第一部完結編4・勇士
魔女の大陸第四地域、彼を見る人はその腕前ではなく物珍しさによってである。
「手足のように自由に動かしてござーい、そして……ほら、鎖の上を球が滑っています」
なるほどその大道芸、腕前は見事だが見ていても華がない。
「ほら、三つ、四つ……」
言っているうちに観客が一人、また一人と減って、最後には黒い髪の女一人になった。
それでもきちんと考えた芸は全て終わらせた。そして球と鎖を持参の紙袋の中にしまって、彼は見続けた少女に一言尋ねた。
「……お嬢さん、これつまんないか?」
「ま、大道芸としては相当酷いわね」
しがない大道芸人こと、元エリオット教神聖大隊長が一人『螺旋』のドリツェンは深い溜息と共にムゲンチェーンをしまい込んだ。
「華がある大道芸ってどんなんか教えてくれないか? ちょっと転向してみるよ」
「なんで?」
「なんでって、面白くないんだろ?」
ドリツェンは不思議そうに少女に言うが、少女ステラは決心を決めた顔で言う。
「あなたの鎖、大道芸よりも使うべき場所があると思うけど、ドリツェンさん」
ドリツェンの顔付きが変わる。
「まさか。みんなが笑顔になれる素敵な仕事だぜ?」
「いや、あれじゃ笑顔になれないけど……」
気の利いた言葉の一つや二つを考えたステラが、つい本音で言ってしまう。その態度を見れば正直な反応というのはあからさまで、素直にドリツェンは傷ついた。
「でもな! 俺はこう、魔族だって傷つけるのは嫌なんだよ。挙句人とまで戦うなんてうんざりだ。昔は違ったんだけどなー、エリオットさんも死んじまったし、戦う意味もねえよ」
言いながら紙袋に荷物をしまい終わり、それを背負って去る前に。
「てか、なんで嬢ちゃんみたいなのが俺みたいな戦力を求めてんだよ? 強いんだろ?」
ステラは尚も強気な表情で言う。
「イェルーン・アダムスって知ってますか?」
「知らね」
「魔女をも従える最悪の女です。私の同級生でした」
「……んな化け物みたいなやつ、俺よりも強いやつがいるだろ」
言葉では素っ気ない、だがドリツェンは一瞬その瞳を戦士であった時の物に戻した。警戒と敵意をイェルーンに持ったのだ。
何より続く言葉はドリツェンの目を見張らせた。
「そのイェルーンの率いる部下に、神聖大隊長『神速』のキナがいます」
「馬鹿な!? なんでそうなるんだよ!?」
「経緯は知りませんが、そうなっているんです」
ステラに強くそう言われ、ドリツェンはしばらく呆然としたが、やがて笑みを浮かべた。
「それで対抗策に俺を連れて行こうってか? 俺も舐められたもんだぜ」
「舐めていません。舐めていたらこんなところに来ませんよ」
「ギラはどうだった? あいつも確か生き残って……」
言うべきかどうか悩んだが、ドリツェンの疑問にステラは限りなく真実に近い答えを出した。
「魔女の森の警備任務に当たっていましたが……魔女との戦いが何度も頻発したので、恐らくそれで……」
「……死んだってのか?」
「死体は見つかっていませんが、本人も行方不明です。義理堅く正義感の強いと聞いていますので、恐らくは……」
「……想像を絶することばかりだな、ここは」
もはやドリツェンは顔を青くした。
彼は神聖大隊長の中でも若手でキナと同じほどの年、ジークやギラよりも一回りも若いし、実力も劣る戦士なのだ。
「……俺で良かったらやってやるよ」
それでも、彼の正義というものは、そういうものだった。
彼の先輩方になると、ギラは例外だがもっと浅薄な面がある。所詮は傭兵、生きるために略奪もするし非道に手を貸すこともある。
だがドリツェンはギラやエリオットの正しき姿に憧れ努力を続けた。その彼の正義感が、ステラと共に往くべしと伝えているのだ。
「ありがとうございます。では、私は他にメンバーを集めますので、第二地域に来てくれますか?」
「おう。頼むぜ嬢ちゃん」
「ステラです。ステラ・ニンカー。あ、あと時間なんですが……結構待っていただくことになるかと」
「結構?」
「あと十ヶ月ほど」
「なんで?」
「出産するので」
最後にドリツェンは絶句した。
嬉しそうに手を振るステラを呆然と見送り、ドリツェンは一人呟く。
「……想像を絶することばかりだな」
ステラは別に強い正義感も特別な倫理観もない、それでも彼女がイェルーンを倒すと決めたのは、偏にフィーリングである。
