魔女とクルイ編22・エレノンの能力
二階ではレイブンとゴリアックの拳がぶつかり回る中、三階へ向かう階段の前からスノウはその様子を見るが、球の加速によって移動したエレノンを見逃さなかった。
「待て。逃さない」
「……魔女」
エレノンの目的は敵を倒すことではない、仇のヴィーは憎いが、今はシズヤとリースを探し、この塔から逃げ出すこと。
仇でもなんでもないスノウと戦う意味はないうえ、無駄な体力の消耗になる。
とはいえ、未来を見たエレノンは負ける気も一切なかったが。
「……私はリースとシズヤを取り返しに来ただけ、誰にも危害は加えない」
「本当?」
「本当」
スノウはエレノンの曇りない目に僅かに戸惑い、不安からイェルーンの方に目をやる。
それに気付いたイェルーンは、ぐっと握り親指を立てて、その手をひっくり返した。
地獄に落ちろ、というやつである。
「え、えっとえっと」
「……じゃ失礼」
平然とエレノンが通り過ぎるが、スノウは戸惑い、再びイェルーンに教えを請うように見る。
イェルーンの顔は、残念ながら怒り心頭で舌打している。選択を間違えたようだった。
殺すならいつでも殺せるが、殺してしまっては生き返らせることができない。
だからスノウには殺せなかった。
イェルーンは内心憤慨しつつ、ディスペアを退屈そうに待ち続ける。
エレノンが三階に辿り着く。
今までの空間と同じように、二階より更に狭くなっているが、ヴィーと二人きりで戦うには充分すぎるほどの広さがあった。
「……魔女、ニーデルーネとシリルの仇」
『久しぶり! って気にしなくていいんだぜ? 別の目的もあるしよ』
パッと出たシリルがエレノンを気遣い、エレノンと同じように正面にそびえるヴィーを睨む。
「あら怖い目つきねぇ。……私も手は抜かないわ。全力で殺してあげる」
「……それ無理。既に未来は読んだ」
「未来を読むって何よ! 何でも思い通りにできるとでも思っているの!?」
激高したヴィーが叫ぶが、エレノンはなんてことのないように言った。
「なんでも思い描いた通りの未来になる、それが私の新たな能力」
エレノンの瞳の中に星が煌めいた。
「な、なにそれ、何の冗談よ……?」
「怒りと決意、そして後悔から得た私の能力。分かったらどいて」
ヴィーの存在を意に介さず、エレノンは歩き出した。
だがヴィーも一度倒した相手のことなど恐るるに足らずと言わんばかりにでんと構え、腕を伸ばし蛇のように這わせた。
美神的肉体による肉体の完全自由操作、更に嫉妬する肉体による他人の肉体を吸収する相手の身体を欠損させる攻撃、普通の人間ならばすぐに殺すことができる。
だがエレノンの腕から星形のリングが一つ解き放たれる、それはすぐに板の形になり、エレノンを乗せて飛行した。
その間、エレノンの目は閉じられている。
「余裕見せちゃって、今度は負けないんだからっ!」
両手を重ねるようにしてヴィーの指が網になり伸びる。だが魚を捕えるようにエレノンを捕まえることはできない。
二つ目のリングはその星形のまま高速回転し、エレノンを捕えようとする網状の指を切り裂く。
だが自分の技が失敗したにも関わらずヴィーは笑う。
「何が未来を読んだ、よぉ? そんな攻撃じゃ私は倒せないわよぉん?」
腕が伸び、その伸びた腕からも無数の触手が伸び始める。先ほどの指の網とは比べものにならないほどの包囲網がエレノンを取り囲む。
そもそも肉に打撃を与えようが斬撃を与えようがヴィーには通じない。その点で今までのエレノンの攻撃では、やはりヴィーを倒せない。
最後の星形リングがエレノンの手から離れる。
それと同時に、エレノンは不敵な笑顔を浮かべた。
「……冥途の土産に教えよう、私の進化した能力の秘密」
自分の周りに蠢くヴィーの触手を全て切り払い、エレノンは真正面からヴィーを見据えた。
「……一日三回、頭に浮かべた映像を実現させる、予言を超えた理想実現、それが私の能力」
「うそくさ。そんなバカみたいな能力、魔女だって使えないわよ」
子供がおとぎ話で語るような夢物語、流石に誰だって疑うしヴィーだってそうした。
だがエレノンは言う。
「……もちろん、制限はある。一日に三回までしかこのスターリングは使えない。これを使い切ったら、三回どころか、最悪一回も叶えられない」
