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魔女とクルイ編21・交戦・第二の塔

 魔女の塔四階、最上階より少し広く、二人で睡眠をとるには広すぎる場所であった。

 それなのに、二人はまるで寒さに身を寄せ合うように、密接に繋がっていた。

「初めて会った時のこと、覚えている?」

 シズヤはリースの指に、強く指を絡めながら、眼前で呟いた。

「転校してきた日であろう。訓練で戦ったが、シズヤにまるで歯が立たなかった」

「でもその前に、リースの攻撃で私が気絶しちゃったんだよね」

「ああ、嘔吐までさせた」

「……本当に?」

 リースは少し気まずそうに、寝返りを打つ。

「ま、気にしないよ。リースなら、ね」

 シズヤは暖かな笑みを湛えて、リースの背中から抱き付いた。

「ねえリース、本当に、こんなことになるなんて思いもしなかった。イツキちゃんとか、家とか、お姉ちゃんとはこれから離れて暮らすことになる。でも、本当にそれでいいと思っているんだ」

 左手はリースの左手と激しく絡み、右手はリースのお腹に当てている。

「そう言ってくれるなら、私も嬉しい。だが無理はしないでくれ、シズヤ」

 リースは、弱弱しい声で呟いた。

「私には、父も母もない。自分の存在すら、歪んでしまった。だから私はこれから自分を改めて鍛えなおそうと思っている。シズヤはそれに関係ない。シズヤは、家族がいて、友達がいて、魔女ではない。今まで通りに過ごすことができるのだぞ? 今からでも……」

「リースがいなかったら、今まで通りじゃないよ」

 シズヤは優しく、リースの首筋に口づけをした。

「他の何物も全て捨てて、リースと一緒にいられる。私はそれで幸せなの。リースには、このことの意味が分かる?」

 それは、自分の人生や関係全て以上にリースが大事であると、大切であると、そう伝えたいわけである。

「……本当に無理はするな」

 やはりリースにはまるで分からなかったらしく、シズヤは溜息を吐いた。

「関係なくなんてないよ」

 リースはその気持ちをようやく察すると、静かに目を閉じた。



「リースと初めて会った時のこと、覚えていますか?」

 職員室にある給湯室で、ネロがイツキに尋ねた。

 職員室の一角にある非常に狭い空間は、今その二人でぎゅうぎゅうであり、唯一の出口にはアーサーが秘術の盾で出入りを禁じている。

 リースとシズヤを助けに行かせないための、簡易牢獄である。

「転校してきたときね。いきなり強いのか、なんて聞かれたわ」

「あははっ! リースさんらしいです!」

 卓袱台とポットのみがあるが、ネロはのんびりお茶を入れて一口飲んだ。

「私、忘れないです。リースさんと会った時も、シズヤさんと会った時も……エレノンと会った時も」

 ネロの目はその緑色の水面に向かっていた。その瞳には、普段の彼女にはないどこか穏やかとすらいえる雰囲気があった。

「そんなしんみりしないでよ。誰かが死んじゃうみたいじゃない」

 イツキは、その雰囲気を払拭するように呟いた。

 それはイツキ自身が、その可能性を誰かに否定してほしかったから言ったのかもしれない。

 だがネロは、もう一口お茶をすすって、どこか微睡むような目で言う。

「言えますか? 誰も死なないって」

 まるで別人のようなネロの雰囲気にイツキの顔が青白く変わる。

 直後ネロの口から、また変わった雰囲気の言葉が出た。

『おい桃色の嬢ちゃん、今のこいつ、ヤベー。マジで驚く』

「そ、それって……」

「今、質問しているのは私です。言えるんですか、誰も怪我せず、無事に帰ってこれるって?」

 リースが分からない、イツキはさっきそう思っていた。

 だが今は、自分が他人の何を知っているのかと、そうまで考え始めた。

「ネロ、ちょっと怖いって。落ち着いて……」

「今の私、落ち着いてないように見えますか? そうですか、落ち着いて考えたつもりなんですけどね」

 イツキに二の句を告げることはできなかった。ただ、目前の友達として見知っていたはずの誰かを待つしかできなかった。

「イツキさん、実は私、今死んじゃいそうなほど辛いんです。脳味噌ぷっつんきてます。リースやエレノンを守るために凄く強くなったのに、ニーデルーネさんも校長先生もやられて、私は何もできなくて……なんで今、守られてるんですかね?」