初めてクラス最強決定戦で戦った時に、命と命、どちらが尽きるかというほど切迫した戦いの中で、イェルーンを必ず殺さなければならないという強い感覚を覚えたからだ。
そしてそれはイェルーンも同じ、いわば互いが互いを強くライバル視している。
だがイェルーンと戦うには、彼女のように仲間を集めなければならない。
そのためにステラは学校を歩き回っていた。
イェルーンを倒すために、彼女の一味を捕えるために人生を棒に振っても構わないような、そんな人達を。
そして程なく彼女は見つけた。
「ブシン先輩、話、いいですか?」
グラウンド地下の修練場にて、休んでいるブシンはその目をステラに向けた。
「なに?」
「イェルーンを倒しに行くメンバーを集めています。その時に、ブシン先輩にも力を貸していただきたくて」
しばらくブシンは躊躇うように無言だったが、やがて思いがけぬことを言った。
「秘術は使わないけど、いい?」
「……はい?」
「私の秘術は強い。けれどそのために私の体術は人に見せられるほどのものじゃない」
「そうなんですか?」
「ええ、思い知らされたから」
ステラにしてみれば怒り狂っていないブシン自体珍しいが、連れていけるとなればそれで充分。
「きっといざとなれば秘術を使うでしょう。足手まといにならないなら、それで大丈夫です」
「言ってくれるわね、先輩に向かって」
「先輩後輩は関係ありません。ただ、お誘いするのはだいぶ後になります」
「なんで?」
「出産が控えていますので」
「ええっ!? マジ!?」
クールなブシンから汚い言葉が出て部員も驚愕の表情であるが、当のブシンはステラのスキャンダルに夢中である。
「……お相手は?」
「それは秘密です。では」
これで二人。
既に就職を決めた先輩などには力を借りられないが、まだ何の噂も聞いていない人ならば、誘うくらいは許されるだろう。
故に屋上で、ステラはゴリアックに言った。
「イェルーンを倒すための仲間を集めています。ゴリアックさん、どうですか?」
腕を組み、目を閉じ瞑想するようなゴリアックは、短く言葉を紡いだ。
「私はここに残る。ここで魔女を倒すことにする」
そして、ステラの目を見て言う。
「お前に任せるぞ。イェルーンとそれに仕える魔女を倒せ」
その言葉はあまりに大きく重い、最強の言葉はステラには背負いきれないほどに重すぎる。
「私だけじゃない、私と、その仲間も」
「そうだな。頼んだぞ」
恐れ、怯え足が竦む。それでもステラは歩く。
魔女とも戦うことになる、そのことを自覚しながら、彼女は決めたのだ。
自分を含めてまだ三人、助けが必要という時に、逆にステラに話しかける者がいた。
「やっほ、ステラ。お忙しいみたいね」
「ロゼッタ……何の用?」
ロゼッタの知名度はそれなりのものである。大した実力もないのにエリオット教の本部まで乗り込んでいったという武勇は、反省文としてアーサーから原稿用紙三枚で依頼されたはずなのに、原稿用紙三百枚に及ぶ『ロゼッタ冒険譚』(ロゼッタ著)によって周知の事実となっている。傲岸不遜な態度は反省という形であっても変わらないのだ。
つまり、ロゼッタは二年の中であまり歓迎されない立場にあった。
けれどロゼッタはそんなことも気にせずにこにこしている。
「聞いたわよ、イェルーンを倒すための仲間を探しているんだって?」
「ごめんだけど、役立たずは連れて行かないわよ?」
「うっわきつい言葉。私だって行きたいなんて言ってないでしょ」
ムッとしたようなロゼッタが言って、猶更ステラは溜息を吐いた。
「じゃあ、何の用?」
「ふふ、私だってイェルーンには痛い目に遭わされているんだから」
勿体ぶって、ロゼッタはステラの周りをまわりながら各方面からステラを見る。
それにステラはまたイラッと来る。
「私、暇じゃないんだけど」
「体育館の裏、頼れる仲間を呼んでおります。連れて行くかどうかはあんたの判断に任せるけど、私ができる精一杯の手伝いよ?」
「……ふーん」
疑うようにロゼッタを見て、ステラは彼女を無視して歩き出した。
「クールねぇ。あとでロゼッタ様に感謝しても許してあげないんだから」
「私ね、あんたのこと好きじゃないの。弱いくせに強くなる努力も大してしない」
「その分、できることは精一杯する献身的な良い子だよぉ?」
煽るような言葉遣いに、今度こそステラはロゼッタを無視して去った。
一応体育館の裏に着いて、ステラは辺りを見回す。
だが、誰もいない。
(あの子、人望ない?)
