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魔女とクルイ編23・エピローグ

 レイヴンと戦うゴリアックを、イェルーンはぼんやりと見ていた。

 階下ではロイがその様子をみているが、イェルーンの周りにはスノウ、フール、腕に戻ったディスペアの三人がいる。とてもロイには太刀打ちできない。

「なんつーかなぁ……燃えねえな」

 スノウはイェルーンの口から出た、かつての魔女の頭首と同じ発言に反応した。

「魔女と戦ってみるってのも(おつ)なもんだが、こうも知り合いばっかじゃその辺の人間をぶっ殺してんのと同じだからな」

 イェルーンは深い溜息をついて、その場を後にし、堂々とロイを横切った。

「……イェルーン、君は、何を?」

「あ?」

 イェルーンはその一言だけを残し、塔を出た。その後ろに魔族三人がついていく。その間、ロイは何もできなかった。


 ゴリアックとレイヴンの戦いは白熱していたが、優勢なのはゴリアック。

 レイヴンは既に牙も爪も角も折れ、肩で息をしつつなんとか体勢だけは整えている状態。

「ちったぁ楽しかったが、期待外れだな」

 ゴリアックの台詞に、いや拳を交えた以上レイヴンは実力差を感じている。自分の方が劣っていると、認めざるを得ない状況。

 だが、イェルーンが退出したことを確認すると、簡単に笑顔を見せた。

「じゃあお役御免といこうかな。これ以上相手にするのは馬鹿らしい」

 何度も自分の肉体が打ち付けられた塔の壁は既に脆い。弱った自分の体でも打ち壊せるほどに。

 レイヴンは無謀にもゴリアックに背を向け、壁を打ち破った。

「じゃあさいならバケモン! ……次は絶対に殺す!」

 強い決意を胸にレイヴンは叫ぶが、ゴリアックはそれに興味なさげだ。

 それよりも、とリース達を助ける本来の目的を叶えるためにゴリアックが上へ向かおうとすると同時に、塔の崩落は始まった。

 あいつらが簡単に死ぬわけがない、という安直な考えでレイヴンの後を追うようにゴリアックも塔を出た。



 一番の窮地に陥っているのは、最上階である五階にまで逃げ込んだシンクレアと失神したままのハッケイ、崩落以上に暴走状態のキルの炎熱が彼女らにピンチを教えた。

「……熱い」

 秘術で氷でも出そうと、シンクレアが秘術を出すのと同時で床が弾けキルが姿を現した。

「魔女? 窮地なのか……?」

 味方の立場からシンクレアは気遣って言うが、キルにとって今の状況、人間は全て敵である。

「殺す!」

 突然自分に向けられた火炎、そして崩れつつある床にシンクレアは拳を奮う。

 でてきた物は巨大な壁、しかしそれは一瞬で溶けて、更には蒸発して消える。

 シンクレアとて魔女学校で研鑽を積んだ戦士、戦おうとは考えない。

 ハッケイの体を抱き抱えると、その勢いのまま拳で壁を打ち砕いた。

 単なる力技で魔女の塔の壁を打ち砕くのは至難の業、しかしシンクレアにはそれができた。

 かつて、親殺しである以前は『七拳(ななこぶし)』と呼ばれた武闘家、ただ固いものを壊すための拳術を彼女は身に着けていた。

 そして、秘術を(ひと)奮い、塔の最上階から落ちながら彼女はそれで巨大なクッションを生み出した。

 単純な構造物を誕生させるこの能力は、無から有を生み出すことができる。彼女の拳を活かさない能力だが、それは彼女が自身の拳に自信を持っていた現れとも言える。

 無事に着地したシンクレアはすぐにハッケイを起こす。

「これから、あなたはどうする気で?」

 森の中、起き抜けのハッケイにそうシンクレアは尋ねた。

「……どういう状況か説明してくれ。」

「どうも魔女は私達を歓迎していないらしい。塔は壊れ、追い出されたところです」

 ハッケイは考え、すぐに答えた。

「イェルーン、という奴は?」

「分かりません。しかし、彼女についていっていいものでしょうか?」

 それはシンクレアとハッケイがいまだに決め兼ねている問題だ。離れてしまえば、彼女の異様なカリスマ性の影響も少ない。

「さて、な。しかしひとまずの(しるべ)にはなろう。集合場所に向かおうか」

「……そうですね」

 悩ましい問題ではある。だが今この大陸に二人の居場所はないのだ。


 そして塔の崩落が終わった後、そこから大きく離れていたロイはリース達三人が飛んでいくのを見てゆっくりと学校へ戻った。

