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第一部完結編6・戦国

『涼蘭』は、この日、イツキの貸し切り状態であった。

 普段は人が来るか来ないか、というほどで閑古鳥も鳴きたい放題のこのお店だが、イツキの知り合い達で経営が賄われていると言ってもいい。

 そうはいってもイツキの知り合いが多すぎるだけなのだが。

「今日はお集まりいただき、ありがとうございます」

 そう全員の前で、店主のリンランにも向かってイツキはマイクを持って言う。

 三十人にも及ぶ客の全員がイツキの知り合いで、その中にネロはいるが、リースもシズヤもエレノンもいなかった。

「わたくしイツキ、この度しばらく戦国の大陸に行くことになりました!」

 三十人もいるが、まばらな拍手だけが響く。しかも誰も何も言わない。

「拍手!」

 イツキがそう言い、自らの手で拍手を煽りまでするが、最終的に拍手するのはイツキだけになった。

「どういうことよ!?」

 と言うと、ここで一人シキ・クラシマがツッコミを入れた。

「休みができたから故郷に戻るだけ、拍手することではない」

「このイツキと離れるなんて、きっとみんな寂しい生活を送ることになるだろうから、集まってもらったって言うのに……」

「自画自賛ですね」

「帰っていい?」

「じゃ、ばいばーい」

 と各々の生徒が自由に乾杯をしたり扉を開けたり。

 そこで扉を開けて帰ろうとする者に全力でイツキは飛びついた。

「待って待って私が寂しいからいきなり帰るのだけはやめて!」

 と言って止める。まあここまではイツキのいつもの流れのようなものである。


 忙しなく、数々の生徒やリンランと言葉を交わしながら、しかも飲みながら、挙句にはキスして回りながら。

「……あまりキスすんな。本気で好きになるだろ」

「えっ」

「大嘘だ! 酔いが醒めたらとっとと離れろ!」

 そんなおふざけも混ぜながら、ついにネロのところに来た。

「……にしても、色々あったよね」

 ネロは特にイツキと縁が深い。

 時間があればイツキはクラスどころか学校中歩き回り、暇なときはゲームセンターなど街にも赴き、自分勝手自由に生きている。

 けれどクラスが同じで、いつも親しくしているのは学校で最初に知り合ったシズヤ達なのだ。

 特に、今回リース達と出会い、経験したこと、見聞きしたことはイツキにとっても、他の生徒よりも重く辛い出来事だった。

 いや、辛い出来事だけではない、楽しくて、可笑しくて、けれど一言では表わせられない、思春期の気持ちを形作るほど重要な経験。

 ネロとイツキはその中で、幾度となく同じ立場で、物事を見たりしたものだった。

「エレノン、ステラ先輩と一緒に行っちゃうつもりなんだってね」

「ええ。だから今回イツキさんについて行かせてもらうんです」

 戦国の大陸は、今の神聖大陸のように群雄割拠の大陸、血で血を洗う覇者が何人もいて、それぞれが軍を持ち常に争い続けている。

 魔女の大陸と同盟を結んでいるサド国は女性優位の国で、魔女との戦いにも通じており、シュールの存在を知っている唯一の外部勢力である。

 それだけ親交は深く、戦力として互いに依存しあい、そして戦国大陸特有の『カタナ』と『ユミヤ』の戦いは、秘術のように特異で強力。

「私も強くなるんです。エレノンに恥じないくらい」

「エレノは気にしないと思うけどねー。それに、私は戦うつもりないから一人で行動することになっちゃうかもよ?」

「それはイツキさんも一緒に……」

「いやよ! 折角だから和服着て遊び回るんだから。そんなに戦いたいんならシズヤ達と一緒に行けばいいんじゃない?」

「実家、じゃないんですか? 確かシズヤさんの実家って……」

「一大陸丸ごと。そこに闘技場があるっていうし、実力試しにはうってつけでしょ?」

 イツキの提案もごもっともであるが、ネロは口ごもる。

「いや、あの二人に混じるのは流石に……」

 ラブラブなのを邪魔してはいけない。それくらい誰でも思うし、気まずくて一緒にいられない。

 そんな風に話していると、ある生徒がイツキの肩を叩いた。

 黒い髪をツインテールにし、桃色の丈が短いスカートにも水色のセンスがないシャツにも大きな星が一点だけあしらわれている。

 この少女ピカリにセンスがないのは確かかもしれないが、これは私用なのであえて緩い恰好をしているだけである。秘術で戦う時はきちんと煌びやかなアイドル衣装に身を包まなければならないのだ。

