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第一部完結編5・魔女

 デビル・スクラム・リーンエッジの死後、父の仇ジョーカーを倒したアリスは今も第二地域で貿易業を営んでいる。

 学校も休校となり第二地域の娯楽の流行は最高潮、何か面白いものはないか、流行っているものは何かと社長自ら市井(しせい)を歩き回っているところだ。

「って、サボってるだけでしょう、兄上」

「るっせぇ。俺だってたまには息抜きしてーんだよ」

 楽しそうに遊ぶ少女の姿を見るだけで、アリスは自分が生きて、してきたことが正しかったのだと思える。

 けれど履き違えてはいけない。

 自分がこの大陸にヴァルハラという悪意を持ち込んだせいで苦しんだ人もたくさんいるのだ。今はその罪滅ぼし、それでアリスが救われ、人々も救われるのなら一石二鳥。

 そんな風に余所見をしながらだったから、改めて真正面を見た時にアリスは足を止めた。

 どうしてこんなに強大な存在が、しかも二人もいるのに、こんなに接近するまで気付けなかったのか。

 コントンは即座に羽を広げ戦闘態勢に入ったが、アリスは何もしない。既に命すら諦めた。

「……一体、何の用ですかい?」

 目の前にいる一人は、トロール程の背丈を持つが体はそれよりも絞られ筋肉質、体中からは刀の先や鎌の刃のような武器が飛び出ている、鋭い牙が邪悪な笑顔から覗ける、一目で魔族と分かる存在。

