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ヴァルハラ編4・三人の最強

 サドシマ家に泊まったリース、誰よりも早く彼女は目を覚ます。

 だが、今度は一人でトレーニングをしない。

「イツキ、おはよう!」

 布団を剥がし、体を揺さぶり、眠たげなイツキを強引に起こす。

 イツキがリースの家に泊まった時は放置したのに、それから比べると確かな友情をリースも感じているのかもしれない。

「な、なに? 何時? 今、何時?」

 イツキにとっては、災害のようなものだが。

「朝の五時前だな。私としたことが少し寝坊してしまったようだ。だが、まあいい。一緒に特訓しないか?」

 無論、眠すぎてイツキは話半分である。

「五時!? 早い早い、まだ寝るぅ」

 布団を奪い返しイツキはごろんと横になるが、リースに力では敵わない。

「そんなことを言うな。私は主とトレーニングがしたいのだ。イツキ、一緒にしよう」

「無理ぃ~、眠いよ~」

 言いながら既にイツキは半分ほど夢の中である。

 結局根負けしたリースは、伝えたのだから問題ないとして、一人特訓を始める。

 服装は借りた寝巻きのまま、ご飯は作りたいがぐっとこらえて、リースは外へ駆け出した。

 ムツキが壁に張り付いていたが、そういう寝方をする人として判断して放置した。



 リースが帰ってきた時には既に三人ともしっかり目を覚まし、朝食をとっていた。

「もう食べていたのか。私の分はあるか?」

「ええ、もちろん。これがリースちゃんの分」

 とサツキに渡されたのは普通のご飯であった。

 いろいろとおかずもついているが、オニギリ以外の飯というのはリースの日常にとって貴重な食べ物である。

「ありがたく頂戴いたします」

 珍しく敬語だった。

 