 イツキは悟る。

 平然と、単純な疑問にぶつかったようにあどけなく尋ねるネロを見て。

 これはネロではない、と。

「あーあ、なんだか死にたくなってきました。それか、何もかも切り裂きたい気分です」

「ね、ネロ、ちょっと落ち着いてって。変よ、ネロ、ちょっと話し合いましょ?」

 イツキは少し警戒して、けれど真摯に説得を試みる。

「なんで私はここにいるんでしょうかねぇ……」

 だがネロの心はここにあらず、といった様子で、ぼんやりと空を見つめている。

「どうしていつもシズヤさんとかリースさんが……何よりエレノンがこういう時に私といないんでしょうかねぇ……」

 アリスの時、エリオット教の時、そして今、それをネロは言っている。

 だがヴァルハラ事件の時のエレノンはむしろ被害者であるし、エリオット教の時も結果的にはネロのように謹慎していた。

「ネロ、考え過ぎよ。先生だって戦っていない人もたくさんいるし、たまたまよ、たまたま」

 イツキの笑顔はもはや空笑いでしかない。ネロはそれを、小さく睨んだ。

 ネロの敵意ある視線に、普段と違う態度に、イツキはますます萎縮する。

 イツキにとって、ネロが言いたいことは分からなくもない。

 むしろイツキ自身の方が何もしていないのだ。アリスとの時もエリオット教の時も今もなお、大会も含めるとネロ以上に成果を出さず、魔女との戦闘もゲームしかしていない。

 そんな自分に嫌気がさす、という感情があるかと問われれば、少しはあるのだ。

 だがそれ以上にイツキはそんな自分を知っていた、肝心な時に何もできずとも、誰とでも分け隔てなく親交を深め、平凡な日常を大いに楽しむことができる自分。

 イレギュラーな事態に弱くとも、イツキはそんな日常を楽しみ、大切にしていた。

「ねえ、ネロ。あなたって最強を決める戦いの時、エレノンを元に戻すって張り切ってたわよね」

「それが、何か?」

「じゃあ、今は私があなたを元に戻す」

 イツキが秘術の銃で、ネロの体を鳥もち漬けにした。

「イツキさん!」

 一瞬驚いた風に間を置いたネロは、その目を怒りに燃えたぎらせて叫ぶ。

「許しませんよ!! イツキさんでも今の私を邪魔するなら……!」

 壁に張り付いたネロに、イツキは鳥もちがつくことも気にせずに抱き付いた。

「大丈夫、許さなくてもいいから」

 母が子を慰めるように優しく頬を合わせ頭を撫で、イツキは尚も穏やかな声で続ける。

「そうね、ネロも私も、いつも事件の中にはいないかもしれない。みんなを見守って、祈ることしかできない」

「だ、だからこそ、強くなって、みんなと一緒に!」

「いいえ、私は変わらないわ。強くなっても、みんなが変わっても、私は変わらない」

 ぴったりくっついたイツキの顔を、ネロは見ることができない。

「リースもシズヤもエレノンも、ネロも随分変わったわ。でも私は変わらない。それでいい」

 そして、イツキは少し離れて、ネロの目を見据えて言った。

「だからさ、今回はネロも変わらないで、私と一緒に皆を待ちましょう? お願いだから」

 そう、イツキは普段と少しも変わらない笑顔でネロに笑いかけた。

「……仕方ないですね。今回だけですよ」

 はー、とネロは溜息を吐いた。

「よーし! じゃあチューしてあげる!」

「はあああぁっ!? 酔っているんですか!? お茶で酔っちゃうんですか!?」

「馬鹿ね、サービスに決まっているでしょ! 私はみんなのことを本当に大切に思っているっていう証明として……」

『そりゃ驚きだ……』

 イツキにも、驚きという言葉が出たらトリックの確率が高いということに気付く。

「今、良いムードなのに急に出ないでよ」

 仲直りして、いつものネロに戻って、というところでいつものネロではないものが出てきたのだ、イツキも不機嫌になるというもの。

 だがトリックの様子はさらに普段と違った。

『そう言うなって……、俺も、結構限界きてんだから』

「え、どういうこと?」

 確かにトリックの声は、といってもネロの声だが、それは掠れている風に聞こえた。

『もう、そろそろ、完全にこの嬢ちゃんに、ネロに取り込まれるのさ……参ったよ』

「それって、あんた……」

『死ぬ、というのかネロの中で生き続けるのかは知らねえ。だが、もう俺が表に出ることはねえ』