 その隣で無愛想な表情を浮かべ、青い長髪を後ろに一つでまとめている、薄いジャケットとホットパンツを着こなす涼しげな女性。

 アリスは二人とも知っている。アリスでなくとも、魔族であるならば知っているだろう。

 やがて大男、三大魔皇が一人セルゲイ・ジョネスは大きな声で笑った。

「他人行儀じゃないかアリス坊! そんなビビんなって、なあ!?」

 と隣の女に声をかけると、彼女は腕を組み頷きながら答える。

「三大魔皇の一人とこれだけ接近したのだ、誰だって怯え慄くだろう。尤も、自分もそういう意味では変わらないが」

 女性はリースのような強気と態度、そして今やその性質も似通っていると知っている。

 前に出たコントンが、アリスの代わりに問う。

「……里帰りですか? 青の魔女・『英雄のコウハ』殿」

 コウハと呼ばれた女性は一瞬目を丸くしたが、それを隠すように目を閉じて答えた。

「英雄だなんてよしてくれ。自分は研鑽のコウハだ。……バニラさんとトウルが負け、落命したことには驚き、今も悲しんでいる。だが今回の目的は君達だ」

 改めてコントンは敵意を剥き出しにするが、それをアリスは腕で制した。

「しがない商人に何の用で? オヤジの後継ぎは、生憎あっしでもコントンでもないと思いますが?」

 実子の言うことではないと思うが、既に相続争いに無断欠席した彼らは確かにそうなのだ。

 そもそも三大魔皇の中でもデビルは最過激派、子供など関係ない実力主義社会、その中ではコントンもアリスも劣っている。血縁関係などで跡を継げるほど柔ではないのだ。

 そして、それはセルゲイも知っている。

「いやなに、儲かりまっか?」

 セルゲイが聞いて、アリスは反射で答える。

「ぼちぼちでんな」

 それでアリスは赤面するが、セルゲイは呵々大笑。

「デビルのガキって聞いたが、商売のセンスはなかなからしいじゃねえか! 俺の噂も聞いてんだろ!?」

 三大魔皇の方針は、次のようにある。

 デビルが正道魔族、古の人魔戦争の時と同じく人と魔は相容れないものとし、互いに殺し合い続けるというもの。

 もう一人のシントが完全融和。魔族は長寿で強力である分、ある程度は人間から敬わなければならないが、しかるべき処置を互いに取ることで完全なる平和を目指す。

 そしてこのセルゲイは、どちらにもつかず、大した思想もなく、金を集めている。

 しかもその手段が、セルゲイ自らの商売によってだ。

「それで、あっしの会社を買収しようとでも?」

「それもいいが、ちょいと商売相手にわけがあってな、単刀直入に言うと俺に力を貸してほしいんだ」

 セルゲイが言って、アリスは目を見開いた。

 三大魔皇が力を求めるなど、不思議を通り越している。

「あっしにメリットは?」

「自分に利害があるか、なんてすぐ分かんだろ? 商売人なんだからよぉ」

 単純にセルゲイの部下になる、という話ならアリスにも分かる。

 なんだかんだでデビルとの血縁があるというのは問題で、後々にデビルの跡を継ごうとする他の魔族に命を狙われる可能性は充分ある。

 息子というだけで、アリスを傀儡にして正当性を訴える魔族もいるだろう。

 そうなる前にとっととデビルと袂を分かち、セルゲイの下でしがなく働いているとアピールすれば保護される。

 それに商売人としてはセルゲイの下の方が都合もいい。

 だが、商売人は必ずメリットで動くという原則は、アリスではなくセルゲイにも当てはまる。

「セルゲイ様は、何の目的であっしを?」

「言ったろ? 次の商売相手がちょこーっと厄介でね」

「いえ、もっとはっきり言っていただきたくて」

 しかしセルゲイが黙った。何か語ることに不都合があるかもしれない。

 そんなセルゲイを、コウハが睨んだ。

「頼み事をするのなら、きちんと説明するべきだろう」

「お前、誰の味方だよ?」

「自分は特定の誰かにはつかない。……魔女以外には」

 コウハはセルゲイと必死の距離にいながらそう言い切った。この場合、どうもアリス達に肩入れしている風に見える。

 セルゲイは面倒そうに溜息を吐いて、その重い口を開いた。

「人間だ、フィナッカという男、お前も知っているだろう?」

 セルゲイの口から出た男に直接の面識はなくとも、アリスはその男を知っていた。

「そりゃ商人ですからね。フィナッカ・クロスフィールド、というか知らない奴の方が少ないでしょ」

 アリスには雑誌やテレビに映る髭の生えた気の優しそうな男よりも、豊満な胸と邪悪な笑みを浮かべる女子の方が頭に浮かんでいるが。

「お前も多少は顔が利くだろ。そこまで期待はしてねえが、こっちも猫の手も借りたくてな。特にこの大陸で商売してきた魔族ってだけで価値はある。どうだ、悪い話じゃないだろ?」

 メリットの説明もしてないくせに、セルゲイはしてやったり顔で笑う。

 だがアリスにとってこれは死活問題。

「あー……ですがそんな、あっしがこの大陸の人間に敵対するような行動をとるわけには」

「まあそう言うなって。そもそも向こうはそんなに気にしねえって! あの冷酷な商人は情けじゃ動かねえから、単純にお前の知識が欲しいんだ! 報復とか絶対ねえから!」

「いえ、そういう問題では……」

 今度はコウハが口籠るアリスを睨む。

「はっきり言わないか、何を躊躇っている?」

「娘さん、大層強くてですね、はっきり言ってしまえば、秘密ですよ? 脅されているんです」

 それには二人とも目を丸くした後、セルゲイは笑い、コウハは慌てた。

「人間に脅されてるって!? それも年端もいかない女に! お前魔族の矜持はどうした!?」

「嘘を言っているようには見えないが……しかし俄かには信じがたい」

 二人は魔族の中でも最高の戦士、そしてこの大陸の人間の強さを知らない。

「そうはいっても、トウルもバニラもこの大陸の人間が倒したんですよ?」

 それに、コウハは目を見開き驚きを示した。

「……少なくともトウルは、君の父親が倒したんじゃないのか?」

 遠くから、旧知の友人である二人を魔力で感じ取っていたコウハにはそのように感じていた。些末なゴリアックやクルイの魔力などは分からず、デビルの死の直後トウルが死んだ、というのは相討ちの形だと感じていたのだ。

「その辺りの話は複雑で、話すと長くなるんですが……どうします?」

 と、ここでコウハは興奮してアリスに詰め寄ろうとするが、逆にセルゲイがそれを諌める。

「いや、結局誰がどうやったとかはどうでもいいんだよ。それより協力するかどうか……」

 言っている途中で、コウハが強い敵意でセルゲイを睨む。

「……なんだよ、その目?」

「意見が別れたな。私は誰がトウルを倒したのか、気になるんだ」

 コウハの体に強い魔力が灯っていく。

「お、おいおいおい! こんな街中で戦わないって言っただろ!?」

「アリスを襲わないという話だ。お前と戦わないとは言っていない」

 セルゲイが尚も諌めるが、コウハは全く冗談を言っている様子ではない。

 そして結局はセルゲイが折れて、近くの喫茶店で四人は話をすることになった。



 防衛拠点のなくなった魔女の森で、キルとヴィーは二人、崩れた大塔に家具を持ち寄って住んでいた。

 互いに天が見える壁だけの空間で、特に何をすることもなくいると、キルが呟く。

「ころ」

 そのキルの空の見上げ方と『ころ』の発音、そしてヴィー自身も察することがあって会話が始まる。

「コウハが来たみたいね。三大魔皇の一人も」

 強大な魔力がある者も、隠すことができる。だが戦意を強めたコウハともなれば、もはや隠すこともできない。

「ころころ?」

「コウハを知らないの? 私より強くてもキルの方が若いもんねぇ。じゃあ、退屈だし昔話でもしようかしらん?」

「ころころころろん」

 一体どうやって意図を理解しているのか不明だが、ヴィーはキルの言葉を肯定と受け取り、それを話し始めた。

「私が生まれる前までは、この大陸に人間がいなくて、たった七人の魔女だけが住んでたの。その人達は『七賢』なんて呼ばれて、すっごぉく強かったのよん? バニラとトウルが、そのうちの二人だったんだけど」

