル。私の名前は教えてない」

「そうだっけ、なるほどねー」

 得心いったように、うんうん、と頷くワンダルに対して、エレノンはそれを無視して球の操作を続けた。

「それ君の秘術? 何してるの?」

「……教える必要はない」

「それもそうだね」

 言うと、ワンダルは暇そうに離れたところで地べたに座り、エレノンを見ていた。

 それで、エレノンは考える。

 ワンダルは結局何者なのか、である。

 エレノンはロイから直接的な許可は貰っていないが、渋々のモコからリムとミリィの顔写真を見せてもらっていた。

 リムは黒い髪をショートに――髪の長さは変わるが――緑色の瞳が特徴的な、中性的だがこれといった特徴のない女性。

 ミリィは橙の髪を持つ茶褐色の肌で、その罪状からは想像もできないほど精悍な勇ましい雰囲気の女だ。

 けれど、青い長髪で先がドリルみたいに纏まったワンダルはそのどれとも雰囲気すら違う。

 そしてエレノンは、脱獄者が三人いるということを知らなかった。

「……ところで、ワンダルって名字は?」

「えっ!? えー名字なんて聞いてどうするの?」

「……最近、物騒だから」

 明らかにワンダルの様子はおかしいが、普段の和やかな彼女を見ているエレノンはこれ以上は疑えない。

「君が教えてくれないんだから、私だって教えないよ。ただのワンダル」

「……エレノン・バルタルタ」

「それが君の名前なわけ?」

「……うん」

 秘術の操作をやめて、エレノンはワンダルを見つめていた。

「じゃあ、私はワンダル・テスラ。これでいい?」

「……じゃあ?」

 エレノンが言葉尻を取るが、それにワンダルは不思議そうな顔でオウム返し。

「じゃあ? じゃー」

 何かの奇声かと思ってそんな風にふざけるのを、エレノンは言及する気も起きない。

「……はぁ。どこか行ってくれない?」

「それは嫌かな。だってなんだか辛そうだよ、エレノンちゃん」

 馴れ馴れしい態度のワンダルだが、そんな他人の彼女が見ても分かるほどに自分は憔悴しているのかと、少しエレノンは恥じた。

「……お前がいるから辛い。消えて」

「辛辣だぁ。そんなこと言わず、お姉さんに悩みを言っちゃったら?」

 変わらず暖かい微笑みを向けてくるワンダルに怒りが込み上げたが、ふとそれがなくなった。

 なぜエレノンが彼女と話を続けているのかに気付いたのだ。

 彼女の雰囲気は、少し素のニーデルーネに似ていたから。

「……うち、来る?」

「突然だね? でも学校の寮は……」

「……実家」

「ほえ?」

 腑抜けた声を素で出しているワンダルにエレノンは呆気にとられつつ、詳細に語る。

「……街に私の実家がある。やましいことがあっても、そこなら平気」

「や、やましいことなんてないけど。でもまあ、そこなら迷惑も三割減かな?」

 見栄を張ってそんなことを言うワンダルに、ようやくエレノンは笑みを浮かべた。

「あっ、笑ったねエレノンちゃん。それじゃ、君の悩みも聞かせてもらおうかな?」

 顔を隠して恥ずかしがるエレノンに、ワンダルはじゃれつく。

 その雰囲気には、まるで邪悪なものは感じなかった。



 元々魔女は個人個人で生きる者、それがバニラとトウルの死によってキルとヴィーは共に過ごすようになっていた。

 だが新たな魔女の存在が、その体勢をよしとしなかった。

「色々と情けない限りだ、ヴィー。お前がいながらバニラさん達は死んで、ここもこんなに壊されて。何をしていた?」

 あからさまな煽りにキルの方がムカッとしているが、ヴィーがそれを諌めてハイパーに睨み返す。

「強い人間が出た、そして弱者が淘汰された。それだけのことじゃない?」

 ヴィーだって、自分が生まれた時から魔女として至上の実力を持っていた二人を乏しめるような発言は本意ではない。だがハイパーへの返答としては、これが正解だ。

「……調子に乗ってるな。色々と痛い目みなきゃ分からないか?」

「やれるものならやってみたらぁん? あなたが私に勝てたことがあるかしらん?」

 口喧嘩ではヴィーの方が圧倒的らしく、ハイパーが怒りにこめかみをヒクヒクと震わせている。

「ぶっ殺す」

「ふふ、見苦し」

 ハイパーの人間魔族問わぬ様々な右腕が五、六本生えたと同時に、轟音にキルも含めた三人が同じ方向を見た。

 四股を踏むように、ゴールが足音を思い切り鳴らしたのだ。

「二人とも、仲良くなさい?」

 それだけで、ヴィーとハイパーは何も言えなくなった。

「ころ……」

「ところで、まだその幼い魔女がどのような子なのか聞いていないわ。ヴィー、説明してくれない?」

 優雅に振る舞いながら、圧倒的な実力のゴールは、ヴィーとハイパーが束になってかかっても勝てる気がしない。尤も、争う必要もないが。

「キルはこの大陸に生まれた、まだ三百歳ちょっとの若い魔女よ。でも、力はすっごく強いから、私より高い序列にいるわけ」

「三百ちょっと!? それはまた随分……ヴィーとハイパーはいくつでしたっけ?」

「生憎、もう覚えてないわ。最近は人間の史料を見る機会なんてないしぃ」

 魔女や魔族など長命の生き物はいちいち誕生日を祝う真似をしない。バニラのような変わり者ならそれもあるが、基本的には人間の物資を奪い、史料など記述を見て自分の年齢を計算し、ようやく分かるのである。年を自慢するような魔族はまだまだ若い証拠だ。

