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ヴァルハラ編5・魔女の会議

 そして午後の授業、ネロとリースのコンビとなる。

「ネロ、私はなんだかんだ言って主と二人でいけて嬉しいぞ?」

「はいはい、私が弱いからですね」

「いや、私と主が友達だからだ」

 驚いたネロは瞳を爛々と輝かせるが、リースが存外素っ気ない対応なのでやはり沈んだ。

 リースは、ネロを友達と呼ぶことに抵抗はない。

 ネロはリースの保証人になることより、ネロ自身の安全を優先したが、それは人間として当然のことであり、むしろリースによく尽くしてくれているのだし、人当たりも良い。

 同様に、イツキもリースの人柄をよく信用し、保証人になるといったうえ、安全まで考えてくれたのだ。

 多少強引なこともあったが紛うことなく友達であろう。

 それに比べると、魔女と戦うことを頑なに言った時、シズヤは心配よりも嘲笑が先に出た。

 それを咎めるつもりもないが、仲良くしろといわれる筋合いも道理もなかろう。

 友達という言葉に微妙な重みを感じつつもリースは使うことを躊躇わない。リースだってネロが怪我したりいなくなると悲しいのだから、友達なのだ。

 先生の言う通り、ネロとリースの二人は森の中へ入った。

 この日は、トロールもゴブリンも何もおらず、ただ時間が過ぎたために実習は終わった。

「全ての班で眷属を発見できなかったのか……何か、おかしい」

 先生が深刻そうに言うが、時間が来た以上生徒を連れ出すわけにもいかない。

 その日は解散となる。



 七人の魔女は全員、第三地域にある巨大な塔に集っていた。

 リース達が集まっている対魔女第二学校が対する範囲、第二地域にいる魔女は紫の塔に住まう『塔の魔女』ノーベル。

 魔女らしい紫のマントを羽織る彼女だが、整い額が広く見える茶髪と眼鏡の姿は、彼女の心根を表す科学主義の雰囲気がある。

 その彼女が、会議の主導者であった。

「七人の魔女のうち、喋れない魔女が一人!」

 と言われると、白髪青眼の魔女が一人、無言で手を挙げた。

「…………」

 言われた通り、冷めた瞳で、何も言わない。

「会話が出来ない魔女が二人!」

 続いて、赤のドレスを着た赤い髪の、黄色いドレスを着た黄色い髪の魔女が一人ずつ、言葉を発する。

「ころろーん♪」

「くるるーん♪」

 返事、とも言えない、ただの奇声のような、赤ちゃんの舌足らずな言葉以上に意味を持たないぼやき。

 ノーベルは気にしない。

「最後に会話の意味がない魔女が一人!」

 言われて、褐色の肌と赤い髪を持つ、赤いビキニの魔女が応える。その破廉恥な恰好にそぐうほど彼女の容姿もグラマラスだが、底抜けに明るい笑顔に淫らさは微塵もない。どころかどこか爽やかな雰囲気すらある。

「それってやっぱり喧嘩売ってるだろ! やるか!? くぅ、燃えるぜ!」

 軽く溜息を吐いた後、ノーベルは眼鏡を整える。

「いつもの集合確認は完了ね……。会議が出来る魔女三人で、定例会議を始めましょう」

 円卓でちゃんと腰かけているのは五人であるが、『火山の魔女』バニラはどんな意見も最終的に燃えるか萌えるかに落ち着けてしまおうとするので意味がないし、『かまくらの魔女』スノウは何も言わないので意味がない。『双子の魔女』キルとジーはバタバタと走りながらくるるんころろん言っている。

 しかし、座っている魔女にもろくな人物がいない。

『湖の魔女』ヴィーはさっきから自分の肌とネイルにしか興味がなさそうな様子であり、この塔の持ち主たる『大塔の魔女』トウルも、普段は真面目なのだが、今は薄ぼんやりと眠たげな瞳で頬杖をついている。