「……なぁんだ、もう使っちゃったじゃない」
ヴィーは心の底から安堵した。
エレノンが乗っている分で一つ、そして二つはヴィーの攻撃を払いのけるために容易く使われた。
ヴィーとてニーデルーネに首を刈られた時とエレノンの今朝の攻撃で顔まで真っ二つにされた、彼女の警戒は強い。
あそこまで残酷な攻撃は、それは確かにエレノンの想像通りの攻撃と言われれば納得できる。
だが、エレノンの言葉がそれで終わるわけがない。
そもそも、三回の球など本日は使い切っているはずなのだ。
「……ただし、このリングは一年分前借ができる」
言うと同時に、エレノンの腕から無数の星形リングが回転し、ヴィーに襲いかかった。
「い、一年~!? それって百倍……」
「……千を超える我が秘術で、お前を倒す」
多く出現したリングは全てエレノンの秘術の球、それが今は湾曲した板となり、一斉に積み重なっていく。
「何を!?」
「磔」
壁と同じ形に組み上がった板は、ヴィーの体を壁に押し付けた。
抵抗しようにも、同じように組み上がった板が二重、三重にも自分を押し潰そうと重なり続ける。
「こんな……こんなことで死ぬと思った!?」
「……思ってない。今は殺さない」
「なに?」
「……実現する理想は、リースと、シズヤと、三人で帰ること」
五体満足の三人で崩れゆく塔を背に帰る三人、それがエレノンの思い描いた光景、実現する理想。
エレノンの危惧はロイとゴリアックのことを何も想像しなかったこと。しかしゴリアックは死ぬことがないだろうし、ロイは自身が死なないように上手に立ち回っている。ただ生徒のために自分を犠牲にしているが、今ここにいるのはレイヴンが見初めた優秀な戦士だけなのだ、平気だと信じよう。
厄介な魔女はエレノンが生成した板によって動きを封じられている、この隙に階段を上がり、エレノンはついにリースとシズヤがいる階層についた!
「ころころころころ!」
だが、飛びかかってきたのは炎を纏ったキル!
直線状に放たれた炎は放射というより剣のように鋭く、十数もの球が再び板状に形を変えてエレノンを守る。
「……ちょこざい!」
奥にはリースの姿が見えているし、二人もエレノンを目視して叫ぶ。
「エレノン、何故主がここに……」
「一緒に帰ろう、リース! シズヤ!」
三つ分の球が合体した巨大ハンマーがキルを殴りつけ、ようやくエレノンはちゃんと対面した。
「……複雑な話は聞いた。リースが大変なことになってて、二人で逃げてたって。でも、戻ろう? みんな心配してる。私も、二人が戻ってこなきゃやだ」
魔女二人との攻防、窮地がエレノンの本音を一層肉迫した形で引き出していた。それでもリースは首肯しかねた。
「だが、私は魔女なのだぞ? エレノン、主や主の仲間が恨む悪の存在。何度も我らを襲撃し、ナミエ先生やネイロー殿を殺した奴らと仲間の、魔女」
ニーデルーネを、シリルを、人を殺す邪悪な魔女の一人。
それでもエレノンは首を振った。
「……リースはそんなんじゃない。誇り高くて、気高く、正義感の強い……」
「違うんだ!」
リースはそんな言葉を、疚しいものを聞くように叫んだ。
シズヤが気遣う様子を見せつつ、邪魔に入ろうとするキルを風と植物で押さえつけている。
「私は、魔女の娘だ。そして今も、主の言うように正義感の強い武人であるならばこの身を主らに捧げるだろう。だが私は私の我儘で、シズヤと共に駆け落ちする道を選んだのだ。」
「……うええっ!?」
予想外の言葉にエレノンが大袈裟に驚く。
この間、実はキルは大きな危機を迎えていた。
炎を生み出し操る彼女であるが、シズヤは当然それを知っているために、リースにしたように窒素など空気を燃えないようにコントロールしつつ、更に酸素などを与えず呼吸をさせていない。
魔女であるために簡単には死なないが、植物から発せられた毒性の強い空気を長く摂取することで、既にキルは口の端から泡が漏れ出すほど追いつめられていた。
それを全く理解せず、本当にたまたま窮地を救ったのが、ヴィーだ。
階下の壁に押し潰された彼女は逆に自らの質量を更に増大させ、塔の壁をぶち壊し、その肉を更に上へ積み上げて無数の触手のようにしてリース達がいる階をぶち破って来た!