 末期の命であるように、トリックは薄く息を吐いた。

『お前なら、ネロを任せられるぜ、桃色の嬢ちゃん。あの状況から元に戻すとは、本当に、心の底から、驚いた、ぜ……』

「ちょっと待って!」

 イツキの言葉も空しく、表に出ているトリックの仮面は、まるでネロの体に溶け込むように消えた。

「ちょっと! ……そんな」

 トリックが消えた後、ネロがぽつりと呟いた。

「……短い間でしたけど、まるで半身を失ったような気分で……びっくりです」

 わななくネロの目は、悲しみよりも驚きに満ちていたと、イツキは感じた。



 リースに殴り飛ばされ、ロボを破壊されたノーベルは、だらだらと南に進む。

 魔女の肉体は生半可なことでは傷つかない、バニラとネイローの戦いなどで人間と比べるといかに強靭かは理解できる。

 だがノーベルはそれでも恐ろしい。

 既に空港に仲間が誰かいないか、そんな淡い期待をしてノーベルはそっちに進んでいた。

 そこでばったりとキナに出会った。

「あ、お前は確か牢獄にいた」

「魔女? どうしたの、こんなところで」

 後ろには、ガンドームが驚愕した表情で固まっていた。

「魔女、じゃと!?」

 ガンドームは突如、手に鎖を出現させノーベルに向かう。

「ムゲンチェーン、劣化第四番!」

 密かに部下から奪い隠し持っていた武器を両手に構え、その先端をノーベルに向けた。

「ひやあああっ!」

 ノーベルがだらしない叫び声をあげるが、キナがその鎖の先端を掴んだ。

「む、キナ、何を……?」

 直後、ガンドームの手は鎖からバチンと弾かれた。

「ガンドームは殺さないであげる」

 鎖は尺取虫のように縮むと、直後発射されるようにガンドームの胸に直撃した。

 吹き飛ばされるガンドームは、打ちどころが悪いのか失神し、起き上ってこない。

「魔女、空港はすぐ近く、行く?」

「は、はい! お願いします!」

 すっかり下の立場が身についたノーベルは、鎖を奪ったキナにおっかなびっくりついていった。



 第二地域の塔の下。

 レイヴン達がやってきたことをヴィーは素早く察知した。

「あらぁ、敵が来るわ。五……いえ、六? どうしようかしら?」

 リースとシズヤは既に四階で寝ている。

 ここにいるのはハッケイとシンクレア、そして三人の魔女、ヴィー、キル、スノウ。

「まず敵である可能性は? 我らの仲間もそれくらいはいたはずだが」

 ハッケイが呟くも、それはスノウが否定した。

「魔女の反応ない、つまり、ノーベルいない」

 ここにいないイェルーンの仲間は数えてイェルーン本人とフール、ディスペア、レイヴン、キナ、ノーベルで六人になる。

 それにそもそもイェルーン達が団体行動などとれるともスノウは思っていない。やはり別の集団と考えるのが正しいだろう。

「で、どうするのよぉ? 別にあたしが全員殺したっていいんだけどぉ? 面倒くさいじゃなぁい?」

「ころ! ころころころころ……!」

 キルが手を挙げ、勝手に階段を降りていく。

「魔女っていっても、一人で六人と戦うなんて」

 シンクレアがまっとうに尋ねるも、ヴィーは軽く笑う。

「一人でできるわよぉ。キルは一つの地域を全部焼き払ったっていうんだもん」

 第五地域の悲劇に比べればたった数人など比べるまでもない、誰だって普通はそう考える。

 スノウは複雑な面持ちだ。下にいる人間の大きな魔力、ロイのノブレス兵などに紛れてはいるものの、その波長がディスペアとイェルーンに近いと感じつつあるから。

 もしもイェルーンが攻撃されたらどうしようか、そう危惧していたが。

「ころー! じゃなくて助けてぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!!」

 ゴリアックを目視したキルの全力の叫びと階段を駆け上がる音に、何事かと全員が互いを牽制しながら階下へと向かう。。

 四階までも同様の悲鳴は聞いた。

「む、今の声は……」

「しっ、私達はお客だよ? 何かあるまで待と?」

 シズヤに押し倒され、はぁ、とリースは溜息を吐いた。

 階段を降りてきたハッケイに奇異の視線で見られたが、リースは鋭く睨み返した。


 場所は塔の二階!

 一階よりも僅かに狭いが、それでも中は空にして多人数で戦うには壁と天井しかない戦闘場!