 開口一番、ヴィーが言う。

「もう帰りたいんだけどぉ? 正直トウルが集まれって言ったから集まったけど、別に共闘とかそーゆーの興味ないしぃ。帰っていい?」

 いわばコギャル、まるで無気力に、しかし笑顔だけは絶やさず、ヴィーは顔だけをノーベルに向ける。

「駄目、まず会議、いいですか?」

 しかしトウルも背もたれに全体重をかけ、腕を組んで精一杯眠気を我慢して。

「だがなノーベル、一体何を話すんだ? そもそも、四人が会話にならないというのに、会議の必要があるか?」

 そもそも会議などという概念自体が魔女には殆どなかった。最も後輩のノーベルがそれを自分より高位な者に頼み込んで、わざわざこれをしたのだ。

 だから彼女は自信を持って言う。

「あります。ここ十年ほどの敵の様子がおかしいでしょ。先日もトウルさんから頂いたケルベロスがやられたというのに、人間の死体は一切見当たらなかった」

 ケルベロスは眷属の中でもトップクラスのモンスター、簡単に言うとライオンのような獰猛な野獣で普通の鉄砲では鉄のような毛で防ぐ、女の一人や二人は簡単に殺すことができる。

 そのことには思うところがあったのが、他六人全員が聞き耳を立てる。

「ああ、あるある、熱いよな、燃えるよな!」

 これにはガン無視である。会話にならないし、意味がないから。

「それぞれの女の子が持つ力以上に膨大な魔力、桁外れな強さがある。何か強くなる秘密があるんですよ」

 ノーベルが言うも、反応するのはよりによってこいつらか、という三人。

「あるある! 燃えるよな~」

「ころころー!」

「くるくるー!」

 だが、傍から見ればこの三人はふざけているが、三人はその実話を聞いて、誰にも理解されないながら彼女ら自身は理解しているのだ。

 最も油断ができないのは何も言わないスノウであるが、会話ができずとも、彼女らはノーベルより高位の魔女なのだ。

「それで私からの提案ですが、敵の秘密を探るべくぜひ敵の勢力に侵攻して、攻め込んで欲しいのです!」

 ノーベルがぐっと拳を握って強く言う。

「あんたが行けばぁ?」

 ヴィーの発言に、少しだけノーベルは笑って応える。

「いやいや、私マジでそんな力ないし。ちょっと勘弁して欲しいみたいな感じでお願いします」

 事実ノーベルは最弱の魔女である。現時点での力は、シズヤ以下、ゴリアック以下、ネイロー以下、もしかしたら今のリースと同じくらいかもしれない。

 人格破綻者の多い魔女の中で、最も真面目で知識を備えたノーベルであるが、それなのに魔女として致命的なほど弱かった彼女こそ失敗作なのかもしれない。

「というわけで、どうか、誰か、お願いします」

「……残念ながら、ノーベル、無理だ……」

 トウルが悔しそうに、苦しそうに述べる。

「私はこの塔を空けるわけにはいかない。しかし、ヴィーは乗り気ではないし、そうなるともう任せられる魔女がいない」

 たった三人しかいない希望が、あっという間に崩れた。

「私には任せられないってか!? それは馬鹿にしてるってことか!? それは燃えるな」

「ころころころ!」

「くるくるくるー」

「…………」

 無言のまま、スノウが立ち上がった。

「スノウ? どうかしたのか?」

 まさか、とノーベルは思った。

 青い眼を意味ありげに周りに動かし、ヴィーを、トウルを、そしてノーベルを見た後。

「…………!」

 ぐっと、親指を突き上げて、スノウはその場を去った。

「な、なんだこの展開……! 燃える、超燃えるじゃないか! ついでにスノウ萌えだな」

「ころ!」

「くる!」

 スノウが立ち上がった理由を考えると。

 魔女は七人いるが、キルとジーが二人一組で行動するため事実上六人、となる。

 そして五つの学校がいつ攻めて来るか分からないとなると、それぞれの領地に対し、魔女を一人は残しておきたい。 

 ならば人間の地域と最も離れた地点に居を構えるかまくらの魔女スノウが攻め込むのが定石であり、最良の手段でもある。