「……ちっ!」
エレノンがまた無数の球を生み出しヴィーを足止めしようとするが、本体は見えず肉の触手だけが動き回る。
更に自由になったキルが再びエレノンへ飛びかかる。
だが、それにはリースが間に入った。
「助けを求めておいてなんだが、我が友を討たせはしない」
「殺す!」
キルの灼熱をリースは銀を纏うことで防御! 直後シズヤの風が炎を吹き払った。
「……リース!」
エレノンが叫ぶも、リースの言葉は冷たい。
「私は学校に戻る気はない。ただ、ここで主を死なせたくないだけだ」
「それなら私も手伝うよ」
とシズヤもリースと肩を並べた途端、塔が大きく傾いた。
先ほどヴィーが壁を壊したとほぼ同時に、階下でもレイヴンがゴリアックに吹き飛ばされて壁に大きなヒビをつけていたのだ!
そもそも戦地にならなかった塔が激戦により崩れ落ちる。それは魔女の領地の中で、防衛に使える物が一切無くなったことと同義である。
だがそれ以上に、今塔にいるものは困惑している。
「崩れるぞっ! シズヤ、エレノン!」
言いながらリースは全身を銀で包み、大きな銀の翼をはためかせる。
シズヤは風で、エレノンは球を変形させた板に乗り、それぞれヴィーが壊した壁から飛び立つ。
だが、キルとヴィーが黙っていない!
ヴィーのことすら意に介さず、キルは自分の全身を激しく燃やし、巨大な炎を巻き上げ塔の全てを包み込まんとす! その業火にリースはネイローを燃やしたバニラを思い出すほど!
シズヤが間に割り込み、空気の壁と、塔の壁面から生やした植物の壁で防ごうとするが、それすら吹き飛ばす上昇気流と熱風! シズヤが小さく舌打した。
ついさっきまでは圧倒的実力でキルを封殺していたはずのシズヤと言えど、互いに攻撃的な能力故に、防戦に入った方が不利になる!
同じ階から上へ向かう炎に巻き込まれれば死は確実! なら塔の中はどうか!? 階下への落下にダメージは少なく、最上階に近いこの位置は距離こそ致命的だが、上から降る瓦礫は少ない!
「……中に!」
エレノンは叫ぶが、リースは逆に突出した!
「炎なら負けん! 炎舞炎膚、貶寝紅・刀輪納火!!」
巨大な足で敵を踏み潰すスタイルの貶寝紅、それにアレンジを加えたリースの足は、巨大な具足の先にまっすぐ伸びる剣!
更にリースはバンザイするように両手を上に伸ばし、その腕からは火華馬猛の要領で炎を噴射している!
この攻撃ではキルの炎を切り裂けない! だが普段から炎を纏い慣れているリースの銀の鎧はシズヤの攻撃すら跳ね除ける炎の壁に耐えきった!