 一番の問題は服である。

「リースはどんな服が着たいのかしらん?」

 ちょっとかませて言うイツキに、リースはいつも通り応える。

「どうでもいいな。適当に見繕ってくれ」

 この無関心さはいい加減どうにかした方がいいが、それを口で言っても仕方ない。

 なので、実際に害を成して、このままでは駄目だと体で教え込むのが一番なのだ。

 よってイツキは、サツキが稀に着るピンクのフリフリのドレスを渡した。

 小さな赤いリボンの装飾が多くついた、髪に飾るリボンとセットの、股下一メートルはあるだろうフリフリでどこの舞踏会に出るかもわからない、ドレスを。

 リースがこれほど驚愕し絶句したのはないくらいに、驚いていた。

「これを、着る、と?」

 お披露目・イン・サドシマ家である。

「あら、リースちゃん、似合ってるわぁ」

「あ、ああ……綺麗だ……」

「発情しているの? これだから兄貴は……」

 微笑ましい笑顔の前に、リースの晴れ姿が披露されている。

 リースは笑顔とも苦ともつかない微妙な表情を浮かべているが、かろうじて愛想笑いをしている。

「そろそろ冗談はよせ、他に動きやすい服は……」

「駄目、今日一日、それで過ごすこと」

 悪夢のような提案に、リースは思わず身震いした。

「あ、嫌ならリースちゃん、学校に行かず今日一日うちに泊まっていけば……」

 イツキの肘うちがムツキの水月に決まる。

「それ、今日一日じゃなくなるから。二日目になるでしょ?」

 当然のように言って、イツキはにっこり笑う。

「それじゃ、学校に行きましょうか」



 教室までの時点で、既にリースは十回以上声を掛けられた。

 何その格好!? わぁ可愛い。今日何かあるの? 大体そんな感じで。

 その度にリースは少し恥ずかしそうに顔を赤らめ。

 これはイツキが……。か、可愛い? いや今日は何も無い、などと適当な返事をしていく。

 が、教室に入るともう手がつけられなかった。

 イツキが予めさっさと教室の席に入りリースを一人にしてしまい、リースは一人でその苦難と立ち向かった。


「リースちゃんって……ずば抜けたファッションセンスの持ち主なんだね」

 シズヤが気まずそうな顔をして言う。

 何せはじめはセンスの欠片もない真っ黒で露出度高い上下、二日目に柔道着、今日に至ってピンクのフリフリドレスなのだ、意味が分からないとしかいいようがない。

「違うのだ、これはイツキが無理矢理……私とて、全裸で登校するほど非常識ではない」

 そして含み笑いするイツキを見て、シズヤも大体の事情を理解した。

 それで、結局愛想笑いしか出来ない。

 やがて先生が教室に入り、ホームルームが始まる。

 そしてエレノンがクラスに来ないことを、ネロが報告した。



 休み時間、イツキが早速ネロの方へ行き尋ねる。

「ねえ、エレノが風邪って本当かしら?」

 ネロは教室の前方を見て、先生がいないことを確認して言う。

「実は、誰かを真剣に探しているらしんですよ。なんか、昨日街を歩いてたら、なんかあったらしくて……」

「なんか? というよりエレノが街歩きなんて珍しい。学校にすら出たくないっていってたのに」

「はい、どうやらお気に入りの場所とか見つけたらしくて。でも、昨日は何か変な様子で、どうしたのかと思ったら、今日は学校に行かないって言い張って……」

「それは、きっと昨日何かあったわね。なんか今日は欠席が他のクラスでもちょいちょい出てるみたいだし、放課後ちょっと様子を見に行きましょう!」

 ばーん、とイツキが胸を張って言うと同時に、リースとシズヤを目ざとく見つけて言う。

「もちろん、あなたたちも一緒にね」

 先に反論をしたのはリースである。

「何故私まで! 私は今日、予定があるのだ」

「へぇ、どんな?」

「まだ見ぬゴリアックを探しにいくのだ! 一体どんな人物なのか、想像が膨らみすぎて、ついに人間ではなくなってしまいそうなのだ……」

 珍しく張り切るリースにとって、ゴリアックという謎の存在はもはや世界最強の生物のイメージすら付きまとう。何より名前が凄まじい。

「あの人はいつでも屋上に行けば会えるから、昼休みにでも会いに行きなさい。そしたら放課後付き合ってね」

 驚くリースを他所に、次にシズヤが反論を開始する。

「関わって欲しくない時って誰にでもあるからさ、無理に様子を見なくたっていいんじゃないかな? エレノンちゃんだって、話したい時に話すだろうし……」

「シズヤ、私はそういう正論が嫌いなの。それも手段だけど、私は強引に解決する方を選ぶ!」

 イツキの宣言に、シズヤはにっこり笑って。

「そう、じゃあ私は穏便に解決する方を選ぶね?」

 その場を後にした。

 残された二人。

「あの、イツキさん、私、別に良いと思うんです」

「な、なんで?」

「学校来ないっていうのは悪いことですし、一刻も早く解決するべきですけど、エレノンは何の理由もなく悪いことをする人じゃないんです。きっと理由があるんです。だから、だからエレノンが頼ってくれるまで、待とうと思うんです」

 不安そうに言うが、ネロの瞳にはちゃんと確信の色がある。

 強い信用、信頼がある。

 それを見て、流石にイツキもこれ以上は無粋だと思い、諦める他ない。

「そう、分かった。じゃあリース、あなたも今日は……」

 と言った時、既にリースはいない。

 クラス中探して見ても、いない。

 時既に遅し、リースは次の授業をサボってまで、ゴリアックに会いに行ったのだ。



 四階建ての対魔女第二学校!

 屋上は常時解放されていて、昔は部活が行われていたが、現在は使用禁止!

 なぜなら、とある生徒がまるまる占拠しているから!

 第三学年最強の彼女は、もはや先生達にも手がつけられない悪童も同然だった!

 ゴリアック・エルム!

 リースが屋上への階段を空けると同時に、群青色の美しく長い髪を持つ彼女は、大きな声で叫ぶ。

「ついに来たかネイロー! 待ちわびたぞ!」

 振返ると同時に、長い髪がぶわぁっと広がり、その逞しくも美しい顔が(あらわ)になる。

「……誰だ貴様!?」

 ゴリアックが驚き叫ぶが、リースもその姿に驚く。

 下は学生服のような黒い長ズボン、これはボーイッシュで済むのだが、上半身には下着すらつけていない。

 逞しい腹筋と、常時腕組みによって胸を隠しているものの、およそ知識にある女性像とはかけ離れている。

 だがどんな豪胆で豪快な姿でも、強い意志を秘めた瞳、流れるような髪は絵になるほどには美しい。

「私はリース・ジョン。この度転校してきた一年だ。主がゴリアックか?」

「いかにも! 俺がゴリアック・エルム! ところで!」

 両足でとび、ゴリアックは一瞬でリースの眼前に立った。

「何故俺が腕を組んでいるか、わかるか!?」

「胸が見えるからか?」

「いかにも!」

 それだけ言うと再びゴリアックは跳ねて、危険防止の柵の上に着地した。

「それでだ、リース・ジョン君。ネイロー・クイン、シズヤ・クロスフィールドという生徒を知っているか?」

「ネイローは名前だけなら。シズヤは……知り合いだ」

「そうか、二人を見たら屋上に来るよう言って欲しい。いやな、学年でランキングをするくせ、全校ではそれをしないのだ。だから俺は、この学校で最強であることを確認したい。で、二人をずっと呼び出し待っているのだが、全然来ん」