「なにピカリ? 私に話しかけるなんて珍しいじゃん」

 一年の三組最強ピカリ・レビテント、能力は自身を死神と思い込むことで強くなるニーデルーネに似て、自分をアイドルだと思い込むことにより力を発揮する。

 いつもイツキが話しかけても『うるさい』『黙れ』とそんな感じ、今回も歌を歌ってもらおうということで集まってもらっただけなのだ。

「チューする? んちゅー」

 ふざけてイツキが絡んでも、彼女はいつも通り冷たい。

「馬鹿やってないで。戦国の大陸に、行くんだよね?」

 今まで何度も言っていることなので、イツキはふんふんと頷く。

「コルネロも連れて行くんだよね?」

「それがどうかしたの?」

「私も連れてって!」

 突如、ピカリはイツキの両手を取って懇願するような目を向けた。

 自助努力と他人への嫉妬ばかりのピカリが他人へお願いするということは極端に珍しく、少なくともイツキはそれを初めて見た。

「なんで戦国の大陸に? ピカリの秘術に関係なくない?」

 ユミヤとカタナ、それは恐らくイツキの銃にもネロの鎌にも良い影響をもたらすだろう。だがピカリはいかに平静で歌って踊れるか、というのが重要なのだ。精神統一でもしていた方がまだマシ。

「理由は言わないけど、お願い」

「理由は言ってよ、お願いする立場でしょ?」

 と、イツキは冗談めかして言った。ネロを連れて行くのだ、ピカリを連れて行かない理由はイツキにはない。

 だがピカリはそれを冗談と受け取らず、苦渋の表情で語り始める。

「……私には、憧れのアイドルがいるの」

 ピカリの顔は俯いているからイツキが真剣に聞いてくれていると思っているが、イツキは絶句し茫然として驚いているだけである。

「ネットアイドルで『サキ』って言うんだけど歌も踊りも凄くて、真面目で、皆に笑顔をくれる……」

 ますますイツキの口があんぐりと開いた。

「その人が戦国の大陸に縁のある人なの。イツキも結構オタクだから、分かるでしょ? 聖地巡礼ってやつ、私も彼女と同じ物を見て、食べたり知ったりして、影響を受けたいっていうか、インスピレーションを……って、聞いてる?」

「あ、あうん、うんうん」

「連れてってくれるの?」

「あう」

「ありがとうイツキ! じゃあ、また明日ね!」

 笑顔で明るいテンションのまま、ピカリは求められてステージの上へ上がって行った。

「どうしたんですかイツキさん? なんだか心ここにあらず、って感じでしたけど」

「え、いやいや、別になんてことないのよ!? 普通普通、普通の私、私のたわし」

「全然普通じゃないですし、酔いも完全に醒めているみたいですけど」

「うっさいわね! そんなにキスしてほしいなら誰かとキスする度に私のことを思い出すくらいに体に刻み込むわよ!」

「こわっ!」

 ネロが戦々恐々する中、イツキは足早に店の外に出た。

 忘れ物か? なんて軽口に煽られるが、気にせず暗い店の外、イツキは一人壁に背を当て、夜空を見上げた。

 家にある恥ずかしいドレスやコスプレ衣装を着て、ウィッグをつけて、ネットに歌と踊りを配信する。

 ネットアイドル『サイバーエンジェルサキ』とはまさしく、知られざるイツキのもう一つの姿である。

 完全に単なる趣味、親の実家が戦国の大陸であるため、その服装によってそう判断されているらしい。

 それにしても、掲示板などでイツキは自身の評価をに見ていたが、あんな熱烈なファンを間近で見たのは初めてである。

 しかも、本人を前にして、サキには絶対に聞こえないところであそこまで言ったのだ。その想いがいかに強いかを知れる。

 ファンとして、友達として、イツキは嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 しかし、今後のピカリとの付き合い方に悩むことは間違いない。

 そして。

(どうなるかなぁ、戦国の大陸)

 これからの日々に、嬉しい不安が付きまとうことになる。

ということで二部の走りをまとめた一部完結編が終わりました。

更新はいつも通り不定期になりますが、今までよりかは遅くなります。ちなみに

元神聖大陸で、イェルーンとシンクレアの空賊団編

エレノンとゴリアックと教師陣の続・魔女の大陸、からステラの討伐団編

シズヤとリースのクロスフィールド

ネロ・イツキ・ピカリの戦国大陸

バニラとゴールの魔女の過去

などが今後の予定となっており、それらが終わった後に完結の第三部をする予定となっております。

広げた風呂敷を端からゆっくり巻いていくような感じですが、お付き合い頂けたならば幸いです。

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