 それをスノウは察したのだろうか、何も言わない、誰とも喋らない彼女の心中は、誰にも予測できないが、ノーベルは勝手にそう判断した。

「にしても、スノウが動くとは……」

 ノーベルの言葉にヴィーとトウルも同意する。

「あの子ったら、何考えているか全然わかんないんだもーん」

「だが、魔女としての自覚も勇気もあった、ということだ。となると」

 大塔の魔女は立ち上がり、一層大きな声を上げる。

「皆も自分の領土を守るべきだ! 久しぶりに大きな戦になるかもしれない!」

「マジで!? 燃える! それは超燃えるぞ!! いやいいこと言うねトウルは!」

「くるくるくるくるくるくるくるくる……」

「ころころころころころころころころ……」

 狂ったように連呼する二人に、立ち上がるほど興奮するバニラ。

「久しぶりに、ねぇ。ざっと百年ぶりくらいじゃなーい?」

 魔女との大きな戦は事実ヴィーの言う通り百年ぶりである。だがイツキが言っていた十七人の精鋭を殺害したことは、ヴィーにとっては戦争ですらなかった。

「戦を仕掛けると言っても、我々は眷属を呼び領土を守るだけ。無力さが歯がゆいです」

「一番無力なあなたが言うと、感動も一入ねぇん、ノーベル」

「そう痛いところを突いてやるな、ヴィー。さて、では解散とするか。とっとと帰れ」

「酷い言い方だな! 喧嘩売ってるだろ! やるか!? 燃える!」

「くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる……」

「ころころころころころころころころころころころころころころころころころ……」

 騒がしかった場所も徐々に静かになり、徐々に魔女はそれぞれの持ち場へと戻って行った。



 授業後、鎌部の適当な練習を終えた後、リースは一人でその倍以上の訓練をして寮の部屋に戻った。

 食糧を買ったりいろいろなこともしたが、基本的には真面目な訓練のみ、実に色気も娯楽もない女子高生をしていた。

 すると珍しいことに、ノックの音が聞こえた。

 チャイムがあるにも関わらずノックをするのだからそれはそれは珍しい。

 しかしリースはチャイムがあることを知らないのでそれを当然のこととして、何も気にせず出た。

「誰だ?」

「……私だ……」

 黒いローブ、黒い髪、そこに隠れる何よりも黒い瞳。

 学校を休んだエレノン・バルタルタその人である。

「ふむ、どうした?」

「……入れて」

「何故だ?」

「……混み入った話がしたい」

 軽く嘆息してリースは部屋に入れた。

 特徴的な部屋であり、エレノンも興味深そうにあちこちを見回したが、すぐにリースを見据えた。

「……リースは、悪い事をしている?」

 不躾な質問にも、リースは答える。

「自覚はないが、私は自分の行動を悪だと思ったことは、生まれて一度もない」

「……シズヤを殴った時も?」

「それは! ……あの時は思っていなかった。今は、反省している」

 思いっきり痛いところを突かれたリースは、眼を少し背けるが、それでも悪意を持って行った行動ではない。

「……リースは、良い人?」

 奇妙な質問ばかりだが、いや元を辿れば部屋に来たときから奇妙な行動ばかりだが、それでもリースはしっかりと答える。

「自分を良い人だなどと思ったことはないし、悪い人とも思ったことはないな。思えば、善の行動も悪の行動もとったことはない。ただ私は、私の通りの行動をとっている、というところか」

 興味深そうにエレノンは聞いた後、あっけらかんと言う。

「……そう……じゃあ、帰るね」

「なに!? おい、エレノン、一体何をしにきたのだ!?」

「……ばいばい」

 エレノンは返事も何もせずすぐに出て行った。

「なんだったんだ?」

 改めて、エレノンという人間がリースには分からなかった。

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