足から伸びた剣はリースの思惑通りにキルの体を真正面から貫いた。
だがそのキルは幻想のように炎の中へ溶けた。
「馬鹿なっ!?」
落ちていくリースは、そのまま塔の一番下へと着地し、再び上を見上げた。
キルは既に巨大な炎の渦となり上昇し、塔を包み込み始めている。
「シズヤ! エレノン!」
自分だけ安全な場所にいるわけにはいかない、と再び飛ぼうとするも、直後崩れる塔を支えるように伸びたヴィーの肉壁がそれを遮る。
同時に、塔からレイヴンとゴリアックが飛び降りた。
「流石に、これはピンチだね」
塔の中、既に足場のないシズヤとエレノンは顔を見合わせた。
その階を包み込む地を走る火炎、既に天井や壁はキルの炎が包み込み、どの方位からも出られない。
そして下には、肉を広げたヴィーがじわじわと迫り来る。
「……一年生二人が、魔女二人相手なんて、無理」
エレノンもそう溜息をつくが、すぐにミニシリルが現れた。
『諦めんじゃねえっ! ……言っても、今の俺じゃこれは無理だけど……』
「何それ? 可愛いね」
「……先輩」
『話している場合かっ!!』
怒声をかき鳴らすシリルだが、この状況でシズヤもエレノンも自分が死ぬとは全く思っていなかった。
「……予知は外れない。今、球が出ないのはその必要がないというだけ」
「へーえ、予言かぁ。当たるといいんだけどね」
「……もう私の予知は外れない」
「そっか。じゃあ一つお願いしてもいいかな?」
「……なに?」
シズヤは冷たい目で、真下のヴィーを見下ろした。
「あれなら、私切り抜けられると思う。だからその間、火の方をなんとかできない?」
その提案に、考える間もなくエレノンは頷いた。
「構わない」
「じゃ、お願い」
言ってすぐシズヤは下に向かって加速、そしてエレノンは球を無数に出現させた!
シズヤの攻撃は単純、肉を増やすヴィーに対して肉を切り裂く竜巻を発生させ、それでバラバラにして切り進むというだけ!
だがそれでヴィーは手も足もでない! そもそも防御特化のヴィーの能力ではキルと同等にも及ぶシズヤの攻撃力には対処しきれないのだ!
そして一方のエレノン、圧倒的な数の球が板へと姿を変え、キルを遮るように壁を作り出す。
だがここでエレノンは自分の能力の限界に気付き始めた。
板は耐熱、耐電、壊れにくい素材ではあるが、キルの炎の前には溶けてしまう! それほどキルの炎は強力。
故に、数の限界が近づいていた。
「…………魔女、め」
悔しさに歯噛みしながら、エレノンはシズヤが切り開いた道を後続で進む。
同時にヴィーの肉触手が自らを攻めるも、それを残り少ない球で防御!
そのエレノンの後ろに、ついに炎が迫り来る!
「下に降りる炎っ!? それは……シリルっ!」
『無理! 俺にも無理だエレノン!!』
「殺す殺す殺すころぉぉぉぉぉす!!」
気迫! 幼気な雰囲気のキルの形相は何百歳にも及ぶ魔女そのものの殺意の塊!
「エレノン! ここまで来たら風に乗って! もう大丈夫!」
二人の距離は既に二階ほど、壁は崩落し外への道が見えている。
そしてエレノンは体が引っ張られるような感覚を覚えた。シズヤの暴風がエレノンとシズヤ自身を強引に押し出したのだ!
「ちょっとキル、危な……」
「ころろっ!」
下から昇ろうとしていたヴィーと真下へ燃え落ちていたキルがぶつかる。こんなことで二人は死にはしないが、それでも互いに一時停止を余儀なくされた。
そして、その間に外でリース達と合流した。
「リースちゃん! ここは駄目! 逃げよ!」
既に滞空していたリースは言葉を受け、エレノンも含み三人で移動した。
レイヴンが連れてきたメンバーのうち、エレノンは無事にリースとシズヤを学校にまで戻すことができた。
だが、他のメンバーは継戦中である。