 はぁー、と大きく深い溜息を吐き終わると、再びゴリアックは毅然と立つ。

「待っているぞ!」

 ……、とリースは無言のままである。

 想像していた猛き化け物と比べると、随分華麗な女性であるのが興ざめなのだ。

 とはいえ、常識の範疇から全部はみ出ていることを考えれば十分変。

 何より、最強という言葉に強く惹かれた。

「その頼み、私に勝ったならば聞こう!」

 自分の予想との違いに少し悲しくはなったが、紛れもない最強であるという事にやはり気分は高揚する。

 右手を伸ばす構えを取ると、ゴリアックはふっと笑った。

「一年のお嬢様のようなお前が俺に挑もうとは、その気概だけは認めてやろう。しかしな、二年早い!」

 腕を組んだまま、ゴリアックはゆっくりと歩き出した。

「ハンデだ。俺は腕を組んだまま戦おう」

「恥ずかしいだけではないのか?」

「皆まで言うな!」

 その声と同時にゴリアックは今までよりも一番高く跳ねた。

 空を飛ぶシズヤには手も足も出なかったが、ただの跳躍というのならリースに勝機がある。

 なぜなら奥儀が使えるから。

 最初から全力、リースに手加減はない。

 一方のゴリアックは予めハンデをつけている、余裕を見せているため、あまりにも油断しすぎている。

「蹴脚術『皆身蹴(みなみけ)』!」

 ゴリアックから放たれたのは、高速で打ち出される蹴り。重力も相まって圧倒的な破壊力を持つ、それに加え脚からなる連撃は、敵を狙うものではなく脚から届く範囲全てに与える攻撃。

 だが、リースはその技を知っている。

「『格闘華和(かどかわ)』最終奥儀……『晴日(はるひ)』」

 地より上がり立つリースも空中のゴリアックに向かって跳ね、そこから放たれる拳はまるで分裂したかのように無数に炸裂し、その奥儀を見たものは感動のあまり溜息をつくとか、あまりの見事さに驚愕するといわれる。

 炎を纏わぬ単なる武術であるが、足の踏ん張りなくして力を振るう『炎舞炎膚』の使い手であるリースにとって、空中戦は得意科目、その起点となる基礎的かつコンボの一撃目にあたるこの技は、もはや最大最強の究極奥儀と言って差し支えない、最高の攻撃であった。