 ちなみにノーベルは魔女化三十年、スノウが四十、ジーが百、キルが三百、ヴィーとハイパーが同じで千五百、トウルが三千、ゴールが七千三百、バニラが七千五百、となっている。

 更に閑話になるが、魔皇デビルが八千歳、コウハが五千二百、デビルと同じく八千生きた魔女や、一万年生きた存在もいる。

 それに比べると、三百といえど、所詮三百。

「本当に強いの?」

「私よりかは、強い」

 ヴィーが確信を持って言うとゴールは頷きかけるが、ハイパーの笑いが間に入った。

「三百歳のベイビーみたいなやつが、お前より強いだってぇ? 色々と無理があるんじゃないの、ヴィーおねえちゃあん?」

「ハイパー、私のみならずキルまで罵倒する気?」

「私ゃお前しか馬鹿にしてねえよ、ヴィー!」

 直後、地面が割れた。

 ゴールの地団太がそれを割ったのだ。

「後輩の魔女に、恥ずかしくないのかしら? 恥知らずの魔女はこの大陸にいらないから」

 再び、二人は無言になる。

「……ころぉ」

「それにしても不思議な魔女だわ。ソウジュを思い出す」

 魔女の七賢の一人の名をゴールが出すと、ヴィーがそれにしれっともう一言加える。

「この間までここにいたスノウという魔女は、もっとソウジュそっくりよん? 全然、全く喋らないんだから」

 緑の魔女・無言のソウジュは二つ名の通り一切何も喋らない魔女だった。現在六千歳ながら、ゴールやバニラと肩を並べた歴戦の魔女である。

「話を整理すると、トウルとジー、そしてバニラが殺された。そしてスノウとノーベルという魔女が大陸から出て行った、でしたわね?」

「はい」

「……単刀直入に聞きますが、バニラを殺したのは、誰?」

「分からないわ。強い人間の名前ならある程度は分かったんだけど……」

「ゴリアック!」

 キルが叫ぶ。キルが唯一覚えた、恐ろしく強い女の名前。

「なに、今の?」

「キルを滅茶苦茶に苦しめた人間の名前らしいわ。正直、バニラやトウルを殺した人間の本命ね。私は、エレノンとネロって奴らに手間取ったけど……、そいつらと戦っている途中にバニラ達がやられたのよね」

「ふぅん、ゴリアックね……」

 ゴールはしかとその名前を覚え、深く息を吐いてから歩き出した。

「どちらへ?」

「もう少し人間を殺してきます。あまり図に乗らせるのは本意じゃありませんので」

 自分が割った地面を金で埋めて、ゴールは去り際に一言。

「次、喧嘩したらゲンコツですからね?」

 キルだけはピンと来ないが、ヴィーとハイパーはそれだけでゾッと顔を青ざめさせた。

「……ちっ、色々不満は残るが、おいといてやる」

「同感ね。ゴールのゲンコツは何より怖い」

 ただならぬ仲の二人をここまでビビらせる、ゴールという存在はキルにとって不思議そのものだ。



 バルタンに連れて来られたワンダルは、嬉しそうに鼻をヒクつかせた。

「んー、いい匂い。料理屋さんなんだ」

「……私は寮にいるから、私の部屋を使って」

 部屋で母親にも事情を説明する。

 それにエレノンの母エルタン・バルタルタは不承不承ながら納得した。

「あんたはいつもいつも滅茶苦茶言うからね。本当にすみませんねワンダルさん? まあ汚いけど好きに使ってって」

「いやぁ、ありがとうございます。この御恩は絶対に忘れませんよ」

 なんだか明るいノリで握手を交わす二人を、エレノンは神妙な面持ちで見ていた。

「じゃあ、ほらエレノン。部屋に案内してやりな」

「……ん」

 食事スペースから奥の廊下、トイレから階段の位置を教え、和風なエレノンの部屋に導く。

 そして部屋の中を見せる前に、エレノンはワンダルを真正面から、真っすぐ見据えた。

「……もし、お母さんに何かあったら、ただじゃおかない」

 家まで導いて、けれどエレノンはそう伝えた。

 ワンダは不思議そうな顔をした後、エレノンに視線を合わせるために腰を低くして、初めて見せるような真面目な顔をした。

「……、エレノンちゃんって、想像以上のとんでもないお人好しなんだ」

「……うるさい」

「そんな心配するぐらいなら、ここまで連れて来なかったらいいじゃん」

「……だけど」

「あははは! 馬鹿なんだぁ、エレノンちゃん!」

「うるさい!」

「大丈夫大丈夫、あ、でも事故と病気だったら無理だよ? 私はお母さんに危害加えなくてもさ」

「……ううん、駄目、そういうのもワンダルの責任」

「そんな!?」

 めちゃくちゃな言葉にワンダルもこれ以上言葉を失うが、エレノンは微笑みかけた。

「……冗談」

「あはは、そうだよね」

 そしてエレノンはワンダルを置いて部屋を出て行こうとする。

「エレノンちゃんはどこ行くの?」

「……まだ、することがある」

「ふーん」

 ワンダルはそれを見送るが、一言だけ。

「まあ、お母さんに大事がないように頑張るよ」

「……ん」

 そんな気のない返事をして、エレノンは家を再び出た。

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