 キルが今まで気にもしなかった過去に少し興味を持ち始め、椅子にちょこんと座って膝の上に手を乗せた。

 あまりに珍しいキルの姿に、ヴィーも嬉しい笑顔で、自ら肉の椅子を作り出しそこに座った。

「まず、何から話そうかしら? 私も詳しくは知らないんだけど……」

 話している最中、ヴィーとキルは強大な力を感じ取りすぐにその場を空けた。

 そして空から飛んできて、二人の間に立ったのは二人の魔女。

 美しく見惚れる黄金の髪に、一切の穢れを感じさせない白いドレスを身に纏った魔女と、その背後、ヴィーを睨むように一人の魔女。

「ゴールと……誰、あなた?」

 ヴィーが言うと、ゴールと呼ばれた黄金の魔女ではなく、不気味な化け物と称するに等しいそれが喚いた。

「くっく、姉妹同然に生まれ育った私を他人扱いとは、色々酷いじゃないか?」

 だがヴィーが不躾に尋ねたのも無理はない。

 なぜならその魔女の髪はこの大陸を出た時と違い、黒、青、赤、など色とりどりになっており、右目は普通であるが、顔の右下には唇の端から更に上下に別れるように唇が複数あり、顔の左半分にはぎっしりと目玉が蠢いているからだ。

 腕も左肩から三本、人間の腕とそうでない腕が生えている。右手には指が何本あるか一つ一つ数えなければ数えきれない。

 まるでツギハギのように体を付け加えていった化け物を、ヴィーはその化け物の言葉で誰かを理解できた。

「……ハイパー、なの?」

「ああ、そうとも。紫の地位を手に入れた気分はどうだ? だが私はもうそんな下らない称号に興味はない。私は『混色の魔女・無限のハイパー』様だ!」

 それぞれの目、それぞれの指、それぞれの腕が意志を持って動く、それにヴィーは眉間に皺を寄せて睨む。

「……醜い、なんて醜いの……」

 醜い物を見ると狂ってしまうほどのヴィーであるが、今は寸でのところでこらえられた。それは妹のように慣れ親しんだハイパーだからであり、目の前に伝説級の魔女がいるから。

「ころころ?」

「黄金の魔女・伝説のゴール。さっき言ってた七賢の一人よ。……にしても、噂をすれば影が差すなんて言ったものね。それで、本日はどういったご用件?」

 警戒を解かぬヴィーに、ゴールは人当たりの良い笑顔を浮かべて自らのスカートを掴んで首を垂れた。

「何があったか気になりませんこと? 私のライバルのバニラが殺されてしまったのですから」

 言いながらゴールは南の方へ顔を向ける。

「それに、コウハもここに来ているようですし、……面白そうでしょう?」

 先ほどと同じはずの人当たりの良い笑顔が、既にヴィーにもキルにも不気味に見える。

「……ころ?」

「ヴィー、この子、大丈夫ですの?」

「コウハのことをまだ知らないのよ、それより、出ていくなら早く……」

 ゴールが殺気を発した瞬間、ヴィーは言葉を止めた。

「先ほどからあまり態度がなっていないようですが、誰に口を利いているかお分かり?」

 殺気だけではない、ゴールの体から強大な魔力が漏れ出している。その気迫には初対面のキルでさえ恐怖と警戒をさせた。

「……生憎だけど」

 それでもヴィーは毅然と立ち向かう。

「私も今は紫の魔女。昔の青紫なんて中途半端な存在じゃないの。そこの混色なんて自分て作っちゃうのとも違ってね。……ああ、あなたも伝説は自称だったっけ?」

 明らかな挑発はゴールではなくハイパーまでも怒り心頭させた!

 だが。

「ふふ、そんなことで私があなたと戦うと思って?」

 強き魔女にとって、それ以前の問題。

 ハイパーが牙を剥かんとする直前、ゴールは余裕の笑みで笑った。

「ヴィーったら、相変わらずおバカさんねぇ、私があなたの言うことに取り合うと思って?」

 それはまさしく大人の余裕だった。

 ヴィーが生まれた以前から、遥か以前から生きてきた魔女のゴールにとって、ヴィーの戯言など子供の戯言。

「にしても七賢の話をしていたのですか。……そうですわ、バニラとトウルが死んでしまったことですし、思い出を後世に伝えましょうか?」

 ゴールにまるで相手にされないことにヴィーは歯痒く思うが。

「ころ! ころ!」

 話しを聞くことにノリノリのキルは、悲しいことに自分よりも強い。黙って座るしかなかった。

「……ヴィー、私を馬鹿にしたこと、色々と後悔させてやるからな……」

 ハイパーとの禍根を残しながら、四人の魔女が再びこの大陸に残る。

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