 階段を上るのはレイヴン、ロイ、ゴリアック、イェルーン、そしてエレノン!

 降りてきたのはハッケイ、シンクレア、スノウ、そしてヴィー!

 大きな問題は、降りてきた四人のうち、三人がイェルーンを見て目の色を変えたことであった。

「イェルーン! イェルーンどうして!?」

「スノウにおっさんにシンクレアじゃねェか!? テメェらこそなんでここに!? 私はただなんかレイヴンが楽しそうなことやってっからついてきただけだ」

 元も子もないイェルーンの言葉に三人は言葉を失うが、それ以上にヴィーが驚いていた。

「ちょっとあんた達、どういうことぉ?」

「あの眼鏡と、先頭の黒髪は味方、ということだ」

 ハッケイの言葉に、レイヴン組のロイ達が驚く。

「どういうことだ、イェルーン!?」

「先生も言ってたじゃないですか? 友達は大切にしろってさァ」

 ロイの顔が恐怖に歪む、と同時にゴリアックは拳を握り、エレノンは星型球体を三つ腕につける。

 既に敵は前のみならず、間近のレイヴンとイェルーンも含めて考えている。

 またロイも、仮面を白いノブレスから黄金のアルティメットに付け替える。

「ゴリアック! エレノン! 君達も早く出るんだ! 僕が殿を務める!」

 そうロイはマスクドネイチャーの力で火柱を立てて道を作る。

 だが、ゴリアックとエレノンは炎を背に、動かない。

「何を!?」

 ロイのみが下の階段の方に近づき、一人逃げる形となる。

「先生のは時間制限があるんだろ? 行きな。俺はやることやってから行く」

「……右に同じ。既に未来は読んだ、負けはない」

「げっ! あんたあの時の……」

 ヴィーがエレノンを見ると、エレノンもヴィーを睨む。

「……生きていた、頭を真っ二つにしてやったのに……」

 睨むエレノンの腕の星が回ると、ヴィーは臆病な顔を見せた。

「で、私達はどうしたらいいんだ? イェルーン」

 シンクレアが問うと、イェルーンは答える。

「別にやれるってんなら私を殺したっていいんだぜェ!? そこの紫の魔女か、私か、肩入れするのはどっちかだ!!」

 と言いながらイェルーンの右手から逆さになったフラスコが、エレノンの頭にかけられようとする。

 瞬間エレノンの星の一つがイェルーンの右腕を千切り飛ばした。

「いった! 痛いよイェルーン! うわああん!!」

 ディスペアがその辺りを暴れ回ると同時に、皆が動いた。

 シンクレアとハッケイはその場に留まることに危機を覚え上の階層に逃げ出す。

 それを追うようにエレノンは堂々と走り出し、自分を攻撃したイェルーンには目もくれず、上の階段に向かって走り出す。狙うはヴィーだ。

 イェルーンは壁際によりディスペアが平静を取り戻すまで待つと決めた。当然周りの警戒は怠らず。だが誰かと積極的に交戦するつもりもない。

 ちなみにイェルーンは現在、全員が敵と思い行動している。今の状況ではスノウ達も自分に攻撃しかねないからだ。

 スノウはじっとヴィーを睨んでいる、イェルーンに攻撃したら承知しない、とでも言うように。

 そのヴィーは前からまっすぐ走ってくるエレノンと後ろに立つのスノウ、その両方とも真正面から戦うことは不利と考え、少し後、ハッケイ達を追う形で一端退いた。

 ロイは階段下から部屋の様子を見て、マスクをノブレスに付け替える。

 残った二人、ゴリアックとレイヴンは、動かずに、互いに目を合わせた。

「お前さ、明らかにさっきの三人の中でダントツに強いよな?」

「一応は大陸の秘術使いだ。魔女も一人殺した。……なんて言葉はいらないな」

 レイヴンの体が黒き獣に変わると、ゴリアックは体に炎を纏い構えた。

「最強ねぇ!? 俺だって最強だったさ! 今と昔、どっちが強いか比べるか? あぁ!?」

 敵意を剥きだすレイヴンに、ゴリアックは何も言わずに拳を握った。

 既に目前の悪鬼が魔女を倒す、ではなく強者との戦いを求める強者であることを悟ったから。

「……来い!」

「うしゃああああああああああああ!!」

 黒き翼を羽ばたかせ、レイヴンはその唸る筋肉の全てをゴリアックにぶつけた。

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