考えてみれば至極当然のことである。
脳内で親指を立てて自信気なロゼッタが思い浮かぶと泣きそうになるほど同情する……と考えていると、突如影がステラに降りた。
「とーうっ!」
空から落ちる一人の影。
ステラの目前に落ちた一人の少女を、ステラは知っている。
「ヤリサイ先輩……」
「うむ、後輩に頼られて参上オブ参上だよ!」
三年のヤリサイ・ライノスタは槍部の副部長、ロゼッタと同じ部の先輩だ。
赤い髪と褐色の肌、情熱的な性格、しかし今は体のあちこちに包帯が巻かれて、ところどころに赤いやけどの傷跡が生々しく残っている。
その実力は背後に回ったニーデルーネの首狩りの一撃をいなしたほどであるが、結局のところは彼女に負けている。
三年の中では、特に近接戦闘において無類の強さを発揮する彼女は、部長のツィルテンからも一目置かれる存在、更に気さくで明るい性格は後輩からの人気も高い。
「イェルーンとか魔女を倒しに行くんだってね? 僕の力で良かったら使ってよ」
真っ赤な瞳をきらりんとウィンクで閉じる。今までのメンバーと比べて非常に明るく元気な雰囲気だ。
「そう仰っていただけるなら、遠慮はしませんが……」
そこで言葉を切ればいいが、飲み込もうとした言葉をステラはあえてヤリサイに告げる。
「いいんですか? 先輩にも就職とかあると思うんですが」
イェルーン退治はいわば慈善事業、ブシンも三年だが彼女は浅はかではない因縁があると聞きステラは誘った。
だがヤリサイには何もない。
「いやいや、ロゼッタがあんまり言うもんだからね」
ヤリサイはそれだけ言って笑った。
「……あの子もやるわね」
ステラも少しだけロゼッタを見直したが、ロゼッタのサプライズはこれに留まらない。
後ろからステラの裾を引く手があった。
振り向けば、黒いローブを纏った背の低い少女が一人、真っ黒な双眸がステラを見つめる。
「……ステラ・ニンカー、イェルーンを倒す?」
その特異な姿のみならず、謎の集団『エレノン会』を束ねあげ、更に魔女を討伐したという天才一年生。
それがステラの持つ、エレノン・バルタルタの印象である。
「あ、えと、うん」
「……話はロゼッタから聞いた。私も連れて行ってもらう」
エレノンにとってロゼッタの印象はステラ達二年生と違う。
ロゼッタは自分の目標のために無謀な行為をして、何より親友のリースを助けてくれた恩人。
その人に一所懸命に頭を下げられたのだ、エレノンが応えないわけがない。
エレノンの望みに、ステラは無言で首を縦に振った。魔女と相見え二度生きて帰った存在。しかも今日は学校にいなかったエレノンにまで声をかけるロゼッタには、ステラは本当に感服した。
「あなたが来てくれるなら私も心強いわ。ロゼッタも粋なことをしてくれるものね」
エレノンはフードを目深にかぶり、それに溜息と言葉を返した。
「……私は、あんなのされたら迷惑」
お願いされるのはエレノンとて嬉しいが、エレノンはもしも自分がステラの立場なら、と考えると、それは嫌なのだ。
「迷惑? そこまで彼女のことを悪く思わなくなったわ。それじゃ、出発は十か月くらい先になるけど、時が来たら呼ぶから」
「……なんでそんな?」
エレノンとしてはヴィー、キルと戦いリースとシズヤを助け出した分の秘術の球を回復できるから遅くなることは損ではない。だが理由を知りたい。
「オメデタなの」
「どひぇ!?」
「……お、おめでとうございます」
ヤリサイとエレノンがそれぞれ驚きを示すが、ステラは大人の余裕か、エレノンの頭を撫でて言う。
「ありがと」
緊張しながら歩くエレノンは、去り際に振り返り、笑顔のステラに尋ねる。
「……その、そういう体験って、どういう感じ? ……気持ちいい、と……か……」
尋ねたのに、ステラが答える間を与えずエレノンは走り去った。恥ずかしさが限界突破したのである。
「はぁ、大丈夫か?」
「それでどうなんですかステラさん、彼女さんは?」
「……彼女は死んでいるけど」
その一瞬、ヤリサイが言葉を失うほどにステラの表情は作り物のマネキンのような不気味な笑顔だった。
「ご、ごめん! それじゃ僕もまた呼んで、オブまた呼んでね!」
素早く走り去るヤリサイをステラは見送った。彼女自身は自分が上手に笑顔を作れていたかどうかが不安だったのだ。
「やあ、ステラ」
三人目の訪問者に、またもステラは驚いた。
「どうしたんですか、ニッカ先生?」
「や、私もロゼッタに呼ばれたんだが」
言いながらニッカは頬を掻きながら、気まずそうな顔で口をもごもごと動かしている。
「……ロゼッタ」
「あいつな、かなりの人数に声をかけているからな。注意すべきかどうか悩むくらいだ」
「ああ、そうなんですか」
それなりに手間だろうに、とステラは少しだけ頬を緩める。
「あまり生徒を危険な目に遭わせたくないんだけどね。あ、私は当然手伝うよ。何なら三人くらい」
「一人で大丈夫です。いざという時に増えてくれればいいですから」
「分かってるよ」
ニッカはかんらかんらと笑いながらそこを去って行った。
ドリツェン、ブシン、ヤリサイ、エレノン、ニッカ、そしてステラ自身。
一人残されたステラは思う。
まだ足りない。魔女と戦うために有用な戦力は、恐らくエレノンしかいない。
魔女に最悪の犯罪者達、質で勝るのが難しいなら、数も揃えて置きたい。
この休校の間、ステラ達はこの大陸で更に仲間を集めるのだ。