 徐々に塔から人間が減っていくのだが、唯一残ったのはゴリアックであった。

「さて、リース達は無事帰ったみたいだが……」

 遠くにはハッケイとシンクレアの気配、塔の中にはまだ魔女が二人、そしてすぐ傍には、四人の敵。

「……ちょっと面白そうじゃねえか。だァが! いくら私でも最強の化け物を戦おうなんて気はさらさらねぇな」

 言いながらイェルーンは飲むようの薬と投げるようの薬を準備する。ゴリアックの気迫を見れば、戦いたくないなど言ってられないからだ。

「私が守る」

 スノウが一歩前に出る。

 だが、それを跳ね除けたのはイェルーンだった。

「守る……守るだぁ? なにを言ってんだよテメェはよ馬鹿野郎が!」

 投げるようの酸をスノウの頭にぶちまけてイェルーンは尚もスノウの肩に掴みかかる。

「テメェが私を守るってのかアァ!? ……そりゃ最高に面白いジョークじゃねえか! けけけけけっ!」

 スノウは呻き声を漏らしながら苦しんでいるのだが、尚もイェルーンは笑う。

「テメェみてえな捨て犬に助けられるくらいなら、ぽっくり首の骨折られた方がマシだ。それだけは覚えておけ」

 常に愉快そうなイェルーンが、今までのどんな時とも比べられないほどに眼光を鋭くし、殺意を込めて呟いた。

 それにスノウは、頭から血を流しながらも、頷くことしかしない。

「さぁてと……やるか?」

 四対一、その状況でゴリアックは笑いもせず、ただ無表情でイェルーンに襲い掛かった。




 学校に戻る直前で、リースはその足を止めた。

「……どうかした?」

 気遣うエレノンの表情を見ずに、リースは沈痛な面持ちで呟く。

「ここまででいい」

 それを悟って、シズヤはリースとエレノンの間に割って入った。

「エレノンちゃん、リースも、一生懸命考えた結果なんだよ。分かってあげて?」

 二人の雰囲気はまだ重い。だがエレノンは既に結論を出していた。

「……リースはリース、だからみんなが文句を言うんだったら私が許さない」

「それは主の我儘だ。エレノンの気持ちは嬉しい。だが、現実はそう甘くはない」

 頑ななリースの表情は、悲しい決意に溢れている。

 それはエレノンも察した。だからこそ別方向のアプローチをかける。

「……じゃあ、なんでシズヤは連れて行くの?」

「それは……シズヤが私を愛してくれているからだ」

 まさかの告白! エレノンのみならずシズヤまでポッと赤面してしまう!

 だが一応エレノンもそのことは知っている! 恥ずかしいのは、やっぱり女の子としてそういうことを言うのはなんだか、なんだかとても気恥ずかしいから。

 だがエレノンは退かぬ!

「……私も、リースのこと好き。愛している」

 またも衝撃が走る!

 こんな状況で言うと単なる嘘のようだが、エレノンは嘘を吐かないという共通認識と、こんな場合だからこその告白は信憑性があった。

「ね、ネロは!?」

 シズヤが戸惑い叫ぶ! アリスやギラと違い、エレノンともなるとシズヤも簡単に殺そうなどと考えない! 今はむしろライバルの出現というよりもネロが可哀想という感情に包まれている。

 それに対してエレノンは!!

「……ネロも好き」

「そ、そんなのずるいよ! 浮気者!」

「リースもネロも好き! だから離れたくない!」

 本当に嘘のない言葉だ。だからこそ否定できないし、リースは返す言葉に困った。

「だが、魔女なんだ」

「関係ない! イツキもネロもシズヤも私も! カナタも、アリスとか先生だって、絶対に気にしない!」

 エレノンの語調は強い。単なる我儘、理論も何もない言葉、だけれどそれでもリースは胸打たれた。

「私は……」

「……そうだね、学校に行ってみよっか?」

 思いがけぬシズヤからの提案にリースは目を見開いた。

「しかし!」

「大丈夫だよ。エレノンちゃんの言う通りだと、私も思う。さっきはリースを独り占めしたかったからさ」

 あっけらかんと笑顔を見せるシズヤに、リースは呆けた。

「……そうだな、主は意地が悪かった」

「でも、可愛いでしょ?」

「調子に乗るな、馬鹿者」

 リースは頭を小突いてから、シズヤに優しく口づけをした。

 そして呆然となるシズヤを余所に、改めてエレノンと向かい合った。

「エレノン、よろしく頼む」

「……うん!」

 そして、三人は学校まで戻った。

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