 技の巧みさでは間違いなくリースが勝っていた。

 拳の一つ一つと脚の一つ一つ、ぶつかりあい、攻撃の数でもリースが勝っていた。

 それでも。

 ゴリアックのたった一撃がリースの首元に当たり、体勢を崩したリースに更なる蹴脚が襲う。

 本来ならゴリアックの一撃がリースに当たるわけがなかったのだ。

 同じ実力を持った者同士なら、この技の掛け合いではどう考えてもリースの圧勝、挙句ゴリアックの姿勢では技も本調子ではない。

 それでも、ゴリアックが押し勝ったのだ。

 倒れこむリースの目前にゴリアックが降り立った。

「見事な技だった! 拳も軽くはない、攻撃を受けて骨も折れていないようだな。よく鍛錬されている。だが!」

 ゴリアックは右手だけで強引にリースを起こして言う。

「秘術を使っていないな? それで俺に勝てると思ったのか? だとしたら、舐められたものだ」

 強烈な痛みを感じながら、リースはかろうじて言う。

「秘術は……まだ、教わっていない。私には、ないのだ」

「そうか、転校生と言っていたな」

 言うと、ゴリアックはリースに触れたまま、何かを出現させる。

「これが俺の秘術だ。小さな指輪であるが、これをつければ強い体を持てる。超硬度と超再生能力というものらしい」

 蹴撃を受けた胸の異常な熱さはすぐに取れ、むしろ心地よいほどリースは回復した。

 致命的とまでは言わないが、呼吸にまで痛みを伴うほどの怪我をたった一瞬で。

「これは……これが、主の秘術か」

「ああ、次は秘術同士で戦おう」

 リースの体から手を話すと、すぐにゴリアックは腕を組み、胸を隠し、再び立った。

「では! 約束どおりネイローとシズヤの二人に話をしておいてくれ!」

 そう言って豪快に笑い、ゴリアックはリースが去るまで笑い続けた。

 敗北を味わいながらリースは感じ取る。

 ゴリアックの攻撃力は、恐らく指輪の硬度によるものもある。

 だがあの姿勢から皆身蹴を繰り出し晴日による一撃一撃全てをいなし、かつ急所を狙う攻撃は、一朝一夕の特訓で覚えられるものではない。

 秘法、実力、共に高くてこその最強。

 かくありなん、リースは胸に抱き、天を仰ぎ進んだ。


 そして授業中にも関わらずリースは、まずネイローの元へ向かうことにした。

 学生寮の中、二年が暮らす階層、とある一部屋。

 ネイロー・クインとステラ・ニンカーの相部屋。

 チャイムを押すと返事はないが、扉は開いた。

 堂々と入るのは普通躊躇われるが、リースは躊躇わない。

「ネイローはいるか!?」

「誰、もう……」

 のっそりと、柵のついた二段ベッドの下から声がした。

「ネイローか?」

 パジャマを着た、金髪碧眼の女性。

 目にはやる気も覇気もない。

「……ネイローだけど、なに?」

 ネイローは頭をがしがしと掻き、欠伸をしながら会話する。

 金色の髪は天然パーマと言えば聞こえがいいというレベルで、寝癖による滅茶苦茶跳ねっ毛、常に眠たげな目元には目くそがバリバリと張り付いている。

 見てて癒される、という人もいるだろうが、だらしないの一言に尽きる。

「ゴリアックが屋上で待っているぞ」

「そう、……そのうち行くって……言っといて」

 ふわあ、と大きな欠伸をもう一度すると、ネイローは布団に潜る。

「そのうちとは、いつだ?」

「いつか」

 リースとて、人の感じは何となく分かる。絶対に行かない人だと感じ取った。

「ネイロー、今行かずしていつ行くのだ!」

「今は授業中……でしょ? 眠いからヤダ」

 全く持って会話も理論も成立していない二人が、しばらく問答した後、結局ネイローが勝った。

 猪突猛進のリースが根負けするほどのやる気のなさ、それがネイローの変さである。

「仕方ない……シズヤに伝えるか」



 そうしてリースが教室に戻ってきた時、既にシズヤは教室で昼食を皆と取っていた。

「シズヤ、屋上へ行って欲しい」

 リースの開口一番の言葉は突然で意味不明だが、ゴリアックが屋上を占拠していることは既に知られているし、それに敵対視されているシズヤはその一言で全てを承知し、答える。

「私、何度も試合放棄して負けてるから、それでいいよって伝えておいて」

「なに、それでいいのか?」

「うん、いいよ」

 にっこりシズヤは笑って言う。

 が、イツキがこっそり耳打ちをしてその笑顔の秘密が暴かれる。

「シズヤはいつもああいうけど、ゴリアックはいつもそれで納得しないんだよ、ちゃんと戦えー、って」

「なるほど、それは困った」

 しかし、事実リースには何も出来ない。シズヤを無理矢理連れて行くことも、ネイローを説得することも。

「もうゴリアックさんのことなんか忘れてご飯食べちゃいましょうよ! 今日はエレノンもいませんし、午後はどうしましょうか」

 この日も予定はパトロールであるが、二人一組のことを言っているのであろう。

 エレノンがいなくて四人、どういう組み合わせになるか。

「昨日はシズヤとリースだったから、それはなしにして……」

「えー、別に私、毎日リースちゃんでもいいんだよ?」

 ね、とシズヤがリースに同意を求めるが、リースは目を閉じて切り捨てる。

「別に、私は誰でも構わんが」

「……あのね、そこは、別に毎日シズヤでも構わん、とか言うんだよ?」

 シズヤが呆れて言うが、それにリースが呆れる。

「いや、そう言われても……」

「じゃ、今日は私と行きましょう、リースさん!」

「ネロか……、ふむ、よかろう。主なら弱いし、私もたくさん戦うことになるだろう」

 沈黙が数瞬続いて、ネロが叫ぶ。

「誰か否定してくださいよ!」

 イツキが愛想笑いをするも、シズヤは目をそらし、リースは目を閉じてご飯を進めていた。

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